歌え!シエラ・クロウ

くぼう無学

文字の大きさ
上 下
101 / 107

屈辱を受ける少女、ローラ・エバーツ

しおりを挟む
 シエラはチャティに呼ばれ彼女の家へ行った。チャティの家にはエズメもジェシカもいて、みんなシエラがルイスにラブレターを渡したかどうか気になっていた。仕方なく渡したと言ったら、みんな手を打ち鳴らして喜んだ。その輪の中で一人、シエラは火が消えたような表情をして座っていた。
『僕はずっと君のそばにいたんだ。それなのに、君は僕の気持ちを一つも理解していないの?』
 はあ とため息をついて、あまり期待しない方がいいと言って、シエラは早々にその場から退散した。
 そしてロード邸の前までシエラが帰って来ると、城門に知らない少女が立っていた。
「まあ、どちら様かしら。こんな所へ訪ねて来るなんてめずらしいわね」
 その少女は青いワンピースを着て、パナマハットを動かしていた。
 ちょっとつま先立って、鉄柵の向こうをのぞいている。
「ジェニファーさんにご用かしら?」
 不思議に思いながら、シエラは少女のすぐ近くまで歩いて行った。
「どちら様?」
 急に声を掛けられて、びっくりして少女は鉄柵に背中を打ちつけた。
 その顔は、とてもキレイだった。
 シエラは少しの間その少女に見惚れてから、また口をひらいた。
「あの、ジェニファーさんにご用? それとも誰かを待っていたの?」
「待っていたですってえ!」
 くわっと目が大きくなった。
「冗談じゃないわ! 何て事を言うの! それはまるで、こちらから負けを認めたようなものだわ。あたしがあなたを待っていただなんて、とんでもない! 失礼だわ! あなたは、あたしが、そんなに卑屈な女に見えるわけ?」
 見た目のキレイさと、激しくまくし立てて来るのと、シエラはその二つに大きな乖離を感じた。
「何よ、何よ何よ! なぜ何も言わないの? 分かったわ、あなたはきっとあたしのこと蔑んでらっしゃるのでしょう。見れば分かるわ、その目。みんなそう。そうやって人のことを蔑むだけ蔑めばいいわ!」
 ぷんすか怒って、少女は大きく腕を組んで見せた。
「ちょ、ちょっと」とシエラはやっと言葉を発して、
「蔑む蔑まないのって、わたしまだ何も言ってないわ。わたしはただ、あなたの様子を見て、誰かを待っているのかなって思っただけよ?」
「待っていただなんて、それは違うわ。偶然よ、偶然! いい? あたしはここへ、たまたま通り掛かったの。たまたまよ? たまたま。それを誰かを待っていただなんて、それはあなたの勝手な思い違いよ! そうでしょう⁉」
 すくみ上って、シエラは首を縦に振る。
「ふん。どうやら、物分かりは良さそうね。ひとまず安心したわ、シエラ・クロウさん」
 シエラはビックリして、一気に緊張を解いた。
「まあ! わたしの事を知っていたの?」
「知っているわ。あなたがガードナーさんの教え子の一人で、この夏からメイトリアール教会の聖歌隊に入るって事も。この辺じゃ、結構有名だもの」
「まあ! そうなの」
 シエラは恥ずかしそうに体をくねくねさせる。
「あ、あなた今、笑ったわね? あたしがあなたに近づきたくてここまでやって来たと思って、笑ったでしょう! ええ、ええ、もちろん、心の中でそう思うのはあなたの自由だからね! でも、見え見えなのよ、顔にそう書いてあるもの、それはあたしにとっては屈辱よ!」
 シエラは大きく息をすって、できる限り丁重に、失礼のないように、
「あの、もし時間があるようなら、わたしの部屋に寄って行かない? いいえ、決してあなたの事を暇人だなんて言っているのではないから」


「まあ! あなたもメイトリアール教会へ行くのね?」
 紅茶を淹れてくれたサイラに、シエラは笑顔を見せながら。
「まあ、ね」
 少女はローラ・エバーツといって、聞けばシエラと同じ年だった。
「でも、どうして? あなたもガードナー先生の教え子?」
 紅茶からスプーンを浮けて、そのしずくをきりながら、
「まさか。あたしの先生はミルドレッド・ホワイト先生。あたし ついこの間まで ロタオールにいたの。それが親の都合で、こっちに引っ越して来たの。お父さんが農場経営をしていて、こっちで離農者から格安の遊休農地を買い付けたの。だから、あたしは先生のレッスンが受けられなくなって、歌手になる夢をあきらめようかなとも思ったけど、先生がね、地方へ行っても歌を続けるようにと、メイトリアール教会を紹介してくれたの」
 シエラは両手を胸の前で組み合わせて、
「まあローラ、あなたってなんてスマートにメイトリアール教会に入るのかしら。わたしなんて、泣いたり笑ったり、やっとの思いでメイトリアール教会に入れるものを、あなたはまあ先生の紹介一つであの格式高い聖歌隊に入れるのね」
「スマート、かな」
「そうよ、そうよ。そりゃあドーラもスマートの口だったわ。最初から歌が上手だったもの。あ、そうだ、あなたドーラに会ったことある? ドーラはわたしとちがって都会的でとても歌が上手なの。ストルナードのコンクールで三位の優良賞に入賞するほどだわ。一方のわたしは予選落ち、本当にわたしったら歌が下手で困っている所なの」
 ベラベラと思いのまま話し続けるシエラ、それを見てローラは 手にした紅茶を飲むのも忘れて、
「あなた、おしゃべりね」
「ええ、ええ。わたしは本当におしゃべりが大好きなの。最近では特にそうかしら? つらい事があったの。取り返しのつかない大きな過ちを犯して、親友を失ってしまったの。あ、失ったといっても、死んでしまったわけではないわ。今はその人と絶交状態という意味よ」
「そ、そう」
 シエラは相手の手をつかんで、それを両手でぎゅっと握って、
「わたしたち、とても気が合いそう! メイトリアール教会へ行ったら、わたしたちきっと緊張と試練の連続よ! そこを助け合える友が必要じゃなくて? ね、わたしとお友達になりましょう? ローラはキレイだし、まつ毛だってこんなに長くて美しいし、きっとマッチ棒が三本も乗ってしまうでしょう。それはとても素敵なまつ毛のあかしなの。本当にうらやましい。わたしなんて、いつも二本目で落ちてしまうの」
 と、そこまで話した所で、シエラはハッと口を押さえて、
「あなたまさか誰か好きな人がいるとか言わないでしょうね? まさかわたしにラブレターを渡して欲しいとか言わないでしょうね?」
 ローラは変な顔をして、手を引っ込める。
「違うのならいいの、気にしないで。
 ああうれしい! 神様はきっとわたしの事をずっと見ていて下さったのね。孤独になったわたしのために、こうやってローラと会わせて下さったんだわ!」
 手を組み合わせてうっとりとするシエラに、ローラは冷ややかな視線を送って、
「あなた、とても変わった子ね」
 すかさずシエラはウインクを見せて、
「あなたもね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

処理中です...