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ジラルディエール編
ジラルディエールへようこそ
しおりを挟む船で海を渡ること三日間、ついにジラルディエールに到着した。港から馬車に乗り換え一時間ほど走ると人が住む家々が見えてくる。圧迫感や閉塞感を感じさせるような高い建物は一つもなく、隣家とも適度な距離がある。どこにいても常に青空を見上げ、太陽の光を感じられる美しい島だ。
「自然が多くて可愛らしい家が多いですね」
「ああ。気に入ったか?」
「はい、とっても!」
白を基調とした家々、青い空、エメラルドグリーンの海…すべてが相まってとても清々しい風を肌で感じる。
ジラルディエールの人々が暮らすこの島の面積はおおよそ百五十平方キロメートル、人口は三万人程だという。以前アドルフィトは集落のようなものと言っていたが想像以上に規模は大きかった。
「アンジェル、レネ、あそこにあるのが城だ」
ティトが指差す方を窓から眺める。島の中央に小高い丘がありそこに建つのがジラルディエール国王が御座す城だ。城と言っても威圧感のある大きな建物ではない。居住する邸宅とその隣には塔が建っていた。
「あ…ここにも塔が」
「ああ。ペルラン王都にあるジラルの塔に似てるだろ?」
「そうですね…でもここは白い塔なのですね」
「あれには綺麗とは言い難い魔法がかかってるからな。時が経つにつれ段々黒っぽくなっていったんだ」
ジラルの塔を遠くから眺めた時はとても恐ろしいものに見えたが、この白い塔は島のすべてを見守っているような安心感を覚えた。
カタンと音が鳴って馬車が停車する。扉が開くと先にティトが降り、手を差し出してくれた。その手を重ねると抱きかかえるように馬車から降ろされニッコリ微笑まれる。
「ようこそ、ジラルディエール城へ」
「ふふ、お招きありがとうございます」
目の前に佇むまるで白磁のような美しい城と塔。ここがティトが育った場所だと思うと感慨深い。
「国王陛下と王妃様がお待ちですので中にお進みください」
「ああ」
ロルダンの誘導で城の正面まで歩を進める。パッと開放された扉の先には、数こそ少ないが使用人たちが左右に並び頭を下げている。そしてその前方には国王夫妻が並んでいた。
緊張をどうにか抑えてティトの後ろに着いていく。アンジェルの後ろを歩くレネもおそらく緊張しているだろうな、と少し心配になった。
「ただいま戻りました」
「うむ」
ジラルディエールの国王レアンドロ・アコスタ。王妃エステル・アコスタ。
ティトが礼をするとそれに国王が威厳のある声で短く答える。次いでスッと背中に手を当てられたのでティトの横に並んだ。
「こちらが手紙でもお伝えしたアンジェル・セルトン嬢とその弟のレネ卿です」
ファーストインプレッションはとても重要だ。それですべてが決まるわけではないが丁寧にするに越したことはない。ペルランで起こったことをすべて知っているだろう国王夫妻にどう思われているかはわからないがせめてカーテシーくらいは完璧に、と頭を下げた。
「ジラルディエール国王陛下、王妃様にご挨拶申し上げ」
「アンジェル~!よく来てくれたわね!」
「まだ挨拶の途中だろ…」
お辞儀の途中で突然ぎゅむっと抱きしめられアンジェルは驚いてしまった。やれやれと呆れているのはティトと国王。王妃は気にもしていないようだ。
「あなたがレネね。二人とも会いたかったわ!」
「わっ」
アンジェルの次はレネに抱きつきレネも驚きの声をあげている。正直ここまで歓迎されるとは思っていなかったし、王妃がこんなにフランクだとは思ってもみなかった。
もう堅苦しい挨拶なんかはどうでもいいと言わんばかりに早速お茶でもしましょうとアンジェルの手を離さない。
「ロルダン、二人を客室に案内してね。その後庭園でティータイムにするから」
「お任せください」
「ティト、あなたは陛下に同胞の報告がたくさんあるでしょう。来なくて良いわ」
「はぁ?行くに決まってるだろ。何を吹き込まれるかわかったもんじゃないからな」
ティトの王妃に対する態度にとても驚いたが特に誰も気にしていないようなのでこれがここの日常なのだと納得する。レネを見ても目を白黒させて驚いていた。
散々王妃に文句を言っていたティトがふと思い出したように振り返る。その視線に釣られてアンジェルも振り返った。
「ルーシー、こっち来い」
「あ…はい」
「お前にはレネを任せるから」
「…はい」
(どうしたのかしら…)
いつもニコニコしているルシアナがなぜか緊張した面持ちで立ち尽くしていることに違和感を覚えた。ティトに呼ばれアドルフィトがルシアナの肩をポンと叩くと初めて歩き出す。
「アンジェル様、お部屋に案内しますので二階に参りましょう」
「あっ、はい」
ロルダンに声をかけられハッとする。ルシアナのことは気にはなったが今ここで彼に話しかけることはできない雰囲気だ。
(そういえば…)
船旅が始まった頃ははしゃいでいたがジラルディエールに近づくにつれ大人しくなっていたように思う。いつもなら色々と教えてくれるのに同じ馬車に乗っていてもここに到着するまでほとんど口を開かなかった。
(とにかく少し気をつけておこう…)
元気のないルシアナを気に掛けながら、アンジェルは先に進むロルダンに着いていった。
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