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おしゃべりなバレンタイン
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「はい、今日のレッスンはここまで」
ジャネットは、譜面をトントンした。
「あら先生、今日はやけに早いのね。わたしまだ歌い足りないわ」
カバンを肩にかけて立ち上がるシエラ。
「おっと、あんたはそのまま、そのまま」
「?」
「ドーラ、これをお母さん渡しておくれ。この間、だいぶご馳走になったからね、ほんのお返しだよ。じゃあね」
小包を渡されたドーラ、不思議そうにシエラをふり返る。
「さ、ドーラ、あんたは帰っていいよ。これからシエラに話があるんだ」
ハッとしてドーラ、何かを察して足早に教室を出て行った。
「話?」
カバンを机に戻して、シエラ、ジャネットの不気味な背中を見守る。
「先生?」
「悪い知らせだよ」
窓の外に帰宅するドーラが見える。
「まあ、座りな、今からぜんぶ話から」
シエラは不安そのもののような顔をして、イスに座る。
「この間、あたしはメイトリアール教会から呼び出しを受けた。覚えているかい、急にレッスンをお休みにした日の事を」
その日はシエラたちがルドヴィックに手紙を渡しに行った日だ。
「何やら電話の向こうの様子がおかしくてね、急いで馬車を呼んで、教会まで行ったら、挨拶もそこそこに、先生、あんたの事について色々聞いて来た」
「わたし?」
驚いて目が大きくなる。
「そう。メアリー・ヒルトン先生は、あんたがストルナードの歌のコンクールに出た事を知っていた」
「!」
シエラはあんぐりと口をあけて、その口を両手で覆った。
「もうお分かりだね。ヒルトン先生は、あんたの歌のコンクールの成績、予選落ちの話を知って、びっくりして、あたしを呼び出したのさ。まずい事になったよ。ちょっと腕だめしのつもりが、ここへ来てあんたの聖歌隊入隊の足を引っ張る事になるとは」
ジャネットは目を閉じて、左右に首を振った。
「どうして? ストルナードの歌のコンクールなんて、小さな歌のコンクールだから、失敗したって気にしないでいいって、先生そう言ったじゃないの」
「ああ言ったさ、あんなしょぼい歌のコンクールなんて、あちこちにたくさんあって、いくら歌の先生だって、その一つ一つの成績なんて気にやしない」
「じゃあなんで」
「バレンタイン・ウッドさ」
「?」
ジャネットは忌々しそうに、舌を出した。
「覚えているかい? 予選の時、あんたに罵声をあびせた、あの嫌味な男さ。あんちくしょうはね、わざわざメイトリアール教会にまで足を運んで、ま、余計なことをべらべらベラベラしゃべって、いい気分で帰って行ったのさ。それを聞いたヒルトン先生は、音楽大学の先生がおっしゃる事だからと言って、それらをぜんぶ鵜呑みにして、あんたの予選落ちのこと、とびきり歌が下手だという事を信じたのさ」
「まあ」
「ヒルトン先生はね、あたしを教会へ呼び出して、はっきりとこう言ったんだ。あんな歌のコンクールで、予選に落ちてしまうような娘など、うちの聖歌隊にふさわしくないって」
「それって」
「そう、お察しの通り、あんたはメイトリアール教会に入れなくなったんだよ」
「まあ!」
シエラは頭を抱えて、天井をあおぎ見た。
「そりゃないわ先生! わたしもう聖歌隊に入れるものだと思って、浮かれ調子になっていたのよ! それなのにこれじゃ、ひどいわ!」
ジャネットは耳をふさいで、
「うるさいねえ。あたしだって、あんたの入隊を勝手に決めてしまっていて、決まりが悪かったんだよ。だからあたしはヒルトン先生を説得した。予選落ちは、ローズマリーと譜面が入れ替わってしまったからと、事実を伝えた」
「そしたら?」
「それでも大将、まったく聞く耳を持たないで、どういう理由があるにせよ、ストルナードの歌のコンクールで予選落ちはダメ、絶対にダメ。だけど優良賞だったドーラ・ブライスさんはよろしい、こう一点張り」
ジャネットは万歳をして、ピアノに頬杖をついた。
「だからシエラ、あんたはもう、メイトリアール教会には入れない。あきらめな。あたしとドーラだけ、今年から教会へ行くけど、あんたはどこかへ行って、遊んでな」
シエラは両手を振り上げて、バンと机を叩いた。
「冗談じゃないわ! 冗談じゃない! そんな簡単にあきらめられないわ! コンクールの予選落ちが気に入らないって⁉ いいわ! だったらわたし今からどこへでも行って、コンクールの予選をとっぱするわ! さあどこへでも行くわ先生! やってやるわ先生!」
怒りに燃えるシエラ、それを見てジャネットは、くつくつと笑い、最後には大笑いした。
「なにがおかしいの」
「やれやれ、あんたのそのガムシャラな信念だけは、変わらないね。そしてその信念は、誰にも負けない。うん、あんたは間違いなくあたしの道楽さ」
「道楽?」
「いいんだよ、なんでもない。
よし、それだけやる気があれば、なんとかなるかもしれないね。イチかバチか、あたしにいい考えがある」
ジャネットは、いかにもいい考えがあるような顔をして、手にしたパンフレットをシエラに見せた。
「パミネのパルシアって、あんた知っているかい?」
ジャネットは、譜面をトントンした。
「あら先生、今日はやけに早いのね。わたしまだ歌い足りないわ」
カバンを肩にかけて立ち上がるシエラ。
「おっと、あんたはそのまま、そのまま」
「?」
「ドーラ、これをお母さん渡しておくれ。この間、だいぶご馳走になったからね、ほんのお返しだよ。じゃあね」
小包を渡されたドーラ、不思議そうにシエラをふり返る。
「さ、ドーラ、あんたは帰っていいよ。これからシエラに話があるんだ」
ハッとしてドーラ、何かを察して足早に教室を出て行った。
「話?」
カバンを机に戻して、シエラ、ジャネットの不気味な背中を見守る。
「先生?」
「悪い知らせだよ」
窓の外に帰宅するドーラが見える。
「まあ、座りな、今からぜんぶ話から」
シエラは不安そのもののような顔をして、イスに座る。
「この間、あたしはメイトリアール教会から呼び出しを受けた。覚えているかい、急にレッスンをお休みにした日の事を」
その日はシエラたちがルドヴィックに手紙を渡しに行った日だ。
「何やら電話の向こうの様子がおかしくてね、急いで馬車を呼んで、教会まで行ったら、挨拶もそこそこに、先生、あんたの事について色々聞いて来た」
「わたし?」
驚いて目が大きくなる。
「そう。メアリー・ヒルトン先生は、あんたがストルナードの歌のコンクールに出た事を知っていた」
「!」
シエラはあんぐりと口をあけて、その口を両手で覆った。
「もうお分かりだね。ヒルトン先生は、あんたの歌のコンクールの成績、予選落ちの話を知って、びっくりして、あたしを呼び出したのさ。まずい事になったよ。ちょっと腕だめしのつもりが、ここへ来てあんたの聖歌隊入隊の足を引っ張る事になるとは」
ジャネットは目を閉じて、左右に首を振った。
「どうして? ストルナードの歌のコンクールなんて、小さな歌のコンクールだから、失敗したって気にしないでいいって、先生そう言ったじゃないの」
「ああ言ったさ、あんなしょぼい歌のコンクールなんて、あちこちにたくさんあって、いくら歌の先生だって、その一つ一つの成績なんて気にやしない」
「じゃあなんで」
「バレンタイン・ウッドさ」
「?」
ジャネットは忌々しそうに、舌を出した。
「覚えているかい? 予選の時、あんたに罵声をあびせた、あの嫌味な男さ。あんちくしょうはね、わざわざメイトリアール教会にまで足を運んで、ま、余計なことをべらべらベラベラしゃべって、いい気分で帰って行ったのさ。それを聞いたヒルトン先生は、音楽大学の先生がおっしゃる事だからと言って、それらをぜんぶ鵜呑みにして、あんたの予選落ちのこと、とびきり歌が下手だという事を信じたのさ」
「まあ」
「ヒルトン先生はね、あたしを教会へ呼び出して、はっきりとこう言ったんだ。あんな歌のコンクールで、予選に落ちてしまうような娘など、うちの聖歌隊にふさわしくないって」
「それって」
「そう、お察しの通り、あんたはメイトリアール教会に入れなくなったんだよ」
「まあ!」
シエラは頭を抱えて、天井をあおぎ見た。
「そりゃないわ先生! わたしもう聖歌隊に入れるものだと思って、浮かれ調子になっていたのよ! それなのにこれじゃ、ひどいわ!」
ジャネットは耳をふさいで、
「うるさいねえ。あたしだって、あんたの入隊を勝手に決めてしまっていて、決まりが悪かったんだよ。だからあたしはヒルトン先生を説得した。予選落ちは、ローズマリーと譜面が入れ替わってしまったからと、事実を伝えた」
「そしたら?」
「それでも大将、まったく聞く耳を持たないで、どういう理由があるにせよ、ストルナードの歌のコンクールで予選落ちはダメ、絶対にダメ。だけど優良賞だったドーラ・ブライスさんはよろしい、こう一点張り」
ジャネットは万歳をして、ピアノに頬杖をついた。
「だからシエラ、あんたはもう、メイトリアール教会には入れない。あきらめな。あたしとドーラだけ、今年から教会へ行くけど、あんたはどこかへ行って、遊んでな」
シエラは両手を振り上げて、バンと机を叩いた。
「冗談じゃないわ! 冗談じゃない! そんな簡単にあきらめられないわ! コンクールの予選落ちが気に入らないって⁉ いいわ! だったらわたし今からどこへでも行って、コンクールの予選をとっぱするわ! さあどこへでも行くわ先生! やってやるわ先生!」
怒りに燃えるシエラ、それを見てジャネットは、くつくつと笑い、最後には大笑いした。
「なにがおかしいの」
「やれやれ、あんたのそのガムシャラな信念だけは、変わらないね。そしてその信念は、誰にも負けない。うん、あんたは間違いなくあたしの道楽さ」
「道楽?」
「いいんだよ、なんでもない。
よし、それだけやる気があれば、なんとかなるかもしれないね。イチかバチか、あたしにいい考えがある」
ジャネットは、いかにもいい考えがあるような顔をして、手にしたパンフレットをシエラに見せた。
「パミネのパルシアって、あんた知っているかい?」
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