歌え!シエラ・クロウ

くぼう無学

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「わ」
 あわてて手紙を後ろへ隠すシエラ。
「どんな麦をお探しかな?」
 手もみをしながら、これから商売を始めようとするルドヴィック。
「麦?」
「そう 麦。あれ? 麦を買いに来たんでしょう?」
 いかにも他人行儀を見せるルドヴィック、その態度から、目の前の相手がシエラだと分からない様子。
「? どうしたの?」
 手を打ち鳴らして、わざとらしく麦を選び出すシエラ。
「そうそう、麦だわ! わたしは麦を買いに来たの!」
 適当に売り場を歩いて、値札を確かめるシエラ、その手をルドヴィックはつかんで、
「おっと、さっきも言ったけど その麦はやめた方がいい。おもしろい原産国だろう? だけど 僕らの口には合わない。これを買ったお客さんは、みんなもう次は買わないね。輸入品は外れが多いんだ」
「そ、そうなの」
 いそいそと その手を引っ込めて あてどもなく視線を飛ばすシエラ、妙にソワソワして、別の売り場へと移動する。
「君、変わっているよね」
「?」
「そんなに麦が好きなの?」
 柱に寄り掛かって、興味深くシエラの事を観察するルドヴィック。
「だってさ、さっきからずーっと、ここで麦を見ていたじゃない」
 この時シエラはまともに相手を見た。
 前に会った時よりもずっと背が伸びて、今では見上げるくらいの身長になっていた。一段と彫りの深い顔になって、それがドーラやサイラが絶賛するような、ハンサムな青年ではある事は さすがにシエラも認める所ではあった。
「そ、そうね。わたし、ずっとここで麦を見ていたものね。ここのお店、たくさん(麦の)種類があって、つい見入ってしまうわ」
 ルドヴィックはテラスの板を軋ませて、ゆっくりと歩きながら、
「まあね、(麦の)種類で言ったら、この地方で右に出るものはないね。後ろの大きな倉庫を見てご覧、ここのオーナーは、色んな国を渡り歩いて来たから、あちこちの農場を知っていてさ、各地から大量に麦を仕入れる。そら、スリムルの軍事工場って、白い砂丘の向こうにあるでしょう。あそこへだって麦を配給している」
 話を聞きながら、間が持たない人のように、あちこち視線を投げるシエラ。店内では、先程と変わらぬ姿でリューイッヒが鏡の前に立っている。道の向こうでは、ハラハラドキドキのドーラが木箱から顔を出している。
 と その時、「あ」といってシエラとドーラの目が合った。
「ん?」とその様子に気を取られ、ルドヴィックが相手の視線をたどって その先を見ようとした所で、あわてたシエラが彼の顔を両手ではさみ また元の位置へと戻す。
「わっ! ごめんなさい! なんでもないの!」
 シエラの心臓がバクバクいった。
「今の、なに?」
 思いがけない目に遭って、けれどもかえって好奇心をくすぐられたように、自然と笑って、
「あっちの方で、何か あった?」
 シエラはただ笑っていた。
「君、変わっているね」
 ルドヴィックは、つま先から頭のてっぺんまで、おもしろそうにシエラを眺めた。
「よく言われるわ」
「どこから来たの?」
「ラウスハット」
「ラウスハット? ずいぶん遠い所から来ているね」
「そうなの」
「そんな遠い所から、わざわざ麦を買いに?」
「そうなの」
 適当に言って、シエラはもう一度店内をうかがう。リューイッヒは先程と変わらず鏡の前に立っている。
 シエラは背中の手紙をぐっと握って、
「さっきの女の人、どうしたの?」
「え?」
 フレンチブレイドが走り去った方向を指差して、
「さっき ほら、泣きながら店から飛び出して来て、あっちへ走って行った人」
「あー、あれ。そっか、見ていたんだ」
 ルドヴィックは両手で髪をかき上げて、途中でその手を止める。
「あれは、ほら、手紙を渡されたんだ。一方的に。でも僕は、その手紙を受け取らなかった。それだけの事だよ。こういう事って、結構多くてね、じっさい僕は困っているんだよ。だってこっちは、仕事をしているわけでしょう。麦を買いに来てくれればいいのだけど、手紙ばかり渡されても、商売あがったりだよ。だから僕はもう、すべての手紙を断る事に決めているんだ」
 シエラのまゆ毛が下がった。
「なんで」
「?」
「なんで手紙を受け取らないの」
 ルドヴィックは相手から視線をそらして、
「なんでって、言われても。僕だってね、始めは手紙を受け取っていたんだ。断る理由もないからね。でもそのうちに、返事を書かなかった事で、店で騒がれた事があって。泣きじゃくって物は投げるし、他のお客の迷惑になるし、とてもひどい目に遭った。それ以後 僕はもう手紙を受け取らない事に決めた。
 だって、手紙さえ受け取らなければ、返事だって書かなくていいわけだし、揉め事にもならない」
 シエラはまっすぐに相手を見て、
「さっきのは、揉め事じゃないの?」
 相手の口がとがった。
「あんな、ビリビリに手紙を破って」
「あれは、リューイッヒが勝手にやったこと」
 突然強い風が吹いて、カチカチとガラスに砂が当たる。
「それでいいの?」とシエラの目が青く光った。
「それで、いいと思っているの?」
 面倒くさそうに、ルドヴィックは顔をそむける。
「いいもなにも、仕方がないさ。ああやって、手紙がやぶられた方が、あの人にとっては良かったのかもしれない。
 だって どうせあの人だって、失望して、自分の手で手紙をやぶる事になるだろうから」
 それを聞いたシエラは、とうとう自分の気持ちが押さえられなくなって、
「ダメよルドヴィック!」
「ルドヴィック?」
「あなたそれは逃げているというもの! 彼女たちの熱心な声から逃げているの。卑怯だわ! あなたが女性に人気があるのは、それはあなたの勝手だけど、でもそれが彼女たちの切実な声を無視していい事にはならない!」
 開いた口がふさがらない様子で、ルドヴィックはまばたきをくり返す。
「さっきやぶられた手紙は、ひと文字ひと文字、あの人が心を込めて書いた手紙、それを読んだ相手が、どんな気持ちになるのか想像して、ときに幸福な笑顔になって、ときに緊張から胸が張り裂けそうになって、そんなたくさんの想いが詰まったのが、あの手紙なの。それが、あなたには分からないの?」
 恋に悩むドーラの必死さを思うと、シエラの胸が痛んだ。
「そりゃね、お金が目当てのセールスマンの手紙なんて、工場で印刷された手紙なんて、やぶいて捨てたって構わない。そんなの、いくらでも送ってくるのだから。でもね、彼女たちは真剣なの。切実なの。そんな手紙は、しっかりと読んであげて、ちゃんと返事を書いてあげなければ、失礼よ。いい? 面倒でも、誠実になって、そうしてあげなければ、フェアーじゃない」
 ルドヴィックは、お手上げの表情をして、黙っていた。
 ハッと我にかえって、あたふたし出すシエラ。
「あらわたしったら、またやっちまったわ。いっつもこう。あの、ずいぶん失礼なことを言ってしまったけど、気になさらないで」
 ゆっくりと頭を掻いて、ルドヴィックは大きく息を吸い込む。
「君も、青い目をしているんだ」
「?」
 その青い目は、まばたきをくり返した。
「一年前、君と同じ青い瞳をした少女がいた。遠い異国から旅をして来て、薄汚れた格好をしていた。冗談を言ってからかったら、その娘は怒って、僕のこの足を踏んづけた」
 片足を前に出して、それを指差すルドヴィック。
「ま、まあ。それは乱暴な娘だこと」
 ルドヴィックはもう一度 息を吸い込んでから、
「君の言った事は正しい。僕は面倒な事から逃げていた、そうだね?」
 シエラは小さいあごに人差し指をあてて、
「そうね」
「じつは僕も迷っていたんだ。どうすれば誰も悲しい思いをしないで済むのか。どうすればみんな、仲良く笑っていられるのか。でも、僕が選んだ道は、彼女たちの手紙を、切実な手紙を、無視する事だった。お金目当ての、セールスマンの手紙のように、ビリビリにやぶいていたのと変わらなかった、そうだね?」
 さわやかに笑って、ルドヴィックは握手を求めてきた。
「?」
 はにかんだように、その手を取るシエラ。
「よし、これから僕は、彼女たちの手紙を受け取るよ。そしてその手紙を読んで、しっかりと返事を書く。僕の本心をね。それが例え、彼女たちを残念な思いにさせる事になっても、それが本心なのだから、分かってくれるよね、きっと」
「そうね」
 ルドヴィックは、わざとらしく目を細めて、
「それじゃまずは、君の背中にある手紙から、読ませてもらうとするよ」
 ハッとして、シエラの顔が赤くなった。それから、きまりが悪そうに、ルドヴィックの顔を見上げる。
「だって、君みたいな可愛い娘が、なんの目的もなくずっと麦屋の前にいるとは思えないもの」
 背中から手紙を取り出すシエラ。
「あなた、人が悪いわ。初めから知っていたのね」
 隠していたラブレターを差し出すシエラ。そして片目をつむって、
「じつはわたし、これをあなたに渡さなければならなかったの。麦を買うふりをして、悪かったわ。でも聞いて、このラブレターは、破かれる事なく、あなたに渡さなければならなかったの。そしてあなたはこの手紙を読んで、相手の気持ちを考えて、返事を書かなければならない。心を込めて書いたの。きっとこれを読んだ後には、甘い気持ちになれると思うわ。そうなるように書いたの。あ、そんなこと本人の前で言ってはならなかったわね。でも、本当のことよ?
 とにかくルドヴィック、あなたはこの手紙を読んで、率直な本心を、ちゃんと返信してね。そしてなるべく、良いお返事を、待っているわ」
 シエラから手紙を受け取って、それを顔の高さまで上げて、
「返事を書けば、また会える?」
「へ?」
 思いもよらぬ顔をするシエラ。
「君にまた会えるか、聞いているの」
「わたし?」と自分の顔を指差して、まばたきをくり返すシエラ。
「ほかに誰がいるの」
 妙な質問をされて、理解ができないまま、釈然としないまま、シエラは返事をした。
「さ、さあ。わたしがまたここへ来るかどうか、それは分からないけれど、でもそれはあなた次第、あなたがその手紙に返事を書いて、それから二人がうまくいって、それからの話………あーっ! リューイッヒが動き出した! まずい! ではルドヴィック、さようなら」
 脇目もふらずに走り出すシエラ、その背中に向かってルドヴィックが大声で、
「名前は!」
 ふり向きざま、シエラは遠くへ叫ぶように、
「ドーラ、ドーラ・ブライス!」
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