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25話(8)

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 バタン


「………………」


 玄関の扉が閉まると、なんとも言えない寂しさが押し寄せた。笑顔の絶えない、あたたかった居心地の良い『家族』という空間がいきなり閉ざされたように感じる。


「睦月さん。私と卯月さんが居ますよ」


 如月は何かを悟ったように、俺と卯月を2人まとめて抱きしめた。


「うん、そうだね。分かってるけど、家族っていいなぁって思っちゃった」


 失言だったと思った時には既に遅くて。


「……大丈夫、睦月さんはまだ家族を持てると思います」


 如月は寂しそうに笑い、
 一度、目を閉じ、深呼吸して、抱きしめていた手を離した。


「一旦、別れましょう。私はここに残ります」

「何言って……」

「もう一度、睦月さんは自分のこと見つめ直すべきです」
「え? 何? なんで? 急に? 意味わからない。やだ」


 如月のシャツを両手で掴む。離したくないし、離れたくない。絶対に一緒に帰る。


「だって、私じゃ家族、作れないじゃないですか。家族って良いなって思えたなら、考え時だと思いますよ」


 全てを諦めたような視線が突き刺さる。何をそんなに諦めているの? この一瞬で、俺とのことを全てを諦めきれるの? 唇を噛み締め、涙を堪える。


「やだ。別れない。なんで? 一緒にこれからのこと考えていこうって俺、言ったよね? 同意、してくれたよね?」


 如月のシャツを握る手に力が入る。


「うん……でもこれでいいのかなって。今思いました。今に始まったことでもないですが……。『家族』が欲しいって思った時にはもう遅かった、みたいにはなって欲しくないなと」


 如月はそっとシャツを握る睦月の手を外した。


「俺はそれも全て織り込み済みで如月と付き合っている!!」


「でもそれが如月にとって負担で、重荷にしかならないなら、俺は……如月と別れてもいい」


 言いたくない言葉を口にした瞬間、溜まっていた涙が溢れ出た。涙が頬を伝う。快感で流れる涙とは全く違う。とても胸が苦しい。


「なんで……そうなるんですか……」


 卯月が突然手を挙げた。


「はい、喋っていいですか」
「え?」
「え?」


 引き裂けそうな胸が、卯月の声で、少しだけ穏やかになる。


「お互いがお互いのために動こうとしてるけど、誰かのための人生じゃなくて。結局は『自分自身ががどうしたいか』だと思いまーす」 


「…………」
「…………」


 なんだか旭にも同じようなことを言われた気がする。



「自分が決めた道の先に今よりもっと楽しいことがあるって思えるか、どうかじゃない。まぁ離れてみて見えることもあるんじゃね。知らんけど」


 涙を手の甲で拭い、手を挙げた。


「はい、喋って良いですか」
「どうぞ」
「どうぞ」


「俺は如月とずっと一緒に居たい。別れた先に今よりもっと楽しいことがあるなんて思えない。如月がいない人生なんて考えられない! 鬱になって病む未来しか想像できない」

「メンヘラじゃん」卯月は引いた。
「メンヘラ違うし。ちょっと寂しがり屋で如月が大好きなだけだし」


 如月は手を挙げた。


「はい、喋ってもいいですか」
「どうぞ」
「どうぞ」


「私は……私の気持ちは睦月さんとずっと一緒に居たいです。『自分自身がどうしたいか』で話してしまうと、私は睦月さんを箱の中に閉じ込めて、私だけのものにしたいくらい愛してます。睦月さんに誰かと家族なんて作って欲しくないです。今流しているその涙すら全て愛おしい」


「やばい、病んでる」卯月は引いた。
「普段フツーに振る舞ってるけど、皐さんと付き合ってた時点で病み属性なの薄々気づいてたし驚きはない……」
「人をヤンデレみたいに言わないでもらえます?」如月はムッとした。


(どっちかというとヤンデレの類だろ)


「お兄ちゃんも如月も一緒に居たいって思ってるなら、別れる必要なくね?」卯月は2人を交互に見た。

「それはそうですけど……」

「だから~~家族を持たなければいけない、なんてないし、家族の形も人それぞれでしょ。それに俺には家族はこうあるべきみたいな理想もないし」


「それに家族だって、他人。同じ家に住んでるのに、みんな違う人生歩んでる別の人間だしぃ~~」


「なんですかそれ~~」
「家族へのこだわりはないよって話。だから一緒に帰ろう?」


 如月に手を差し出すと、手が重なった。


「今日ごはん如月のおごりね」

「ぇえ~~なんでですかぁ~~」


 呼んであったタクシーにみんなで乗り込んだ。行き先を伝え、一息つく。



「ヤンデレが精神的に不安定になってただ暴れただけだった件について」卯月がボソッと呟く。
「違いますって」如月は卯月をペシっと叩いた。


「はぁ~~あ、びっくりした。もうやめて? 心臓に悪いから」如月を見つめる。
「睦月さんがメンヘラだなんて知りませんでした」
「ヤンデレに言われたくないし」如月の肩にもたれかかる。


「なんか如月のせいで急激に疲れた」卯月は如月の肩にもたれかかった。
「もう~~2人してもたれかからないでくださいよ」


 卯月は目を閉じて、言った。


「如月だいすき」
「如月だいすき」卯月に便乗して、続けて繋げる。


 それから、もう一言付け加えた。


「だからどこにも行かないで」


 静かに瞼を落とす。ラジオが流れる静かな車内で、一言、声が聞こえた。


「ありがとう、どこにも行かないよ」


 如月は、卯月と睦月の背中に腕を回して、軽く引き寄せた。


「運転手さん、すみません。駅から行き先を変えます。少し遠くなりますがーー」



 タクシー行き先は佐野家。長い帰省。誰かに気を使う必要がない、久しぶりの自分たちの時間。3人で肩を寄せ合いながら、少しだけ、眠りについた。



 ーーーーーーーーーーーー
 ーーーーーーーー
 ーーーー



 ーー佐野家 到着



「よく寝たぁ~~っ!」


 久しぶりの我が家。特に異常なし。オーケーオーケー。部屋の中に入り、お湯はりボタンを押して、リビングへ寝転がる。ごろごろ。


「睦月さぁ~~ん、荷物片付けて~~」如月がスーツケースを2つ持ってきた。
「もう疲れたもん、明日でいいでしょ。如月こっちきて」両腕を広げて、待ち構える。

「睦月さんが抱きしめてくれるんですか?」如月はごろんと睦月の正前に寝転がった。
「ちがーう、如月が俺を抱きしめて~~」もぞもぞと両腕を如月の脇腹に沿って入れ、抱きつく。


 はぁ。一緒に帰って来れて良かった。ここにぬくもりがあるという安心感。腕から感じる如月の体温にホッとする。


「自分から抱きついてるし」背中に腕が回り、ギュッと締め付けられた。
「もう二度と俺の前で別れるって言わないで。約束して」顔を上げ、見つめる。

「もう二度と言わない。睦月さんのこと考えるとやっぱり不安になりますけど……私が睦月さんのためだと思っても、それが睦月さんにとっては、ためにならないみたいですし……」

「私が睦月さんとこうなりたい、とか、睦月さんとこうしたいって思ったことの方が睦月さんを幸せに出来そうですから」

 如月は睦月の頭にキスをした。


「頭じゃなくて、ここにしてほしーなー」アヒル口でアピールをする。
「なんですか、そのおくちは~~」顔が如月の両手で挟まれ、引き寄せられる。


 ちぅ~~


「帰ってきて早々ちゅーしてるし」卯月がそばに立ち、見下ろしてくる。
「さっさと寝ろ」手でしっしっと追い払う。
「こんなところでえっちなことしないでよ」

「……………」
「……………」

「黙るなし!!! 私、先お風呂入る!!」卯月はバタバタと脱衣所へ向かった。


 したい。えっちしたい。我慢はしているが、やっぱりこう、密着するとむらむらする。如月が同意出来るような正当な理由がない。

 あ。喧嘩したし仲直り的な!!! 仲直りのえっちしよ的な!!! コミュニケーション大切!!! これで行こう!!!


「……如月ちょっとだけ……その……えっと…仲直りのえっち的な……」如月の様子を窺う。

「え。しないです。疲れましたし」子供をあやすように、背中がぽんぽんと叩かれる。
「ぇえ~~っ?! そんな!! 今しないとレスになっちゃう!!」如月を強く抱きしめる。

「大丈夫大丈夫~~いっぱいえっちしたんで、なくてもしばらくは大丈夫です~~」如月は身体を起こした。
「俺は大丈夫じゃない!!!」どこかへ行こうとする如月のシャツを掴む。

「今日はやだぁ~~気分じゃないぃ~~あ、でも、見るだけでいいなら見ますよ…はぁ」如月は頬を赤らめた。
「……それ、愛でとかいうやつでしょ」目が白く濁る。

「そうだけど? んふ」目を細め、ニヤニヤしてそうな口元を手で押さえ、隠している。


 一瞬でも見せてもいいかな? なんて許せてしまいそうになるその表情はずるい! 


「そんな顔しても見せないから!!」体を起こす。
「はいはい。睦月さん、お布団でごろごろしよ~~」如月は睦月の手を引っ張った。


 こ、これは!! お布団でゴロゴロのお誘い=一緒にいちゃいちゃ=えっちのお誘い!!! 如月ってば!!! そんなこと言いつつやっぱり俺とシた「違います」


「勝手に心情へ入って来ないで」如月を睨む。
「いや、入ってくるも何も、思ってること全て顔に書いてありますって」手を繋ぎ、和室へ向かう。

「お風呂あがった!!! 次どうぞ!!!」少し湯気の出ている卯月が、脱衣所を指差した。
「私入ろうかなぁ~~」如月は繋いでいた手を離し、脱衣所へ向かい、歩き始めた。


 音を立てないように、こっそり如月の後ろをついて行く。


「なんでついてくるんですか!!!」バレた。
「き、如月と一緒に入ろうかなって……」もじもじ。なんだか恥ずかしい。でもでも。ん~~っ。


「あぁあぁあぁぁああ!!! 如月大好きぃいぃぃいい!!!」


 睦月は如月の背中に抱きついた。


「~~~~っ!! だぁあぁあぁああっ!!! 何?!?! 一緒に入らないって!!!」如月は急に抱きつかれ頬を赤らめた。後ろから抱きつく睦月を引きずりながら、脱衣所へ向かう。ずりずり。


「……だって…だって一緒にいたいんだもん!!」むぎゅ。離されないようにしっかり抱きつく。いつも一緒にいるのに、それでも一緒に居たいとか、俺はもう重症!!! ぎゅうぅう。


「あぁぁあぁぁああ~~~~っ!!!! もぉ~~っ!!! 一緒に入ればいいんでしょ!! 入ればぁ!!!! ほら、入るなら、さっさと入りましょう!!!!」


 如月は頭をぐしゃぐしゃっと掻き、抱きついている睦月の腕に自分の腕を重ね、そのまま脱衣所に向かって歩き出した。



「やったぁ~~ありがと~~如月ぃ」



「大の大人が汽車ぽっぽしてる。けんかしたかと思ったけど、またらぶらぶに戻ってるし。人騒がせな」


 卯月は2人が一列になって脱衣所へ向かう様子を眺め、優しく微笑んだ。

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