歌え!シエラ・クロウ

くぼう無学

文字の大きさ
上 下
49 / 107

恋するドーラ

しおりを挟む
 ホースウエストの北部、メイトリアール教会方面にかけて、山は、なだらかな稜線を見せた。そのなだらかさゆえ、そこを下山するとなると、相当な距離がある事から、普段は誰も使用しない。しかし雪の季節ともなれば、安全な巻き道として活用され、馬そりが一日に数回、サウスヒルに物資を運んだ。
 その一つに数えられる、ホアキンの馬そりは今、シエラとドーラを家まで送っている最中。先程までちらついていた雪も止み、気づけば雪山から雲が剥ぎ取られて、前方にふもと町がはっきりくっきりよく見えた。
「好きな、人?」
 シエラは大きな目をして、まばたきをくり返した。
「そう、好きな人。いる?」
 ドーラは真っすぐ前を向いて、横目でシエラの事を見た。
「好きな、友達ってこと?」
 プッと吹き出して、今度は馬そりの縁に腕を乗せて、
「本気で言ってる? わたしが言っているのは、恋人にしたい人」
 ハッとして、シエラは前方に顔を向けた。木の枝から落ちた雪が、小麦粉のように顔に当たって、ぷわっぷわっとそれを払う。
「恋人にしたいだなんて、そんなの、いないわ」
「本当?」
 相手を疑うように、顔をのぞき込んで来る。
「本当よ。考えた事もない」
 ドーラは席に戻って、両足を伸ばして、左右にブーツを動かした。
「ルドヴィック・スピードって、知っている?」
「?」
 思いがけない名前を聞いて、シエラは返事に困った。ドーラはモジモジと手袋をすり合わせて、
「彼って、素敵よね?」
「はあ?」
 シエラの顔がしかめ面に変わった。
「あんなの、どこが素敵なの?」
 ドーラは口許を隠して、くすくすと笑った。
「良かったぁ。わたしの思った通り。シエラって、変わっているから、本当に変わっているから、ほかの子と違うと思った。やっぱり当たった」
 寒空に向かって、ホアキンがくしゃみをした。手綱を持って、鼻歌をうたって、少女たちの会話など一切興味がない様子。
「ねえシエラ。相談、乗ってくれる?」
「相談?」
「そう。相談。あのね、わたし、ルドヴィックに手紙を渡したいの。手紙を渡して、その手紙に返事が返って、それがきっかけでわたし、彼と手紙のやり取りができればいいなあって」
 手のひらを合わせて、それを右の頬へ持って行って、うっとり。
「手紙のやり取りがしたいの?」
「そう。そうして、わたし彼の恋人になりたい」
「えーっ!」
 その声にびっくりして、あわてて相手の口をふさぐ、ドーラ。ホアキンの背中を見て、しーっとシエラを黙らせた。それから小声で、
「でも彼って、すっごくモテるの。わたしの周りは、ルドヴィックに夢中な子ばっかり。だからわたし、今までこの事を誰にも相談できないでいたの。だってみんな、ライバルだわ。こっそり、しれっと、彼に手紙を送っているの、わたし見たわ。
 だけど、手紙を送るだけでは、そんなのではダメ。彼はそんなの読みもしないわ。直接手渡ししなければダメなの。ちゃんと面と向かって、お話して、お願いをして、そして手紙を渡すの。そうすれば、わたしの手紙はきっと読んでもらえると思うわ。ねえシエラ、そう思わない?」
 口をふさがれて、上目づかいのシエラ、こくこくと頷いて、少し前の事を思い出す。
〝あなた本当にとんでもないわ! ルドヴィック・スピードと言ったら、ラウスハットでもとっても有名な男性よ? ハンサムなあの顔を見たら、誰でも恋に落ちてしまうわ〟
 サイラは興奮して、ルドヴィックのことを話していた。
 シエラの口が自由になった。
「ルドヴィックって、そんなに人気があるの?」
「あるってもんじゃないわ。彼、ラスタルで働いているんだけど、そのお店、連日若い女性であふれているらしいわ。みんなルドヴィック目当てなんだって。それでも彼が勧めるから、お店にある麦なんてもう飛ぶように売れて、それが毎日来るものだから、商売は繁盛しているって話」
「そんなに」
「それでね、彼、まだ恋人という恋人はいないらしいのよ。ぜんぜん、女性に興味がないって感じなんだって」
 馬そりが、麓の集落に近づいて、楽しく雪で遊ぶ子供たちの姿が見えた。
「彼って、ハンサム?」
「もちろん、シエラだって、見た事くらいあるでしょ?」
「まあ」
「素敵じゃない?」
 調子に乗ったルドヴィック、シエラの黒ずんだ三つ編みの髪を手に取って、
〝おお、君の髪はまるでモップだね! 世界中をぐるりと掃きまわった美しき色よ!〟
 半年前の、からかって来る彼の顔を思い出して、シエラ、ゆっくりと首を傾げて、
「どこが?」
 ドーラはつまらなそうな顔をして、
「あなたって、ほんっと変わっているわ。誰が見たって、彼、カッコイイと思うわ。一時はソフィ・シンクレリアと恋のウワサが立った事もあった。二人で歩いている所、何度か目撃されていたから。それからのソフィって、同性から、必要以上に嫌われたらしいわ。でもわたし、それは違うと思っている。だってソフィは、いまはあんなだし、もしも彼と恋人だったら、会う頻度が少なすぎるし」
 シエラにとって、ルドヴィックなんてどうでも良かった。それよりもソフィの名前を聞いて、それで、うんと彼女が恋しくなった。いまは先生になる途中らしい、ああ、ソフィの事を思った方が、よほど胸が高鳴ると、シエラは視線を下げた。
「シエラ、あなた彼と話せる? 平気?」
 横から顔をのぞき込まれて、シエラはゆっくりと腕を組んだ。
「平気、じゃない。頭に来ているもの」
「頭?」
「そう。ルドヴィックって、わたしのことをからかったの。馬鹿にしたの。ゲラゲラ笑って」
 かいつまんで、半年前の出来事をドーラへ話した。
「なにそれ、あなた、ルドヴィックと話をした事あるの!」
 お尻一つ分、シエラの隣に移動するドーラ。
「話というか、いっぽう的な誹謗中傷ね。女性の髪をからかうなんて、サイテーだと思わない?」
 ドーラは人差し指を立てて、空に向かって、
「ま、じゃ、シエラはルドヴィックと面識がある、って事ね。わー、これはラッキー。あなたと一緒なら、わたし、ルドヴィックとすんなり会話ができそう」
 シエラはびっくりして、ドーラから身を引いた。
「えーっ! わたしもルドヴィックと会うの⁉」
「あたりまえじゃない、だって、シエラがいなかったらわたし、彼とは話せないわ。面識がないもの。ちゃんと紹介してもらわないと」
「そんなあ」
「ダメ? シエラ」
 ドーラはひざに手を突いて、切ない上目づかいで、相手の同情をさそう。
「わ」
「わ?」
 シエラは右斜め上に目を上げて、
「わかった、わかったわドーラ。何とかする、何とかするわ。だって、クラスメートの頼みだもの、ね」
 シエラは内心、うれしくもあった。今までろくに口を利いてくれなかった、あの、おすましドーラが、やっと腹を割って話してくれた。それがありがたいことだと思った。だから、多少困難なお願いであっても、なんとか期待に応えようと努めた。
「本当? うれしい! 手紙の文面も、お願いね。なんたってわたし、そんなの今まで一度も書いた事ないもの」
「そ」
 それはシエラだって書いた事がなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

処理中です...