52 / 62
後日談(短編)
シルキア家へようこそ①
しおりを挟む心地好い風と暖かな日差し――近年異常気象で暑すぎる初秋となっていた前世とは違い、ここリュクセ王国は大変気持ちの良い気候が続いている九月。
シルキア伯爵邸の庭には賑やかな声が響いていた。
「これは何?」
「これはアレクシの大好きなキャベツの苗だよ」
「キャベツ!」
アレクシが嬉しそうにキャベツの苗を手にする。イヴァロンでは畑で野菜や花を喜んで育てていたと知った母親が庭に小さな畑を作ってくれたのだ。
植物を育てるということは情操教育にもなるだろうし、何よりアレクシが草花が大好きだから母の気遣いがとても嬉しい。
「キャベツはそのままにしてたらまん中からニョキって出てきて黄色い花が咲くんだよね!」
「まぁ、そうなの?アレクシは物知りさんね」
「えへへ」
母に褒められてアレクシも上機嫌だ。中身が成人女性だった五才の時の私にはなかった無邪気さに当てられ母も骨抜き状態になっている。
「よーっす、来たぞー」
「あ、王子様だ!」
もはや王子様とは思えない小学生並みの挨拶でシルキア家に乗り込んできたのはリクハルド様だ。
私やアレクシにとってはいつもと変わらぬ態度だが母や庭師の方を見ると……若干引いていた。
「何してんだ?」
「家庭菜園ですよ。今から野菜の苗を植えるんです」
これはキャベツの苗だよ、と得意気に見せているアレクシの頭をリクハルド様も嬉しそうにぽんぽんと撫でている。来る度に増していく父親感はいったい何なのだろうか。
「そうだ、野菜を育てるなら王都にある俺の土地をアレクシ専用の畑にしてやろう。とりあえず3ヘクタールほどあれば良いか?」
「いや、良くないです。農家になるつもりはありませんから」
3ヘクタールもあったらそれはもう家庭菜園なんかじゃないわ。
小さな畑で自分たちが愛情を込めて作り、家族の小さな食卓で、このキャベツちょっと紫色だよ!とかこのきゅうりグネグネに曲がったね!とか可愛らしい会話をして盛り上がりたいのだ。
「泥だらけになって芋掘り…ハッ、ジャガイモ!ジャガイモは!?」
「もちろんご用意いたしておりますよ」
「やったー!じゃがバタだぁ!」
庭師が木箱に入った種イモを持ってくるとついテンションが上がりアレクシと同じような反応をしてしまった。
母にクスクス笑われているがこういう時は楽しまなくては損なのだ。
「それじゃあ苗を植え付けていくぞー!」
「おー!」
伯爵家にあるまじき掛け声だがアレクシもリクハルド様もノリノリなので良いだろう。
そしたらまずはアレクシの好きなキャベツから~、と苗の準備を始めた時。
「……ずいぶんと楽しそうですね」
「う、わっ!ビックリした!」
音もなくのそっと現れたのは――
「あら、ベラント突然ね。何か急用?」
「いえ、もちろん用事があって来たのですが…」
突然何の連絡もなく現れたのは母の甥であるベラント・リンデル伯爵だ。
半年ほど前にイヴァロンに訪ねて来てくれて以来会うのは初めてだ。相変わらずの威圧感を放っているベラント兄さまだが…
「どうして来て早々泣いているんですか…もうホントに怖い!」
「それは、お前がっ、リクハルド王子殿下と仲良さげにしているからっ」
「はぁ…」
グスグスと泣いているベラント兄さまに呆れて、その肩ごしにチラリと母を見るとこめかみを抑えていた。……ドン引きどころかぶちキレそうだな。
「…リクハルド王子殿下と恋仲になったと聞いたんだ」
「ええ!?情報早いですね」
ワンテンポ遅れる男じゃなくなっているじゃないか!
まだ公表してないのにどうして知っているのか、あの夜会からそんなに経っていないのにもう隣国まで噂が?と首を傾げるとベラント兄さまは懐から手紙を出した。
「スレヴィ王子殿下から手紙をいただいてな…」
「あぁ……なるほど」
失恋の痛みをベラント兄さまにも味わわせて道連れにしてやろうという魂胆がみえみえだ。天使のようなふわふわの少年だったスレヴィ様が段々と腹黒くなっていくことにもの悲しさを感じる。
「はぁ…ベラント。今は楽しい家庭菜園の時間なのよ。あなたが泣いていたらアレクシが心配するからそういう話は後にしたら?」
そうだ。せっかくの楽しい雰囲気がベラント兄さまの登場で台無しだ。人の心の動きに敏感なアレクシが心配そうにこちらを見ている。…リクハルド様はボケーッと突っ立ってるだけだが。
「せっかくですから兄さまも一緒に苗を植えましょう」
「…ああ、そうだな。そうしよう」
ようやく涙を拭ったベラント兄さまはよし、とやる気を出した。気合いの入れすぎで顔は怖いが泣かれるよりは良いだろう。
そうして我々はメリヤ夫人プレゼンツ家庭菜園秋の植え付け会を再開したのだった。
0
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります
みゅー
恋愛
私このシーンや会話の内容を知っている。でも何故? と、思い出そうとするが目眩がし気分が悪くなってしまった、そして前世で読んだ小説の世界に転生したと気づく主人公のサファイア。ところが最推しの公爵令息には最愛の女性がいて、自分とは結ばれないと知り……
それでも主人公は健気には推しの幸せを願う。そんな切ない話を書きたくて書きました。
ハッピーエンドです。
モブに転生したので前世の好みで選んだモブに求婚しても良いよね?
狗沙萌稚
恋愛
乙女ゲーム大好き!漫画大好き!な普通の平凡の女子大生、水野幸子はなんと大好きだった乙女ゲームの世界に転生?!
悪役令嬢だったらどうしよう〜!!
……あっ、ただのモブですか。
いや、良いんですけどね…婚約破棄とか断罪されたりとか嫌だから……。
じゃあヒロインでも悪役令嬢でもないなら
乙女ゲームのキャラとは関係無いモブ君にアタックしても良いですよね?
幽霊じゃありません!足だってありますから‼
かな
恋愛
私はトバルズ国の公爵令嬢アーリス・イソラ。8歳の時に木の根に引っかかって頭をぶつけたことにより、前世に流行った乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったことに気づいた。だが、婚約破棄しても国外追放か修道院行きという緩い断罪だった為、自立する為のスキルを学びつつ、国外追放後のスローライフを夢見ていた。
断罪イベントを終えた数日後、目覚めたら幽霊と騒がれてしまい困惑することに…。えっ?私、生きてますけど
※ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください(*・ω・)*_ _)ペコリ
※遅筆なので、ゆっくり更新になるかもしれません。
どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい
海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。
その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。
赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。
だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。
私のHPは限界です!!
なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。
しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ!
でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!!
そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ
だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような?
♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟
皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います!
この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
【完結】スクールカースト最下位の嫌われ令嬢に転生したけど、家族に溺愛されてます。
永倉伊織
恋愛
エリカ・ウルツァイトハート男爵令嬢は、学園のトイレでクラスメイトから水をぶっかけられた事で前世の記憶を思い出す。
前世で日本人の春山絵里香だった頃の記憶を持ってしても、スクールカースト最下位からの脱出は困難と判断したエリカは
自分の価値を高めて苛めるより仲良くした方が得だと周囲に分かって貰う為に、日本人の頃の記憶を頼りにお菓子作りを始める。
そして、エリカのお菓子作りがエリカを溺愛する家族と、王子達を巻き込んで騒動を起こす?!
嫌われ令嬢エリカのサクセスお菓子物語、ここに開幕!
悪役令嬢に転生したら溺愛された。(なぜだろうか)
どくりんご
恋愛
公爵令嬢ソフィア・スイートには前世の記憶がある。
ある日この世界が乙女ゲームの世界ということに気づく。しかも自分が悪役令嬢!?
悪役令嬢みたいな結末は嫌だ……って、え!?
王子様は何故か溺愛!?なんかのバグ!?恥ずかしい台詞をペラペラと言うのはやめてください!推しにそんなことを言われると照れちゃいます!
でも、シナリオは変えられるみたいだから王子様と幸せになります!
強い悪役令嬢がさらに強い王子様や家族に溺愛されるお話。
HOT1/10 1位ありがとうございます!(*´∇`*)
恋愛24h1/10 4位ありがとうございます!(*´∇`*)
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる