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代理人
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ドーラは両手で胸を押さえた。そして、息が苦しい人のように その場にうずくまった。
「ああ、気分が悪い。汗が出て来た。あんな所を見させられて、わたし、もう手紙が渡せないような気がしてきた。目の前でラブレターが引き裂かれるなんて、わたし、そんな、精神的ショックで死んでしまうわ。ねえシエラ、今日のところは引き返しましょう?」
びっくりしてシエラは横を見る。
「なに言ってんの! せっかくここまで来て、何もしないで帰るつもり? ほらゴールは目前よ、こんなチャンスはめったにないんだから、気をしっかり持って、さあ、早く手紙を渡してしまいましょう」
返事がなかった。
「そうだ! あのお邪魔虫のリューイッヒを店から追い出すってのはどう? んーと、そうね。わたしがおとりとなって、何でもいい、とにかく相手をおちょくって、怒って追いかけて来たところを、この俊足で町はずれまで逃げ切る。その隙にドーラは手紙を渡す。どう? これ」
返事がない。
「もうどうしちゃったの⁉ 彼はすぐそこにいるのよ? 早くその手紙を渡さなきゃ」
そうこうしていると、ルドヴィックが店の中を歩き出した。手にした紙に何かを書いて、ときおりペンで頭をかく。あっという顔を見せて、また紙に何かを書く。そのすぐ後ろを、リューイッヒがちょろちょろとついて回る。あーもどかしい。彼女一人しか客がいないのに、二人はただ手をこまねいているだけだった。
「ムムム、あのお邪魔虫さえいなければ、今こそ手紙を渡す絶好のチャンスなのに。ねえドーラ、手紙、貸してよ。わたし近くまで行って、機会をうかがって、あいつが一人になったところを、さっと行ってさっと渡してしまうわ」
勢いよくドーラの顔が上がった。
「そうして! そうしてよ! まあシエラったら、なんて頼もしいの? あんな怖いお姉さんがいる所に、どうしてそう平気な顔をして乗り込んで行けるのかしら?」
早口でそう言いながら、ドーラはもうハンドバッグからラブレーを取り出していた。
「あんなの、なんとでもなる。手紙が破かれそうになったら、奪い返してさっさと逃げるわ」
ラブレターはドーラの手からシエラの手へと渡った。
「お願いね」
シエラは無言でうなずき、木箱のかげから立ち上がった。そしてわざとらしく口笛を吹いて、ルドヴィックの店の前まで歩いて行く。それを物かげから見守るドーラ、緊張のあまり、手にしたハンカチがしわくちゃになっていた。
シエラは麦を買いに来た客をよそおい、ぶらぶらとテラスの売り場へと上がった。そして麦の入った樽を前にして、商品の値札を見て回る。ちらっと店内の様子をうかがった。
「へえ、まじめに仕事しているな」
ルドヴィックが働く店は、麦屋という事だが、他にもたくさん商品が並んでいて、カトマンズに見られるような、カラフルな豆類だったり、中南米産のコーヒー豆やなんかも販売していた。奥の棚には、黒豆の瓶詰がすき間なく置かれていて、それをルドヴィックが一つ一つ見て回っては、手にした紙に何かを書く。
リューイッヒはどこへ行った? シエラは大きく背伸びをして、店の奥をのぞき込んだ。彼女は今、店の入口とは反対側にある、姿見の前に立っていた。
「うーん、だいぶ離れたわね。だけど ぜんぜん油断はできない。わたしがお店に入ったとたん、きっと恋敵が来やがったとばかりに飛んで来るわ、きっと」
と そこでシエラは、あごに人差し指を当てる。
「でもあの人って、いつもああしているのかしら? メイトリアール教会の聖歌隊って、そんなにヒマなの?」
シエラは大きなガラスの前で、店内の様子をうかがっていた。そのガラスの反射によって、シエラの姿が映っていた。
「?」
それが自分の姿である事は、シエラも重々承知していたが、それでも、右手を上げてみたり、髪の毛を手でさわってみたりと、とにかくシエラは奇妙な行動を見せた。
「あれ? これって、わたし? どうしてこんなにお化粧をしているの?」
サイラの顔が頭に浮かんだ。
「サイラ? サイラがやった? そういえば朝からやけにわたしのまわりにいたわね」
そしてそのガラスには、もう一人の少女、木箱のかげに隠れたドーラの姿も映っていた。彼女は顔だけ出して、『コラー、なに遊んでいるの!』と、叫んでいるようにも見えた。
と、その顔が急に青ざめ、さっと引っ込む。
「?」
ふしぎに思って、もう一度シエラが店の様子をうかがうと、あれ? ルドヴィックがいない。頭を上下させて、もっと中をのぞこうとすると。
「その麦は輸入品だよ」
ギクリとして、ゆっくりとシエラは横を向く。
「言いたくないけど、国外の麦はおすすめできない。安いなりきさ」
果たしてそこには、腕を組んだルドヴィックが柱に寄り掛かって立っていた。
「ああ、気分が悪い。汗が出て来た。あんな所を見させられて、わたし、もう手紙が渡せないような気がしてきた。目の前でラブレターが引き裂かれるなんて、わたし、そんな、精神的ショックで死んでしまうわ。ねえシエラ、今日のところは引き返しましょう?」
びっくりしてシエラは横を見る。
「なに言ってんの! せっかくここまで来て、何もしないで帰るつもり? ほらゴールは目前よ、こんなチャンスはめったにないんだから、気をしっかり持って、さあ、早く手紙を渡してしまいましょう」
返事がなかった。
「そうだ! あのお邪魔虫のリューイッヒを店から追い出すってのはどう? んーと、そうね。わたしがおとりとなって、何でもいい、とにかく相手をおちょくって、怒って追いかけて来たところを、この俊足で町はずれまで逃げ切る。その隙にドーラは手紙を渡す。どう? これ」
返事がない。
「もうどうしちゃったの⁉ 彼はすぐそこにいるのよ? 早くその手紙を渡さなきゃ」
そうこうしていると、ルドヴィックが店の中を歩き出した。手にした紙に何かを書いて、ときおりペンで頭をかく。あっという顔を見せて、また紙に何かを書く。そのすぐ後ろを、リューイッヒがちょろちょろとついて回る。あーもどかしい。彼女一人しか客がいないのに、二人はただ手をこまねいているだけだった。
「ムムム、あのお邪魔虫さえいなければ、今こそ手紙を渡す絶好のチャンスなのに。ねえドーラ、手紙、貸してよ。わたし近くまで行って、機会をうかがって、あいつが一人になったところを、さっと行ってさっと渡してしまうわ」
勢いよくドーラの顔が上がった。
「そうして! そうしてよ! まあシエラったら、なんて頼もしいの? あんな怖いお姉さんがいる所に、どうしてそう平気な顔をして乗り込んで行けるのかしら?」
早口でそう言いながら、ドーラはもうハンドバッグからラブレーを取り出していた。
「あんなの、なんとでもなる。手紙が破かれそうになったら、奪い返してさっさと逃げるわ」
ラブレターはドーラの手からシエラの手へと渡った。
「お願いね」
シエラは無言でうなずき、木箱のかげから立ち上がった。そしてわざとらしく口笛を吹いて、ルドヴィックの店の前まで歩いて行く。それを物かげから見守るドーラ、緊張のあまり、手にしたハンカチがしわくちゃになっていた。
シエラは麦を買いに来た客をよそおい、ぶらぶらとテラスの売り場へと上がった。そして麦の入った樽を前にして、商品の値札を見て回る。ちらっと店内の様子をうかがった。
「へえ、まじめに仕事しているな」
ルドヴィックが働く店は、麦屋という事だが、他にもたくさん商品が並んでいて、カトマンズに見られるような、カラフルな豆類だったり、中南米産のコーヒー豆やなんかも販売していた。奥の棚には、黒豆の瓶詰がすき間なく置かれていて、それをルドヴィックが一つ一つ見て回っては、手にした紙に何かを書く。
リューイッヒはどこへ行った? シエラは大きく背伸びをして、店の奥をのぞき込んだ。彼女は今、店の入口とは反対側にある、姿見の前に立っていた。
「うーん、だいぶ離れたわね。だけど ぜんぜん油断はできない。わたしがお店に入ったとたん、きっと恋敵が来やがったとばかりに飛んで来るわ、きっと」
と そこでシエラは、あごに人差し指を当てる。
「でもあの人って、いつもああしているのかしら? メイトリアール教会の聖歌隊って、そんなにヒマなの?」
シエラは大きなガラスの前で、店内の様子をうかがっていた。そのガラスの反射によって、シエラの姿が映っていた。
「?」
それが自分の姿である事は、シエラも重々承知していたが、それでも、右手を上げてみたり、髪の毛を手でさわってみたりと、とにかくシエラは奇妙な行動を見せた。
「あれ? これって、わたし? どうしてこんなにお化粧をしているの?」
サイラの顔が頭に浮かんだ。
「サイラ? サイラがやった? そういえば朝からやけにわたしのまわりにいたわね」
そしてそのガラスには、もう一人の少女、木箱のかげに隠れたドーラの姿も映っていた。彼女は顔だけ出して、『コラー、なに遊んでいるの!』と、叫んでいるようにも見えた。
と、その顔が急に青ざめ、さっと引っ込む。
「?」
ふしぎに思って、もう一度シエラが店の様子をうかがうと、あれ? ルドヴィックがいない。頭を上下させて、もっと中をのぞこうとすると。
「その麦は輸入品だよ」
ギクリとして、ゆっくりとシエラは横を向く。
「言いたくないけど、国外の麦はおすすめできない。安いなりきさ」
果たしてそこには、腕を組んだルドヴィックが柱に寄り掛かって立っていた。
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