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海辺の街

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 カナリー宮への帰り道、少し寄り道して海辺の街トルトに寄ることになった。今日は宿で一泊し明日にはまたカナリー宮に戻る予定だ。
これまでの旅では大部屋を一室借りていたが今日は小さな部屋しか取れず二人ずつに分かれた。アドルフィトとルシアナは早々に街に出掛けたという。
部屋の窓からは海が一望できる。アンジェルは部屋に入ったときから海に釘付けだ。

(キレイ…)

太陽の光が海面に反射してキラキラと輝いている。世界にはまだまだ知らない美しいものがたくさんあるのだと実感した。自分の心が自由になったからそう感じるのかもしれない。

「アンジェル、俺たちも街に出てみよう」
「大丈夫でしょうか?」

今までほとんど馬車での移動だったため軽い変装で良かったが外に出て歩き回るとなれば少し心配になる。戸惑っているとぱさり、と帽子を被らされた。

「何かあっても俺がいるから大丈夫だ」
「…はい」
「それではお手をどうぞ、お姫様」
「ふふ、はい」

楽しそうに笑いながら手を差し出してくれた手をしっかり握りアンジェルはティトと宿を出た。



 トルトはギマールでも有数の観光地で国内外からの旅行客が多いのだそう。街のメインストリートには特産品や工芸品などの店がたくさん立ち並んでいた。露店なども出ており見たこともない珍しいものも売っている。アンジェルはその中で髪飾りなどの装飾品を扱う露店に目を奪われた。

「わぁ…可愛いですね」
「それは刺繍リボンだよ。東の国から入ってきた希少品なんだ」

店主が言うにはギマールよりももっと東の国から入ってきた工芸品らしい。少し太めのリボンに精巧な刺繍が施してある。多くは花の刺繍であるが果物や鳥などの刺繍もあり、中にはスパンコールやビーズなどが縫い込まれているものもあった。その中でもチュール素材に白と金の糸で花の刺繍がしてあるリボンがアンジェルの目に留まる。

「お嬢さんの清楚な雰囲気にぴったりだ!どうだい?お安くしとくよ!」
「せ、清楚!?」

地味だ地味だとは言われていたが清楚なんて誉め言葉は初めてだ。いや…まぁお世辞かもしれないが。

「お、良いじゃないか。これ貰うわ」
「毎度あり!」

後ろからひょこっと顔を出したティトが店主に代金を払うとリボンを渡してくれた。

「良いのですか?ありがとうございます!」
「ああ。気に入るものが見つかって良かったな」

素直に喜ぶとティトが嬉しそうに目を細めた。

「あ、あとなるべく柔らかい太めのリボンが欲しい。色はそうだな…ピンクが良いかな」
「それならこっちに…」

小さい声でぼそぼそと何かを相談しているティトに首を傾げる。ティトがリボンなんか何に使うんだろうかと疑問に思ったが特に詮索はしなかった。
その間にも街を眺めてみる。海が近く開放的な雰囲気だからかペルランの王都とはまた違った賑わいだ。どこからか食欲をそそる香ばしい匂いや甘い匂いがしてくる。家族連れや恋人同士で楽しそうにはしゃぐ姿、幸せの形がここにはあった。

(レネもモニク叔母様たちと来たことがあるのかしら?)

そんなことをふと思う。屋敷や学園の中でしか過ごすことができず坦々とした毎日を送るだけだった日々がずいぶん昔のことに感じられる。毎日新しいことを知るのが嬉しくて、レネにも話したいことがたくさんできた。

「アンジェルお待たせ」
「もう良いのですか?」

ああ、と言って再び手を繋いでくれた。

「良いのが買えた」
「リボンがですか?」
「ああ」

そう聞くとなぜかニヤリと笑われた。…あまり良い予感はしないので追及するのは止めておいたのだった。



「海ってとても綺麗ですね。ずっと見てられます」
「そうだな」

あの後も散策を楽しんで店を覗いたり食べ歩きをしたりで楽しく過ごした。ペルランでの散策はいつも子猫姿だったのでやはり等身大ありのままでティトの隣に立っていられるのは嬉しい。
浜辺に座り海を眺める。少しずつ日が傾いていくにつれて黄金色に輝き始めた。涙が出そうなほど美しい光景だ。

「ここも綺麗だがジラルディエールの海も綺麗だぞ」
「そうなんですね…いつか行ってみたいです」

ティトを育んだジラルディエール。美しい自然、そして人も温かいのだろうと想像する。

「レネと会えたらジラルディエールに行こうな」
「本当ですか?」
「ああ。両親にも紹介したい」
「あ…」

そこまで考えてくれていることに胸がいっぱいになる。嬉しくて思わず涙をにじませるとそっと頬を撫でられその顔が近づいてきた。

「可愛い…ん」
「……ん」

ここが外であるということも忘れてティトの甘い口づけに酔わされる。ティトのことが好きだということ以外何も考えられなくて――

「は、ぁ…」
「アンジェル」

長い口づけが終わりおでこをコツンと合わせたままティトが目を細めてニヤリと笑う。

「リボンの使い道」
「え?」
「今晩覚悟しといて」
「え!?」

(いったい何に使うつもり!?)

ティトの意味深発言が気になり夜のその時を迎えるまでアンジェルはずっとそわそわすることになったのだった。

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