35 / 118
足取り
しおりを挟むロバナの街の三軒目の宿を後にする。未だレネに関する情報は皆無だった。
ギマールから来た旅人であること、メルテンス姓を名乗った人、アンジェルと同じハニーブラウンの髪色であること…考えられることはすべて尋ねてもらったがどの宿も十五才くらいの青年が泊まったという事実はないという。
「ギマールに戻ってないなら他に行く宛としてはセルトン領しかないよなぁ」
「そうですね…特に用事もないのに王都に留まっているとは考えにくいですし。ふらっと各地を旅するなら心配をかける前にメルテンス子爵に手紙を出すでしょうね」
何か事件に巻き込まれたのでは、と一瞬嫌な想像がアンジェルの頭をよぎる。いつの間にかティトの体に強くしがみついていたらしく、体を撫でられ我に返った。
「まだ宿はあるしとにかくすべてあたってみよう」
「そうですね」
『あ…』
次の目的地に向かって歩き出すと懐かしい店を目にした。通りの端っこにある小さなお菓子屋さん。まだ存在しているのだと嬉しく思ったが窓に“閉店のご案内”と書かれた小さな張り紙があることに気がついた。ここも食糧難の煽りを受けてしまったのだろう。
「あ、お菓子屋さんだ!アンジェル何か食べたいものがあるの?」
『あ、そうではなくて…この店に小さい頃レネと来たことがあるんです』
「へぇ」
母親が病に臥せってからは退屈することが多かったレネを何か喜ばせたくて、執事に頼んで一度だけ街に出掛けたことがある。レネにとっては初めての街歩き、一緒に手を繋いでこのお菓子屋さんで母へのおみやげを選んだ。イチゴのチョコレートが入ったマシュマロを母に渡すと涙ぐんで喜び、三人で食べたことを覚えている。
『宝石のようなキレイな色のゼリーやチョコレートが中に入ったマシュマロが美味しいんです』
「!!」
アンジェルの言葉に甘いものに目がないルシアナが大きく反応する。ルシアナのことは自分よりもよほど頼りになるといつも思っているがこういうところは年相応で可愛らしい。
「ティト様!入って良い?」
「まぁこういう思い出の場所に案外ヒントがあるかもな」
許可を得たルシアナが目を輝かせて店内に入っていく。ティトもそれに続いた。
「いらっしゃいませ」
来客に気がついた男性店主が人の良さそうな笑みで迎えてくれた。ショーケースには昔と同じように色とりどりのお菓子…というようなことはなく数種類程度のお菓子しか並んでいない。
「物価が高騰してたくさん種類を作れなくてね…それに近頃は作ってもほとんど売れないんですよ」
「それで閉店することに?」
「ええ、赤字が膨らむ前に親類を頼ってペルラン北部に移ろうかと思っています」
生活が厳しくなると皆真っ先に切り捨てるのは菓子や酒などの嗜好品だろう。残念なことだがこの先こういった店がたくさん出てくるのかもしれない。
少しでも売り上げの足しになれば、とアドルフィトが全種類のお菓子を何袋かずつ頼むと店主もルシアナも嬉しそうにニコニコしている。
「ここは知り合いの女性が小さな頃に弟と来た思い出の店なんだそうだ」
「そうでしたか…そういう話を聞くと嬉しい反面、店を閉めることが心苦しくなりますね」
袋詰めをしている店主の話を聞きながらアンジェルは店の中をキョロキョロと見回した。少し古びているが清潔に保たれた店内、ピカピカに磨かれたショーケースや手書きの商品説明…店主がどれだけこの店を大事にしてきたかがわかる。
領主がもう少しきちんと対策をしていたらこの店の閉店を防ぐことができたかもしれない。しんみりした気分に浸っていると店主が何か思い出したようでそういえば、と口を開いた。
「一週間ほど前にも姉と小さい頃に来たことがあるという青年が買いに来てくれましたよ。昔イチゴチョコのマシュマロを母に買ったと」
『!』
思わぬ情報にアンジェルはピクリと反応した。菓子店ならそういう思い出がある人は少なくないだろうが可能性としてはレネである確率が高い。アンジェルが懐から訴えかけるとティトは頷いた。
「それは十五才くらいの?」
「ええ、確かにそれくらいの年齢だったかな。何でも侯爵家にお返しがしたいからロバナに戻ってきたと言ってました。今や侯爵家の良い話しは聞かないけどそんなこともあるんだなぁと感心したんですよ」
まずいな、とティトが小さく呟いた。もしそれが本当にレネであればその“お返し”は店主の言うような良い意味ではないはずだ。
ティトとアドルフィトは目を合わせて頷いている。代金を支払い品物をルシアナのバッグに詰め込むと急いで店を出た。
『ティト様!レネは、』
「ああ、間違いなく侯爵家にいる」
「良からぬ結果になる前に止めなくては」
「急ごう!」
一行はレネがいるであろうセルトン侯爵邸に向かって走り出した。
6
お気に入りに追加
223
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
冤罪で自殺未遂にまで追いやられた俺が、潔白だと皆が気付くまで
一本橋
恋愛
ある日、密かに想いを寄せていた相手が痴漢にあった。
その犯人は俺だったらしい。
見覚えのない疑惑をかけられ、必死に否定するが周りからの反応は冷たいものだった。
罵倒する者、蔑む者、中には憎悪をたぎらせる者さえいた。
噂はすぐに広まり、あろうことかネットにまで晒されてしまった。
その矛先は家族にまで向き、次第にメチャクチャになっていく。
慕ってくれていた妹すらからも拒絶され、人生に絶望した俺は、自ずと歩道橋へ引き寄せられるのだった──
悪役令嬢の残した毒が回る時
水月 潮
恋愛
その日、一人の公爵令嬢が処刑された。
処刑されたのはエレオノール・ブロワ公爵令嬢。
彼女はシモン王太子殿下の婚約者だ。
エレオノールの処刑後、様々なものが動き出す。
※設定は緩いです。物語として見て下さい
※ストーリー上、処刑が出てくるので苦手な方は閲覧注意
(血飛沫や身体切断などの残虐な描写は一切なしです)
※ストーリーの矛盾点が発生するかもしれませんが、多めに見て下さい
*HOTランキング4位(2021.9.13)
読んで下さった方ありがとうございます(*´ ˘ `*)♡
泥を啜って咲く花の如く
ひづき
恋愛
王命にて妻を迎えることになった辺境伯、ライナス・ブライドラー。
強面の彼の元に嫁いできたのは釣書の人物ではなく、その異母姉のヨハンナだった。
どこか心の壊れているヨハンナ。
そんなヨハンナを利用しようとする者たちは次々にライナスの前に現れて自滅していく。
ライナスにできるのは、ほんの少しの復讐だけ。
※恋愛要素は薄い
※R15は保険(残酷な表現を含むため)
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる