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後日談(短編)

レヨン ドゥ ソレイユ・前編

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「頼む!この通り!」

ほーらやっぱりこうなる。
リクハルド様が暴走馬を飛ばしてイヴァロンまでやってきたから何事かと思えば公爵家の誕生パーティーに同伴しろという。婚約者候補に戻ったということはパーティーの類いに出ないといけなくなってしまったということだ。今までは候補者が私一人ではなかったので他の候補の女性が参加していたのだろう。

「今回は陛下の名代だからどうしても外せないんだ」
「はぁ…」
「それに今後ティナ以外をパートナーにするつもりもない」

そんな有り難くもないことをキリっと言われても。これから人生で何度パーティーに出なきゃいけないんだろう。たぶん今の状態ではスレヴィ様のパートナーもこなさなきゃいけなくなるのだろう。そう考えると胃がキリキリし始めた。

「…わかりました。でもイヴァロンのことも放っておくことはできないのでその辺りの補助はしてもらえますか?」
「それはもちろん。何なら人も派遣する」

せっかく始めた学校だから続くようにしたい。空けられるのはせいぜい一週間くらいだ。だがこれからそういうことも増えてくるとしたら…。

(困ったなぁ…)

村の体制をあれこれ変えるのものんびりはしていられない、と 小さくため息を吐いたのだった。

***
 
 パーティーの前日にアレクシと王城にやって来た。着いて早々に明日の衣装合わせも済ませ今日宿泊させてもらう王城の客室で王子様二人を交えまったりしている。

「わぁ、きれいなお花!」
「どれどれ?」

部屋の中を楽しそうに見て回っていたアレクシが大きな声をあげたのでそちらに向かった。窓辺には鉢植えが置いてある。アレクシが言うようにとても綺麗な黄色いバラでわずかにいい香りがする。

「ああ、それね。何でも新種のバラでレヨン ドゥ ソレイユって言うんだって」
「へぇ。可愛い黄色ですね」
「あ、アレクシ。トゲがあるから気を付けてね」

スレヴィ様の説明によるとこのバラは病気にも強く、耐寒性もあるとても強い品種なのだそうだ。

「気に入ったなら持って帰るか?」
「え、良いんですか!?」
「ああ、庭に植えたら良いんじゃないか」

イヴァロンの小さな庭にこの黄色いバラがたくさん咲く、想像しただけで嬉しい。かわいいお花がお家に来る!とアレクシも喜んでいる。

「そうだ、このバラで髪飾り作ってもらうか。明日のパーティーに付けていったら絶対可愛いぞ」
「あー、うん…」

途端に乗り気じゃなくなった私を見てリクハルド様が苦笑する。

「明日は幼馴染として紹介するから大丈夫だ」
「うーん…」
「まぁ人語が通じない相手もいるからどうなるかわからないけどね」
「え、何それ!?」

ちょっと!今スレヴィ様からめっちゃ不穏な言葉が聞こえたんですけど!

「ヤバイ人がいるんですか!?」
「やだなぁそんなのどこにでもいるよ」
「ええっ!?」

明日はリクハルド様の大叔母が嫁いだラハティ公爵の誕生パーティーだ。スレヴィ様がこの態度だ、相当クセがある人がいるに違いない。スレヴィ様は自分には関係ないとばかりに、アレクシは僕と一緒にお城で遊ぼうね、と楽しそうにしている。

「まぁティナなら大丈夫だろ」

大丈夫だと言うその根拠は何なのだ。私だって緊張もするし強靭な肉体も精神もないんだぞ。

(もう帰りたい…)

行く前から私は泣きそうになっていた。

***

 パーティーは迷惑なことに夜に行われた。したがってラハティ公爵が居住する丘の上に建つ城のような大豪邸に一泊しなくてはならないらしい。
あまり目立ちたくないからクリーム色のごく地味なドレス、宝石も控えめにしてもらった。髪には昨日リクハルド様が提案したレヨン ドゥ ソレイユで作った髪飾り。生花で作ったそれだけが唯一際立っているように思う。

「ティナ、ひとまず挨拶に行こう」
「あ、はい」

慣れないきらびやかなホールの中で人だかりができている場所、その中心にラハティ公爵がいた。ここぞとばかりに着飾った招待客の合間を縫ってそちらに向かう。

「ラハティ公爵、本日はおめでとうございます」
「おお、リクハルド殿下来てくれてありがとう」

リクハルド様を見た瞬間公爵はものすごく嬉しそうな顔をした。まるで自分の孫を見るように目を細めて笑う姿はとても人が良さそうに見える。次いで、そちらのお嬢さんは、と私に視線が向いた。

「こちらシルキア伯爵家のご令嬢で私の幼馴染のクリスティナ・シルキア嬢です」
「クリスティナ・シルキアと申します。本日はお誕生日おめでとうございます」

そう言ってお辞儀をするとラハティ公爵はやはり嬉しそうに微笑む。

「美しいお嬢さんだな。こんな方が幼馴染とは殿下は幸せ者だ」
「はい。大切な幼馴染ですので」
「!」

スッと腰に手を添えられ思わず赤くなると何かを感づいたのかラハティ公爵が笑顔で頷いた。二、三言葉を交わし、その場を辞する。

「ラハティ公爵、優しそうな方ですね」
「…まぁあんな感じだ」
「?」
「…ティナ、もうちょっと寄れ」

小声でそう言うとリクハルド様は私の腰を引き寄せて密着させた。何事かと思っているといつの間にか一人のご令嬢が前に立っている。

「リクハルド殿下!」
「ああ、アリサ嬢。お久しぶりです」
「今日は祖父の為にありがとうございます」

そう言ってドレスの裾をつまんで挨拶をした。祖父、というからにはラハティ公爵の孫娘だろう。年齢は少し下だろうか。上質の絹で作られたであろうローズピンクのふんわりしたドレスがとてもよく似合っている。顔立ちは可愛らしいがどことなく色気があり何となくユーリアに似ている、と直観的に思った。
リクハルド様に笑顔を見せていたがその目が私に向いた時明らかに鋭いものを感じた。嫌ーな予感。

「こちらは私の幼馴染のクリスティナ嬢です」
「まぁ幼馴染の方ですの!わたくしはアリサ・ラハティと申します。以後お見知りおきを」
「ク、」
「それにしても殿下、水臭いですわ。パートナーがいないのでしたら幼馴染の方に頼まずともわたしくが務めましたのに」

クリスティナ・シルキアと申します、と名乗る隙も与えずアリサ嬢はリクハルド様にずいっと近寄った。いくらなんでもあからさますぎるだろ!しかも私が今こうしてパートナーとして来ているのに何という失礼な物言いなんだ。

「はは、有り難い申し出ですがお気持ちだけで。それにクリスティナ嬢がいると私は心強いんです」

はっきりとそう言い切ったリクハルド様は私の肩に手を回しギュッと引き寄せた。その瞬間アリサ嬢の顔が明らかに崩れる。では、とリクハルド様に誘導されその場から離れた。

「良いんですか、あんなにはっきり言って」
「ああ、いい」
「絶対リクハルド様に気がありますよ」
「ああ、知ってる」

しれっと言い放ったリクハルド様に呆れてしまう。下心あるなしに関わらずきっとこの人モテてるんだろうなぁ。

(はっ!もしかして女避けの為に私を利用してるのでは!?)

「むぅ…」
「な、何だ?」
「…別に」

じとっとした視線をリクハルド様に向けるとビクッと反応する。

(怪しい…)



「少しよろしいかしら」

リクハルド様が隣国の要人に声をかけられ席を外したので端の方で休んでいると案の定狙い打ちされた。一人になるタイミングをずっと待っていたのだろう。
アリサ嬢は不機嫌な顔を隠すこともせず私を睨みつけている。

「わたくし不思議で仕方ないの」
「何がでしょうか?」
「あなたのような方が殿下の幼馴染になれるなんてどんな手を使ったのか…不思議で不思議で」

そんなん私だって不思議だわ。塩対応してたのに毎回押し掛けて来たのは王子様の方なんだよ。

「私も不思議なのですが…殿下の心に触れる何かが私にはあったのかもしれませんね」

向こうから絡んでくる、と暗にほのめかすとあからさまにムカッとした顔をした。そんないちいち表情に出してこの令嬢はこの先社交界でやっていけるのかと逆に心配になってくる。
しばらく黙っていたが何か思いついたのかアリサ嬢が急に笑顔になった。…嫌な予感しかない。

「クリスティナさんの髪についてるバラは新種のものではなくて?」
「ええ、そう聞いております」
「レヨン ドゥ ソレイユはとても強健なバラだと聞いたわ。犯罪者まで出した伯爵家の令嬢なのに幼馴染というだけで図々しく殿下の側から離れないあなたみたいなしぶといバラよねぇ」
「……」

犯罪者とはユーリアのことだろう。それはまぁ言われても仕方がない。
しかし人を貶める為なら花でも何でもわざわざ悪く言い換える神経が理解できない。強健なバラの何が悪いんだよ。農薬要らずで手間もかからず綺麗に咲くんならめっちゃコスパ良いだろが!バラの精に呪われろ!と言いたいところだがグッと堪える。

「あんたなんか“虫除け”に使われてるだけなのに勘違いすんなよ、この底辺伯爵家が」

顔を寄せ耳元でそう呟かれる。幼馴染でさえこの言い様だ、元婚約者候補の皆さんはこんな嫌みなんか日常茶飯事だったんだろう。

(ホントにめんどくさい世界だな…)

うんざりしてため息をひとつこぼしたのだった。

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