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ウソをつくのは良くない
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あれから十日が過ぎ、イーストスレッグタウンの小さな学校で、ルイスたち三人組は放課後の教室に残っていた。
「ねえ、ルイスったら」
エズメがちょっかいを出す時の声。
「なに」
キャンバスから顔を出して、机の上のりんごをにらむ、ルイス。
「行かないの? もうレッスンが終わったんじゃない?」
イスに座ったジェシカの長い髪を結いながら、エズメは不思議そうな目をする。
「レッスン? なんのこと」
ルイスは黙々とりんごを描きつづける。
「とぼけちゃってさ。シエラのことに決まっているじゃない。犬の散歩の時間よ、早く行ったら?」
ジェシカや、近くにいたマークが、同時に顔を上げた。
「残念だけど、僕はいま忙しいんだ。久びさに師匠に会ったら、これからは静物画の時代だ、とにかく描きまくれって、たくさんりんごを送って来るんだ」
みんなに背中を向けて、マーク、馬の彫刻の手を休め、
「あー、それでずっとりんごを描いていたのか」
「おかしいじゃない、ちょっと前まで、嬉しそうにシエラに会いに行っていたのに、なんで急に行かなくなっちゃったの。シエラとケンカでもしたの?」
話ながらエズメ、てきぱきとジェシカの髪をまとめていく。
「ケンカだって? どうして君はそういう発想しかできないんだ。僕はね、ロード邸の敷地内にあるという、秘密の湖を描かせてもらうため、彼女に個人的なお願いをしていたんだ。その相談もあって、何回かシエラと散歩していただけ。まあ、結果的には湖を描く事はできなかったけど、だから、シエラとケンカなんか」
「あたし見たの、シエラが泣きながら帰って行くところ」
「え! いつ⁉」
ルイスはびっくりして、キャンパスから顔を出した。エズメはその様子を満足気にながめてから、
「ウソ」
「へ?」
ゆっくりとキャンバスの中に隠れる、ルイス。
「ほら、やっぱりなんかあった。シエラが泣いたらどうしよう、そんな心配があったんでしょう?」
ピアノの楽譜から顔を上げて、ジェシカがじっとルイスを見る。
「エズメ、ウソをつくのは良くないよ」
ルイスはイスに座り直して、再びりんごを描き始める。
「ルイス、おまえ、シエラとなんかあったんか?」
馬の彫刻を色々に動かして、マークは背中で聞いた。
「別に何にもないって。エズメ、へんなこと言わないでよ。みんなが誤解するじゃないか」
エズメは大きく腕を組んで、
「ルイス、あなた、シエラのことが気になっているんでしょう」
「はあ? なにそれ、シエラはただの友達」
うす目をするエズメ。
「へえ、ただの友達ねえ。それじゃルイス、あなたあたしの裁縫教室の帰り道に、一度でも会いに来たことあって?」
「あー、あたしもなーい」とジェシカ、思わず立ち上がって、
「ピアノのレッスンが終わってから、ルイスが来たことなーい」
「そういやあ、俺もねえ」
マークも同じように立ち上がって、三人、ルイスのまわりに集まる。
「なんだ、なんだ、みんなして。言ったじゃないか、僕はねえ、秘密の湖の絵を描かせてもらおうと、シエラに相談していたんだ」
「こんな雪の季節に? 湖の絵を描きたいというのは、最初のきっかけであって、その後もルイスはシエラと会っていたでしょう」
名探偵のように、エズメは教室の中を歩き回る。
「それは」
その時、教室の廊下にドーラが現れた。彼女は室内の三人を見て、あー、という口をつくって、そのままごまかすように廊下の先へ消えた。エズメは、額に手を当てひさしを作り、その後ろ姿を見届けた。
「あれ、ドーラだ。今日、歌のレッスンの日じゃなかったっけ?」
ルイスは絵具の準備をしながら、
「ドーラは優等生だから、レッスンの日は少ないんだって、今日はシエラだけの地獄のレッスン」
「おーやー? ルイス君、やけに詳しいわねえ」
エズメは首をひねってふり返る。
「その顔やめろって、普通にシエラが言っていたんだ。それくらいの話、誰でもするだろう」
「そういえば」とジェシカ、エズメと同じように廊下に近づいて、
「ドーラとシエラ、急に仲が良くなったらしいわ」
「あ、俺も聞いた。馬そりに乗って、ふたり仲良く話しているって」
ズボンのポケットに手をつっこんで、マークも廊下に顔を出す。
「それじゃあ、もしかして、ここにシエラがいるかもって、ドーラは覗いたのかな?」
エズメは人差し指を立てて、そう思いついた。
彼らの後ろで、黙々と筆を走らせるルイス。
「興味ないの? ルイス」
エズメがちょっかいを出す時の声。
「なにか言えばまた、変な風に取られるからね。なにも言わない」
「へえ、そう。ルイスがしゃべらないんだったら、あたし、直接シエラに聞きに行っちゃおっかなあ」
エズメは腰に手を当てて、遊ぶように歩く。
「エズメ、いい加減にしろよ」とマーク、ふざけた仲間を注意して、
「見ろ、ルイスだって嫌がっているじゃないか。それくらいにしとけよ」
「じょ、冗談よ、冗談。そんなに怒らないでって、あたし、絶対、そんな事しないから」
胸の前で両手をふって、エズメ、いかにもうさん臭い笑顔を見せた。
「ねえ、ルイスったら」
エズメがちょっかいを出す時の声。
「なに」
キャンバスから顔を出して、机の上のりんごをにらむ、ルイス。
「行かないの? もうレッスンが終わったんじゃない?」
イスに座ったジェシカの長い髪を結いながら、エズメは不思議そうな目をする。
「レッスン? なんのこと」
ルイスは黙々とりんごを描きつづける。
「とぼけちゃってさ。シエラのことに決まっているじゃない。犬の散歩の時間よ、早く行ったら?」
ジェシカや、近くにいたマークが、同時に顔を上げた。
「残念だけど、僕はいま忙しいんだ。久びさに師匠に会ったら、これからは静物画の時代だ、とにかく描きまくれって、たくさんりんごを送って来るんだ」
みんなに背中を向けて、マーク、馬の彫刻の手を休め、
「あー、それでずっとりんごを描いていたのか」
「おかしいじゃない、ちょっと前まで、嬉しそうにシエラに会いに行っていたのに、なんで急に行かなくなっちゃったの。シエラとケンカでもしたの?」
話ながらエズメ、てきぱきとジェシカの髪をまとめていく。
「ケンカだって? どうして君はそういう発想しかできないんだ。僕はね、ロード邸の敷地内にあるという、秘密の湖を描かせてもらうため、彼女に個人的なお願いをしていたんだ。その相談もあって、何回かシエラと散歩していただけ。まあ、結果的には湖を描く事はできなかったけど、だから、シエラとケンカなんか」
「あたし見たの、シエラが泣きながら帰って行くところ」
「え! いつ⁉」
ルイスはびっくりして、キャンパスから顔を出した。エズメはその様子を満足気にながめてから、
「ウソ」
「へ?」
ゆっくりとキャンバスの中に隠れる、ルイス。
「ほら、やっぱりなんかあった。シエラが泣いたらどうしよう、そんな心配があったんでしょう?」
ピアノの楽譜から顔を上げて、ジェシカがじっとルイスを見る。
「エズメ、ウソをつくのは良くないよ」
ルイスはイスに座り直して、再びりんごを描き始める。
「ルイス、おまえ、シエラとなんかあったんか?」
馬の彫刻を色々に動かして、マークは背中で聞いた。
「別に何にもないって。エズメ、へんなこと言わないでよ。みんなが誤解するじゃないか」
エズメは大きく腕を組んで、
「ルイス、あなた、シエラのことが気になっているんでしょう」
「はあ? なにそれ、シエラはただの友達」
うす目をするエズメ。
「へえ、ただの友達ねえ。それじゃルイス、あなたあたしの裁縫教室の帰り道に、一度でも会いに来たことあって?」
「あー、あたしもなーい」とジェシカ、思わず立ち上がって、
「ピアノのレッスンが終わってから、ルイスが来たことなーい」
「そういやあ、俺もねえ」
マークも同じように立ち上がって、三人、ルイスのまわりに集まる。
「なんだ、なんだ、みんなして。言ったじゃないか、僕はねえ、秘密の湖の絵を描かせてもらおうと、シエラに相談していたんだ」
「こんな雪の季節に? 湖の絵を描きたいというのは、最初のきっかけであって、その後もルイスはシエラと会っていたでしょう」
名探偵のように、エズメは教室の中を歩き回る。
「それは」
その時、教室の廊下にドーラが現れた。彼女は室内の三人を見て、あー、という口をつくって、そのままごまかすように廊下の先へ消えた。エズメは、額に手を当てひさしを作り、その後ろ姿を見届けた。
「あれ、ドーラだ。今日、歌のレッスンの日じゃなかったっけ?」
ルイスは絵具の準備をしながら、
「ドーラは優等生だから、レッスンの日は少ないんだって、今日はシエラだけの地獄のレッスン」
「おーやー? ルイス君、やけに詳しいわねえ」
エズメは首をひねってふり返る。
「その顔やめろって、普通にシエラが言っていたんだ。それくらいの話、誰でもするだろう」
「そういえば」とジェシカ、エズメと同じように廊下に近づいて、
「ドーラとシエラ、急に仲が良くなったらしいわ」
「あ、俺も聞いた。馬そりに乗って、ふたり仲良く話しているって」
ズボンのポケットに手をつっこんで、マークも廊下に顔を出す。
「それじゃあ、もしかして、ここにシエラがいるかもって、ドーラは覗いたのかな?」
エズメは人差し指を立てて、そう思いついた。
彼らの後ろで、黙々と筆を走らせるルイス。
「興味ないの? ルイス」
エズメがちょっかいを出す時の声。
「なにか言えばまた、変な風に取られるからね。なにも言わない」
「へえ、そう。ルイスがしゃべらないんだったら、あたし、直接シエラに聞きに行っちゃおっかなあ」
エズメは腰に手を当てて、遊ぶように歩く。
「エズメ、いい加減にしろよ」とマーク、ふざけた仲間を注意して、
「見ろ、ルイスだって嫌がっているじゃないか。それくらいにしとけよ」
「じょ、冗談よ、冗談。そんなに怒らないでって、あたし、絶対、そんな事しないから」
胸の前で両手をふって、エズメ、いかにもうさん臭い笑顔を見せた。
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