上 下
31 / 62

31:断罪

しおりを挟む
 応接室には両親、リクハルド様、スレヴィ様、それに王家の護衛が一人。
どこかピリッとした空気を察知したアレクシが恐がってしがみついてきたが、スレヴィ様が微笑んで手を振ったことで安心したようだ。
ユーリアは秋の休暇でこの屋敷に戻っているという。屋敷の裏口から入らされたのはユーリアと鉢合せにならないようにするためだったらしい。そして待機していた部屋は長年この屋敷で暮らしていた私でさえ行ったことのない場所だからユーリアだって足を向けないだろう。

今日は二人の王子様が会いに来る、としか伝えていないようなので今頃本人は着飾ってワクワクしているんじゃないだろうか。

(ユーリアか…)

何だかその存在さえ忘れていた気がする。イヴァロンに行って毎日が忙しくて充実してて。最初の頃は意識的に考えないようにしていたがいつの間にか本格的に忘れていたらしい。

(…何されたんだったっけ?)

ほんの数か月前のことなのにそれすらうろ覚えだ。だがこの四人の様子を見る限りこの“決着”はそう生易しいものではないのだろう。挨拶した時にスレヴィ様は笑顔を見せてくれたがリクハルド様はずっと神妙な顔をしている。

ほどなくしてカチャッと扉が開きユーリアが入ってきた。着ているドレスも宝石もかなり上質なものだと一目でわかる。以前よりもずっと洗練されており、すっかり庶民の装いになった私とは大違いだ。ユーリアがスカートの裾を摘まみ綺麗にお辞儀をする。その姿は完璧な伯爵令嬢で誰もが一目置くだろう。

「リクハルド殿下、スレヴィ殿下。本日はお会いできて光栄です」

そう言って笑顔で顔を上げた瞬間、ユーリアの表情が凍り付いた。末席に私がいることに気がついたのだろう。

「ど、どうして…お姉さまが…ここに」

…そんなもん私だって知りたいわ。
ユーリアがいつかのように顔を青くして震え出した。それが演技なのか本物なのか、残念ながら私には見分けがつかない。ラッセに促され母親の隣に着席したが怯えたように小さくなっている。純粋なアレクシがその様子に心配したのだろう、私を見上げてきたが大丈夫、と頭を撫でる。

「ユーリア嬢。ずいぶんと顔色が悪いが大丈夫か?」

リクハルド様がそう尋ねるが言葉と顔が合っていない。その厳しい顔は心配なんかしていないだろう。ユーリアがここまで震えているのに両親も一瞥しただけだ。

「今日はクリスティナ嬢が追放された件についてシルキア夫妻とユーリア嬢に直接伺うために来させてもらいました。と言っても随分遅くなってしまったのですが」

スレヴィ様がそう言うとユーリアがビクッと反応した。今さら蒸し返されると思わなかったのかもしれない。

「あの時はバタバタとクリスティナ嬢を追い出すような形になってしまったようですが彼女の知己である兄と私にも知る権利はあるはずです」
「順を追って話を伺いたい」

王子様二人の言葉に父がわかりました、と頷く。私を退学、追放する決め手となったのはすべて私の筆跡と思われる手紙とメモだ。ソフィア様を突き落としたのも、エルヴィ様への嫌がらせも私がやったものではない。私から指示を受けたというユーリアが実行したものだ。

「私は手紙もメモも書いてませんが」
「でもクリスティナ嬢の筆跡だという鑑定は出ている」

渡された鑑定書を確認する。然るべきところに依頼したのか鑑定書におかしな点はないように思った。こればっかりは私にもどうしたら良いのかわからない。そもそもこの時代の筆跡鑑定の信憑性というのがどのくらいなのかも私にはわからないが。

「あの…」

か細い声でユーリアが口を開く。

「実は…あれからもお姉さまから手紙が届いていて…」
「はぁ」

思わずため息が漏れてしまった。この状況下でよくそんなこと言い出せたな、と逆に感心する。

(しかもバカのひとつ覚えみたいにまた手紙かよ)

「お姉様から虫の死骸が送られてきたんです!」ぐらいやってみたら面白いのに。まぁ集めるのも嫌だからやらないだろうが。しかもどこまで用意周到なのか、今それを持っているらしい。王子様が自分に会いに来たと知り、更に私を追い詰める相談でもしようと思っていたのだろう。

「手紙、見せて?」
「は、はい…」

スレヴィ様が手紙を要求するとユーリアが震える手で渡す。スレヴィ様は中から便箋を取り出し封筒を机の上に置くとその内容を確認した。またろくでもない脅迫文なのだろう。

「確かにこれはクリスティナ嬢の字に見えるね。封筒に消印も入ってる」
「まさか追放されてまで…送ってくるなんて…私、恐くて、」

まさか追放されてまで手紙偽造されるなんて…こっちが言いたいわ。
そう心の中で悪態をついていた時、机の上に置かれている封筒をじっと見ていたアレクシが何かに気がついたようだ。私の膝からトン、と下りて封筒を手に取るとユーリアの前に立つ。まさかアレクシが動くと思ってなかったのでみんな虚を突かれた。

「イヴァロンにゆうびん屋さんはないよ?」
「え…」
「お手紙送るときは大きな街に出てそこのゆうびん屋さんでお金を払うんだよ。だからイヴァロンって書いてあるハンコはないんだよ。この間ティナ様と街でお手紙出した時に見せてもらったから僕知ってる」

そういえばこの間嘆願書を送るのにアレクシと街に行った。初めての郵便局でアレクシが興味津々だったため局員が印鑑のことなどを詳しく教えてくれたのだ。
どうしてイヴァロンって書いてあるんだろう、と消印を見て首を傾げるアレクシの純粋な疑問にユーリアの顔が真顔になった。
まさかイヴァロンが郵便局もない田舎だとは思ってもみなかったのだろう。つまりそれはあるはずのない偽造された印鑑だ。
フン、と誰かが鼻で笑った。

「…いったいどこから送られた手紙なんだろうな」

それは、とリクハルド様の冷たい声が響く。

「お前が最近になって手紙を偽造してくれたおかげでレフトラ伯爵が懇意にしている私文書偽造職人にも足がついた。これだけがなかなか見つからなくてこっちは助かったわ」
「っ…そんな」
「何も知らないとでも思ったか?揃いも揃って皆綺麗に騙されてくれると?」

リクハルド様の冷酷な声が響く。この絶対的な圧力を前にとてもじゃないがユーリアは反論できないだろう。

「名誉毀損、私文書偽造、殺人未遂共謀…ああ、あとは肉親殺し…いや、肉親かどうかもわかったもんじゃないが。お前がカルミ子爵の殺害に関わっていることはもう調べがついている」

んん!?何も知らされていない私にしたら衝撃の事実だが、皆知ってる感じの空気感に驚くことも出来ずに平静を装う。

「お前一生表歩くことはないかもな」

シン、と静まり返った応接室。自分が何か変なことを言ったせいではないかとアレクシの表情が不安気に染まったのを察知してスレヴィ様が席を立ちアレクシを抱き上げた。ギュッと抱き着いたアレクシに大丈夫だとでも言うように背中をポンポンと撫でてあげている。ここはスレヴィ様にお任せしよう。

「ティナ。何か言いたいことはあるか?」

リクハルド様にそう問われて考える。濡れ衣を着せられたことは確かに悔しかったが今考えてもびっくりするほどユーリアへの感情は皆無だ。それはたぶんユーリアがシルキア家の養子に来た時からずっと。

「いいえ、何も。最初からこの方には少しも興味ありませんので」
「っ…」
「あ、でも一つだけ」

ユーリアの顔がこちらに向いた。絶望的な顔をしているかと思えばその瞳には悔しさが溢れているように見える。その腐った性根には心底感心する。シルキア伯爵家に来た時点で真っ当に生きていたら…いや、カルミ子爵家にいたとしてもそれなりに幸せな人生を送れただろうに。ほんの少しだけ同情する、いや、本当に少しだけ。

「あなたが私をイヴァロンに追いやっていなければアレクシとは出会えていないので感謝しますわ。どうもありがとう」

そう言って綺麗に微笑むとユーリアの顔が醜く歪んだ。
連れていけ、とリクハルド様が冷たく言い放つと顔を真っ青にしたユーリアは護衛に引っ張られ扉の向こうで待機していた警察に連行されていった。


もう二度と、会うことはないだろう。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります

みゅー
恋愛
 私このシーンや会話の内容を知っている。でも何故? と、思い出そうとするが目眩がし気分が悪くなってしまった、そして前世で読んだ小説の世界に転生したと気づく主人公のサファイア。ところが最推しの公爵令息には最愛の女性がいて、自分とは結ばれないと知り……  それでも主人公は健気には推しの幸せを願う。そんな切ない話を書きたくて書きました。 ハッピーエンドです。

【完結】聖女として召喚されましたが、無力なようなのでそろそろお暇したいと思います

藍生蕗
恋愛
聖女として異世界へ召喚された柚子。 けれどその役割を果たせないままに、三年の月日が経った。そして痺れを切らした神殿は、もう一人、新たな聖女を召喚したのだった。 柚子とは違う異世界から来たセレナは聖女としての価値を示し、また美しく皆から慕われる存在となっていく。 ここから出たい。 召喚された神殿で過ごすうちに柚子はそう思うようになった。 全てを諦めたままこのまま過ごすのは辛い。 一時、希望を見出した暮らしから離れるのは寂しかったが、それ以上に存在を忘れられる度、疎まれる度、身を削られるような気になって辛かった。 そこにあった密かに抱えていた恋心。 手放せるうちに去るべきだ。 そう考える柚子に差し伸べてくれた者たちの手を掴み、柚子は神殿から一歩踏み出すのだけど…… 中編くらいの長さです。 ※ 暴力的な表現がありますので、苦手な方はご注意下さい。 他のサイトでも公開しています

モブに転生したので前世の好みで選んだモブに求婚しても良いよね?

狗沙萌稚
恋愛
乙女ゲーム大好き!漫画大好き!な普通の平凡の女子大生、水野幸子はなんと大好きだった乙女ゲームの世界に転生?! 悪役令嬢だったらどうしよう〜!! ……あっ、ただのモブですか。 いや、良いんですけどね…婚約破棄とか断罪されたりとか嫌だから……。 じゃあヒロインでも悪役令嬢でもないなら 乙女ゲームのキャラとは関係無いモブ君にアタックしても良いですよね?

幽霊じゃありません!足だってありますから‼

かな
恋愛
私はトバルズ国の公爵令嬢アーリス・イソラ。8歳の時に木の根に引っかかって頭をぶつけたことにより、前世に流行った乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったことに気づいた。だが、婚約破棄しても国外追放か修道院行きという緩い断罪だった為、自立する為のスキルを学びつつ、国外追放後のスローライフを夢見ていた。 断罪イベントを終えた数日後、目覚めたら幽霊と騒がれてしまい困惑することに…。えっ?私、生きてますけど ※ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください(*・ω・)*_ _)ペコリ ※遅筆なので、ゆっくり更新になるかもしれません。

どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい

海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。 その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。 赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。 だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。 私のHPは限界です!! なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。 しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ! でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!! そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような? ♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟ 皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います! この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

【完結】スクールカースト最下位の嫌われ令嬢に転生したけど、家族に溺愛されてます。

永倉伊織
恋愛
エリカ・ウルツァイトハート男爵令嬢は、学園のトイレでクラスメイトから水をぶっかけられた事で前世の記憶を思い出す。 前世で日本人の春山絵里香だった頃の記憶を持ってしても、スクールカースト最下位からの脱出は困難と判断したエリカは 自分の価値を高めて苛めるより仲良くした方が得だと周囲に分かって貰う為に、日本人の頃の記憶を頼りにお菓子作りを始める。 そして、エリカのお菓子作りがエリカを溺愛する家族と、王子達を巻き込んで騒動を起こす?! 嫌われ令嬢エリカのサクセスお菓子物語、ここに開幕!

悪役令嬢に転生したら溺愛された。(なぜだろうか)

どくりんご
恋愛
 公爵令嬢ソフィア・スイートには前世の記憶がある。  ある日この世界が乙女ゲームの世界ということに気づく。しかも自分が悪役令嬢!?  悪役令嬢みたいな結末は嫌だ……って、え!?  王子様は何故か溺愛!?なんかのバグ!?恥ずかしい台詞をペラペラと言うのはやめてください!推しにそんなことを言われると照れちゃいます!  でも、シナリオは変えられるみたいだから王子様と幸せになります!  強い悪役令嬢がさらに強い王子様や家族に溺愛されるお話。 HOT1/10 1位ありがとうございます!(*´∇`*) 恋愛24h1/10 4位ありがとうございます!(*´∇`*)

処理中です...