歌え!シエラ・クロウ

くぼう無学

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何かが足りないラブレター

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 サイラはベッド脇のテーブルに二人分の紅茶を置いてそのまま退室しようとした。
「ねえサイラ、あなたもおしゃべりしましょう? いまちょうど盛り上がっていた所なの。ほらここに座って」
 急に腕を引っ張られて、あわてるサイラ、
「ダメよ、今日はダメ。お客様がいらしているの。そのお客様がシエラの友達だとしても、失礼は禁物」
「そんなかたい事を言わないで。ほら、あの話をしてよ、イーストスレッグタウンで財布を拾った話、あの話をドーラにもして」
「ダメったら、ダメ。ジェニファー様にバレたら大変なの。今夜はお二人で、ごゆっくりおくつろぎ下さいませ」
 銀のトレイを振って、サイラは退室して行った。
「なに財布を拾った話って」
 ベッドに腰かけたまま、アールグレイの紅茶をすする、ドーラ。
「ああ、えーっと、町の真ん中で、サイラが財布を拾って、誰のですかって声を出したら、酒場から男たちがあふれ出して来て、俺のだ俺のだって、みんなから追いかけられたって話。ダメね、わたしが話したって、おもしろさが伝わらない」
 それからしばらくは、ナイト・ティーを楽しむ二人。心も体もリラックスした後、突然「よし」といってシエラは立ち上がって、本棚から便箋を取り出した。
「なんて書く? ラブレター。いきなり〝あなたが好きです〟って、書こうかしら?」
 テーブルに向かって、ペンを上げるシエラ、ベッドに座ったドーラをふり返る。
「いきなりなんて、恥ずかしいじゃない。そんなの、もっと後に書いて」
「じゃあ、最初はなんて書いたらいいの?」
 ゆっくりと立ち上がって、近寄って来るドーラ。
「そんなの、こっちが聞きたいわ。いいように書いて」
 左手で頭を抱えて、筆記テストに向かうような、シエラ。
「うーんと、ラブレターなんて書いた事ないから、いいも悪いもないけど、そうね、いきなり人に手紙を渡すのだから、それまでのいきさつについて、ちゃんと説明した方がいいわ」
「そうそう、そんな感じ」
 うれしそうにドーラ、シエラの背後に立って手紙をのぞき込む。
「あと、謎に満ちた感じって、どう?」
 ペンを上げて、背後のドーラをふり返る。
「謎?」
「そう。謎よ謎、読んでいて、あれ? て疑問に思うような手紙。疑問があれば、それが気になって、手紙の返事につながる、と思うのよ」
「まあシエラったら、あなたラブレターを書く天才ね。なんだかいつもラブレターを書いているみたい」 
 ああでもない、こうでもない、少し書いてみては、なんだか違うなあと、くしゃくしゃに便箋を丸める。そうこうして、それ良いね、という文章をつなぎ合わせて、なんとかラブレターとして形になって来た。
「いいんじゃない? どう?」
 手紙を上げて、そのままドーラへ手渡すシエラ。
「そう、ね、悪くはないわ。どうしてこうなったか、というのも書いてあるし、でもちょっと謎があって、その謎について質問したくなるし、うん、悪くない」
「謎はいいのだけれど、結局〝好きです〟っていう肝心な言葉が、どこかへ行っちゃったわ」
 テーブルの上に手紙を置いて、ゆっくりとベッドへ座るドーラ。
「まだいいの。とにかく最初は返信してもらえること、それがいちばん。奥ゆかしい女に思われたいの」
「ふーん、これじゃわたし、なんだか物足りないわ。だってラブレターって、もっと熱があるものだと思う。恋愛って、燃え上がっているわけでしょう? これには何かが足りない」
 手紙を前に、シエラ、うーんと唸って首をかしげる。
「ねえ、あなたは?」
「?」
 ベッドに倒れたドーラ、天井に向かって目を開けている。
「あなたはラブレターを書かないの?」
「は? なんでわたしが」
 大きな目をして、イスの向きを変えるシエラ。
「だって、ルイスとは、いつも会っているんでしょう?」
「あ」
「そうなんでしょう? わたしは、その事に対して、特に何という気持ちも起こらないけど、人によっては、うらやましく思われているわ。
 だって彼、ああ見えて、ルックスがいいわ。ハンター家は、代だい血すじが良いの。ラウスハットにはない、異国の血が混ざっているって話よ。頭は切れるし、みんなをまとめるのも上手だし、やさしいし、気が利くし。うちのクラスでも、彼の評判はだんぜんいいわ」
 シエラは首のうしろに手を当てて、下を向いた。
 ドーラは構わず続けて、
「ルイスって、将来は画家になりたいらしいけど、もう作品なんか世に出していて、賞とかともとっていて、その絵の一つが、メイトリアール教会の廊下に飾ってあるらしいわ。それって、素敵なことじゃない?」
 天井に手をかざして、ドーラ、ちらりとシエラを見る。
「ねえ、シエラ、あなた、そうなんでしょう?」
 シエラはつまらなそうに、背中を丸めた。そして、
「ルイスはいい友達。それだけ。マークや、エズメや、ジェシカ。みんなと同じ、ラウスハットの友達よ」
 ドーラは起き上がって、首をかしげた。
「そう? わたしてっきり、いつも二人が一緒に歩いているのを見て、そうなんじゃないかなって、思っていた」
 そこでノックの音が聞こえた。二人は顔を見合わせて、誰だろう、ドアを見つめて、でもそれっきり、何の音沙汰もない。立って行って、廊下に顔を出すシエラ、やっぱり誰の姿もない。不思議な顔をして、戻って来るシエラ。
「この手紙、どうするの?」
 二人して、ベッドに横になった。
「もちろん、彼に渡すわ。彼が働いているお店へ行って、スキを見て渡すの」
「働いている? ルドヴィックって、もう働いているの?」
「そうよ。彼が働いているお店は、麦屋さんで、ここらではとっても有名。ラスタルでいちばんの人気店だわ。彼がお目当ての客が多くって、彼の笑顔が見たい一心で、麦が飛ぶように売れているの」
「麦が飛ぶ」
「わたしも一回だけ行ったことがあるけれど、やっぱり、麦を買っちゃった。買って、彼の笑顔を見た時、ひとりでキャーってなっちゃって」
「麦と笑顔、なんだか、抱き合わせ商法みたい」
「でね、比較的お店が空いている日を調べたの。木曜日がいちばん空いているわ。そんでもって、午後三時半くらいが、ベストね」
「そこのお店に強盗へ入るみたいね」
「もう、真剣に聞いてよ、それでね、わたしは臆病ものだから、シエラに背中を押してほしいの。彼の前に出て、やっぱりダメってなっても、逃げ出さないように」
「そんなの、お安い御用だわ。ドーラが逃げ出したら、ひとっ走りして、つかまえて、またルドヴィックの前までつれもどせばいいのでしょう」
「そんな乱暴はしないで。走って逃げ出したら、それはそれで放っといて」
「はあ? なにそれ」
「わたしが本当にイヤだといったら、イヤってこと」
 シエラは頭をかいた。
 ランプの火を消すと、月の明かりで、室内が白くなった。二人とも、まくらを並べて横になる。忘れた頃になると、またぼそぼそと話し出して、いつまでも興奮が冷めない様子。
 そんな時、ドーラはある事を口にした。それを聞いたシエラ、がばっとベッドから起きあがって、声をふるわせた。
「それ、本当?」
 窓の外で風が出て来た。
「ソフィ・シンクレリアがなぜあんなに悲しい目をしているのか、あなたその理由を知っているというの?」
 暗闇に白い目をあげて、ドーラ、こくりと小さくうなずいた。
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