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31:断罪
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応接室には両親、リクハルド様、スレヴィ様、それに王家の護衛が一人。
どこかピリッとした空気を察知したアレクシが恐がってしがみついてきたが、スレヴィ様が微笑んで手を振ったことで安心したようだ。
ユーリアは秋の休暇でこの屋敷に戻っているという。屋敷の裏口から入らされたのはユーリアと鉢合せにならないようにするためだったらしい。そして待機していた部屋は長年この屋敷で暮らしていた私でさえ行ったことのない場所だからユーリアだって足を向けないだろう。
今日は二人の王子様が会いに来る、としか伝えていないようなので今頃本人は着飾ってワクワクしているんじゃないだろうか。
(ユーリアか…)
何だかその存在さえ忘れていた気がする。イヴァロンに行って毎日が忙しくて充実してて。最初の頃は意識的に考えないようにしていたがいつの間にか本格的に忘れていたらしい。
(…何されたんだったっけ?)
ほんの数か月前のことなのにそれすらうろ覚えだ。だがこの四人の様子を見る限りこの“決着”はそう生易しいものではないのだろう。挨拶した時にスレヴィ様は笑顔を見せてくれたがリクハルド様はずっと神妙な顔をしている。
ほどなくしてカチャッと扉が開きユーリアが入ってきた。着ているドレスも宝石もかなり上質なものだと一目でわかる。以前よりもずっと洗練されており、すっかり庶民の装いになった私とは大違いだ。ユーリアがスカートの裾を摘まみ綺麗にお辞儀をする。その姿は完璧な伯爵令嬢で誰もが一目置くだろう。
「リクハルド殿下、スレヴィ殿下。本日はお会いできて光栄です」
そう言って笑顔で顔を上げた瞬間、ユーリアの表情が凍り付いた。末席に私がいることに気がついたのだろう。
「ど、どうして…お姉さまが…ここに」
…そんなもん私だって知りたいわ。
ユーリアがいつかのように顔を青くして震え出した。それが演技なのか本物なのか、残念ながら私には見分けがつかない。ラッセに促され母親の隣に着席したが怯えたように小さくなっている。純粋なアレクシがその様子に心配したのだろう、私を見上げてきたが大丈夫、と頭を撫でる。
「ユーリア嬢。ずいぶんと顔色が悪いが大丈夫か?」
リクハルド様がそう尋ねるが言葉と顔が合っていない。その厳しい顔は心配なんかしていないだろう。ユーリアがここまで震えているのに両親も一瞥しただけだ。
「今日はクリスティナ嬢が追放された件についてシルキア夫妻とユーリア嬢に直接伺うために来させてもらいました。と言っても随分遅くなってしまったのですが」
スレヴィ様がそう言うとユーリアがビクッと反応した。今さら蒸し返されると思わなかったのかもしれない。
「あの時はバタバタとクリスティナ嬢を追い出すような形になってしまったようですが彼女の知己である兄と私にも知る権利はあるはずです」
「順を追って話を伺いたい」
王子様二人の言葉に父がわかりました、と頷く。私を退学、追放する決め手となったのはすべて私の筆跡と思われる手紙とメモだ。ソフィア様を突き落としたのも、エルヴィ様への嫌がらせも私がやったものではない。私から指示を受けたというユーリアが実行したものだ。
「私は手紙もメモも書いてませんが」
「でもクリスティナ嬢の筆跡だという鑑定は出ている」
渡された鑑定書を確認する。然るべきところに依頼したのか鑑定書におかしな点はないように思った。こればっかりは私にもどうしたら良いのかわからない。そもそもこの時代の筆跡鑑定の信憑性というのがどのくらいなのかも私にはわからないが。
「あの…」
か細い声でユーリアが口を開く。
「実は…あれからもお姉さまから手紙が届いていて…」
「はぁ」
思わずため息が漏れてしまった。この状況下でよくそんなこと言い出せたな、と逆に感心する。
(しかもバカのひとつ覚えみたいにまた手紙かよ)
「お姉様から虫の死骸が送られてきたんです!」ぐらいやってみたら面白いのに。まぁ集めるのも嫌だからやらないだろうが。しかもどこまで用意周到なのか、今それを持っているらしい。王子様が自分に会いに来たと知り、更に私を追い詰める相談でもしようと思っていたのだろう。
「手紙、見せて?」
「は、はい…」
スレヴィ様が手紙を要求するとユーリアが震える手で渡す。スレヴィ様は中から便箋を取り出し封筒を机の上に置くとその内容を確認した。またろくでもない脅迫文なのだろう。
「確かにこれはクリスティナ嬢の字に見えるね。封筒に消印も入ってる」
「まさか追放されてまで…送ってくるなんて…私、恐くて、」
まさか追放されてまで手紙偽造されるなんて…こっちが言いたいわ。
そう心の中で悪態をついていた時、机の上に置かれている封筒をじっと見ていたアレクシが何かに気がついたようだ。私の膝からトン、と下りて封筒を手に取るとユーリアの前に立つ。まさかアレクシが動くと思ってなかったのでみんな虚を突かれた。
「イヴァロンにゆうびん屋さんはないよ?」
「え…」
「お手紙送るときは大きな街に出てそこのゆうびん屋さんでお金を払うんだよ。だからイヴァロンって書いてあるハンコはないんだよ。この間ティナ様と街でお手紙出した時に見せてもらったから僕知ってる」
そういえばこの間嘆願書を送るのにアレクシと街に行った。初めての郵便局でアレクシが興味津々だったため局員が印鑑のことなどを詳しく教えてくれたのだ。
どうしてイヴァロンって書いてあるんだろう、と消印を見て首を傾げるアレクシの純粋な疑問にユーリアの顔が真顔になった。
まさかイヴァロンが郵便局もない田舎だとは思ってもみなかったのだろう。つまりそれはあるはずのない偽造された印鑑だ。
フン、と誰かが鼻で笑った。
「…いったいどこから送られた手紙なんだろうな」
それは、とリクハルド様の冷たい声が響く。
「お前が最近になって手紙を偽造してくれたおかげでレフトラ伯爵が懇意にしている私文書偽造職人にも足がついた。これだけがなかなか見つからなくてこっちは助かったわ」
「っ…そんな」
「何も知らないとでも思ったか?揃いも揃って皆綺麗に騙されてくれると?」
リクハルド様の冷酷な声が響く。この絶対的な圧力を前にとてもじゃないがユーリアは反論できないだろう。
「名誉毀損、私文書偽造、殺人未遂共謀…ああ、あとは肉親殺し…いや、肉親かどうかもわかったもんじゃないが。お前がカルミ子爵の殺害に関わっていることはもう調べがついている」
んん!?何も知らされていない私にしたら衝撃の事実だが、皆知ってる感じの空気感に驚くことも出来ずに平静を装う。
「お前一生表歩くことはないかもな」
シン、と静まり返った応接室。自分が何か変なことを言ったせいではないかとアレクシの表情が不安気に染まったのを察知してスレヴィ様が席を立ちアレクシを抱き上げた。ギュッと抱き着いたアレクシに大丈夫だとでも言うように背中をポンポンと撫でてあげている。ここはスレヴィ様にお任せしよう。
「ティナ。何か言いたいことはあるか?」
リクハルド様にそう問われて考える。濡れ衣を着せられたことは確かに悔しかったが今考えてもびっくりするほどユーリアへの感情は皆無だ。それはたぶんユーリアがシルキア家の養子に来た時からずっと。
「いいえ、何も。最初からこの方には少しも興味ありませんので」
「っ…」
「あ、でも一つだけ」
ユーリアの顔がこちらに向いた。絶望的な顔をしているかと思えばその瞳には悔しさが溢れているように見える。その腐った性根には心底感心する。シルキア伯爵家に来た時点で真っ当に生きていたら…いや、カルミ子爵家にいたとしてもそれなりに幸せな人生を送れただろうに。ほんの少しだけ同情する、いや、本当に少しだけ。
「あなたが私をイヴァロンに追いやっていなければアレクシとは出会えていないので感謝しますわ。どうもありがとう」
そう言って綺麗に微笑むとユーリアの顔が醜く歪んだ。
連れていけ、とリクハルド様が冷たく言い放つと顔を真っ青にしたユーリアは護衛に引っ張られ扉の向こうで待機していた警察に連行されていった。
もう二度と、会うことはないだろう。
どこかピリッとした空気を察知したアレクシが恐がってしがみついてきたが、スレヴィ様が微笑んで手を振ったことで安心したようだ。
ユーリアは秋の休暇でこの屋敷に戻っているという。屋敷の裏口から入らされたのはユーリアと鉢合せにならないようにするためだったらしい。そして待機していた部屋は長年この屋敷で暮らしていた私でさえ行ったことのない場所だからユーリアだって足を向けないだろう。
今日は二人の王子様が会いに来る、としか伝えていないようなので今頃本人は着飾ってワクワクしているんじゃないだろうか。
(ユーリアか…)
何だかその存在さえ忘れていた気がする。イヴァロンに行って毎日が忙しくて充実してて。最初の頃は意識的に考えないようにしていたがいつの間にか本格的に忘れていたらしい。
(…何されたんだったっけ?)
ほんの数か月前のことなのにそれすらうろ覚えだ。だがこの四人の様子を見る限りこの“決着”はそう生易しいものではないのだろう。挨拶した時にスレヴィ様は笑顔を見せてくれたがリクハルド様はずっと神妙な顔をしている。
ほどなくしてカチャッと扉が開きユーリアが入ってきた。着ているドレスも宝石もかなり上質なものだと一目でわかる。以前よりもずっと洗練されており、すっかり庶民の装いになった私とは大違いだ。ユーリアがスカートの裾を摘まみ綺麗にお辞儀をする。その姿は完璧な伯爵令嬢で誰もが一目置くだろう。
「リクハルド殿下、スレヴィ殿下。本日はお会いできて光栄です」
そう言って笑顔で顔を上げた瞬間、ユーリアの表情が凍り付いた。末席に私がいることに気がついたのだろう。
「ど、どうして…お姉さまが…ここに」
…そんなもん私だって知りたいわ。
ユーリアがいつかのように顔を青くして震え出した。それが演技なのか本物なのか、残念ながら私には見分けがつかない。ラッセに促され母親の隣に着席したが怯えたように小さくなっている。純粋なアレクシがその様子に心配したのだろう、私を見上げてきたが大丈夫、と頭を撫でる。
「ユーリア嬢。ずいぶんと顔色が悪いが大丈夫か?」
リクハルド様がそう尋ねるが言葉と顔が合っていない。その厳しい顔は心配なんかしていないだろう。ユーリアがここまで震えているのに両親も一瞥しただけだ。
「今日はクリスティナ嬢が追放された件についてシルキア夫妻とユーリア嬢に直接伺うために来させてもらいました。と言っても随分遅くなってしまったのですが」
スレヴィ様がそう言うとユーリアがビクッと反応した。今さら蒸し返されると思わなかったのかもしれない。
「あの時はバタバタとクリスティナ嬢を追い出すような形になってしまったようですが彼女の知己である兄と私にも知る権利はあるはずです」
「順を追って話を伺いたい」
王子様二人の言葉に父がわかりました、と頷く。私を退学、追放する決め手となったのはすべて私の筆跡と思われる手紙とメモだ。ソフィア様を突き落としたのも、エルヴィ様への嫌がらせも私がやったものではない。私から指示を受けたというユーリアが実行したものだ。
「私は手紙もメモも書いてませんが」
「でもクリスティナ嬢の筆跡だという鑑定は出ている」
渡された鑑定書を確認する。然るべきところに依頼したのか鑑定書におかしな点はないように思った。こればっかりは私にもどうしたら良いのかわからない。そもそもこの時代の筆跡鑑定の信憑性というのがどのくらいなのかも私にはわからないが。
「あの…」
か細い声でユーリアが口を開く。
「実は…あれからもお姉さまから手紙が届いていて…」
「はぁ」
思わずため息が漏れてしまった。この状況下でよくそんなこと言い出せたな、と逆に感心する。
(しかもバカのひとつ覚えみたいにまた手紙かよ)
「お姉様から虫の死骸が送られてきたんです!」ぐらいやってみたら面白いのに。まぁ集めるのも嫌だからやらないだろうが。しかもどこまで用意周到なのか、今それを持っているらしい。王子様が自分に会いに来たと知り、更に私を追い詰める相談でもしようと思っていたのだろう。
「手紙、見せて?」
「は、はい…」
スレヴィ様が手紙を要求するとユーリアが震える手で渡す。スレヴィ様は中から便箋を取り出し封筒を机の上に置くとその内容を確認した。またろくでもない脅迫文なのだろう。
「確かにこれはクリスティナ嬢の字に見えるね。封筒に消印も入ってる」
「まさか追放されてまで…送ってくるなんて…私、恐くて、」
まさか追放されてまで手紙偽造されるなんて…こっちが言いたいわ。
そう心の中で悪態をついていた時、机の上に置かれている封筒をじっと見ていたアレクシが何かに気がついたようだ。私の膝からトン、と下りて封筒を手に取るとユーリアの前に立つ。まさかアレクシが動くと思ってなかったのでみんな虚を突かれた。
「イヴァロンにゆうびん屋さんはないよ?」
「え…」
「お手紙送るときは大きな街に出てそこのゆうびん屋さんでお金を払うんだよ。だからイヴァロンって書いてあるハンコはないんだよ。この間ティナ様と街でお手紙出した時に見せてもらったから僕知ってる」
そういえばこの間嘆願書を送るのにアレクシと街に行った。初めての郵便局でアレクシが興味津々だったため局員が印鑑のことなどを詳しく教えてくれたのだ。
どうしてイヴァロンって書いてあるんだろう、と消印を見て首を傾げるアレクシの純粋な疑問にユーリアの顔が真顔になった。
まさかイヴァロンが郵便局もない田舎だとは思ってもみなかったのだろう。つまりそれはあるはずのない偽造された印鑑だ。
フン、と誰かが鼻で笑った。
「…いったいどこから送られた手紙なんだろうな」
それは、とリクハルド様の冷たい声が響く。
「お前が最近になって手紙を偽造してくれたおかげでレフトラ伯爵が懇意にしている私文書偽造職人にも足がついた。これだけがなかなか見つからなくてこっちは助かったわ」
「っ…そんな」
「何も知らないとでも思ったか?揃いも揃って皆綺麗に騙されてくれると?」
リクハルド様の冷酷な声が響く。この絶対的な圧力を前にとてもじゃないがユーリアは反論できないだろう。
「名誉毀損、私文書偽造、殺人未遂共謀…ああ、あとは肉親殺し…いや、肉親かどうかもわかったもんじゃないが。お前がカルミ子爵の殺害に関わっていることはもう調べがついている」
んん!?何も知らされていない私にしたら衝撃の事実だが、皆知ってる感じの空気感に驚くことも出来ずに平静を装う。
「お前一生表歩くことはないかもな」
シン、と静まり返った応接室。自分が何か変なことを言ったせいではないかとアレクシの表情が不安気に染まったのを察知してスレヴィ様が席を立ちアレクシを抱き上げた。ギュッと抱き着いたアレクシに大丈夫だとでも言うように背中をポンポンと撫でてあげている。ここはスレヴィ様にお任せしよう。
「ティナ。何か言いたいことはあるか?」
リクハルド様にそう問われて考える。濡れ衣を着せられたことは確かに悔しかったが今考えてもびっくりするほどユーリアへの感情は皆無だ。それはたぶんユーリアがシルキア家の養子に来た時からずっと。
「いいえ、何も。最初からこの方には少しも興味ありませんので」
「っ…」
「あ、でも一つだけ」
ユーリアの顔がこちらに向いた。絶望的な顔をしているかと思えばその瞳には悔しさが溢れているように見える。その腐った性根には心底感心する。シルキア伯爵家に来た時点で真っ当に生きていたら…いや、カルミ子爵家にいたとしてもそれなりに幸せな人生を送れただろうに。ほんの少しだけ同情する、いや、本当に少しだけ。
「あなたが私をイヴァロンに追いやっていなければアレクシとは出会えていないので感謝しますわ。どうもありがとう」
そう言って綺麗に微笑むとユーリアの顔が醜く歪んだ。
連れていけ、とリクハルド様が冷たく言い放つと顔を真っ青にしたユーリアは護衛に引っ張られ扉の向こうで待機していた警察に連行されていった。
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