上 下
7 / 118

終わるもふもふ生活

しおりを挟む

 癒しのもふもふ生活は唐突に終わりを告げた――


それは夜が明ける少し前のこと。

「…ん?」

階下からコツ、コツ、という音が聞こえてきてアンジェルは目を覚ました。

(誰かが塔に入ってきた…?)

明らかに階段を上がってくる音だ。もしかして魔物をやっつけようと誰かが来たのではないかと驚き、眠っているグリズリーを起こそうと声を掛ける。

「グリズリー様!起きてください!」
「……?」
「誰かが階段を上がってきてます!」

ぽやーっと目を開けたグリズリーはしばらくアンジェルを見つめていたがぽんぽんと頭を撫でるとそのまま目を閉じた。

「え、ええっ!?グリズリー様!?」

危機かもしれないのに目を覚まさないグリズリーに驚いているとまるで「大丈夫、大丈夫」とでも言うように背中をぽんぽんと叩かれる。

(本当に大丈夫なの!?)

枕元のモルモットを見てもぐっすり眠っているしどうしていいかわからず不安でグリズリーにしがみつくしかない。
その足音はすぐ下の階で聞こえてきてアンジェルはぎゅっと目を閉じた。

「おや?」

(っ…!)

まだ下の階に居ると思っていたのにベッドのすぐ横で誰かが声を発した。アンジェルは恐怖で震え、目を開けることができない。

(ど、どうしよう!)

どうしていいかわからず固まっていると薄暗かった部屋が強烈にパッと明るくなった。その光が眩しくて気がついたのかグリズリーはアンジェルを抱えたままのそっと起き上がる。グリズリーの胸に顔を埋めていたアンジェルが恐る恐る目を開けるとベッドの横に青年が立っていた。オリーブ色の髪で眼鏡を掛けとてもキレイな顔立ちをしている。グリズリーが特に慌てていないということは知り合いだろうか。

「はぁ…屋敷に戻っていないから何事かと思えば女性を連れ込んでイチャイチャしてただけですか」

(い、いちゃいちゃっ!?)

その言葉に驚いたアンジェルだがグリズリーはなぜか嬉しそうにアンジェルをぎゅっと抱きしめて頬擦りした。その時花びらがふわりと舞う。喜んでいるのだろうか。

「とにかく不便なので獣姿を解いていただけませんか?」

そう言われてもグリズリーもいつの間にかそばに座っていたモルモットも何のこと?というように可愛らしく首を傾げた。それを見て青年はため息を吐く。

「わかりました。では私が解いて差し上げましょう」
「!」

青年が人差し指をくるっと回した直後、ぶわっと風が巻き起こってアンジェルは目を閉じた。風が収まった後にそこに現れたのは――

「え…」

グリズリーもモルモットも消え、現れたのは琥珀色の髪の青年とシルバーグレイの髪の少年。しかも、

「きゃあっ!?」
「あ、しまった。俺服着てないんだったわ」
「○¥$*△~っ!!」

そう、彼らは全裸だった。アンジェルは声にならない声をあげ急いで両手で顔を覆ったがきっと耳まで真っ赤だろう。早く服着て下さい!という声とガタガタ棚を漁る音が聞こえてくる。

「アンジェル、着替えたから目開けて良いよ」
「あ…」

そっと目を開けると目の前にはクリっとした真ん丸の目でニコニコしている少年がいた。

「…モルモット様?」
「そう。あっちがグリズリーね」

そう言って少年が指さした先には琥珀色の髪の青年。何が何だか理解ができずにいると眼鏡の青年がパンパンと手を叩いた。

「とにかく夜が明ける前に屋敷に戻りましょう。聞きたいことは色々ありますが帰ってからです」

ちらりとアンジェルを見た眼鏡の青年は何かに気がつき、自分が着ていたフードつきのマントを被せてくれた。

「顔とドレスを見られないように」
「わかってる。アンジェル行こう」
「え」

グリズリーの時と同じように抱き上げられた。もちろん片腕ではなく俗にいうお姫様抱っこというやつだが。

「あの、でも…私ここを出ても良いのでしょうか?」

一応懲罰としてこの塔に来たのだから出たらマズいのではないかと思う。逃げたと思われたら今度こそ死罪かもしれない。しかしアンジェルの不安など何でもないことのように青年は笑う。

「当たり前だ。お前は魔物オレの生け贄なんだろう?」
「っ…」
「だったら俺がお前をどうしようが誰にも文句は言わせない」

ロゼワインのようなバラ色の目を細めてニヤリと笑いながら青年は言う。その表情に思わず胸がトクンと鳴った。

「お前は俺のもんだ」
「!」

ちゅ、と唇にキスを落とされぼぼぼっと頬が赤くなった。しかし初めてのキスの余韻に浸ることも許されず青年が走り出す。

「アンジェル、しっかり捕まっとけよ!」
「……へ、」

何の忠告かと考える隙もなく青年がアンジェルを抱えたまま…塔の窓から飛び降りた!

「あ~~~っ!!」

目を閉じる間もなく襲ってきた落下の恐怖に……



塔の下に降り立った三人がアンジェルを覗き込む。

「あ、気失ってるわ」
「普通そうだろうね」
「さぁもう夜が明けますよ」

その一言に三人が夜明けの街へ走り出す。ほのかに明るくなってきた東の空、その薄明かりに見えたアンジェルの顔は。

「…やっぱりカワイイ」

誰の耳にも届かない小さな呟き。三人が走り抜けた道には、花びらがふわりふわりと舞っていたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

冤罪で自殺未遂にまで追いやられた俺が、潔白だと皆が気付くまで

一本橋
恋愛
 ある日、密かに想いを寄せていた相手が痴漢にあった。  その犯人は俺だったらしい。  見覚えのない疑惑をかけられ、必死に否定するが周りからの反応は冷たいものだった。  罵倒する者、蔑む者、中には憎悪をたぎらせる者さえいた。  噂はすぐに広まり、あろうことかネットにまで晒されてしまった。  その矛先は家族にまで向き、次第にメチャクチャになっていく。  慕ってくれていた妹すらからも拒絶され、人生に絶望した俺は、自ずと歩道橋へ引き寄せられるのだった──

悪役令嬢の残した毒が回る時

水月 潮
恋愛
その日、一人の公爵令嬢が処刑された。 処刑されたのはエレオノール・ブロワ公爵令嬢。 彼女はシモン王太子殿下の婚約者だ。 エレオノールの処刑後、様々なものが動き出す。 ※設定は緩いです。物語として見て下さい ※ストーリー上、処刑が出てくるので苦手な方は閲覧注意 (血飛沫や身体切断などの残虐な描写は一切なしです) ※ストーリーの矛盾点が発生するかもしれませんが、多めに見て下さい *HOTランキング4位(2021.9.13) 読んで下さった方ありがとうございます(*´ ˘ `*)♡

泥を啜って咲く花の如く

ひづき
恋愛
王命にて妻を迎えることになった辺境伯、ライナス・ブライドラー。 強面の彼の元に嫁いできたのは釣書の人物ではなく、その異母姉のヨハンナだった。 どこか心の壊れているヨハンナ。 そんなヨハンナを利用しようとする者たちは次々にライナスの前に現れて自滅していく。 ライナスにできるのは、ほんの少しの復讐だけ。 ※恋愛要素は薄い ※R15は保険(残酷な表現を含むため)

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...