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閑話・小話
ファースの日常
しおりを挟む王子殿下の護衛という職に自分の時間などあってないようなものだ…そう思いながらファースはカナリー宮の一角、使用人たちの部屋があるフロアに足を向けていた。
もう宮殿内は静まり返っている。他の使用人達はとっくに休んでいる頃だろう。
ハルムは部屋でじっとしているような性格ではないためすぐに飛び出ていく。そしてその気まぐれな行動に朝から晩まで付き添うのは護衛のファースなのだ。
今日も東の方で変わった野菜ができたと聞いて半日以上掛けて出向いたものの、ただ収穫し忘れたピーマンが赤く完熟していただけだった。
そんなこんなでやっと一日の任務を終えて帰ってきた。もうすぐ日付が変わろうとしている。
「ただいま」
小さなかごの中のハムスターに挨拶をしても本人はどこ吹く風でヒマワリの種をむさぼっているだけだ。ホンの少し寂しいがその姿を見ているだけで癒されるので満足なのだが。
(それにしても……)
ファースはあの日のことを思い出す。ペルランからやってきた“かわいい子猫”……
(はぁ…撫でてみたかったな)
もふもふが大好きなのになぜかもふもふには嫌われるというファースにしてみたら、中身がアンジェルであるならば逃げずに触らせてもらえる可能性が高かったのにティトという鉄壁の守りに阻まれそれも叶わなかった。
アンジェルが無理ならモルモット・ルシアナを…と思っても目も合わせてくれない。これはおそらくファースの主人であるハルムが彼らを冷遇したせいだ。
「はぁ…もふもふ」
思い出す度しょんぼりしてしまうファースはのそのそと眠る準備を始めるのだった。
しかし――
「ファース、大変だ!!」
着替えも済まし少しだけ晩酌も楽しめた。後は寝床に入るだけ、というときに主が突撃してきた。
「殿下…呼んでくださったら伺いますからこのような場所に来るのは…」
「それどころじゃないんだ!」
血相を変えて部屋に飛び込んできたハルムに顔色を変えることなくファースは応える。はぁ、とため息を吐き何事かと側によるとハルムは手紙を握りしめていた。どうやら原因はそれらしい。
「ティトがジラルディエールで結婚式を挙げたって!」
「そうでしたか。それはめでたいですね」
「めでたくない!」
「えぇ…」
自身に巡って来ない春のせいでついに人の幸せまで妬む人間に成り下がってしまったのか…と残念な目でハルムを見つめる。
「俺を結婚式に呼んでくれなかったんだぞ!?」
「……ああ」
半泣きで…いや、すでに泣いているハルムを見て妬んでいるわけではなさそうだとほっと胸を撫で下ろす。
「急に決まったことだったのでは?」
「それにしたって親友なのに!俺は急でも駆けつけるぞ!」
(親友…なのか…?)
どう見てもハルムが犬のようにティトに纏わりついているようにしか見えない。あんなに塩対応でもしがみついていく主の根気の良さには感心してしまうが…それも仲の良い証拠なのだろうか。まぁ構ってくれるのだから嫌われてはいないのだろう。
「手紙には何と?」
「へ?ああ…最初の文が衝撃的過ぎてまだ読んでなかった」
クシャっと握りしめていた手紙を開きその文を目で追った。
「お、おお…!?」
「どうしました?」
「これからギ、ギマールに寄るって!」
グシャグシャになった手紙を読めば確かに今ギマールに向かっていることがわかる。無事にレネとも合流でき、ジラルディエールで結婚式を挙げられ本当に良かったとファースも安堵した。
「何か祝いをしなきゃな」
「…お祝いですか」
「島か?いや、鉱山か?」
「……はぁ」
一介の騎士には考えられないスケールの贈り物にもはや呆れしかない。いくら命の恩人といえどもそこまでしたら国から反発が出るだろう。
「決めた!カナリー宮の庭に小さな邸を建ててそれを結婚祝いにしよう!」
「は……」
「これでいつでも来てもらえるぞ!」
名案とばかりにハルムがはしゃぎだす。いや、さすがにそれはやりすぎだろう、と思ったが……
(いつかもふもふを触らせてもらえるかもしれない…)
ハニーブラウンのほわほわの子猫を思い浮かべ、それは良いですね、と思わず同意してしまった自分が恐くなる。
「そうと決まればさっそく業者を呼んで打ち合わせだ!ファース、行くぞ!」
「いや、いくらなんでも業者ももう寝てますよ」
「あ、そうか……夜中だったか」
ようやく深夜に騒いでると気がついたハルムはじゃあ明日の朝イチな!と軽い挨拶を残しそそくさと帰っていった。…まるで嵐のようだった。
(ああ、やっと眠れる……)
何とか束の間の睡眠時間を確保できたファースはホッと胸を撫で下ろす。寝床に入りちらりとハムスターに目をやれば相変わらずこちらには目もくれず一心不乱に水を飲んでいた。
(そうだ…ティト様の魔力でハルム殿下を子犬に変身させてもらえないだろうか)
案外面白がってやってくれるかもしれない。そして嫌がりながらも撫で回したら喜びそうな主を想像して満足すると、ファースは灯りを消して目を閉じたのだった。
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