歌え!シエラ・クロウ

くぼう無学

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エズメ、駈ける。

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「あれ⁉ エズメじゃない! どうしたの」
 犬の散歩が終わって、サウスヒルへと引き返そうとしていたシエラ、突然背後にはあはあと荒息が聞こえて、びっくりしてふり返った。
「あー、疲れた。さすがにしんどい。ちょっと、休ませてもらうわ」
 そのまま大の字になって、雪の斜面に倒れるエズメ。
「だ、大丈夫? そんなに走って来たの?」
 おろおろと周囲を見回して、シエラが駆け寄る。
「大丈夫よ、大丈夫。ちょっと休めば楽になるから」と言って、胸に手を当ててから、
「さてと、シエラ、まあ偶然ね」
「偶然?」
 エズメは雪の中から身を起こして、
「そう偶然。あたしちょっと、山を登りたくなったの。急に来るのよね、この感じ。登山家にでもなろうかしら。スカッとしたわ。やっぱり山って最高!」
 シエラは頭を掻いて、あいまいに笑った。
「ところでシエラ、あなた、ドーラと仲良くなったそうね?」
 よっとエズメは立ち上がって、背中の雪を払った。
「まあ、よく知っているのね。そうよ、わたしとドーラはすっかり打ちとけたの。思っていた感じとまったく違って、ドーラったら本当は人懐っこいの。だから、いつかはエズメたちとも仲良くなれれば良いなって、わたし思っているの」
 両手を組み合わせて、いかにも嬉しそうなシエラ。
「そうね、そのつもりだわ。だけど、あれ? おかしいわねえ、ルイスは? この時間になって彼の姿が見えなかったから、きっとここに来ていると思ったのに」
 シエラの返答がなかった。
「そういえば最近、なんだか元気がなかったな、ルイス。こんな事ってはじめて。なにか悲しい出来事でもあったのかしら。心配だわ、ねえシエラ、あなた何か知らない?」
 しゃがんで、犬の背中をなでる、シエラ。その姿を目の端に入れて、
「あら、あたしは別に、あなたが何かしたかって、聞いているのではないわ。ただ、あれだけルイスと一緒にいたのだから、もしかしたら、なにか知っているんじゃないかなあと思って」
「知らない事もないのだけど」
 エズメの目が光った。
「なになにどんな事? あたし他人には絶対言わないから」
 クンクンとにおいを嗅いで来るジョンと、目線を合わせて、
「わたしもよくわからないの。ルイスったら、急に変になっちゃって、それから顔も見せてくれないの。わたし、なにか気にさわるようなことでも言ったのかしら」
「急に?」とエズメ、まるで刑事のようにまゆ毛を動かして、
「それは、変ね。確かに変。ルイスは急に傷ついた。それってもしかして、失恋? あなたルイスをふったんじゃないの?」
「へ?」
 水を得た魚のように、エズメは活き活きとし出した。
「隠さなくてもいいわ。あなたはルイスをふった。そうでしょう? それしかない。だから、ルイスは落ち込んでしまって、シエラの犬の散歩に顔を出さなくなった」
 犯人を問い詰める時のように、一歩、一歩、シエラに詰め寄って、
「そうでしょう、そうに違いないわ」
「ちょ、ちょっとエズメ、あなた何を言っているの? わたしがルイスをふるって、どういうこと? わたしにはさっぱり意味がわからないわ」
 シエラも一歩、一歩と後ろへ下がる。
「この、鈍感。ルイスはあなたの事が好きなのよ。でもあなたはそうではない。だからあなたはそれを言った。そうしたらルイスは傷ついて、顔も見せない。そういう事でしょう?」
「そっ、そんな事はないわ! 断じてないわ! あなたなんて事を言うの? わたしとルイスはいいお友だち、エズメやジェシカやマークと同じよ」
「だから、それを言っちゃったんでしょう? ルイスが告白して来た時に、あなたはただのお友だちだって」
「はあ? だって、そもそもルイスがわたしの事を好きになるはずがないもの。わかるでしょう? わたしは、ドーラのようにキュートではないし、ソフィのように美しくもない、いったい誰がこんなわたしの事を好きになるというの?」
 夕日に向かって、さみしい横顔を見せるシエラ。
「いいえ、あなたは思っている以上に魅力的だわ。あの、やさぐれたマークが、気味が悪いくらい優しくなるもの。この辺にいない活発なタイプだし、髪の毛だってブロンドでキレイだし、だから」
「おおエズメ! あなたなんていい人なの? こんな惨めなわたしをなぐさめてくれるの? 実はね、わたしもこの髪の毛はキレイな方ではないかと、薄々は感じていたの。それを言ってくれて、わたし嬉しいわ」
 ぱあっと笑顔になって、シエラはエズメの手をとった。
「だ、か、ら! シエラに魅力を感じていたルイスは、それとなく、あなたに言ったんじゃないの? キミの事が好きだとかなんとか」
「誰が誰を好きだって?」
 興奮して、話に夢中になっていたエズメ、突然背後から声をかけられて、飛び上がって驚いた。
「あ、あら、ルイスじゃない、どうしたの急に。あなたがここに来るなんて聞いていないわ」
 エズメはドギマギして、心臓の辺りを手で押さえた。
「僕だって聞いていないよ、エズメがシエラに会いに来ているだなんて」
 やれやれと言った感じで、ルイスはりんごをかじった。
「ルイス………」
 久しぶりにルイスを見たシエラ、どこか気まずそうな雰囲気があった。
「偶然よ、偶然。あたし、別の用でたまたまここへ通りかかったの」
 もう一つ、りんごをかじったルイス、じろりとエズメに目をむけた。
「えーっと、どこまで話したんだっけ、そうだ、とにかくシエラ、あなたは魅力的よ! もっと胸を張りなさい。ね、そう、そのいき! それじゃあお二人さん、あたし急いでいるから、じゃあね」
 すたこらさっさと、エズメは雪道を引き返して行った。
 その姿を見送って、ため息一つ。
「なにか、言われたかい?」
 シエラはうつむいて、犬の手綱を指に巻いた。
「何か言われたと思うけど、よく分からなかったわ。分かった事といえば、エズメったら、こんな惨めなわたしの事をなぐさめてくれたって事だけ。彼女、ほんと良いひとね」
 ルイスは思わず倒れそうになった。シエラがとんでもない鈍感な娘だという事を忘れていた。
「あの、ねえ、ルイス。わたし、心配していたわ。あの日、さよならもいわずに急に帰って、それからちっとも顔を出さないんだもの。わたし、なにかルイスの気にさわるような事、例えばルイスの絵をけなすような事を言ってしまったのではないかと、ほんとうに心配したわ」
 シエラは真っすぐ立って、ルイスを見つめた。
〝わたしね、ルドヴィックに会いに行かなければならなくなったの〟
〝ラブレターなんて書いたことないの。書いたことがないから、想像で書くしかないの〟
 ルイスは頭を掻いて、うーんと心に葛藤を覚えた。
 ルイスだって、シエラに罪がない事くらいは分かっていた。彼女が誰にラブレターを渡そうが、勝手だ。そこを幻滅しただなんて、言って、友情をこわすのは間違っている。
「ルイス?」
「あー、シエラ、ごめん、あの時は急に帰ってしまって。なんでもないんだ。うん、何でもない。もういいんだ。大丈夫。もう解決した。またいつもの通り、ちょくちょくジョンの散歩に付き合うよ」
 さわやかな笑顔を見せて、ルイスは頭の後ろをさわった。
「本当?」
「ああ、本当さ」
 良かったぁ、と、緊張した肩がすとんと落ちた。
 そこでルイスの目は大きくなった。
「あーっ! 見てご覧よあそこ、ほら、渓谷の大きな岩のかげ、あんな所でエズメ、こっそりこっちを見ている。あ、気が付いて、逃げた!」
 よーし、といってルイス、雪玉を作って谷に向かって投げた。シエラも雪玉を作って、次つぎとルイスの手に渡した。
「この、おせっかい焼きめ!」
 一度空に向かった雪玉は、そのまま深い谷の中へと消えて行った。
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