歌え!シエラ・クロウ

くぼう無学

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感動の再会

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 メイトリアール教会に三台の馬車が止まっていた。すべてのドアが開け放たれ、空っぽの中身を見せていた。馬の世話をしていた馭者のじいさんが、急に何かを思い出したように顔を上げて、
「おーい嬢ちゃん、あまり遠くへ行っちゃいかんぞー」
 モンシロチョウを追いかけて、草の上を走っていたジャニスは、ふり返って教会の十字架を見上げた。
 その様子を窓越しに眺めていたシエラは、自分の前に紅茶が置かれて ハッと顔を戻す。
「この夏から新しく入って来る子が、あなただったなんてね」
 お盆を胸に、向かいのイスに腰を下ろしたのは スタンレー・リース先生だった。
『それにしてもあなた、大変よく似ているわ』
 シエラはクリスマスの夜の事を思い出した。
『あなたも亡くなった少女に似ていると言われて、あまりいい気がしないものね』
 シエラの顔を見てジョセフィンと間違えたのが、このリース先生だった。
「よろしくね、シエラ・クロウさん」
 先生はしっかりとシエラの事を覚えていた。名前まで覚えてくれていて、それがうれしくてシエラは思わず笑顔になった。
 一方その隣では、緊張のあまり置物のようになっているドーラの姿が。
 それを見てジャネットが軽いため息をつく。
 いそいそとクララ・ウィルソン先生が室内に入って来て、
「もうしばらく、お待ち下さいね。じきにヒルトン先生が見えますから。
 何やらもう一名、飛び入りで我が聖歌隊に入隊する方がいるようで、先生はそちらの対応に追われていますので」
「構いません、構いません、こちらも遅れて到着したものですから」
 ジャネットはそう言って、隣で足を組んでいる男を見る。
「先日のパミネのパルシアでこの教会の評判はガタ落ちだ。そこへ来て今日だけで三人の入隊者。妙な話だとは思わんか? ダグラス先生」
 男は神妙な面持ちでチョコレートを口に入れる。
「何であんたがここにいるのさ!」
 バレンタインは立ち上がって窓の前まで歩いて行って、
「ミルドレッドの馬車がこっそり校門から出て行った。だから俺はそれを追跡したのさ」
 ジャネットは紅茶を口にして、さもいまいましそうに、
「そのしつこさ、どうにかならないのかね。あんたはとことん女に嫌われるタイプだよ」
 そのとき先生室のドアが開いた。
 シエラは目を輝かせて立ち上がった。部屋に入って来たのがソフィかと思ったからだ。
「これは これは、ようこそ我が教会にお越し下さいました」
 登場したのは少し疲れた様子のヒルトン先生だった。
 ジャネットはすぐに立ち上がって、先生とかたい握手を交わした。そして自分の教え子を前に立たせて順々に紹介して行った。
 バレンタインはそれらに背を向けて、しばらくは窓の外を眺めていた。
 ひと通り挨拶を済ませた後、ヒルトン先生は三人にイスを勧め、のんびりと世間話を始めた。
 シエラは近くにいるリース先生に顔を近づけて、
「先生、ソフィはどこにいるのかしら?」
「ソフィ?」
 ドーラの目が動いた。
「ソフィ・シンクレリアのこと?」
「そうです」
 ひそひそ声が続く。
「彼女なら、えーと、別の棟で四等クラスを教えている所ね」
 シエラは胸の前で手を組み合わせて、
「ああ、早く会いたい。もう我慢できない。こちらから会いに行ってはダメ?」
「なんですって?」
 ドーラの顔が上がった。
「だってソフィは約束してくれたの。わたしがメイトリアール教会の聖歌隊に入れたら親友になってくれるって。ああ、長かった。一年もかかってしまった。だけどどうにかこうにか約束は守れたわ」
 先生が口を開く前に、ドーラがたまらずふき出した。
「もうやだシエラったら、笑わせないでよ。ソフィがあなたなんかと親友になるわけがないじゃない。親友どころか、わたしたち新人なんて目さえ合わせてくれない」
 シエラはぷくっと頬を膨らませて、
「まあドーラったら、あなたこれを冗談だと思っているの? ソフィは確かに言ったわ。わたしが世界で名高いメイトリアール教会の聖歌隊に入れたら、よろこんであなたと親友になるって」
 ドーラはくすくすと笑って、
「それはきっとあなた冗談を鵜呑みにしたというものよ。きっとからかわれたのよ。だっていつか話したじゃない。ソフィはいま深く心を閉ざして、誰とも関わろうとしないって。親友なんて誰一人としてなれる者はいないわ」
 ドーラが勝ち誇った横顔を見せる。
 するとシエラは鼻の穴をふくらませて、
「いいわ ドーラ。見てらっしゃい。わたしの言っている事が本当だという事をこれから証明して見せるわ。
 ねえリース先生、一つお願いがあるんですけど」



 ソフィは譜面を閉じて、低音から高音へピアノの鍵盤を鳴らした。
「まあ あなたたちと来たら なんて優秀なクラスなのかしら? 今のは三等クラスの課題曲よ? それをもう完璧に歌い終えてしまって、こんなに時間が余ってしまったわ」
 ここはメイトリアール教会の裏手にある、木蔦に覆われた白板の小屋。室内からは少女たちの元気な声が聞こえて来る。
「そうね、じゃあ休みたい人は休んでいいし、歌いたい人は歌ってもいいわ。もしも伴奏が必要なら、先生が幾らでも弾いてあげる」
 わあっと少女たちは歓声をあげてピアノの周りに集まって来る。
 ブリアンヌ・ブューグルが一人だけ足を止めて、
「?」
 そのまま彼女は教室の入口へと向かった。
「どうした?」
「知らない顔、あたしここの人の顔ならぜんぶ知っているの。でもあんな顔 見たことない」
 そう言って、片目が髪の毛で隠れているスーザン・オートンは、戸の隙間から顔を抜いた。それと入れ代わりに、ブリアンヌが戸の隙間に顔を差し入れて、
「本当だ、見たことない奴」
 ブリアンヌの視線の先には、自分たちと同じような歳の少女が立っていた。
「どうしたの?」
「うわぁ」
 戸の隙間が大きく開いて、ブリアンヌの頭の上にソフィが現れた。
「先生、あれ誰?」
 ソフィはブリアンヌの指差す方向に顔を向けた。
 するとそこにはメイトリアール教会の修道服を着た金髪の少女が立っていた。
「!」
 ソフィの瞳は大きく見開かれた。そして、この一年でうんと成長をした、シエラ・クロウの姿をその目に映した。
「ウソ、どうして」
 シエラは憧れの修道服をくるりと回し、胸に光る栄光のバッチに手のひらを当てた。
「ソフィ! わたしはついにメイトリアール教会に入ることが叶ったわ! まあなんて壮絶な一年だったのでしょう。まあなんて過酷な一年だったのでしょう。
 でもここにこうして メイトリアール教会の服を着てソフィの前に立っていられるのだから、きっと素晴らしい一年だったのに違いないわね」
「おお神様」
 ソフィは教室から飛び出して、爪先から頭のてっぺんまでシエラの事を見て回った。
「幽霊じゃ、ないわね? 本当にあの、泣き虫のシエラなのね?」
 ソフィはシエラの手をつかんで上げる。
「ええ、今でも泣き虫は泣き虫よ。でもわりと分別がついた方ね。もう無暗やたらには泣いたりしないし、癇癪も起こさない」
 ソフィは興奮して少し顔を赤らめながら、
「本当に? じゃあもう、誰の足も踏まない?」
「ええ、あいつには悪い事をしたわ。でももう、チャラにしてもらったの。仲直りは済ませてあるわ」
 シエラとソフィは少しの間だまっていた。
「ソフィ、あの日あの夜の約束、覚えている? わたしがソフィとの根くらべに勝ったら、あなたはわたしと親友になってくれるって」
「ええ」
 教室からたくさんの少女たちが顔をのぞかせていた。
「じゃあ約束通り、わたしと親友になってくれる?」
 ソフィはもう答えを用意していたようで、しずかに瞳を閉じ、ゆっくりとくちびるを動かした次の瞬間、不気味な黒い影が二人の横を通った。
「感動の、再会?」
 冷たい、生気のない声がした。
「だったら、わたくしもまぜて下さらない?」
 ゾッとして、思わずシエラはソフィから離れる。
 二人の間に割って入ったのは、黒髪が異様に長い、漆黒のマントを羽織った少女だった。
「お久し振りね、お二人さん。
 あら? まさかわたくしのこと、お忘れになってしまったの? わたくしは天才歌姫のキャンベル・リア。あー、もっともっとわたくしも有名にならなくてはいけませんね」
 ソフィは不思議そうな顔をしてキャンベルの横面を眺めていた。
「お二人とも、わたくしがどうしてここにいるのか、不思議に思っていらっしゃるようね。うふふふふ、その理由、お教えしますわ。
 わたくし、本日からこのメイトリアール教会と契約を結ぶ事にしましたの」
「えーっ!」
 シエラの驚きの声が上がった。
「この教会の聖歌隊と来たら さきのパミネのパルシアであんなひどい歌を披露してしまって、評判がガタ落ちなのですってよ? メイトリアール教会の伝統と格式は地に落ちたと、酷評の嵐。
 そこでわたくしの出番というわけですわ。わたくしのこの天才的な歌唱力に白羽の矢が立って、今回の契約が実現しましたの。
 名誉挽回、わたくしがメイトリアール教会の聖歌隊に入隊した以上、名声はすぐに取り戻せる事でしょう」
 そこで二人の肩に手を置いて、
「お二人の協力があれば。大丈夫、わたくしたち三人が手を結べば、恐れるものは何もない、向かうところ敵なしですわ。うふふふふ。それではまた、のちほどお会いしましょう」
 絶世の笑みを浮かべて、キャンベルはマントを翻して立ち去って行った。
 こうしてシエラとソフィの感動の再会劇は、キャンベル・リアの乱入というハプニングによって、すべてが台無しとなった。

                      【第一部完】
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