24 / 118
不可逆
しおりを挟むペルラン王国、王城――
「っ!…はぁ…はぁ…」
夜半、クレールはうなされて目が覚めた。あのジラルの塔の儀式の日から毎晩これの繰り返しだ。
夜は悪夢にうなされ眠れず、食事は喉を通らずでみるみるうちに痩せていった。
“クレール・バルテルはまるで廃人のようだ”
彼を目にした者は皆そう噂した。
「アンジェル、アンジェルっ…」
クレールは暗い部屋の中でぶつぶつとその名前を呼び続ける。
――アンジェルは生まれた時からの婚約者で、クレールもそのことに異存などなかった。王族の婚姻などこんなものだ、そう割り切っていた。
見た目は少し地味かもしれないが美しくないわけではない。性格も穏やかで声を荒らげたりすることもない。分をわきまえ、必要以上にでしゃばることもない。今にして思えば王太子の婚約者たるものかくあるべしと教育されてきただけなのだろう。
心を奪われるようなこともなく、そう――本当に空気みたいな存在だった。
反対に一瞬にして心を奪われたあの女性、ヴィオレット。
あの華やかで甘く柔らかな表情に魅惑的な身体。まるで麻薬を求めるようにクレールは彼女に堕ちていった。甘えられることも刺激的でこの娘には自分が必要なのだと庇護欲を掻き立てられた。
ヴィオレットとその両親に言われるがままに創立記念パーティーの場でアンジェルに婚約破棄を突きつけた。
それがどんなにアンジェルの心を傷つけるかも想像できず…いや、わかっていた。わかっていながらやったのだ。
彼女を蔑むことに躍起になっている母娘に自分は荷担した。そのことに罪悪感など湧かなかった。
婚約者がいる裏での逢瀬は刺激的でその背徳感さえ高揚に繋がった。アンジェルからは得られなかった真実の愛。それを手に入れた、やり遂げた!…そう、思ったのは一時的なこと。
蓋を開けてみればヴィオレットは見た目を着飾るばかりで教養もマナーも何も身に付いていない。それならこれから、と学ぼうとする姿勢も皆無だった。高価な物とかしずかれる事ばかりを好み、気に入らないと怒るか泣くか。あの美しい容姿の中身は驚くほど空っぽだった。
そうなると冷めるのは一瞬だ。ヴィオレットの愚劣さは早々に両親の耳に入り、程なく追い出せたのまでは良かった。
しかし自分の知らない間になぜかアンジェルがすべての罪を被ることになっていた。そしてそれに反抗する勇気もなく―― 今や王族からは蔑まれ、国民には白い目で見られている。
(ジラルの塔に魔物なんていないんだ…)
生け贄なんて綺麗なもんじゃない。
あそこは体のいい処刑場だ。ジラルの塔に生け贄として入れられた者は食べ物も、水さえ口にすることなく餓死するのを待つだけだ。そしてクレールは自身の選択でアンジェルを殺してしまったのだ。
(俺はなんて、愚かな…)
ジラルの塔のどこかにアンジェルの遺体が――
「うわぁぁーっ!!」
半狂乱になって泣き叫ぶ。
だがそんなクレールを宥めてくれるような人はいない。侍従もメイドもすべてクレールが遠ざけたからだ。
クレールは今夜も自身の気が済むまでわめき続けるのだ。
そして気がついたときにはジラルの塔の前にいた。
ひざまずいて許しを請う。こんなことをしてもアンジェルが戻ってくるわけでも許されるわけでもない、わかってはいるが。
「アンジェル…、すまない、すまないっ」
涙を流しながら謝罪の言葉を口にし続ける。どのくらいの時間そうしていたかはわからないが、クレールの目の前にふわりと白い花びらが落ちてきてハッと顔を上げた。
「っ…アンジェル!?」
黒い服に、ハニーブラウンの髪、手には白い花籠……アンジェルが振り返る――
「アンジェル!アンジェル…生きて…」
「……」
何の感情も映していないような瞳を向けられてクレールはゾクッとした。
あの時扉の前で「卑怯者」と言ったアンジェルの姿と重なり体の震えが止まらなくなる。
「……レネ・セルトン。アンジェルの弟です」
「っ…!」
レネはジラルの塔の扉の前に花籠を置くとひざまずいてしばらく祈っていた。立ち上がるとクレールには目もくれず去っていく。しかし、
「人殺し」
すれ違い様にポツリと呟かれた言葉。
そのひと言は剣で刺されるよりクレールに鋭い痛みを与え…――
その後王城に戻ったクレールは部屋に閉じ籠ったまま出てこなくなったのだった。
2
お気に入りに追加
223
あなたにおすすめの小説
泥を啜って咲く花の如く
ひづき
恋愛
王命にて妻を迎えることになった辺境伯、ライナス・ブライドラー。
強面の彼の元に嫁いできたのは釣書の人物ではなく、その異母姉のヨハンナだった。
どこか心の壊れているヨハンナ。
そんなヨハンナを利用しようとする者たちは次々にライナスの前に現れて自滅していく。
ライナスにできるのは、ほんの少しの復讐だけ。
※恋愛要素は薄い
※R15は保険(残酷な表現を含むため)
王女の影武者として隣国に嫁いだ私は、何故か王子に溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
王女アルネシアの影武者である私は、隣国の王子ドルクス様の元に嫁ぐことになった。
私の正体は、すぐにばれることになった。ドルクス様は、人の心を読む力を持っていたからである。
しかし、両国の間で争いが起きるのを危惧した彼は、私の正体を父親である国王に言わなかった。それどころか、私と夫婦として過ごし始めたのである。
しかも、彼は何故か私のことをひどく気遣ってくれた。どうして彼がそこまでしてくれるのかまったくわからない私は、ただ困惑しながら彼との生活を送るのだった。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
【完結】初恋の沼に沈んだ元婚約者が私に会う為に浮上してきました
Mimi
恋愛
3年ぶりに祖国での夜会に出席したシャーロットに声をかけてきたのは、元婚約者のノーマンだった。
すっかり落ちぶれてしまった彼に
話を聞いてほしいと、頼まれたシャーロットだったが…
「夏が終われば、君の元に戻るよ」
信じてほしいと言うノーマンの言葉に迷いながらも待っていた17歳のシャーロット。
しかし彼には戻るつもりはなかった。
ノーマンの裏切りを知ったシャーロットは彼への恋心を捨て、自ら婚約を解消し、隣国へ旅立った
王太子と悪役令嬢の婚約破棄から新たな運命が始まった
シャーロットの話
真実の愛
王太子と悪役令嬢の婚約破棄と断罪
平民女性による魅了
クズ婚約者の胸糞発言
隣国の腹黒皇太子
自分の好物を詰めた初めての投稿作です
どうぞよろしくお願い致します
注意
登場人物の容姿、服装等詳しく書いていません
というか、書けません
具体的に書こうとすると、自分はそこから進めなくなることに気付きました
特に容姿に関しましては
『美しい』『高い』『大きい』と、アバウトな表現が多いです
処刑や殺人、肉体関係の話が出てきます
(具体的な描写は無し)
上記の点をふまえ、最終話までおつきあいいただけましたら、幸いです
*ベリーズカフェ様に公開しています
加筆改訂あります
*2023/1/31付けの『編集部オススメ小説3作品』の1作に選んでいただきました!
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?
氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!
気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、
「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。
しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。
なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。
そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります!
✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
氷狼陛下のお茶会と溺愛は比例しない!フェンリル様と会話できるようになったらオプションがついてました!
屋月 トム伽
恋愛
ディティーリア国の末王女のフィリ―ネは、社交なども出させてもらえず、王宮の離れで軟禁同様にひっそりと育っていた。そして、18歳になると大国フェンヴィルム国の陛下に嫁ぐことになった。
どこにいても変わらない。それどころかやっと外に出られるのだと思い、フェンヴィルム国の陛下フェリクスのもとへと行くと、彼はフィリ―ネを「よく来てくれた」と迎え入れてくれた。
そんなフィリ―ネに、フェリクスは毎日一緒にお茶をして欲しいと頼んでくる。
そんなある日フェリクスの幻獣フェンリルに出会う。話相手のいないフィリ―ネはフェンリルと話がしたくて「心を通わせたい」とフェンリルに願う。
望んだとおりフェンリルと言葉が通じるようになったが、フェンリルの幻獣士フェリクスにまで異変が起きてしまい……お互いの心の声が聞こえるようになってしまった。
心の声が聞こえるのは、フェンリル様だけで十分なのですが!
※あらすじは時々書き直します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる