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ジラルディエール編

作為的

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「そ、そうよ。あの時確かに店内外のあちこちで結婚を反対するような声があがっていたわ」
「アンジェル、それは本当か?」
「はい…」

やはりティトにはきちんと告げた方が良かったとアンジェルは後悔した。こういった小さな判断ミスが今日のデモのような大事に繋がっていくのかもしれない。
それはそれとして、ブランカが焦りだした事にアンジェルは首を傾げた。別にブランカのせいではないのに責任を感じているのだろうか。

「その雑貨店を調べましたがアルファーロ商会ですね。ウエルタ家の関係者が経営している店です」

アドルフィトの言葉にウエルタ父娘がピクッと反応した。

(え…?何?)

ルシアナとアドルフィトのどこか責めるような視線はウエルタ父娘に向いている。アンジェルの中でもいくつかの点が線になろうとしていた。
さらにルシアナが口を開く。

「それと…エルヴァのジュエリーショップではなぜかティト様とブランカさんが結婚することになっていました。あの店周辺、しかもティト様がいない時にだけそういう声があがるのは偶然じゃないと思います」
「っ…」
「ルーシーの報告を受けてその店についてもすでに調べがついています」

いよいよブランカの顔色が悪くなってきた。
あのジュエリーショップもウエルタ家が懇意にしている店と言っていたから一連の批判の声やアンジェルを傷つける行動、すべてブランカが絡んでいたというのだろうか。
それにしても、とアンジェルは不思議に思う。

「エルヴァでの事、どうしてルーシーが知っているの?」
「ずっと側にいたから」
「え……?」

ルシアナはあの日ティト達と一緒に船で鉱山に向かったはずだ。ジュエリーショップへはアンジェルとブランカの二人で行った。

「アンジェル様、ティト様に鞄を渡されたよね」
「ええ、書類が入っているから、と」
「その中に僕も入ってたんです」
「!」

モルモットの姿で鞄の中に身を隠しジュエリーショップに着いていった。店を出てから隙を見て鞄の中から抜け出し姿を現したらしい。
アンジェルがオリビンを探し始めた時、ルシアナは先に船に乗って帰ってきたと言ったがそもそもずっと一緒にいたということだ。
思いもよらない出来事にアンジェルはポカンとした。

「じゃあ雑貨店でも?」
「うん、姿消しの魔法を使って城下にも着いて行きました」

視察に出る前アドルフィトはルシアナからなるべく離れるな、と言った。ルシアナの方がアンジェルから離れずずっと守ってくれていたのだ。

「ウエルタ、ブランカ。ジュエリーショップと雑貨店での事…ああ、今日のデモもか。お前たちが関係しているのか?」
「そ、それは…」

ティトの追求にウエルタが言い淀む。ブランカに至っては下を向いているだけだ。

重苦しい空気が漂う中、カチャッと会議室の扉が開いた。そこに現れたのは先ほど公務に行ったはずのエステル王妃だ。

「あら?何だか空気が重いわね」
「…エステル王妃様」
「先方に急用が入って中止になってしまったの。これでゆっくりブーケが選べるわね~」

王妃は何も気にすることなく嬉しそうに会議室に入ってきて先ほどまで座っていた席に腰掛けた。
そしてブーケに手を伸ばそうとしたが何かを思い出したのかティトの方を向く。

「ティト。表のデモはどうなってるの?まだ落ち着いてないみたいだけれど」
「デモは私が片付けて参ります。そう問題なく終わるかと」
「ああ、任せた」

王妃の言葉を受けたアドルフィトが一礼して部屋を出ていく。一人で大丈夫だろうかとティトに視線を送るが小さく頷かれたのでここは任せても良いのだろう。
そして微妙な空気を掻き消すかのように再び花を見ていた王妃が、そうだわ、と手を叩いた。

「そうそう、宝石の納品も今日だったわね!ウエルタ、お願いできるかしら?」
「え、ええ…ここに」

ウエルタは持っていたトランクケースから宝石箱を取り出し王妃の前に差し出した。
蓋を開けると目映い光を放つダイヤモンドのネックレスが現れる。

「わぁ…綺麗ですね」
「宝石自体が光を放ってるみたいに見えるね」

覗きこんだアンジェルとレネはその輝きが純粋に美しいと思った。
しかしそのダイヤモンドをじっと見ていた王妃の口から出たのは思いもよらない言葉で――

「…せっかくだけどこれ要らないわ」
「え、」
「きゃっ」

会議室にガシャン、と大きな音が響く。

王妃は納められたアンジェルのための宝石を箱からぎゅっと掴んで投げ捨てた。ダイヤモンドは粉々に割れてしまっている。
しかし王妃はそれほど力を込めて投げつけたわけではない。それだけで宝石がここまで割れるとは思えない。

シン、と静まり返る会議室。冷たい瞳で粉々になった宝石を眺める王妃。いったい何が起こってるのだろうと不安が押し寄せてくる。

「私の娘となるアンジェルをよくここまで馬鹿にできたものね、ウエルタ」
「そ、そんなことは!」
「その宝石に目で見えないごく小さなクラックが何ヵ所も故意に入れられていたのはわかってるのよ。私の目を誤魔化せるとでも思ったの?」
「!」

目で見えないほどのクラック…ヒビが宝石に入っていたなどアンジェルにはまったくわからなかった。王妃の審美眼が鋭いのか、それとも魔力保持者のなせる業か。

「なぜこんなことを?」

再度ティトがウエルタを問い詰める。
もう言い逃れできる雰囲気ではない。一連の行動はすべてアンジェルへの嫌がらせなのだとハッキリわかったのだ。
ぎゅっと拳を握りしめたウエルタは絞り出すように話し始めた。

「ブランカがっ…ティト様に憧れていたので…可哀想で」
「それでデモまで起こしたのか?」

ジュエリーショップ、雑貨店、デモ…すべてウエルタが手を回しお金を払って人々に協力させていたことを白状した。もちろんそこにブランカも関わっている。
アンジェルにしてみればそんなに露骨な嫌がらせとは思えなかったが気分が良いものでないのは確かだ。

「ペルラン出身の罪人などこのジラルディエールに居場所はないとアンジェル様にわかってもらえれば……もしかしたら婚姻は諦めるかと」
「居場所はない?誰がそんなこと決めた」

ウエルタの言い様にティトの視線が厳しくなる。

「ですがっ…実際にペルランを恨んでいる人がいるのも事実です!その証拠に混血者は北部に追いやられているではないですか!」
「お前たちのような者が混血者を北部に追いやっていることがよくわかった」
「!」

相手を理解しようともせず気に入らなければ追い出す。そんな方法を今まで取ってきたのかもしれない。
ウエルタは自分のした事を恥とも思わず正当化しようとしている。
はぁ、とティトが大きなため息を吐いた。

「俺とアンジェルがそんな生半可な覚悟で夫婦になるとでも思ってたのか?」

謝る気はさらさらないのだろう、ウエルタはグッと拳を握りしめたままだ。
しばらく誰も言葉を発することもなく沈黙が続いていたが王妃が口を開いた。

「ウエルタ…あなたの目利きは素晴らしくて今までお願いした品はどれも良い宝石ばかりだったのに…」

残念だわ、と王妃が呟く。
それは即ち、これ以降王室はウエルタとの取り引きはしないということを表している。

その言葉を聞いて初めてウエルタは事の重大さに気がついたのか、ガクリと肩を落とした――

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