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17:水汲みの少年
しおりを挟むリクハルド様が帰った日の午後、私は家の裏に出ていた。そこには家庭菜園ご自由にと言わんばかりに小さい畑が用意されている。半分はすでに数種類の苗が植えられていて後は水をあげてね、っていう状態だ。本当に至れり尽くせりで謎だ。
何が植えられているのかわからないので後で調べることにして取り敢えず水やりをすることにした。
「早く大きくな~れ~、そりゃっそりゃっ」
リクハルド様が汲んでおいてくれた水をバケツに移しそこから柄杓で水を撒き散らす。段々ハイになってきて変な掛け声を上げながら水をやってたら視線を感じたのでパッと振り返った。
「あ」
目が合ってしまった。恥ずい。
柵の向こうから黒髪の少年が背伸びしてこちらをじっと見ているではないか。隣の家までは相当離れているから油断していた。
「えーっと…こんにちは」
「あ…のぞいてごめんなさい」
いや、奇声が聞こえたら何かと思うだろう。近隣の子供ならば挨拶せねばと柵に近づいて少年の方に寄っていった。
「うん?どうしたの、そのケガ」
少年は半ズボンから覗いている膝を擦りむいていた。まだ血が滲んでいるからケガしたばかりなのだろう。
「お水運んでる途中で転んじゃったんだ」
「ありゃ」
「全部こぼしちゃったから今日はご飯抜きだって」
なぬ!?そんな親がいるのか!
完全な虐待じゃないか。ちょっとそこで待っててと少年を制止させ門の方に回って外に出る。そばまで行くとしゃがんで目線を合わせた。
「一緒に行って怒ってあげる」
「ううん、大丈夫!…それにこわいし」
そう言って男の子はうつむいた。これは完全な虐待案件だけどこういう時この世界ではどうしたら良いのだろう?児童相談所的なものはあるのだろうか?
この辺もっと勉強しとけば良かったな。役所に問い合わせてみるか、来月来ると言った王子様に相談するか。
「とにかくおいで。怪我の手当てとご飯食べよう」
「え、良いの!?」
「うん」
「あ、でも…」
怒られるかな…そう呟く少年。
これが負の連鎖なんだなと実感する。
「そんなの私がどうにでもするから」
「……うん」
どうせ諸々の容疑がかかって追放された身だ。拉致とか監禁とか言われたってもう動じないわ。
傷の手当てをしてあげるとしっかりお礼も言えるしえらいな、と感心した。
食事の準備をする間もちょこちょこ付いてきて物珍しそうにあれは何、これは何と質問してくる。可愛いなぁ、とほっこりする。
「これ全部食べて良いの!?」
「どうぞ召し上がれ」
「いただきます!」
目を輝かせてハンバーグを頬張る男の子に笑みしか出ない。リクハルド様と昨日山ほど作って良かったわ。
「少し質問するけど良いかな?」
「うん!」
名前はアレクシ、年は五才。
両親を早くに亡くし親戚の家に身を寄せているらしい。
「水汲みって言ってたけどアレクシの家に井戸はないの?」
「ないよ。このあたりの家に井戸があるのは村長さんのお家とかお金があるお家だけ」
うーん。
井戸を掘るにもお金がかかる。水は贅沢品なのだな、このあたりの認識も改めねばならない。
「村長さんのお家で井戸の水をもらえたりはできないの?」
「お金がある家はお金を払って井戸のお水をもらうんだ。お金がなければ川まで汲みに行くんだよ」
「マジか…」
ゲスい商売してんなぁ…。でも井戸を掘る元手がない民にすればお金を払ってでも助かっているのかもしれない。
(家の井戸を無料解放すれば…)
いや、ダメだ。いきなりそんなことしたら混乱が起こるだろうし、水で収入を得ている人が怒鳴りこんで来るに違いない。
ひとまず、そういうことをしないと収入を得られない村であることは理解した。
「川までって言ってたけどどれくらいかかるの?」
「行って帰って三時間だよ」
「!?」
この五才の子供に重いものを持たせてそんなに歩かせるのか。いや、でも前世だってそういう大変な国はあるはずだから一様に批難はできないが…。
(これは大変なことを知ってしまった)
ここで生活していくのなら無視するわけにもいくまい。翌日私はアレクシの水汲みに付いていくことにした。
***
「ティナ様大丈夫?」
「全然大丈夫じゃない…」
ひーひー言いながらアレクシに付いてきて約一時間半、ようやく川にたどり着いた。舗装された道であるはずもなくよくこんなとこ五才の子供が歩いてんな、と感心する。
伯爵令嬢の体力の無さを今日ほど実感したことはない。だって今まで引きこもって本ばかり読んでいたインドア派だったのだ。
川には先客がいた。アレクシよりも更に小さい女の子を連れた夫人だ。
「こんにちは」
「あっ…こんにちは…」
「水汲みに来られたんですか?」
「えっ、ええ…そうです」
女性は声を掛ける度にびくびくと反応する。たぶん噂のせいなんだろうけどそこまでビビる話かな?
「あの~…私のことどんな風に聞いてます?」
「あ、それは、その……妹に嫉妬して虐め倒して殺害し、他の婚約者候補の令嬢たちも毒殺しようとしたとか…それで追放、と」
「……」
すんごい噂流れてた!
それが本当なら極刑まっしぐらだよ!こんな所に野放しにしてないわ!
アレクシよく私に近づいてこれたな…まぁ、保護者との会話なんか無さそうだから知らなかったんだろうけど。普通は「あのお家には近づいちゃいけません!」ってなるわな。
「ティナ様はやさしいんだよ!ぼくのケガの手当てもしてくれたしご飯も食べさせてくれたんだよ!今日も水を運ぶの手伝ってくれるんだ」
「まぁ、そうだったの…。たしかに噂通りならこんなところにいないわよね…ごめんなさい、そんな噂信じてしまって」
「いえいえ、人の噂なんてそんなもんですよ」
水汲みに来ていた女性の名はアイナさん、娘のリリヤちゃんは三才。旦那さんは街に出稼ぎに行っており、普段は二人で過ごしているらしい。
アイナさんは私の知らなかったイヴァロンのことを色々教えてくれた。
イヴァロンでは働く場所がほとんどなく、働き盛りの年代の男性は皆村外に出ておりここには子供や老人ばかりが生活している。村には学校もないので子供を街の学校に入れるためにお金を貯める必要があり、節約しているのだという。
(何の産業もないならこれからは過疎っていくだけだな…)
アイナさんの話を聞きながらそう思う。贅沢をしなければ自給自足の生活ぐらいはできるのだろうけどやはりここでも水が大きな問題になってくる気がする。水を巡って力関係が出来てしまったのは行政の力が及ばなかったからだ。最初に行政が井戸を掘って提供していればこんなことにはなっていない。難しい問題になってしまった。
水の入った大きな甕を必死に運ぶアレクシを見ているととても複雑な気持ちになる。可哀想と言ってしまっては申し訳ないし、では可哀想ではないのかと問われれば決してそうではない。
(私に何かできることはあるのかな?)
そんなことを考えているといつの間にかアイナさんの家の近くまで来ていたらしい。
「それでは、また」
アイナさんが笑顔でそう言ってくれ、リリヤちゃんも小さな手を振ってくれている。
「お聞きの通り私は伯爵家を追われた身です。今となってはできることは少ないですけど困ったことがあれば何でも言ってくださいね」
「ええ、ありがとうございます」
「アレクシも何かあったら言っておいで」
「うん!」
「よーしあとちょっと頑張るぞー!」
「うん!」
今日はアレクシに付いて来て良かったと思う。追放という形だけれど縁があってこの村にやって来たのだ。ここで少しでも何かできることを探していこう、そう思えた。
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