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セルトン領ロバナ
しおりを挟む「今までの景色を見てどうだった?」
『そうですね…全体的に以前と変わった様子はありませんね』
窓の外を見ていたアンジェルはその問いかけに懐の中からティトを見上げる。アンジェルはまた子猫の姿になって馬車に揺られていた。
ギマールから戻った後、セルトン領を含むペルラン南部は凶作による食糧難に陥っているかもしれないとティトから聞いた。セルトン領に関する情報を王都で集められるだけ集めたがそれほど有益なものはなくとりあえず行ってみなければ何もわからないとセルトン領の中心地であるロバナに行くことになったのだ。ロバナはセルトン侯爵家のお膝元でアンジェルを知っている者も多いから危険なのでは、と心配されたがアンジェルの確固たる希望で連れて行ってもらっている。
王都からロバナまでの道のりを注意深く見ていたが田畑や街並みが荒廃しているようなこともなくアンジェルの目には以前と何も変わらないように映っていた。
「セルトン領は意外と被害が少なかったのでしょうか?」
「北部しか見てないから南の方はどうかわからんがな。あとで聞き込みに行くか」
ひと先ず宿を取ろうと街の中心部に向かって馬車は進む。何軒か宿を知っているのでそこを利用できるだろうとティト達に告げているとずっと窓の外を見ていたルシアナがうーん、と唸る。
『何かあったのですか?』
「ううん。でもさっきから何か変な感じがするんだよね…何だろう」
「変な感じ?」
皆で一緒になって窓の外を覗く。セルトン領で一番の中心街なので多くの人が行き交っているがルシアナの言う違和感の正体は掴めない。
「とにかくまずは宿を取ってそれから街を歩いてみましょう」
アドルフィトの提案にそれもそうだ、と一行は頷いたのだった。
**
一軒目に訪ねた宿であっさりと部屋が取れた。庶民的な宿よりは少しグレードの高いところを選んだので比較的取り易いと言えばそうなのかもしれないが宿の中がやけに静かだったのが少し引っ掛かる。観光客も多く訪れるこの街で宿が閑散としているのは珍しい。
「ん、あれは何だ?」
『あ…あそこは役所ですね』
ティトの視線の先には長蛇の列ができている。五年ほど前に建て直された重厚感のある建物だ。父親であるベランジェ・セルトン侯爵は再婚をしてから自身の屋敷も豪勢に改築したがこういった施設や道路なども多額の税金を使って建て直した。その頃から人々の間では不満の声が上がっているはずだ。
「役所か。行列ができるのはいつものことなのか?」
『いえ、そういったことはあまりなかったかと』
役所に並んでいる人たちの表情はどこか暗く、思いつめたような顔をしている人が多い。窓から見ているだけではわからなかった真実だ。
「何かを嘆願するためでしょうね」
並んでいる人に話を聞こうとアドルフィトが近づくと前方からやり合うような大きな声が聞こえてきた。
「もう今日は終わりだ!とっとと帰れ!」
「何だと!?こっちは何時間並んだと思ってるんだ!」
「そんなこと知るか!それに並んだところで無駄だ!」
役所に詰め掛けていた多くの人が外に追い出されバタンっと大きな音を発てて扉が閉まった。人々が外からどんなに叩いてもその扉が再び開くことはなさそうだ。
「まだ昼過ぎだがロバナではこんなに早く役所が閉まるのか?」
『いえ、そんなはずはありません。昼休憩などもないですし』
小さな町役場などは人手も足らず昼食の為に一時閉館することはあるがセルトン領で一番大きな役所に人数が足りないということなどありえない。こんな時間に早々と閉館するなど職務怠慢も甚だしい。また明日だよ、と怒って帰る人々にアドルフィトが声を掛けに行った。
「失礼。皆さん何のために役所に?」
「ああ、あんたら旅の人かい?今ロバナは何にもないよ。観光ならもっと違う場所に行った方が良いと思うがね」
「何もないとは?」
ギマールの新聞で得た情報通りやはりセルトン領の南部では食糧難に陥っているらしい。とにかく食べるものが入って来ないため食品価格が高騰しているのだとか。
「それなのに何の対策もせず物価も税金も上がる一方だ。ここにいる人たちは税金の免除や減免を訴えに来たのさ」
「なるほど…しかしこの様子では聞き入れてくれないのでしょうね」
「ああ、その通りだ」
まったく嫌になるね、とその男性はため息を吐いて去って行った。
「やはり南部は被害があったのか。このままだと段々影響が出てきそうだな」
『…父はいったい何をしているのでしょう』
アンジェルは街の人の話を聞いて申し訳ない気持ちになると同時にとても恥ずかしくなった。領地の人が苦しんでいる時に多額のお金を使ってヴィオレットをギマールに滞在させている。おそらくドレスや宝石なども新調したのだろう。
「セルトン侯爵家に行ってみるか。アンジェル、大丈夫か?」
『…はい。行きましょう』
行ったところで今のアンジェルに何かできるわけでもない。また嫌な思いをするかもしれないがそれでもセルトン家の人間として現状を把握しておきたい、とアンジェルは頷いた。
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