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10話(4)

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「お兄ちゃん、ただいまぁ……」


 1人虚しく帰らされ、元気はない。帰ってきた家は全ての窓が開けられていた。とても風が通り、気持ちが良い。


 リビングにカバンを置く。ふと、ゴミ箱が気になった。家を出た時、こんなに紙ごみって捨ててあったっけ? 少し不審に思う。顔が少しツヤツヤした兄が出迎えてくれた。


「卯月おかえりぃ~~元気ないね? 大丈夫?」
「まぁ、大丈夫」


 手土産を片手に和室へ行き、襖を開けると、和室の隅に如月が体育座りをしていた。兄とは違い、如月に生気がない。如月の側に寄った。


「如月ただいま……って、顔死んでるよ? 大丈夫?」
「えぇ。なんとか……卯月さんも大丈夫ですか? 元気ないですね」
「私は大丈夫。なんかあったの?」


 大丈夫ではないけど。むしろ、話を聞いて欲しいくらいだ。大丈夫って言う時は、大概、大丈夫ではない場合が多い気がする。天邪鬼な。


「卯月さぁん……側にいてくださぁい……うぅ」
「お兄ちゃ「呼ばないで!!!」


 急に大きな声を出す如月に驚く。口元を塞がれ、如月の腕の中に引き込まれた。何か喧嘩でもしたのだろうか。


「卯月呼んだ? ねぇ、卯月を抱きしめて何をしてるの? 如月ちゃぁん?」


 兄が和室へ入り、如月に顔を近づけた。私への嫉妬を感じる。如月が震えている。何があったんだ……。


「お兄ちゃん、如月にあんまり意地悪しちゃダメだよ? メンタル弱いんだから」
「心外だな! 意地悪なんてしてないよ~~とっても仲良しだよ。また仲良くしようね~~?」
「うっ……受けはもう二度としない……」
「またまたぁ~~本当は良かったんでしょ~~じゃないとあんな風にはならないよ?」


 如月の頬が赤く染まっている。2人で何したんだ?


「~~っ! 私にあんな辱めを受けさせたことを後悔させてやる!!」
「やってみれば~~」
「ねぇ、受けって? なにがあったの?」
「…………」


 2人は顔を見合わせ、黙り込み、何も教えてくれない。


「なんでこんなに部屋の窓が開いてるの??」
「んーー換気……?」
「あと、リビングのゴミ箱さ、紙ごみの量ハンパなかったけど」
「えぇと。掃除しました……?」


 兄も如月も目が泳いでいる。なんとなくベランダを見た。


「朝より洗濯物の量増えてない?」
「……ちょっと汚れたから洗った」
「ねぇねぇ~~2人でナニをしてたの?」
「そうですねぇ。2人で仲良く、ちょっと遊んでただけですよ。ね~~睦月さん?」


 如月が幸せそうに微笑むと、兄は応えるように如月の頭に優しく口付けをした。


「……なんかめっちゃ、らぶらぶうざい……」


 実質、私は振られたようなものだから、らぶらぶな2人の状況に目が濁る。


「せっかくお土産あったのに、渡す気失せる」


 手元にあるドーナツの箱を開け、ひとつ取り出して、口に入れると如月がドーナツを覗き込んできた。


「うわぁ、美味しそうですね」
「如月の分はあるよ」
「ん~~!! カスタードがとろけて美味しいです~~」
「俺の分は?」
「ないよ。だって皐さんからのお土産だもん」
「…………」


 兄が無表情になっている。私はドーナツの箱を捨てるために、リビングへ向かった。リビングから、美味しさに悶える如月を見つめる。


「美味しすぎ……」
「如月、口元にカスタードついてる」


 兄と如月の頭が重なった。大方、何をしているのか想像が出来る。これは、ちゅーだな!!!


「手も砂糖で汚れてる」
「え?」


 あーー見てられない!!!! 他所よそでやれ!!! 和室まで行くと、指に付いた砂糖を愛しそうに舐める兄と恥ずかしそうにする如月の姿があった。


 何このシュチュエーションシュチュ。いちゃいちゃうざい! 滅びろ! 成敗!


 思いっきり襖を両手で閉め、封印する。自分がうまくいかなかっただけに人の幸せは、今は見たくない。最高にむかつく。


 次は学校で恋が見つかるといいなぁ。


 *


「睦月さん、もうついてないですって」
「……やだ」


 襖が閉まり、それでも指を舐め続ける睦月に頬が染まる。かぷ。睦月が私の指を甘噛みした。指先から感じるほのかな痛みと舌の感触に鼓動が早くなる。


「ちょっと……」
「……嫌だった。卯月を抱きしめてる如月を見るの」
「……独占欲ばっかり強くなる」
「支配欲と独占欲の塊ですか」
「そんな風に言わないでよ」


 嫉妬で元気のない顔が可愛いくて、頬に手を添え、こちらを向かせる。上目遣いで見つめる睦月に惹かれ、唇を重ねた。優しく舌を差し込み、ゆっくり絡め、離す。


「ーーっはぁ……カスタードの味した」
「ふふ。甘かったってこと? 心配しなくても、睦月さんしか見えてないですよ」


 私の言葉を訊き、満足そうに睦月は微笑んだ。


 *


 ーー時は流れ、6月、オフィス外構昼休み


 今年は例年より梅雨入りが遅いらしい。今日は比較的日差しは弱い。曇り空を眺めながら、ベンチで神谷と昼食をとる。

「今週末だね、慰安旅行」神谷がスマホを見ながら言う。
「あ~~そうだね。一泊二日も離れるって考えただけで、寂しくて死にそう」
「うさぎかよ」如月は基本、連絡をくれない。寂し過ぎ。離れるなんて耐えられない。

「最近仕事中もスマホに固執し過ぎじゃない? 何見てるの?」神谷のスマホを覗き込む。GPSだ。

「何これ……誰に付けてるの……? 彼女居たっけ?」軽く引く。
「まだ彼女ではない……。また桜坂か……クソが」神谷はイライラし始める。
「桜坂って……ねぇ。その相手皐さんだったりする?」顔がひきつってしまう。

「そうだけど? 俺にも入ってるよ、GPSアプリ。お互いを共有してる」カップルでもないのにどういう関係性……。

「なぜGPSを……」
「全てを知るにはGPSは必須だろ。今僕たちはお互いのことを深く知って、仲を深めてる最中なの」怖……。神谷は続ける。
「この桜坂! 皐に好意を寄せている。原稿も出来てないくせに呼び出す。 ほんと、許せないよなぁ?」こんなやつだっただろうか。

「詳しいね……」
「桜坂の後をつけて調べた。でも皐から仕事に関することは介入しないように言われてるんだよねぇ。でも許せないだろう? いやらしい目で皐を見てさぁ。僕しかそういう目でみちゃいけないのに」ある一定の場所で留まり続けるGPSを神谷は見つめる。

「道を踏み外すなよ……」せめてものアドバイスだ。
「大丈夫だよ~~。合意の上なんだから。それより、総務の新しく入った可愛い子、佐野のこと調べてるって」
「え? なんで? なんかしたっけ?」そもそも誰かも知らない。

「そうそう、確か名字は『志田』だよ」その名前を聞いて、血の気が引いていく。

 ーーえ? 蒼……?

 まさかね。自分は転職者ではあるが、うちはそんな簡単に入れるような企業ではない。それに好きな人がいることは伝えたし、納得してくれたはずだ。わだかまりはない。

 それ以降、連絡をしていなければ、連絡が来ることもない。勿論、会ってもいない。
 ここまで追う理由などないはず。

「俺の情報って……どこまで漏れてるの?」不安に駆られる。
「んーー。同性愛者で、男の恋人がいるってことくらいかな。誰と恋人か、までは流れてない」

「俺ってゲイだと思われてるんだね」
「今更? 違うの?」神谷は呆れる。
「んーー分からない」如月が好きなのは間違いないけど、自分のセクシュアルマイノリティを言及されると答えられない。

「まぁさ、慰安旅行行って、離れてみて分かることもあるんじゃないの。見えないことも見えてくるっていうかさ」神谷はペットボトルのお茶を飲みきり、言う。
「そうかなぁ……」離れることは不安しかない。

 恋人になって、すぐ離された。どこにいるか分からない、会えない。そんな日々を過ごしたせいで、離れることへの不安からくる如月に対する強い独占欲と束縛したい気持ちが現れる。

 どこか未だに信じきれていないのだろう。

 如月を誰かに取られるのでは? という不安。相手が妹だとしても、出てしまう醜い嫉妬。信じきれない自分の弱さから連動して征服欲も出てくる。

 汚い感情ばかりだ。


「慰安旅行中、皐さんのことはどうするの?」神谷に訊く。
「どうもしな~~い。何かしたところで僕たちの関係性は何も変わらないから。皐の好きそうなお土産を探すのみ。会う口実にもなるし。はぁ~~何が好きかなぁ」神谷はどこか幸福そうな笑みを浮べる。

「……本気なんだな」
「勿論。全然相手にしてくれないけどね~~」神谷は、声に出して笑った。

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