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32:謝罪

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「本当に申し訳なかった」

そう言って父と母は頭を下げた。ユーリアが連れて行かれてひと息つく間もなく両親の謝罪が始まった。
カルミ子爵が亡くなった後、あちらの弁護士から半ば脅迫とも取れるようなやり方でユーリアを養子にすることを迫ってきたらしい。
どこかおかしいのではないか、そう思っていてもカルミ子爵の件を詳しく調べている時間を与えられないままにユーリアが養子に来てしまったようだ。あの時私が激しく反対していたらそれを理由に断るつもりだったらしいがうっかり承諾してしまった。
それならそうと相談してくれたら…と思ったが娘には心配させたくなかったのだろう。

「妹から届く手紙はいつも何かを憂いているようでおかしいとは思っていたけれどそれが何かまではわからなかったのよ」
「カルミ子爵の死因には不審なところもあって調べたのだがなかなか事実が掴めなくてね…リクハルド殿下が自ら潜入してくださってようやくわかったんだ」
「えっ!?そんな危険なことをしたんですか!?」

驚いてリクハルド様の方を見ると、何ということもなく頷いた。リクハルド様が掴んだ情報によると、カルミ子爵が雨の日に山道から馬車ごと落ちたのは事故ではなく執事や警備兵によって細工されたせいだったという。その計画をユーリアやその実母イーネスも一緒になって企てたらしい。ユーリアはその頃まだ十三才だったはずだ。その年で悪事を働こうという精神は末恐ろしい。

「この屋敷の中にもユーリアの協力者が入り込んでいたから生半可にお前を逃がすと命が危ないと思ったんだ」
「だからユーリアに騙されたフリをしてあなたを悪者にしてしまって…本当になんと謝ったらいいか」
「私の言葉はお前を傷つけただろう…本当にすまなかった」

両親は本当に苦しそうに頭を下げた。確かにあの場面で父親に切り捨てられたこと、それが一番辛かったし思い出さないようにしていた。だけどそれも自分たちが実の娘に恨まれるかもしれないと思いながらも私を守るためだったのだろう。

「いいえ、お父様もお母様も私を守るために必死だったのですね…ありがとうございます」

そう言って私も頭を下げた。イヴァロンのあの家は私が住みやすいようにと両親の思いが詰まった家だった。

「私もお二人に黙っていたことがあります」

この機会に私には前世の記憶があることをすべて話した。子供の頃すでに大人としての知識があったため子供らしく振る舞うこともできず可愛げがなく、二人が望むような子供ではなかったと思う。
今世の私には5才からの記憶しかない。それまでのクリスティナはいったいどこに行ったのか?それが引っ掛かりいつも心のどこかに罪悪感を抱えていた。

「こんな私でもまだ娘として受け入れていただけるのでしょうか?」

私の言葉に二人は顔を見合わせ、ふふ、と笑う。

「当たり前よ。ティナは私たちの自慢の娘なんだから」
「ああ。大切な宝物だ」
「…ありがとうございます」

すべてを話しても受け入れてもらえたことが嬉しくて思わず涙ぐむ。両親もアレクシもそして二人の王子様もにこやかにそれを見守ってくれていた。

「それにしてもさっきのアレクシはカッコ良かったぞ!」
「え、僕?」
「そうだね。ティナをしっかり守ってくれたね」

スレヴィ様がアレクシの頭を撫でるとくすぐったいような顔で笑う。

「ティナを守ってくれてありがとう、アレクシ」
「これからもティナをよろしくね」

両親がそう言うとアレクシは全開の笑顔で頷き私にぎゅっと抱きついてきた。うう、可愛すぎる!私もお返しにぎゅっと抱きしめる。

「アレクシ、本当にありがとう」
「うん、ティナ様大好き!」

(ああ、幸せだーっ…!)

こんな風に心から思えたのはこの世界に転生して初めてかもしれない。



「さぁ皆で夕食にしよう」

と父親は言ったものの問題が発生した。イヴァロンで生活するにあたってアレクシに食事のマナーなんか一切教えていない。コースのように出てきた料理に固まってしまっている。

「ティナ様…」
「緊張しなくても大丈夫。間違えてもいいの。いつもと同じようにおいしく食べればいいのよ」

うん、と頷くがたくさん並んでいるカトラリーに緊張するのかなかなか手が出ない。
いつも通りの食べやすい食事を用意してもらえば良かったな、と後悔する。とにかく教えながらゆっくり、と思っていたらリクハルド様が立ち上がりアレクシの方に向かった。

「何だ、アレクシ。食べないのか?」
「え、っと…」
「マナーが心配か?よーし、俺が教えてやるぞ!」

急にやる気を出したリクハルド様はアレクシを抱き上げて、自分の膝の上に座らせた。マナー講師としてはありえない教え方だがこういう飛び越えた遠慮のない気遣いはこの人じゃないとできないな、と感心する。

「まずは前菜だな。このフォークとナイフを使って」
「うん」

リクハルド様がフォローしてくれることで安心したアレクシがフォークとナイフを使って口に入れる。

「おいしい!」
「そうか!良かったな。いっぱい食べろよ」
「僕これ大好き」

アスパラやトマトが入っているマリネを嬉しそうに食べるアレクシに両親も王子様も執事もほっこりしている。

「それはエビだな。エビ美味しいか?」
「兄さん、これサーモンだと思うよ」
「ええ!?どう見てもエビだろ!」
「エビ?サーモン?」

首を傾げながらアレクシが食べる。

「アレクシ、これはサーモンだよ。間違った知識を入れると兄さんみたいに味覚オンチになっちゃうからね」
「失礼な!?」

王子様の弾けっぷりに両親は目を白黒させて驚いている。いつもは偉そうにカッコつけているのでまさかこんなアホみたいな人だとは思ってもみなかっただろう。

「明日の朝は一緒にホットケーキでも作るか。それで夜は城の近くにあるレストランで食べような。あそこは庶民的だがハンバーグが旨いんだ!」

いや、厨房に王子様が入ってきて料理し始めたらシルキア家のシェフが心労で倒れるわ。
ん?それよりも何か聞き捨てならない言葉が聞こえたが。

「ちょっと待ってください。何で王都に行く設定なんですか!?」
「明日から王城に向かうんだよ?ティナも一緒に」
「へ!?」
「ラッセに聞いてないの?」

何てことないようにスレヴィ様が答える。ラッセの方を見るとコホンと一つ咳払いをした。

「先に言ったらお嬢様は逃げる恐れがありますので」
「ええー!王城嫌ぁ―っ、行きたくない!!」
「何で?うちの家だよ?お宅訪問と気楽に思えばいいじゃない」
「絶対そんな気楽な話じゃないでしょ!騙されませんよ!?」
「アレクシだってお城楽しみだよなー?」
「お城ー?うん、行ってみたい!」

おい、アレクシを利用するんじゃない!もうアレクシが無邪気に喜んじゃってるじゃないか!

「ふふ、本当のティナはこんな感じなのね。私たちにも見せてもらえて嬉しいわ」
「そうだな」

騒ぐ私たちを両親が嬉しそうに見守る中、わだかまりが消え笑いが戻ったシルキア伯爵家の夜は賑やかに更けていったのだった。

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