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マミー・グレイのひみつ
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ラウスハットに雪が降った。
夕方から降り出して、見る見る辺りが白くなって、ひざくらいまで積もった。まさにルイスの言った通りとなった。
その夜、シエラは窓をあけて、身をのり出して、たくさんの雪に手を伸ばしていた。
「サイラ、見て見て、雪よ、雪! ほら、見てごらんなさいよ!」
部屋の奥では、うらめしそうな顔をしたサイラが、椅子に座っていた。
「うわー、本当に、結構(雪が)積もるのね。これではもう、あちこち出歩けないわ」
シエラがしゃべるたびに、まっ白い息が出た。
「シエラ」
「ほら、あそこに見えるの、キツネの足あとじゃない? 森からずっと続いているもの。あれは、ウサギかな?」
「シエラ」
「わたしの住んでいた所では、雪なんか降らないから、とってもめずらしいの、早くさわりたいな」
「ちょっとシエラったら!」
雪から手を引いて、シエラがふり返った。
「寒いわ、閉めて」
「どうして! こんな美しい雪の夜に、窓をあけてはしゃがないで、どうするの! ほら、サイラもこっちへ来て」
「いやよ、あたし、寒いのが嫌いなの」
「そんなに厚着して、まだ寒いの?」
サイラは、毛布のような厚手のカーディガンに、ボンボンのついた毛糸の帽子をかぶっていた。それでもガタガタふるえて、小さくなっている。
「ねえ、閉めてったら」
しぶしぶ窓を閉めるシエラ。
サイラは、暖炉の火の近くに椅子を移動させて、
「今年の冬は、いつもより雪が多いって、ホアキンさんが言っていたわ。あの人が天気の事を言うと、結構当たるのよね。あーこれからしんどい季節になるわ」
「サイラは、楽しみじゃないの? 雪」
「うんざり」
「子供の頃から?」
「子供の時は、まあ、雪の中で遊んだりしたけど、もう大人だし、楽しくはないわ」
シエラは走って行って、サイラの手をとった。
「ねえ! 明日のあさ、雪だるまを作りましょう?」
「はあ? あたしの話、聞いていた? 雪が嫌いなの」
「だって、子供の時は、雪で遊んでいたんでしょう? だったら、童心に帰ればいいじゃない。そうでしょう? 雪の中で遊んでいる内に、だんだん、子供の頃の事を思い出して、楽しくなって来るわ」
サイラは目を細めた。
「寒いわ」
「運動している内に、体が温まって、ポカポカする」
つかんだ手を上下にふって、シエラは顔を近づける。
「やあね、そんなに誘わないでよ」
「雪が降ったばかりのあさって、素敵なの、知っている?」
とシエラは立ち上がって、天井に向かって両手を広げた。
「わたし、一回だけ体験した事があるわ。あれはそう、バーゲンダーツのとなり、アスクワンのホテルに泊まった時のこと、あさ早くに起きたら、いちめんの銀世界。空気がぴんと張りつめて、音が無いの。木の枝からはらはらと舞い落ちる雪は、前髪にひっついて、よく見ると雪の結晶まで見えるの。ダイヤモンドみたいにキラキラと輝いて、たくさんの宝石の中を歩いているような夢心地だったわ」
「昼からじゃ、だめ?」
「ちょっとでも陽があたっちゃうと、ダメね。雪が水っぽくなって、張りつめていた空気が緩むの。美しい雪は、朝に限ってよ」
サイラは万歳をした。
「あーもう分った。分かった、分かった。明日の朝、晴れたらね。もうシエラはいちど言い出したら聞かないもの、聞かないという点で言えば、ジェニファー様にそっくり」
意外に思って、シエラは目をパチパチさせて、
「わたしとジェニファーさんが、そっくり?」
「そうよ。お二人とも、とっても頑固。いちど言い出したら聞かないもの。だから激しく衝突するの」
サイラはあくびをかみながら、退室して行った。
「あさ早いんでしょう? あたしもう寝るわ」
「あ、そうね、おやすみサイラ」
シエラは一人になって、バイバイした手をおろすと、ふり返って窓ガラスに近づいた。しんしんと雪が降り積もる、その様子をながめて、
「ああ、ソフィだわ。こんな静かな雪の夜をながめていると、ソフィの姿を思い浮かべてしまう。最後に見た、あの冷たい目、その冷たさと、雪が、重なって見えるのね。ああ、ソフィはいま、なにをしているのかしら。メイトリアール教会の窓から、やっぱりこんなふうに雪をながめているのかしら。ソフィ」
最後まで灯っていた、シエラの部屋の明かりが消えた。ロード邸は、深い雪の底へと沈んでいった。
そして、夜はふけた。
シエラの部屋、大きなベッド、その中にもぐり込んで眠るシエラ。こんもりした枕に、横顔をうずめて、スースー寝息を立てている。
しばらくして、部屋のドアが開いた。ひと一人分だけ開いて、パタンと閉じた。置き時計のギリギリいう音。やすらかなシエラの寝息。そのうちに、ベッドの中をモゾモゾと、何かがうごめく。
シエラは、布団から右腕を出して、かけ布団をはぐるように、寝返りをうった。その右腕が何かに当たった。
「?」
薄目をあけて、ムニャムニャと口を動かして、シエラはもう一度右腕を置き直す。が、やっぱり何かに当たる。
「うん?」
上半身を起こして、右肩の方を見る。誰もいないはずのベッドに、誰かいる。
「えっ、誰?」
布団をはぐって見ると、シエラのとなりで人が寝ていた。
「どろぼう?」
とっさのことでそう言った。多少寝ぼけていたシエラは、部屋にどろぼうが入ったと思った。
「どろぼう!」
シエラのとなりに寝ていた相手は、その大声にびっくりして、ベッドから転げ落ちた。そしてそのまま、ドアの方へと走って行った。
「待ちなさい、どろぼう!」
シエラはベッドの上に立ち上がって、大きくジャンプした。人影は飛び上がって驚いて、ドアを蹴り破る勢いで、外へ飛び出して行った。そこは明かり一つない、ほの暗い廊下。急いで顔を出して、逃げていく背中を見つけたシエラ、よーしと言って腕まくりして、少し後ろに下がった後、猛スピードで走り出した。その足の速さと言ったら、〝疾風〟という言葉がぴったり、廊下の角を曲がるにしても、そのまま壁までのぼって行きそうなくらい、スピードに乗っていた。逃げる人影は、すでに突き当たりの廊下を左へ曲がって、階段をかけ下りていた。そこへシエラは、階段の上に立って、そこから踊り場へ向かって、大きくジャンプ、相手に抱き着いて二人もろとも倒れ込んだ。
「そら、つかまえたわ! さあ観念なさい! あなた、どろぼうね?」
シエラは荒息を見せて、相手の両肩を鷲づかみにした。そして、顔を間近に見て、
「あれ? あなた、マミーじゃない、マミー・グレイ、ねえ、そうでしょう!」
いつも遠くから見ていたマミー、近づくとどこかに消えているマミー、高い窓からシエラを見下ろしている、気味の悪いマミー。シエラの頭は混乱した。
「あなた、どろぼう、だったの」
胸に手を当てて、息切れしているマミー。
「ねえ、なんとか言ってよ、 わたしにはさっぱり分からない。どうしてあなた、どろぼうなんてバカな真似を」
必死になって、相手の肩を揺すった。その手を、ちから無くふり払って、
「どろぼうじゃない、変なコト言わないで」
マミーはそっと視線を外した。
「どろぼうじゃないって、じゃあ、どうして、どうしてわたしの部屋にいたの」
顔にかかった黒髪を、ゆっくり耳にかけて、マミーは口をひらいた。
「あなた可愛かったの」
「へ?」
シエラの目が点になった。
「可愛かったのよ、あなたすっごく。だから一緒に寝てみたかった」
うっとりと開いた目で、相手の顔を見上げる。
「は? だって、え? なんで、え?」
シエラの目に〝?〟マークが回っていた。
「あたし、こんなで、奥手だから、遠くから見ているしかなかったけど、でも、がまんできなかった」
愛おしそうに、シエラの頬に手を当てた。
「え? え? 待って、えーっ!」
理解不能におちいったシエラは。汗を飛ばして、尻もちをついて、じりじりと後ずさりを見せる。
「ねえ、お願い! このコトは、秘密にしてくれない? もしもこのコトが、あの、エスタ・スィートにバレでもしたら、今度こそあたし、ここを追い出されてしまう!」
マミーはお願いのポーズを見せて、何度もシエラを拝んだ。
「あたし、ここでしか生きていけないのよ。頭が悪いから、掃除の仕事くらいしかできなくて、ここを追い出されたら、あたしきっとまた、ひどい暮らしになっちゃう。もうボロボロよ。そうしたら、女を売って生きて行くはめになっちゃうかも。だから、ね、どうかこのコトは、内密に、ね、お願い」
マミーに拝まれて、シエラは、人差し指で頬を掻いた。
「このコト、わたしが内密にしていれば、マミーは(ここを)追放されずにすむの?」
「そうなの」
短い間を置いて、
「わ、わかったわ。わたし、言わない。言わないわ。でも、二度とこんなことをしないって約束してくれる? どう考えても、イケないわ、こんなコト、とてもビックリする」
「そりゃもう、これっきり、ね、約束」
マミーはウインクを見せて、急に辺りを警戒し始めると、サッサと階段を降りて行った。
ひとり残されたシエラ、この、あんまりの出来事に、胸がドキドキして、立ち上がる事さえ難しかった。額に手のひらを当てて、そこについた冷や汗の量に驚く。
「どうしたの、シエラ?」
その顔を下からサイラがのぞき込む。
「え?」
雪だるまの鼻にさす、ニンジンを見つめて、シエラはぼうっと立っていた。
「え? じゃない。あなたさっきっから、へんよ? 昨夜はあんなにはしゃいでいたのに、今朝になったら別人じゃない。何かあった?」
サイラは、雪だるまにさした木の枝に、手袋をはめて、シエラの目の奥をのぞき込んだ。
翌朝、雪はやんで、世界はすっかり晴れ渡った。まつ毛に影ができるほど、いちめんの銀世界。シエラは持っていたニンジンを、雪だるまの顔に突き立てる。
「何でもない。何でもない。ちょっと、昨夜のこと、思い出していただけ」
「昨夜? なんか、あったっけ?」
「ううん、何でもない」
怪訝そうな顔をして、サイラは腰に手を当てる。
「そう? ならいいけどさ。こっちはシエラが喜ぶと思って、がんばって寒い雪の中へ出て来ているんだから」
シエラの頭に、お願い、と拝むマミーの姿が浮かんだ。このコトは内密に、そう言われれば、口がさけても言えない、こうシエラは首をふって、顔を上げた。
「ねえサイラ、この雪だるま、ジェニファーさんに似ていない? そっくりだわ。ワインとグラスを持たせて、ここを通るみんなを笑わせましょう!」
「ダメよ、そんな事をしちゃ! ジェニファー様って、けっこう体形を気にしていらっしゃるの、こんなのと一緒にされたら、それはもうカンカンに怒るわ」
「いいじゃない」
「ダメダメ、シエラはいいだろうけど、あたしそんなことバレたら、ここを追い出されちゃう」
シエラは口の前に人差し指を立てて、
「大丈夫、内密にしておくから」
夕方から降り出して、見る見る辺りが白くなって、ひざくらいまで積もった。まさにルイスの言った通りとなった。
その夜、シエラは窓をあけて、身をのり出して、たくさんの雪に手を伸ばしていた。
「サイラ、見て見て、雪よ、雪! ほら、見てごらんなさいよ!」
部屋の奥では、うらめしそうな顔をしたサイラが、椅子に座っていた。
「うわー、本当に、結構(雪が)積もるのね。これではもう、あちこち出歩けないわ」
シエラがしゃべるたびに、まっ白い息が出た。
「シエラ」
「ほら、あそこに見えるの、キツネの足あとじゃない? 森からずっと続いているもの。あれは、ウサギかな?」
「シエラ」
「わたしの住んでいた所では、雪なんか降らないから、とってもめずらしいの、早くさわりたいな」
「ちょっとシエラったら!」
雪から手を引いて、シエラがふり返った。
「寒いわ、閉めて」
「どうして! こんな美しい雪の夜に、窓をあけてはしゃがないで、どうするの! ほら、サイラもこっちへ来て」
「いやよ、あたし、寒いのが嫌いなの」
「そんなに厚着して、まだ寒いの?」
サイラは、毛布のような厚手のカーディガンに、ボンボンのついた毛糸の帽子をかぶっていた。それでもガタガタふるえて、小さくなっている。
「ねえ、閉めてったら」
しぶしぶ窓を閉めるシエラ。
サイラは、暖炉の火の近くに椅子を移動させて、
「今年の冬は、いつもより雪が多いって、ホアキンさんが言っていたわ。あの人が天気の事を言うと、結構当たるのよね。あーこれからしんどい季節になるわ」
「サイラは、楽しみじゃないの? 雪」
「うんざり」
「子供の頃から?」
「子供の時は、まあ、雪の中で遊んだりしたけど、もう大人だし、楽しくはないわ」
シエラは走って行って、サイラの手をとった。
「ねえ! 明日のあさ、雪だるまを作りましょう?」
「はあ? あたしの話、聞いていた? 雪が嫌いなの」
「だって、子供の時は、雪で遊んでいたんでしょう? だったら、童心に帰ればいいじゃない。そうでしょう? 雪の中で遊んでいる内に、だんだん、子供の頃の事を思い出して、楽しくなって来るわ」
サイラは目を細めた。
「寒いわ」
「運動している内に、体が温まって、ポカポカする」
つかんだ手を上下にふって、シエラは顔を近づける。
「やあね、そんなに誘わないでよ」
「雪が降ったばかりのあさって、素敵なの、知っている?」
とシエラは立ち上がって、天井に向かって両手を広げた。
「わたし、一回だけ体験した事があるわ。あれはそう、バーゲンダーツのとなり、アスクワンのホテルに泊まった時のこと、あさ早くに起きたら、いちめんの銀世界。空気がぴんと張りつめて、音が無いの。木の枝からはらはらと舞い落ちる雪は、前髪にひっついて、よく見ると雪の結晶まで見えるの。ダイヤモンドみたいにキラキラと輝いて、たくさんの宝石の中を歩いているような夢心地だったわ」
「昼からじゃ、だめ?」
「ちょっとでも陽があたっちゃうと、ダメね。雪が水っぽくなって、張りつめていた空気が緩むの。美しい雪は、朝に限ってよ」
サイラは万歳をした。
「あーもう分った。分かった、分かった。明日の朝、晴れたらね。もうシエラはいちど言い出したら聞かないもの、聞かないという点で言えば、ジェニファー様にそっくり」
意外に思って、シエラは目をパチパチさせて、
「わたしとジェニファーさんが、そっくり?」
「そうよ。お二人とも、とっても頑固。いちど言い出したら聞かないもの。だから激しく衝突するの」
サイラはあくびをかみながら、退室して行った。
「あさ早いんでしょう? あたしもう寝るわ」
「あ、そうね、おやすみサイラ」
シエラは一人になって、バイバイした手をおろすと、ふり返って窓ガラスに近づいた。しんしんと雪が降り積もる、その様子をながめて、
「ああ、ソフィだわ。こんな静かな雪の夜をながめていると、ソフィの姿を思い浮かべてしまう。最後に見た、あの冷たい目、その冷たさと、雪が、重なって見えるのね。ああ、ソフィはいま、なにをしているのかしら。メイトリアール教会の窓から、やっぱりこんなふうに雪をながめているのかしら。ソフィ」
最後まで灯っていた、シエラの部屋の明かりが消えた。ロード邸は、深い雪の底へと沈んでいった。
そして、夜はふけた。
シエラの部屋、大きなベッド、その中にもぐり込んで眠るシエラ。こんもりした枕に、横顔をうずめて、スースー寝息を立てている。
しばらくして、部屋のドアが開いた。ひと一人分だけ開いて、パタンと閉じた。置き時計のギリギリいう音。やすらかなシエラの寝息。そのうちに、ベッドの中をモゾモゾと、何かがうごめく。
シエラは、布団から右腕を出して、かけ布団をはぐるように、寝返りをうった。その右腕が何かに当たった。
「?」
薄目をあけて、ムニャムニャと口を動かして、シエラはもう一度右腕を置き直す。が、やっぱり何かに当たる。
「うん?」
上半身を起こして、右肩の方を見る。誰もいないはずのベッドに、誰かいる。
「えっ、誰?」
布団をはぐって見ると、シエラのとなりで人が寝ていた。
「どろぼう?」
とっさのことでそう言った。多少寝ぼけていたシエラは、部屋にどろぼうが入ったと思った。
「どろぼう!」
シエラのとなりに寝ていた相手は、その大声にびっくりして、ベッドから転げ落ちた。そしてそのまま、ドアの方へと走って行った。
「待ちなさい、どろぼう!」
シエラはベッドの上に立ち上がって、大きくジャンプした。人影は飛び上がって驚いて、ドアを蹴り破る勢いで、外へ飛び出して行った。そこは明かり一つない、ほの暗い廊下。急いで顔を出して、逃げていく背中を見つけたシエラ、よーしと言って腕まくりして、少し後ろに下がった後、猛スピードで走り出した。その足の速さと言ったら、〝疾風〟という言葉がぴったり、廊下の角を曲がるにしても、そのまま壁までのぼって行きそうなくらい、スピードに乗っていた。逃げる人影は、すでに突き当たりの廊下を左へ曲がって、階段をかけ下りていた。そこへシエラは、階段の上に立って、そこから踊り場へ向かって、大きくジャンプ、相手に抱き着いて二人もろとも倒れ込んだ。
「そら、つかまえたわ! さあ観念なさい! あなた、どろぼうね?」
シエラは荒息を見せて、相手の両肩を鷲づかみにした。そして、顔を間近に見て、
「あれ? あなた、マミーじゃない、マミー・グレイ、ねえ、そうでしょう!」
いつも遠くから見ていたマミー、近づくとどこかに消えているマミー、高い窓からシエラを見下ろしている、気味の悪いマミー。シエラの頭は混乱した。
「あなた、どろぼう、だったの」
胸に手を当てて、息切れしているマミー。
「ねえ、なんとか言ってよ、 わたしにはさっぱり分からない。どうしてあなた、どろぼうなんてバカな真似を」
必死になって、相手の肩を揺すった。その手を、ちから無くふり払って、
「どろぼうじゃない、変なコト言わないで」
マミーはそっと視線を外した。
「どろぼうじゃないって、じゃあ、どうして、どうしてわたしの部屋にいたの」
顔にかかった黒髪を、ゆっくり耳にかけて、マミーは口をひらいた。
「あなた可愛かったの」
「へ?」
シエラの目が点になった。
「可愛かったのよ、あなたすっごく。だから一緒に寝てみたかった」
うっとりと開いた目で、相手の顔を見上げる。
「は? だって、え? なんで、え?」
シエラの目に〝?〟マークが回っていた。
「あたし、こんなで、奥手だから、遠くから見ているしかなかったけど、でも、がまんできなかった」
愛おしそうに、シエラの頬に手を当てた。
「え? え? 待って、えーっ!」
理解不能におちいったシエラは。汗を飛ばして、尻もちをついて、じりじりと後ずさりを見せる。
「ねえ、お願い! このコトは、秘密にしてくれない? もしもこのコトが、あの、エスタ・スィートにバレでもしたら、今度こそあたし、ここを追い出されてしまう!」
マミーはお願いのポーズを見せて、何度もシエラを拝んだ。
「あたし、ここでしか生きていけないのよ。頭が悪いから、掃除の仕事くらいしかできなくて、ここを追い出されたら、あたしきっとまた、ひどい暮らしになっちゃう。もうボロボロよ。そうしたら、女を売って生きて行くはめになっちゃうかも。だから、ね、どうかこのコトは、内密に、ね、お願い」
マミーに拝まれて、シエラは、人差し指で頬を掻いた。
「このコト、わたしが内密にしていれば、マミーは(ここを)追放されずにすむの?」
「そうなの」
短い間を置いて、
「わ、わかったわ。わたし、言わない。言わないわ。でも、二度とこんなことをしないって約束してくれる? どう考えても、イケないわ、こんなコト、とてもビックリする」
「そりゃもう、これっきり、ね、約束」
マミーはウインクを見せて、急に辺りを警戒し始めると、サッサと階段を降りて行った。
ひとり残されたシエラ、この、あんまりの出来事に、胸がドキドキして、立ち上がる事さえ難しかった。額に手のひらを当てて、そこについた冷や汗の量に驚く。
「どうしたの、シエラ?」
その顔を下からサイラがのぞき込む。
「え?」
雪だるまの鼻にさす、ニンジンを見つめて、シエラはぼうっと立っていた。
「え? じゃない。あなたさっきっから、へんよ? 昨夜はあんなにはしゃいでいたのに、今朝になったら別人じゃない。何かあった?」
サイラは、雪だるまにさした木の枝に、手袋をはめて、シエラの目の奥をのぞき込んだ。
翌朝、雪はやんで、世界はすっかり晴れ渡った。まつ毛に影ができるほど、いちめんの銀世界。シエラは持っていたニンジンを、雪だるまの顔に突き立てる。
「何でもない。何でもない。ちょっと、昨夜のこと、思い出していただけ」
「昨夜? なんか、あったっけ?」
「ううん、何でもない」
怪訝そうな顔をして、サイラは腰に手を当てる。
「そう? ならいいけどさ。こっちはシエラが喜ぶと思って、がんばって寒い雪の中へ出て来ているんだから」
シエラの頭に、お願い、と拝むマミーの姿が浮かんだ。このコトは内密に、そう言われれば、口がさけても言えない、こうシエラは首をふって、顔を上げた。
「ねえサイラ、この雪だるま、ジェニファーさんに似ていない? そっくりだわ。ワインとグラスを持たせて、ここを通るみんなを笑わせましょう!」
「ダメよ、そんな事をしちゃ! ジェニファー様って、けっこう体形を気にしていらっしゃるの、こんなのと一緒にされたら、それはもうカンカンに怒るわ」
「いいじゃない」
「ダメダメ、シエラはいいだろうけど、あたしそんなことバレたら、ここを追い出されちゃう」
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