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後日談(短編)

シルキア家へようこそ④

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――静かに揺れながら馬車は進む。
一行は墓参りに行った後ベラントの治めるリンデル領に移り二日間滞在した。そして今はリュクセ王国に戻るべく馬車を走らせている。

アレクシはクリスティナの膝に頭を乗せて深い眠りについていた。長旅と初めての場所にはしゃぎ疲れてしまったのだ。アレクシに付き合って遊んでいたリクハルドもいつの間にやら眠ってしまっている。

アレクシの隣にはベラントが帰り際にくれた大きなくまのぬいぐるみ。初めて手にする巨大サイズに大喜びだった。

眠るアレクシの髪をクリスティナが優しく撫でる。その温かな手にふとアレクシの意識が浮上した――



「ぅ……ん?」

うっすらと目を開ければまだ馬車の中だった。いつの間にか眠っていたのだとアレクシは目を擦って上を見る。
次の瞬間信じられないことが起こっていた。

「ママ!?」

ガバッと起き上がり目を丸くする。
今までクリスティナのそばにいたはずなのにどうして母親が…と思ったのは一瞬だ。大好きな母親ににっこりと微笑まれ喜びが込み上げてくる。

「ママ!ママどうしてここにいるの!?」

話しかけても答えてはくれないがその度に嬉しそうに微笑まれ、アレクシは大興奮だ。

「えっと…あ!ちょっと前にママのところに行ったんだよ!きれいなお花見た?リンツァーアウゲン食べてくれた!?」

「僕ねぇ…えっと、えっと…」

話したいことが多すぎて頭がうまく働かない。一度ふうっと息を吐き出し落ち着くように胸を擦ると母親と別れてからのことをゆっくりと思い出す。母親は何も言わずずっとその様子を笑顔で見守っていた。

「…おばさんのとこにいたときは痛くて悲しいことばっかりだったけどティナ様が村に来て助けてくれたんだ」

「今はティナ様のお家にいてとっても楽しいよ。ティナ様の家族も王子さまもみんなやさしくて僕ににこにこしてくれるんだ」

でも、とアレクシが呟く。

「…ママがいないのは本当は寂しいよ…」

自分はとても運が良いのだと思う。本当だったら一人で生きていかなくてはならなかったかもしれない。しかし優しいクリスティナに助けられ、しかも貴族であるから衣食住に苦労することもなく、何も心配のない生活を送れている。
だけど時々……例えばイヴァロンでリリヤがアイナのことを“ママ”と呼ぶ時、街で親子が仲良さそうに歩いている時、ふと羨望の念が湧いてしまうことがある。

(こういうの…わがままっていうのかな…)

そんなことを考え言葉に詰まって俯くとそっと頭を撫でられた。顔をあげると優しい、大好きな母親の笑顔がそこにある。

『アレクシ、大好きよ』
「っ…」
『ずっと、ずっと…見守っているからね』

泣いてるような笑っているような表情の母親の周りにキラキラと光が飛散する。
あ、と思った時には目の前が真っ白になって……


「ん……ママ?」

次に目を開けた時はクリスティナの優しい笑顔が飛び込んできた。
それを見た瞬間、もう母親に会えなくて寂しい気持ち、クリスティナがそばにいてくれて嬉しい気持ち、両方が小さな胸の中でごちゃ混ぜになる。

「ティナ、さま…うっ、ひっく…」
「大丈夫だよ…よしよし」
「うわーん!」

アレクシの心の中を象徴するような大粒の涙が次から次からこぼれ落ちる。
大きな声をあげて泣き続けるアレクシの背中をクリスティナはいつまでも撫で続けていた。


***


 昨日は馬車で思いっきり泣いたアレクシもシルキア邸に着く頃にはすっかり元気になっていた。
アレクシが母親を亡くしたときは幼すぎてまだ受け止めきれてなかったのではないかと思う。今回母親に会いに行ってきっと心に触れるものがあったのだろう。
今まで弱音を吐かなかったことが不思議なくらい強い子だったので泣いてくれたことに安堵した。

「あ、馬車が止まった!お家に着いたね!」
「よっし、下りるか」

シルキア邸に無事到着し、先に下りたリクハルド様に続いてアレクシと馬車を下りる。ここを離れて数日しか経っていないがやはり自宅だと思えばホッとした。

(アレクシもいつか堂々とここが自分の家だと思えるようになってくれたら良いな…)

そんなことを考えながら三人並んでエントランスまで歩いているとアレクシの足が急に止まった。

「あの…」
「ん?どうしたアレクシ、トイレか?」
「もう!何でそうデリカシーがないんですか!?」
「痛って!だって言いにくそうにしてるから!」

思ったことを口にする前に一旦考えてほしい。普段はちゃんとしてるのにどうしてシルキア家うちと関わるときだけこんなアホみたいになるのか。無意識に心を開いている証拠かもしれないが、とリクハルド様のことは今は置いといて。
なぜかもじもじしているアレクシに何事かとしゃがみこんで目線を合わせる。

「どうしたの?何でも言ってごらん?」
「あの…」
「うん」
「…僕もティナ様の家族になれますか?」
「!」

おずおずといった感じでアレクシが口を開く。ぎゅっと両手を握りしめて緊張して…勇気を振り絞って聞いてくれたのだろう。その姿がとてもいじらしくて胸がキュッとなる。

「アレクシのこと、もうとっくに家族だと思ってるよ」
「え…」
「アレクシはもうシルキア家の一員だよ」

その言葉を聞いてアレクシはひまわりの花が咲いたように笑った。

「じゃあっ!じゃあティナ様のこと、お姉さまって呼んでも良い?」
「!!」

お ね え さ ま……!

ずきゅーん!!
とんでもない破壊力に過呼吸を起こしそうになった。危っない!

「もちろん、もちろんだよ、アレクシ!」
「へへ…ティナお姉さま!」
「うわーん可愛すぎる!」

抱きついてきたアレクシをぎゅむっと抱き返す。

「俺もっ!俺もお兄さまって呼んでくれ!」
「はぁ?まだリクハルド様はお兄さまじゃありません」
「何でだよ!いずれはそうなるだろ!?」

アレクシに必死にせがんでいるリクハルド様を無視して両親の方を向く。何かあったのかと微笑んでこちらを見ている両親を見てアレクシに水を向けた。

「アレクシ、二人にもお父様、お母様って呼んであげて。喜ぶよ~」
「うん!」

両親の元に走っていったアレクシを見守っていると何事か話したあと感極まった母親がアレクシを抱きしめていた。思った通り大成功だ。

「ふふ。皆嬉しそう」
「良かったな。…ティナも可愛い顔」
「!」

アレクシを見て微笑んでいると後ろから、ちゅ、と頬に口づけされた。

「もう…」
「良いだろ。ずっと一緒にいたのに一回もキスしてない」
「確かに…そうですね」

皆が見ていない隙にそっと口づけを交わし笑い合う。クスクス笑っていると全開の笑顔で走ってきたアレクシが「ティナお姉さま!リクハルドお兄さま!」と叫ぶもんだから感動したリクハルド様がアレクシを高く、高く抱き上げた。

嬉しそうにきゃあきゃあ笑う声、ふと空を見上げるとキラキラと光が降り注いでいる気がして…シルキア邸は幸せに満ち溢れていた。

そして――
数日後に6才の誕生日を迎え賑やかなパーティーをした直後、アレクシは正式にシルキア伯爵家の養子となったのだった。



【end】

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