4 / 62
4:第二王子
しおりを挟む(今って前世の西暦で言ったらどれくらいなんだろう?)
先日、「戦国大名たちは何のために戦っているのか?」みたいなテーマの本を見つけたので読んでみた。もしかしたら東の方には名前は違えど日本みたいな国があるのかも知れない。窓からヨーロッパ調の街並みを見てふと思う。
(…前世で死んだ年の大河ドラマって何だったっけ?)
そんなどうでもいいことを考えていた時、メイドが慌てたように部屋に入って来た。
「どうしたの?」
「リクハルド殿下から速達です!」
「え、速達!?」
今まで何度も手紙をもらったが速達なんて初めてだ。何かあったのか、とドキドキしながら手紙を開く。
「!」
「…クリスティナ様?」
「今からトルレオにある王家の保養地に向かいます」
「え、今からですか!?」
驚くのも無理はない。ここからトルレオまで馬車で早くとも五時間はかかる。時刻はもう正午を過ぎている。山道も通らなければならないから行くにはギリギリの時間だ。
「スレヴィ様が倒れられたって」
「えっ!?」
「私は父に報告に行くので馬車の準備をお願いできる?それと適当で良いから数日分の着替えの準備をお願いします」
「わかりました!お任せください!」
メイドが慌ただしく準備を進めてくれる中、父の執務室に向かう。リクハルド様の慌てた文面を見る限りでは最悪の事態も考えなければならない、と震える足に力を入れた ――
***
「あれ、ティナどうしたの?」
「え」
双方見つめ合ったまま沈黙が続いた。
……スレヴィ様はバルコニーのテーブルで優雅に読書をしていた。
ノーアポで来たからまずいかなと思いつつ、門番に「リクハルド殿下から速達が届いて…」と言った瞬間なぜか謝られたのはこれだったのか。
「…もしかして兄さんから手紙来た?」
「速達を頂いて」
「本っ当に申し訳ない!」
「…はぁぁ…」
「ティナ!」
安心したら腰が抜けてしまった。座り込んだ私にスレヴィ様が焦って駆け寄って支えてくれる。
「心配かけたね、ごめんね」
「いいえ、良かったぁ…」
手を借りて椅子に座らせてもらうとスレヴィ様が向かい側に座る。タイミングよくメイドがハーブティを淹れてきてくれた。ほんのりレモンの香りがするそれをひと口飲むと心が少し落ち着く。
「手紙何て?」
「えーと…「スレヴィが倒れた!至急トルレオに向かってくれ!」とだけ。余程焦ってたのかインクがぼとぼと落ちてるし折り目がめちゃくちゃ」
「なるほど、それはびっくりするよね」
手紙を見せるとスレヴィ様が困ったように笑う。
聞けばスレヴィ様は視察に付いていった帰りに熱を出してしまい、王都に戻るよりもこちらの方が早かったのでここで静養していたらしい。
「発作は?」
「起きてないよ。そんな高い熱でもなかったし」
「そうですか」
スレヴィ様は喘息を持っている。
幼い頃一時期危なかった事があったのでその時の恐怖がリクハルド様の中にあるのだろう。
「みんな過保護すぎて困るよね」
「それだけスレヴィ様のことが大事なんですよ」
照れたように頬を染めて笑う顔は幼い頃の面影があってやっぱり天使みたいだ。
「着替えは持ってきた?」
「ええ、数日分は」
「だったら一緒にゆっくりしよう?どうせ兄さんも駆け込んで来ると思うし」
今年十六才になったリクハルド様は隣国に遊学中だ。この手紙の様子だと即刻戻って来るに違いない。
「ティナが来てくれて嬉しいな」
「久しぶりですものね」
「うん、今日もティナの“前世の話”たくさん聞かせてね」
「ええ」
スレヴィ様は二つ年下だが幼い頃から異様に鋭い。あの地獄のお茶会の後に会った時「しょうわ」って何?から始まり、私が端々でうっかり漏らしてしまう前世の言葉を聞き逃さず問い詰めてくるため遂に白状してしまった。
黙ってくれているので今のところ私が転生者だと知っているのはスレヴィ様だけだ。
リクハルド様の前でもうっかり前世情報を話してしまうこともあるのだが、あの人はなーんにも引っ掛からないらしい。
楽しそうにニコニコ笑うスレヴィ様を見て、リクハルド様の早とちりであって本当に良かったと胸を撫で下ろした。
**
「寒くありませんか?」
「ううん、大丈夫だよ」
スレヴィ様が使っている部屋のバルコニーに大きめのマットレスを敷いて各々毛布にくるまる。星が好きだというスレヴィ様とはこうして何度も天体観測をしてきた。
リクハルド様が一緒の時もあったがあの人は星に興味がないからすぐにコロンと眠ってしまうのだ。
「この間は何を話したかな?」
「見るものを石に変えてしまう目を持つメドゥーサを退治したペルセウス」
「そうでしたね」
この世界に来たときに驚いたのは星は前世と同じだったことだ。オリオン座なんかを見つけた時は少し感傷に浸ってしまった。
ただ国の成り立ちが全然違うからか星座や神話というものはまったくないらしい。
昔読み耽った星座神話をスレヴィ様に話すとハマってしまったようでこうして毎回リクエストされる。
「では今日はそれに繋がるアンドロメダ座のお話を」
―― アンドロメダ姫は古代エチオピアの王ケフェウスの娘でした。ある日、母親であるカシオペアが「海の神の娘達よりも私の娘の方が美しい」と自慢したことで海の神ポセイドンの怒りを買ってしまい、古代エチオピアに大洪水をもたらしてしまいます。
困ったケフェウス王が神々に祈ると「娘のアンドロメダを海の海獣くじらの生け贄に捧げれば災いが静まるだろう」とお告げをもらいます。そしてアンドロメダ姫を海の岩に繋ぎ生贄に捧げたのです。
岩に繋がれたアンドロメダ姫をメドゥーサ退治の帰路についていた英雄ペルセウスが発見します。アンドロメダの美貌に惹かれたペルセウスは沖合からやってきたお化けくじらをメドゥーサの首で石にしてしまい、見事怪物退治を成功させました。そしてめでたくアンドロメダ姫とペルセウスは結婚するのでした ――
「…娘生け贄にしちゃうんだ」
「恐いよね」
「…うん、かなりひく」
なかなか凄絶な物語だと思う。ケフェウス、カシオペア、くじら、ペルセウスが乗ってたペガサスも星座になってるよ、と指で辿るとスレヴィ様は一生懸命探していて可愛い。
「ペルセウス格好いいなぁ」
「そうですね」
「アンドロメダ姫はティナみたいに綺麗だったのかな」
「え」
「だったら自慢したくなるのもわかるかも」
そう小さい声で呟いたと思ったらスレヴィ様が私の肩にコテっと倒れてきた。
「大丈夫ですか!?しんどくなった!?」
「ううん、眠くなっただけ」
本当かな、とおでこに手の平を当ててみても確かに熱はなさそうだ。しかし病み上がりだしちゃんとベッドで眠った方が良いだろう。
「スレヴィ様、部屋に入りましょう」
「少しだけここで眠らせて?」
「あっ、…もう…しょうがないな」
膝の上に頭を乗せてきたスレヴィ様に呆れながらもその柔らかい髪をよしよしと撫でた。甘え上手なところは変わっていない。
「ペルセウス良いな…」
「スレヴィ様?」
「ん…」
ポツリと呟いて目を閉じたスレヴィ様から静かな寝息が聞こえ始めた。
(しがらみも葛藤も色々あるんだろうなぁ…)
王族にはつまらない伯爵令嬢の立場どころじゃない不自由さがきっとたくさんあるのだろう。それに加えてスレヴィ様は体も弱い。思い通りにいかないことの連続なのかもしれない。
「スレヴィィィィっ!!死んじゃダメだぁぁ!!」
と泣きながらリクハルド様が乱入してくるまでスレヴィ様の寝息だけが聞こえる静かな時間を過ごしたのであった。
1
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります
みゅー
恋愛
私このシーンや会話の内容を知っている。でも何故? と、思い出そうとするが目眩がし気分が悪くなってしまった、そして前世で読んだ小説の世界に転生したと気づく主人公のサファイア。ところが最推しの公爵令息には最愛の女性がいて、自分とは結ばれないと知り……
それでも主人公は健気には推しの幸せを願う。そんな切ない話を書きたくて書きました。
ハッピーエンドです。
【完結】聖女として召喚されましたが、無力なようなのでそろそろお暇したいと思います
藍生蕗
恋愛
聖女として異世界へ召喚された柚子。
けれどその役割を果たせないままに、三年の月日が経った。そして痺れを切らした神殿は、もう一人、新たな聖女を召喚したのだった。
柚子とは違う異世界から来たセレナは聖女としての価値を示し、また美しく皆から慕われる存在となっていく。
ここから出たい。
召喚された神殿で過ごすうちに柚子はそう思うようになった。
全てを諦めたままこのまま過ごすのは辛い。
一時、希望を見出した暮らしから離れるのは寂しかったが、それ以上に存在を忘れられる度、疎まれる度、身を削られるような気になって辛かった。
そこにあった密かに抱えていた恋心。
手放せるうちに去るべきだ。
そう考える柚子に差し伸べてくれた者たちの手を掴み、柚子は神殿から一歩踏み出すのだけど……
中編くらいの長さです。
※ 暴力的な表現がありますので、苦手な方はご注意下さい。
他のサイトでも公開しています
モブに転生したので前世の好みで選んだモブに求婚しても良いよね?
狗沙萌稚
恋愛
乙女ゲーム大好き!漫画大好き!な普通の平凡の女子大生、水野幸子はなんと大好きだった乙女ゲームの世界に転生?!
悪役令嬢だったらどうしよう〜!!
……あっ、ただのモブですか。
いや、良いんですけどね…婚約破棄とか断罪されたりとか嫌だから……。
じゃあヒロインでも悪役令嬢でもないなら
乙女ゲームのキャラとは関係無いモブ君にアタックしても良いですよね?
幽霊じゃありません!足だってありますから‼
かな
恋愛
私はトバルズ国の公爵令嬢アーリス・イソラ。8歳の時に木の根に引っかかって頭をぶつけたことにより、前世に流行った乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったことに気づいた。だが、婚約破棄しても国外追放か修道院行きという緩い断罪だった為、自立する為のスキルを学びつつ、国外追放後のスローライフを夢見ていた。
断罪イベントを終えた数日後、目覚めたら幽霊と騒がれてしまい困惑することに…。えっ?私、生きてますけど
※ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください(*・ω・)*_ _)ペコリ
※遅筆なので、ゆっくり更新になるかもしれません。
どうやら私(オタク)は乙女ゲームの主人公の親友令嬢に転生したらしい
海亜
恋愛
大交通事故が起きその犠牲者の1人となった私(オタク)。
その後、私は赤ちゃんー璃杏ーに転生する。
赤ちゃんライフを満喫する私だが生まれた場所は公爵家。
だから、礼儀作法・音楽レッスン・ダンスレッスン・勉強・魔法講座!?と様々な習い事がもっさりある。
私のHPは限界です!!
なのになのに!!5歳の誕生日パーティの日あることがきっかけで、大人気乙女ゲーム『恋は泡のように』通称『恋泡』の主人公の親友令嬢に転生したことが判明する。
しかも、親友令嬢には小さい頃からいろんな悲劇にあっているなんとも言えないキャラなのだ!
でも、そんな未来私(オタクでかなりの人見知りと口下手)が変えてみせる!!
そして、あわよくば最後までできなかった乙女ゲームを鑑賞したい!!・・・・うへへ
だけど・・・・・・主人公・悪役令嬢・攻略対象の性格が少し違うような?
♔♕♖♗♘♙♚♛♜♝♞♟
皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います!
この作品をよろしくお願いします!m(_ _)m
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
【完結】スクールカースト最下位の嫌われ令嬢に転生したけど、家族に溺愛されてます。
永倉伊織
恋愛
エリカ・ウルツァイトハート男爵令嬢は、学園のトイレでクラスメイトから水をぶっかけられた事で前世の記憶を思い出す。
前世で日本人の春山絵里香だった頃の記憶を持ってしても、スクールカースト最下位からの脱出は困難と判断したエリカは
自分の価値を高めて苛めるより仲良くした方が得だと周囲に分かって貰う為に、日本人の頃の記憶を頼りにお菓子作りを始める。
そして、エリカのお菓子作りがエリカを溺愛する家族と、王子達を巻き込んで騒動を起こす?!
嫌われ令嬢エリカのサクセスお菓子物語、ここに開幕!
悪役令嬢に転生したら溺愛された。(なぜだろうか)
どくりんご
恋愛
公爵令嬢ソフィア・スイートには前世の記憶がある。
ある日この世界が乙女ゲームの世界ということに気づく。しかも自分が悪役令嬢!?
悪役令嬢みたいな結末は嫌だ……って、え!?
王子様は何故か溺愛!?なんかのバグ!?恥ずかしい台詞をペラペラと言うのはやめてください!推しにそんなことを言われると照れちゃいます!
でも、シナリオは変えられるみたいだから王子様と幸せになります!
強い悪役令嬢がさらに強い王子様や家族に溺愛されるお話。
HOT1/10 1位ありがとうございます!(*´∇`*)
恋愛24h1/10 4位ありがとうございます!(*´∇`*)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる