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全面対決編
結末
しおりを挟む会議が終わり、大臣達が立ち去ると入れ替わるように警備兵が数人入ってきた。彼らが向かった先は座り込んでいるベランジェの元だ。
「セルトン侯爵、お立ちください」
「な、なんだ…?」
「処遇が決まるまで貴殿は王室の監視下に置かれることとなります」
「!?」
突然警備兵に取り囲まれたベランジェは先程よりもっと顔を青くしている。
会議が終われば絡んでくるかもしれないと思っていただけにアンジェルはホッとした。これまでのように分が悪くなると逃げる、そういったことはもうできない。
「離せっ、この!」
会議室から連れ出されようとするベランジェは兵の手を振り払おうとするが敵わず、顔だけ後ろに向けてアンジェルを睨んでくる。
「アンジェルっ!許さんぞ!」
「……」
(酷い顔ね……)
その形相は今までに見た中で一番酷いものだった。今まで何度となく痛感させられたが、本当に反省や羞恥の心など微塵も持たない人だと思う。
兵たちに連れ出され扉が閉まってもなお、廊下で叫んでいる声が聞こえる。父親の憐れな姿にアンジェルはため息を吐いた。
「アコスタ夫妻」
「あ…クレール殿下。色々とありがとうございました」
「いや、当然のことをしただけだ」
自分の知らないところでクレールに協力を仰いだとティトから事前に聞かされた時は驚いたが、その力添えのお陰で今日の査問会議はスムーズにいったのだ。
「皆様もありがとうございました」
領主たちにも夫婦そろって頭を下げる。皆が協力してくれたから為し得たことだ。感謝しかない。
「悪いようにはならないから安心してほしい」
「…はい」
その言葉に返事をするとクレールは小さく笑顔を見せて会議室を出ていった。ダンドリュー伯爵もアンジェルの肩を労るように軽く叩き他の領主達も帰っていく。
あっという間に会議室が静になり査問会議が終わったのだということを一気に実感してアンジェルは机に突っ伏した。
「はぁ~…終わりましたね」
「お疲れさん。体は大丈夫か?」
「はい。ティト様もありがとうございました」
やれるだけのことはすべてやった。
どう判断されるかはわからないがクレールの言う通り、もう悪い結果にはならないだろう。
「帰るか」
「はい」
差し出されたティトの手を取って立ち上がる。
「よーし帰りに子どもたちのおもちゃでも見に行くか!」
「ふふ、もう…気が早すぎます」
「いいんだ。今日は頑張って付き合ってくれた子どもたちにご褒美だ!」
そういうことなら、と笑うとガバッと抱き上げられそのまま会議室を出た。
お姫様抱っこのまま歩いていると城内ですれ違う人に好奇の目で見られたがティトは気にすることなく笑っている。
「ティト様、本当にありがとうございます」
「ん?うん」
とても頼りになる旦那様にアンジェルもまた、人の目を気にすることなく身を寄せたのだった。
***
それから二週間後、アンジェルとティトは再び王城に呼び出された。
今回の場所は謁見の間だ。
以前この場所で一方的に国王から責められ刑を言い渡された、アンジェルにとっては辛い思い出の場所だが今日はなぜか清々しい気分で立っていられた。良い結果が得られることを心のどこかで感じ取っているのかもしれない。
「まずベランジェ・セルトンは褫爵となった」
(良かった…剥奪されるのね)
褫爵、国王の口からそれを聞いてアンジェルはホッと胸を撫で下ろした。ベランジェがこのまま侯爵であり続けること、それが一番恐ろしかったからだ。
「そして彼ら一家がセルトン姓を名乗ることも禁じ、国外追放とする。このペルランでそなたたちがベランジェに絡まれるようなことはもうないだろう」
アンジェルの希望通り、当面の領地の権限も認められた。まだまだ調整しなければならないことがたくさんある。これから近隣領地への編入が滞りなく終わるまでは見届けられるということだ。
そして、
「え…今、何と…」
アンジェルは国王の信じられない言葉に思わず聞き返してしまった。それを受け国王がおかしそうに小さく笑う。
「レネ・セルトンに叙爵する運びとなった…と言ってもまだその年齢に達していないから十八才になった暁には、ということになるが」
「っ…!」
先代までのセルトン侯爵家の功績を考慮し、降爵ではあるがレネに子爵位を与えるという。セルトン侯爵がこれまで領民を苦しめ、混乱させたことは事実であるから侯爵という地位をそのまま残すことはできなかったが、思いがけない叙爵にアンジェルは胸がいっぱいになった。
「そしてこれはダンドリュー伯爵をはじめとする領主たちからの提案なのだが、トロンカ周辺をセルトン領として残しレネ・セルトンが治めていくというのはどうかと」
「!」
「本人も大変優秀だと聞いているし、有能な秘書もいる。ジラルディエールにギマール…多様な人脈を持つ領主としてセルトン領に新しい可能性が広がることを楽しみにしている」
すべての決定を言い渡すと国王はアンジェルを見つめて大きく頷いた。
この待遇――おそらくはアンジェルに対する謝罪の意も入っているのだろう。国王が頭を下げるようなことはないだろうがその思いを感じ取れた。
「過分な待遇を感謝いたします」
「うむ。詳しくは担当官から聞くといい」
それではな、と言って国王が退出すると隣にいたティトがそっと肩を寄せた。
「良かったな」
「はい、レネも喜ぶと思います!」
何とかセルトン家を繋いでいけることに安堵した。困っている人のために、と一生懸命勉強しているレネのことだ。領民たちが幸せに過ごしていけるように尽力してくれるだろう。
「アコスタ夫妻」
「クレール殿」
国王とのやり取りを後方で見守ってくれていたクレールが二人の目の前に立った。
「二人が望む結果になっただろうか?」
「ああ、それ以上の結果だ。尽力に感謝する」
「いや、この間も言ったが当然のことだ」
王太子同士のやり取りをどこか他人事のように見ているとクレールの視線がアンジェルに向いた。
「アンジェル」
「あ…はい」
「本当に、申し訳なかった」
「!」
クレールが身体を折り曲げて頭を下げた。
一国の王子だ。こうして頭を下げることは屈辱でしかないだろう。しかしそういう思いを一切感じさせないことから、これが心からの謝罪であることがわかる。
「こうして謝ることすら許されない身ではあるが…どうか君の幸せを祈らせてほしい」
その微笑みはあの事件が起こる以前のクレール、いや、その時よりもよほど穏やかだ。
なぜだか気持ちが晴れていくような感覚に、クレールに対するわだかまりは今日ここで終わりなのだと胸にストンと落ちるものがあった。
「…殿下もどうぞお幸せに」
婚約破棄されたあの時、あの夜に学園の裏庭でそうしたように――アンジェルは美しいお辞儀をしてみせたのだった。
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