歌え!シエラ・クロウ

くぼう無学

文字の大きさ
上 下
90 / 107

落ちちゃったの

しおりを挟む
「シエラ!」
 人垣かき分けて、ぐいぐい人だかりの中へ進むマーク、その先でシエラの顔を見つけて、
「良かった、無事だったか」
 ルイスから お姫さま抱っこをされた シエラは、その恥ずかしい姿を見られたとあって、少し顔を赤らめて、視線をそらした。左足が泥で汚れている。
「ケガをしたのか」
「ええ ちょっと」と無理して笑って、
「ねえルイス、もう下して。大丈夫だから」
 ゆっくりと地面に足をつけ、その痛みを確かめてから、近くのサイラの肩につかまる。
「ジェニファーさん、心配をかけて、ごめんなさい」
 ジェニファーは目を閉じ、プイとそっぽを向く。
「まったくだよ。ったく人騒がせな子だ。みんな夜通しあんたの事を探したんだからね」
 それを聞いてあちこちに向かって頭を下げるシエラ。
「みなさん、本当に、お騒がせしました」
 町長の孫が くすぐられたように笑い出して、
「いいよ、そんなの。こうやって(君が)無事に見つかったんだ。探した甲斐があったってもんだよ。なあ みんな」
 前後して町の人たちがうなずく。その中で口ひげの男がパイプを吹かせながら、
「それにしても君は一体どこにいたんだ? これだけ探しても見つからなかったというのに」
 シエラは口もとを手で隠して、周囲の目をはばかるように、
「落ちちゃったの」
「は?」と町長の孫がシエラに顔を近づける。
「今なんて?」
「穴に、落ちちゃって、そこから出られなくなっていたの」
「穴?」とみんな一斉に口をそろえる。
 今まで黙っていたルイスが、もう黙っていられなくなって、
「そうなんだ。穴なんだ。ここからは角度的に見えないけど、山小屋から少し下った所に、ちょっとした草地があって、そこでシエラは穴に落ちてしまった。よく見ないと分からないくらい、小さな穴が地面に空いているんだ」
 町長の孫が困惑した表情で、
「その場所は、よく知っているよ。ラウスハットでは珍しい、サンカヨウという花が咲いているからね。でも、そんな穴なんて今まで一度も見た事がない」
 みんなも口々に「知らない」とささやく。
 ルイスは首すじを指で掻いて、
「んー、そうだね。今まではなかった。
 どうもね、きのう今日できた穴みたいなんだ。もともとは 地面の下に ひと部屋分くらいの大きさの空洞があって、そこをたまたまシエラが歩いたものだから、地表が崩れ、その空洞の中へとシエラは落ちてしまった」
 大柄な男が腕を組んで、
「ふさいでおかないと、いけねえな その穴。他にも似たような穴がないか、後で確認するか」
 口ひげがテンガロンハットをかぶり直して、
「そういう事か。探している相手が、地下にいたんじゃ いくら山を歩き回ったって見つからねえわけだ。声だって、穴の中だから、いくら叫んでも外には聞こえないだろうし。
 でもルイス、お前 どうしてその穴を見つける事が出来たんだ?」
 隣でマークも腕を組み、
「そういやルイス、お前 最初から下ばかり見ていたよな」
 ルイスは笑顔に目をつむって、後ろ頭を掻きながら、
「うん だって、これだけ見通しのいい山の中で、突然人がいなくなるなんて、普通あり得ない事だから。滑落か、雪山にあるクレバスのような、見落としてしまうような穴に落ちたくらいしか考えられなくて」
 町長が何度もうなずいてルイスの肩に手を置く。
「ルイスは、我々とは違う視点でこの子の探索をしていたんじゃな。それがこの良い結果に結びついた。大したもんじゃな。誰かな、山頂はもう見回ったとか言ったやつは」
 町長の孫が口笛を吹いて空を見上げる。
 ジェニファーはカン、カン、と杖を鳴らして、
「まあ とにかく。みんな山を下りようじゃないか。話はあとあと。ったく、夜遅くにたたき起こされて、こんな山の上まで登らされて、あたしゃもうくたくただよ」
 口ひげの男も、大きなあくびを見せて、
「本当だ。今までずっと探すのに夢中になっていたから、眠気なんて感じなかったけど、探していた子が見つかったとなると、いっきに眠気が襲って来た。山小屋の後始末は、また明日以降にするとして、みんな、今日はもう帰ろう」
 最後にシエラはみんなに向かって深々と頭を下げた。その姿を見届けた後、町の人びとは、ぞろぞろと山を下り始める。あちこちでテントは解体され、杖や笛といった捜索道具の回収も始まった。
 そんな中、シエラの隣を歩いていたジェニファーが、おや、といって目をむいた。
「シエラや、その子はなんだい?」
 今まで気づかなかったが、言われて見ると、シエラの後ろに小さな女の子がくっついていた。
「あ、この子?」とシエラは左右に首をふって自分の背中を見ながら、
「この子はジャニスっていうの」
「ジャニス? 聞いた事のない名だね、どこの子だい?」
 ジェニファーの怖い顔が子供に近づく。
「誰って、私と一緒に穴の中にいた子よ」
「え!」とみんな急いで振り返る。
 マークが恐ろしい顔をして、
「穴の中に、ほかにも子供がいた? どういう事だシエラ、もしかしてその穴って、今まで何人もの人が落ちて……。
 お、おい、穴の中に骸骨とかなかっただろうな?」
「まさか」
 とシエラは軽く笑い飛ばして、
「さっきルイスが言った通り、あの穴に落ちたのは私たちだけ。
 じつを言うとね、最初にあの穴に落ちたのって、この子なの。私ビックリしちゃって、どうにかしてこの子を助けようと、色々にやった結果、私まで穴に落ちちゃった」
 ジャニスはみんなに見られて、キョロキョロと顔を動かす。着ている服がボロボロで、見るからに貧しそうな子供だった。
 マークはひざを折って、ジャニスの顔の高さまで頭を下げて、
「穴に落ちたって事は、この子もこの辺りをウロウロしていたって事だよな。うーん、こんな子 見た事がない。少なくとも、俺たちの町の子供じゃない」
 シエラは面白がるような顔をして、肩をすくめる。
「そう? マークはすでにこの子に会っていると思うけど」
 マークの動きが一瞬止まった。
「どういう意味だよ。俺はこんな子 知らないぞ」
 含み笑いを見せながら、ルイスも背後から、
「まだ分からないの? マーク」
「なんだよお前ら、なんで俺のこと笑っているんだ」
 シエラは次第に笑い出して、涙をぬぐいながら、
「マーク、あなたはもうあの山小屋でこの子に会っているわ」
「へ?」
 困惑するマークの その肩に、ポンとルイスが手を置いて、
「マーク、あのとき僕らが見た幽霊ってさ、実はこの子だったんだよ」
 朝焼けの空に、「なにー!」というマークの声が響き渡った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

チトセティック・ヒロイズム

makase
ファンタジー
――目覚めたら自分に関するすべての記憶を失っていた少女。唯一分かったのは「ちとせ」という自身の名前。自分を助けてくれた少女に、ちとせの倒れていたこの場所は、超能力者の子供が通う学校であると説明される。果たして自分は何者なのか、どうして記憶を失ったのか。ちとせは自分を探しながらも、やがて学院に潜む闇と自分自身に向き合っていくことになる。

公爵家次男の巻き込まれ人生

ファンタジー
ヴェルダン王国でも筆頭貴族家に生まれたシアリィルドは、次男で家を継がなくてよいということから、王国軍に所属して何事もない普通の毎日を過ごしていた。 そんな彼が、平穏な日々を奪われて、勇者たちの暴走や跡継ぎ争いに巻き込まれたりする(?)お話です。 ※見切り発進です。

【完結】やり直しの人形姫、二度目は自由に生きていいですか?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「俺の愛する女性を虐げたお前に、生きる道などない! 死んで贖え」  これが婚約者にもらった最後の言葉でした。  ジュベール国王太子アンドリューの婚約者、フォンテーヌ公爵令嬢コンスタンティナは冤罪で首を刎ねられた。  国王夫妻が知らぬ場で行われた断罪、王太子の浮気、公爵令嬢にかけられた冤罪。すべてが白日の元に晒されたとき、人々の祈りは女神に届いた。  やり直し――与えられた機会を最大限に活かすため、それぞれが独自に動き出す。  この場にいた王侯貴族すべてが記憶を持ったまま、時間を逆行した。人々はどんな未来を望むのか。互いの思惑と利害が入り混じる混沌の中、人形姫は幸せを掴む。  ※ハッピーエンド確定  ※多少、残酷なシーンがあります 2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2021/07/07 アルファポリス、HOT3位 2021/10/11 エブリスタ、ファンタジートレンド1位 2021/10/11 小説家になろう、ハイファンタジー日間28位 【表紙イラスト】伊藤知実さま(coconala.com/users/2630676) 【完結】2021/10/10 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ

初夜に目覚めた悪役令嬢(R15)

朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
R18版のエロを少なくしたR15バージョンです。 目覚めたのはあれのまっ最中だった 男性に組み敷かれている自分に戸惑っていた (え?何?何やっ・・・) 「あんっ」 「ロゼッタ、私がそなたの元に来るのは今日が最初で最後だ」 (体が動かないなんて力、違うこれは精霊魔法) 「ロゼッタ!魔法は使えないんじゃなかったのか」 「使えますよ、うふっ全属性」 「なっ!それじゃ聖女じゃないか、結婚出来ない」 「それが嫌だから黙ってたの、だってルードヴィッヒ様の妻になって子供を作るのが夢ですもの」 「そんなことしたら魔法が使えなく・・・」 「使えてますわよ」 そう言うと裸の2人の周りに色とりどりの光が周り出した 「皆、おめでとうって言ってくれてる、一つ夢が叶ったねって」 結婚初夜に前世の記憶が戻り、混乱の中、皇太子を押さえつけて襲うという暴挙をした自己嫌悪真っ最中のロゼッタだった 最初拒否されて傷ついたロゼッタが再び王子と相思相愛になって行く 転生チート物語

逆行聖女は剣を取る

渡琉兎
ファンタジー
聖女として育てられたアリシアは、国が魔獣に蹂躙されて悲運な死を遂げた。 死ぬ間際、アリシアは本当の自分をひた隠しにして聖女として生きてきた人生を悔やみ、来世では自分らしく生きることを密かに誓う。 しかし、目を覚ますとそこは懐かしい天井で、自分が過去に戻ってきたことを知る。 自分らしく生きると誓ったアリシアだったが、これから起こる最悪の悲劇を防ぐにはどうするべきかを考え、自らが剣を取って最前線に立つべきだと考えた。 未来に起こる悲劇を防ぐにはどうするべきか考えたアリシアは、後方からではなく自らも最前線に立ち、魔獣と戦った仲間を癒す必要があると考え、父親にせがみ剣を学び、女の子らしいことをせずに育っていき、一五歳になる年で聖女の神託を右手の甲に与えられる。 同じ運命を辿ることになるのか、はたまた自らの力で未来を切り開くことができるのか。 聖女アリシアの二度目の人生が、今から始まる。 ※アルファポリス・カクヨム・小説家になろうで投稿しています。

第7皇子は勇者と魔王が封印された剣を手に、世界皇帝を目指します!

七色夏樹
ファンタジー
皇位継承権第7位、ヨハネス・ランペルージュは、腹違いの兄、アビル・ランペルージュによって暗殺されそうになっていた。 皇城の地下迷宮深くに落ちたヨハネスは、そこで摩訶不思議な剣と出会う。 ヨハネスの不思議な冒険が今始まる。

人生負け組のスローライフ

雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした! 俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!! ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。 じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。  ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。 ―――――――――――――――――――――― 第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました! 皆様の応援ありがとうございます! ――――――――――――――――――――――

処理中です...