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ローズマリーの挑戦
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夜の草原に、豪華な馬車が一台、目いっぱいスピードを上げて走っていた。
その馬車の客室には、ミシェル・フィッチという、品の良い夫人が座っていて、彼女は先程からしきりに時計の針を気にしていた。
「まったく、こんなに遅い時間になってしまって。本当はもっと早い時間に到着する予定だったのに、あの市長ときたら、あんなにしつこく引き止めるなんて、おかげで自慢のバイオリンコレクションまで見せられて。まったくいつも困ってしまうわ。
ローズマリーや、さあ起きなさい。もうすぐメイトリアール教会に到着しますよ」
ぐりぐりと目をこすりながら、ローズマリーは座席から起き上がる。
「あら先生、あたしいつの間に寝ちゃった?」
あどけない十三歳の少女、ローズマリー・ヨハンソンは、大きなあくびを見せた後、ゆっくりと窓の外へ顔を向けて、
「まったくこの馬車ときたら、一体どこを走っているのって感じ。ずっと同じ景色ばかりで、あたしもう飽きちゃった」
「ローズマリー、まあ何てむくれっ面をしているの? これからあなたは世界中を旅して たくさんの舞台に立たなければならないのですよ? それをこれしきの旅でぶーぶー言うのではありません」
ローズマリーは万歳をして、
「おおイヤだ。そんなんだったらあたし、歌手になんてならないわ。こんな、ずっと、座りっぱなしだなんて あたし耐えられない。
あ、そうだ、いいコト思いついた。世界中の人たちがあたしの歌声を聴きに向こうからやって来ればいいんだわ。そうだわ、そしたらあたし、こんな退屈な思いをしないですむもの」
「まったくローズマリーときたら、あなたはどうしていつもそう太々しい事ばかりを言うのでしょう。あなたにそのずば抜けた歌唱力がなかったら、先生 とっくにあなたを見放しているわ」
深いため息を吐いて、夫人は窓の外に目を向けて、
「大きな歌のコンテストで、一番いい賞を取ったからって、あなたはとても天狗になっているのです。自分の歌の才能に溺れているのです。だって、あなたはまだ本当の負けを知らないのですから」
先生の話をろくに聞かないで、ローズマリーは鼻歌を歌いながら髪をいじっている。
「ですからね、今夜あなたはソフィ・シンクレリアと会ってもらいます。ソフィこそ、正真正銘の歌の天才です。何度も言いますが、ソフィはレッスンらしいレッスンも受けないで、いきなり一等の聖歌隊に混ざって歌っていたのですから。今夜 ローズマリーは、本物の歌の天才に会って、心の底から負けを認めるのです。そして、明日からもう一度心を入れ直して、もっとまじめに歌のレッスンを受けるのです」
ローズマリーは花のような衣装にうずくまって、ツンと鼻先を上げた。
「いまいち先生の言う事、信用できないのよね。だって、あたしより歌の才能がある歌手が、どうしてこんなへんぴな所でくすぶっているのかしら?」
「ローズマリー! 口を慎みなさい。ソフィはメイトリアール教会にその身を捧げているのです。聖歌隊とは、そういうものなのです。それにあなただって、メイトリアールの聖歌隊がどれ程のものかを、それくらいは知っているでしょう」
あごに指を置いて、斜め上を見るローズマリー。
「もちろん知っているわ。その昔、メイトリアール教会は、かの法王様もお忍びでやって来るほどの、エリート歌手集団だった、て話でしょう?
でも何だか、いまいちパッとしないのよね。古くさいのよ とにかく。なんて言うのかな、飛ばない感じ?」
それを聞いた夫人、こめかみに人差し指を当てて、頭痛にさいなまれたように、
「この子ときたらまたすぐに都会的な言葉を使って。いいですかローズマリー、本当に美しい花は、どこに飾られていようとも、麗しき香りを放つものです」
ローズマリーはすぐに対抗的な態度を見せて、
「あらあたしウソは言っていないわ。美しい花だって、しみったれた空き家に飾られていたら、その香りを褒めてくれる人もいないでしょう? 褒めてくれる人がいないんじゃ、実際 元も子もないわ。それに、ソフィ・シンクレリアと言ったって、きっと大した歌手ではないと思うわ。だって、地方の評判なんてそんなものよ。まわりのレベルが低いから、すぐに天才、天才って、一つ覚えのように言うの。これもウソではないわ。今夜ソフィの歌声を聴いて、あたし大した事がないと思ったら、率直に言うわ。あなたの歌は大した事がないって」
指先で巻き髪を巻いて遊びながら、ローズマリーはくすくすと笑った。
そんな傲慢な態度に、夫人は片手で顔を覆って、
「さあさあ、メイトリアール教会に到着しましたよ。
ローズマリー? あなたに一つ忠告をしておきます。いいですか? この間のミ・シーリア劇場のように、みんなの前で大口を叩くのだけはやめてちょうだい。何たってあなたはもう、大スターの気でいるのですから。くれぐれも失礼のないように行儀よく振る舞うのですよ」
ローズマリーは鼻歌を歌いながら、
「ええ、分かったわ 先生」
その馬車の客室には、ミシェル・フィッチという、品の良い夫人が座っていて、彼女は先程からしきりに時計の針を気にしていた。
「まったく、こんなに遅い時間になってしまって。本当はもっと早い時間に到着する予定だったのに、あの市長ときたら、あんなにしつこく引き止めるなんて、おかげで自慢のバイオリンコレクションまで見せられて。まったくいつも困ってしまうわ。
ローズマリーや、さあ起きなさい。もうすぐメイトリアール教会に到着しますよ」
ぐりぐりと目をこすりながら、ローズマリーは座席から起き上がる。
「あら先生、あたしいつの間に寝ちゃった?」
あどけない十三歳の少女、ローズマリー・ヨハンソンは、大きなあくびを見せた後、ゆっくりと窓の外へ顔を向けて、
「まったくこの馬車ときたら、一体どこを走っているのって感じ。ずっと同じ景色ばかりで、あたしもう飽きちゃった」
「ローズマリー、まあ何てむくれっ面をしているの? これからあなたは世界中を旅して たくさんの舞台に立たなければならないのですよ? それをこれしきの旅でぶーぶー言うのではありません」
ローズマリーは万歳をして、
「おおイヤだ。そんなんだったらあたし、歌手になんてならないわ。こんな、ずっと、座りっぱなしだなんて あたし耐えられない。
あ、そうだ、いいコト思いついた。世界中の人たちがあたしの歌声を聴きに向こうからやって来ればいいんだわ。そうだわ、そしたらあたし、こんな退屈な思いをしないですむもの」
「まったくローズマリーときたら、あなたはどうしていつもそう太々しい事ばかりを言うのでしょう。あなたにそのずば抜けた歌唱力がなかったら、先生 とっくにあなたを見放しているわ」
深いため息を吐いて、夫人は窓の外に目を向けて、
「大きな歌のコンテストで、一番いい賞を取ったからって、あなたはとても天狗になっているのです。自分の歌の才能に溺れているのです。だって、あなたはまだ本当の負けを知らないのですから」
先生の話をろくに聞かないで、ローズマリーは鼻歌を歌いながら髪をいじっている。
「ですからね、今夜あなたはソフィ・シンクレリアと会ってもらいます。ソフィこそ、正真正銘の歌の天才です。何度も言いますが、ソフィはレッスンらしいレッスンも受けないで、いきなり一等の聖歌隊に混ざって歌っていたのですから。今夜 ローズマリーは、本物の歌の天才に会って、心の底から負けを認めるのです。そして、明日からもう一度心を入れ直して、もっとまじめに歌のレッスンを受けるのです」
ローズマリーは花のような衣装にうずくまって、ツンと鼻先を上げた。
「いまいち先生の言う事、信用できないのよね。だって、あたしより歌の才能がある歌手が、どうしてこんなへんぴな所でくすぶっているのかしら?」
「ローズマリー! 口を慎みなさい。ソフィはメイトリアール教会にその身を捧げているのです。聖歌隊とは、そういうものなのです。それにあなただって、メイトリアールの聖歌隊がどれ程のものかを、それくらいは知っているでしょう」
あごに指を置いて、斜め上を見るローズマリー。
「もちろん知っているわ。その昔、メイトリアール教会は、かの法王様もお忍びでやって来るほどの、エリート歌手集団だった、て話でしょう?
でも何だか、いまいちパッとしないのよね。古くさいのよ とにかく。なんて言うのかな、飛ばない感じ?」
それを聞いた夫人、こめかみに人差し指を当てて、頭痛にさいなまれたように、
「この子ときたらまたすぐに都会的な言葉を使って。いいですかローズマリー、本当に美しい花は、どこに飾られていようとも、麗しき香りを放つものです」
ローズマリーはすぐに対抗的な態度を見せて、
「あらあたしウソは言っていないわ。美しい花だって、しみったれた空き家に飾られていたら、その香りを褒めてくれる人もいないでしょう? 褒めてくれる人がいないんじゃ、実際 元も子もないわ。それに、ソフィ・シンクレリアと言ったって、きっと大した歌手ではないと思うわ。だって、地方の評判なんてそんなものよ。まわりのレベルが低いから、すぐに天才、天才って、一つ覚えのように言うの。これもウソではないわ。今夜ソフィの歌声を聴いて、あたし大した事がないと思ったら、率直に言うわ。あなたの歌は大した事がないって」
指先で巻き髪を巻いて遊びながら、ローズマリーはくすくすと笑った。
そんな傲慢な態度に、夫人は片手で顔を覆って、
「さあさあ、メイトリアール教会に到着しましたよ。
ローズマリー? あなたに一つ忠告をしておきます。いいですか? この間のミ・シーリア劇場のように、みんなの前で大口を叩くのだけはやめてちょうだい。何たってあなたはもう、大スターの気でいるのですから。くれぐれも失礼のないように行儀よく振る舞うのですよ」
ローズマリーは鼻歌を歌いながら、
「ええ、分かったわ 先生」
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