16 / 118
ブローチ
しおりを挟む屋敷に戻りアンジェルを元の姿に戻すと真っ先にセルトン侯爵に蹴られた体に異常がないかをくまなく確かめた。
子猫の姿の時にあれだけの力で蹴られたとなると相当なダメージだっただろう。たいていの怪我は治癒魔法で何とかなるが内臓に損傷があると少し時間がかかる。
「はぁ…」
「アンジェル大丈夫かな?」
痛みはないか、苦しくないか…色々尋ねても無理に微笑んで「大丈夫です」としか返ってこなかった。体の痛みより心の方が重症だ。ひとまず体を休ませるのが先決だと眠くなるように仕向けたので今は眠っている。
「実の娘に対して本当に何の思いもない父親でしたね」
ほんの少しでも追悼の思いや罪の意識、或いはアンジェルのおかげで自分たちが助かったという感謝の気持ちがあったのならアンジェルも報われたのだろう。アンジェルも少し期待してた部分があったのかもしれない。その淡い期待も裏切られてしまった。
「セルトン侯爵家に行く流れにしてしまったのは私です。アンジェルには申し訳ないことをしてしまいました」
「いや…中途半端に思いを残すよりは良いのかもしれない。少なくとも俺にとってはプラスだった」
アンジェルは今まで家族にどんなことをされても自分の中だけに留めて誰にも言わずにきたのだろう。それにあんな家族でもアンジェルは悪く言わないのではないかと思う。どんなに非道な家族であったか実際にわかってティトは良かったと思う。これから何かあっても情けをかける必要はないということだ。
「…それにしても気になる」
「え、何が?」
「アンジェルがキレる程のあのブローチは何なんだ!?」
「え~そこなの?」
「重要なのはそこだろ!?」
家族がどんなに貶める言葉を吐いてもアンジェルは動じなかった。それなのにあの宝石箱に触れた瞬間反応したのだ。そしてブローチを壊され激怒した。
「ハッ!もしかしてアホのクレールが子供の頃にくれたブローチ!?」
「あり得なくはないです」
「ってことはアンジェルはクレールが好きだったのかな?」
「まぁ婚約者だったのですし多少の情はあったのでは?」
「ぐっ…」
ティトとアンジェルが出逢ってまだひと月にも満たない。恋愛においては時間の長さではなく深さだ、なんてよく聞く格言だがやはり長ければ良い想い出の一つや二つあるだろう。ティトは心にモヤモヤした不快感を覚え立ち上がった。
「え、ティト様どこ行くの?」
「アンジェルと寝る」
「ほどほどにして下さいよ」
わかってる、と言い残しアンジェルの部屋に向かうティトを二人はやれやれと見送った。
***
あれは七才の頃だ。
ピアノのレッスンが終わり部屋に戻ろうと廊下を歩いていると庭から大きな泣き声が聞こえてきた。
何事かと窓から覗くと四才の弟であるレネとヴィオレットが何か言い争っている。急いで庭に降りるとレネが泣きながら抱きついてきた。
「いったい何があったの?」
「ぐす…アンジェルおねえさま…ヴィオレットおねえさまがぼくのぞうさんやぶった」
「ええ?」
レネの訴えにヴィオレットを見るとその手には生前母が買ってくれレネが大切にしていたぞうのぬいぐるみが持たれていた。ぬいぐるみは鼻の部分がちぎれて中から綿がのぞいている。
「ヴィオレット…どうして破ったの?」
「男の子がぬいぐるみなんてカッコ悪いから破ってあげたのよ!す~ぐ泣くんだから。アンタみたいなグズ大っ嫌い!」
レネがさらに泣き出した。あまりの意地の悪さにカチンときたアンジェルが言い返す。
「ヴィオレットが泣かせたんじゃない!」
「私が泣かせたんじゃないわ!お姉様ヒドイ!」
庭で子供たちが騒いでいると使用人が呼びに行ったのだろう、向こうから歩いてきた義母にヴィオレットは走り寄って泣きついた。
自分が被害者だと嘘をでっち上げそれに怒った義母はアンジェルの前まで来るとパチンと思い切り頬を叩く。
「二人してヴィオレットを苛めるなんて酷い子供達ね!」
「……」
義母の後ろではヴィオレットが笑っている。どうせ真実を訴えたとしても結果が覆ることなんてない。この二人が来てからもう何度同じことを繰り返されただろう。
アンジェルにぎゅっと抱きついているレネは恐怖で震えている。絶対に弟は守ってみせると義母を見据えた。
「何よ、その目。…まぁいいわ、旦那様がお戻りになったら言いつけてやるから」
ふふん、と笑うと二人は去っていった。これでまた夜は父親に怒られるな、と憂鬱になる。
「おねえさま、ごめんなさい…」
「いいのよ。私こそ守ってあげられなくてごめんね」
「ん…」
レネを抱きしめながらどうしてこんなことになったのかと思う。実の父親はもうすでに自分達の父親なんかじゃない、この数ヵ月の間にそう感じていた。この屋敷には誰一人自分達の味方なんていない。
(私が…私がレネを守らなきゃ!)
そう強く思っていたのに――
「え…」
「レネはモニクの所にやった」
アンジェルが不在の間にレネはいなくなっていた。
「お前はクレール殿下の婚約者だから仕方なくこの家に置いてやるんだ。有り難く思え」
空っぽになったレネの部屋で父親は冷たく言い放って出ていった。最愛の弟まで奪われアンジェルの心はどんどん凍りついていく。
(どうして…こんなこと…)
静まり返った部屋の床にポタポタと涙がこぼれ落ち、濡らしていく。
…アンジェルの手元に残ったのは昨年の誕生日にレネがくれた手作りのブローチだけだった。
10
お気に入りに追加
223
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
冤罪で自殺未遂にまで追いやられた俺が、潔白だと皆が気付くまで
一本橋
恋愛
ある日、密かに想いを寄せていた相手が痴漢にあった。
その犯人は俺だったらしい。
見覚えのない疑惑をかけられ、必死に否定するが周りからの反応は冷たいものだった。
罵倒する者、蔑む者、中には憎悪をたぎらせる者さえいた。
噂はすぐに広まり、あろうことかネットにまで晒されてしまった。
その矛先は家族にまで向き、次第にメチャクチャになっていく。
慕ってくれていた妹すらからも拒絶され、人生に絶望した俺は、自ずと歩道橋へ引き寄せられるのだった──
悪役令嬢の残した毒が回る時
水月 潮
恋愛
その日、一人の公爵令嬢が処刑された。
処刑されたのはエレオノール・ブロワ公爵令嬢。
彼女はシモン王太子殿下の婚約者だ。
エレオノールの処刑後、様々なものが動き出す。
※設定は緩いです。物語として見て下さい
※ストーリー上、処刑が出てくるので苦手な方は閲覧注意
(血飛沫や身体切断などの残虐な描写は一切なしです)
※ストーリーの矛盾点が発生するかもしれませんが、多めに見て下さい
*HOTランキング4位(2021.9.13)
読んで下さった方ありがとうございます(*´ ˘ `*)♡
泥を啜って咲く花の如く
ひづき
恋愛
王命にて妻を迎えることになった辺境伯、ライナス・ブライドラー。
強面の彼の元に嫁いできたのは釣書の人物ではなく、その異母姉のヨハンナだった。
どこか心の壊れているヨハンナ。
そんなヨハンナを利用しようとする者たちは次々にライナスの前に現れて自滅していく。
ライナスにできるのは、ほんの少しの復讐だけ。
※恋愛要素は薄い
※R15は保険(残酷な表現を含むため)
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
妻と夫と元妻と
キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では?
わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。
数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。
しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。
そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。
まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。
なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。
そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて………
相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。
不治の誤字脱字病患者の作品です。
作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。
性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。
小説家になろうさんでも投稿します。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる