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足取り

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 ロバナの街の三軒目の宿を後にする。未だレネに関する情報は皆無だった。
ギマールから来た旅人であること、メルテンス姓を名乗った人、アンジェルと同じハニーブラウンの髪色であること…考えられることはすべて尋ねてもらったがどの宿も十五才くらいの青年が泊まったという事実はないという。

「ギマールに戻ってないなら他に行く宛としてはセルトン領しかないよなぁ」
「そうですね…特に用事もないのに王都に留まっているとは考えにくいですし。ふらっと各地を旅するなら心配をかける前にメルテンス子爵に手紙を出すでしょうね」

何か事件に巻き込まれたのでは、と一瞬嫌な想像がアンジェルの頭をよぎる。いつの間にかティトの体に強くしがみついていたらしく、体を撫でられ我に返った。

「まだ宿はあるしとにかくすべてあたってみよう」
「そうですね」
『あ…』

次の目的地に向かって歩き出すと懐かしい店を目にした。通りの端っこにある小さなお菓子屋さん。まだ存在しているのだと嬉しく思ったが窓に“閉店のご案内”と書かれた小さな張り紙があることに気がついた。ここも食糧難の煽りを受けてしまったのだろう。

「あ、お菓子屋さんだ!アンジェル何か食べたいものがあるの?」
『あ、そうではなくて…この店に小さい頃レネと来たことがあるんです』
「へぇ」

母親が病に臥せってからは退屈することが多かったレネを何か喜ばせたくて、執事に頼んで一度だけ街に出掛けたことがある。レネにとっては初めての街歩き、一緒に手を繋いでこのお菓子屋さんで母へのおみやげを選んだ。イチゴのチョコレートが入ったマシュマロを母に渡すと涙ぐんで喜び、三人で食べたことを覚えている。

『宝石のようなキレイな色のゼリーやチョコレートが中に入ったマシュマロが美味しいんです』
「!!」

アンジェルの言葉に甘いものに目がないルシアナが大きく反応する。ルシアナのことは自分よりもよほど頼りになるといつも思っているがこういうところは年相応で可愛らしい。

「ティト様!入って良い?」
「まぁこういう思い出の場所に案外ヒントがあるかもな」

許可を得たルシアナが目を輝かせて店内に入っていく。ティトもそれに続いた。

「いらっしゃいませ」

来客に気がついた男性店主が人の良さそうな笑みで迎えてくれた。ショーケースには昔と同じように色とりどりのお菓子…というようなことはなく数種類程度のお菓子しか並んでいない。

「物価が高騰してたくさん種類を作れなくてね…それに近頃は作ってもほとんど売れないんですよ」
「それで閉店することに?」
「ええ、赤字が膨らむ前に親類を頼ってペルラン北部に移ろうかと思っています」

生活が厳しくなると皆真っ先に切り捨てるのは菓子や酒などの嗜好品だろう。残念なことだがこの先こういった店がたくさん出てくるのかもしれない。
少しでも売り上げの足しになれば、とアドルフィトが全種類のお菓子を何袋かずつ頼むと店主もルシアナも嬉しそうにニコニコしている。

「ここは知り合いの女性が小さな頃に弟と来た思い出の店なんだそうだ」
「そうでしたか…そういう話を聞くと嬉しい反面、店を閉めることが心苦しくなりますね」

袋詰めをしている店主の話を聞きながらアンジェルは店の中をキョロキョロと見回した。少し古びているが清潔に保たれた店内、ピカピカに磨かれたショーケースや手書きの商品説明…店主がどれだけこの店を大事にしてきたかがわかる。
領主がもう少しきちんと対策をしていたらこの店の閉店を防ぐことができたかもしれない。しんみりした気分に浸っていると店主が何か思い出したようでそういえば、と口を開いた。

「一週間ほど前にも姉と小さい頃に来たことがあるという青年が買いに来てくれましたよ。昔イチゴチョコのマシュマロを母に買ったと」
『!』

思わぬ情報にアンジェルはピクリと反応した。菓子店ならそういう思い出がある人は少なくないだろうが可能性としてはレネである確率が高い。アンジェルが懐から訴えかけるとティトは頷いた。

「それは十五才くらいの?」
「ええ、確かにそれくらいの年齢だったかな。何でも侯爵家にお返しがしたいからロバナに戻ってきたと言ってました。今や侯爵家の良い話しは聞かないけどそんなこともあるんだなぁと感心したんですよ」

まずいな、とティトが小さく呟いた。もしそれが本当にレネであればその“お返し”は店主の言うような良い意味ではないはずだ。
ティトとアドルフィトは目を合わせて頷いている。代金を支払い品物をルシアナのバッグに詰め込むと急いで店を出た。

『ティト様!レネは、』
「ああ、間違いなく侯爵家にいる」
「良からぬ結果になる前に止めなくては」
「急ごう!」

一行はレネがいるであろうセルトン侯爵邸に向かって走り出した。

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