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後日談(短編)

遅れる男・前編

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 ユーリアの件も無事に片付き平和が戻ったシルキア家の昼下がり、クリスティナの母、メリヤ夫人はガゼボで優雅にお茶を飲んでいた。
その手にはこの屋敷にアレクシが滞在していたときに描いた絵や折り紙。もう何度も見たはずなのに嬉しくて見る度に笑顔になってしまう。

(ふふ、二人とも今頃イヴァロンで楽しく過ごしているのね)

生き生きと過ごしているであろう娘たちを思い浮かべるとこの上なく幸せを感じる。
しかしそんなほわっとした空間を邪魔するかのようにドンドンドンと大きな足音が近づいてきた――

「叔母上!いったいどうなってるんですか!?」
「あら、ベラント久しぶりね。お兄様とお義姉様はお元気?」
「はい、お陰さまで最近は夫婦揃って東方の気功なるものにはまっているらしくより一層健康で…ではなく!どうしてクリスティナが追放なのですか!」
「…ん?」
「え?」

ワンテンポ遅れる男 ―― それこそがメリヤ夫人の甥、ベラント・リンデルである。


***


「明日の献立はレーズンパンと野菜のクリーム煮でいけそうですね」
「そうね、ホルソさんからヤギのミルクを頂けたし子供たちも喜ぶと思うわ」

イヴァロンの自宅でアイナさんと明日の給食の献立を考える。徐々に学校に来てくれる子供たちも増え、村の大人たちも協力してくれる人が増えてきた。まだまだ課題は山積みだが少しずつ村にも活気が出てきて嬉しい。

「それにしても春とはいえイヴァロンはまだまだ寒いですねぇ」
「ふふ、もう少しの辛抱ね」

この村に来て初めての冬をようやく越えようとしている。最北の村の寒さはやはり王都などとは全然違った。風邪を引かなかったことが奇跡だと思う。
年末年始なんかはちょこちょこパーティーなどで王子様に呼び出しをくらっていたがここ三ヶ月くらいはいたって平和だ。
先伸ばしにしていたが村の産業なども考えなくてはならないし暖かくなったら即動こうと考えていたとき表で大きな声があがった。

「ん?何だろう」

不思議に思いアイナさんと顔を見合わせると次いでリリヤちゃんの大きな泣き声が聞こえてきた。リリヤちゃんとアレクシを畑で好きに遊ばせていたから怪我でもしたんじゃないかと慌てて外に出ると…

「リリヤちゃんが怖がってるから近寄るな!」
「うわーん!コワいーっ!!」

(アレクシ!なんて素敵なの!)

泣き叫ぶリリヤちゃんの前に両手を広げて立ち守ってあげているアレクシに感動してしまった。
そして子供たちを脅かすヤツはいったいどこのどいつだ、と諸悪の根源に目を向ける。デカくて威圧感満載でイケメンだが顔が恐いこの男には見覚えがあった。

「ベラ、」
「クリスティナー!お前いつの間に子供産んだんだーっ!!」

ガシッと両肩を掴まれがくがくと前後に揺らされる。

「父親は誰だ!?はっ!あのバカ王子か!?子供ができたとたん捨てられたのだな!?」
「ち、ちが、はなし、」
「あの野郎ぶち殺してやるっ!」
「ちがーう!!」
「うがっ!?」

ベラント兄さまの揺さぶりから抜け出るとその頬に思いっきりビンタをお見舞いしてやった。

「落ち着いてくださいベラント兄さま」
「…痛い」

叩かれた頬を押さえながらもちょっと嬉しそうなM気質ベラント兄さまの登場にため息をついたのだった。



「お母様から何も聞いていないのですか?」
「いや、シルキア伯爵邸には五分しかいなかったからな」
「はぁ…」

何で家には変な人ばっかり来るのだろうか。アレクシは突然現れた大男に驚き私の背中から離れない。アイナさんとリリヤちゃんは「また明日~」と帰って行ったし折角楽しく遊んでいたのにベラント兄さまのせいで台無しだ。
来客用に取っておいた紅茶を淹れて出すと、私も向かいに座り緊張しているアレクシを膝の上に乗せる。

「で。何しにいらしたのですか?こんなところまで」
「クリスティナが追放されたと聞いたから本当は迎えに来るはずだったんだが…少し遅かったようだ」
「だいぶ遅いです」

いったいいつの話をしてるんだ。半年以上前の話ではないか。まぁ確かにベラント兄さまは隣国の人だから情報も遅いのかもしれないがそれにしたって遅すぎるわ。

ベラント兄さまは母方の従兄だ。母は元々隣国から嫁いでおり、その出身であるリンデル伯爵家の現当主がこのベラント兄さまである。伯父伯母夫婦は健在だが早々に息子に爵位を譲って今は悠々自適に過ごしているのだとか。
ちなみに私より一回り上の三十才。…ちょっと老けて見えるが。

「さて色々聞きたいことがあるのだが」

そう言ってベラント兄さまがアレクシに目を向けるとビクッと反応した。ただでさえ恐い顔なんだからもっとにこやかにしろよと内心思いつつ。

「この子はイヴァロンに来てから引き取った子供です。深く説明はしませんので色々悟ってください」
「む…わかった」

アレクシの前では説明しないよ、と暗に示すと頷いてくれた。アレクシに自己紹介できるかと聞いたら小さく頷く。

「僕はアレクシ・ケトラ、五才です」
「うむ。俺はベラント・リンデルだ。クリスティナの従兄に当たる」
「いとこ?」

わからない言葉にアレクシが見上げてくる。ちょうどいいのでテーブルの端にあった紙に家系図を書いて説明した。

「えっと、ティナ様のお母さんのお兄さんの子供?」
「そう!えらいね~」

褒めてあげると嬉しそうに笑う。向かいに座るベラント兄さまを見ると顔こそ真顔だが後背に花を飛ばしていた。どうだ、アレクシは可愛いだろう。
ベラント兄さまが可愛いもの好きということはすでに把握している。本人は隠しているみたいだが。

「そ、そうだ。おみやげがあるんだ」
「ありがとうございます」
「あ!リンツァーアウゲンとイチゴ!」
「あれ?アレクシよく知ってるね」

イチゴはまだしもリンツァーアウゲンを知ってるなんて驚きだ。隣国の特産品だからリュクセ王国ではあまり見かけない。もしかしてアレクシの両親は隣国の人なのかもしれない。

「よし。食べてみろ」
「う、うん…」
「軍隊じゃないんだから命令口調はお止めください。はい、アレクシどうぞ」

そう言って箱を差し出すと赤いジャムがサンドされたリンツァーアウゲンを一つ摘まんで口の中に入れた。サクッという音と共にアレクシの瞳が大きく開いたのがわかる。

「おいしい~」
「ふふ、良かったね」

嬉しそうに頬張っている姿を見るとこちらまで嬉しくなってくる。ベラント兄さまもジーッとアレクシを見つめている。表情には出さないが背後の花が倍増しているように見えた。

「ではアレクシの可愛い姿も見れて満足されたようだしもうお帰りください」
「!?なぜだ、早すぎるではないか!」
「ええ?シルキア邸には五分しかいなかったのでしょう?」
「いいや、俺はまだお前がイチゴを食べている姿を見ていない!」

何だコイツ気持ち悪いな…。仕方がないからイチゴを摘まみ口に入れる。久しぶりに食べるが甘酸っぱくてとてもおいしい。

(イチゴか…こういう果物がイヴァロンでも作れたらなぁ)

この寒い土地にあった特産品とは何だろう、そんなことを考えながらもう一つイチゴを食べようとするとめちゃくちゃ視線を感じてハッと顔をあげる。…ベラント兄さまがを頬を染めてこちらを見つめていた。

「もう、気持ち悪いのでお帰りください!」
「な、見るぐらい良いだろう!クリスティナとイチゴの組み合わせは最強に可憐で、」
「変態!」

もう本当に恐い!通報するぞ!と睨めばコホンと咳払いし優雅に紅茶を飲み始めた。今さら取り繕っても遅いわ。

「それはともかく、クリスティナ。いつまでこの村にいるつもりなんだ」
「…ここが少し発展するまでです」
「ならそれはいつになるんだ」
「それは…」
「追放が撤回されたのならお前はずっとここで過ごしていられる身分ではないはずだ」

確かにそれはもっともだ。
まだ公にはなっていないが王子様との婚約の事もあるし、跡取りのいないシルキア伯爵家の今後の事も考えなくてはいけない。王子様達も両親も私の好きにさせてくれているが先伸ばしにすればするほど色々問題が生じてくる。
黙りこんだ私を見てベラント兄さまが小さくため息を吐いた。

「とにかく俺も手伝うから早々にこの村の問題点を解決しよう」
「え、そんな」
「明日また来る」

そう言ってベラント兄さまは出ていった。心配そうにしているアレクシに大丈夫だと言うとぎゅっと抱きついてきた。

(これはのんびりしていられないな…)

温かいアレクシに癒されながらも心の中は悶々としていたのであった。

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