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神秘的なエピソード
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「高級車から降りて来た女が、晦冥会の統主だって? それはおかしいんじゃないの? 俺の記憶が正しければ、確か君はこう言ったはずだ。最近、不破なんたらって人の息子が、晦冥会の統主を継承したって」
美咲は携帯電話のディスプレイを消して、それをクラッチバッグの中へ戻した。
「宗村さんの記憶は、正しいです。晦冥会の統主の座は、初代不破昂佑から、彼の長男である不破巽へと、その正当な後継者へ継承されました。一部の地方テレビ局では、継承式典のその様子まで放送していました」
クレソンのグリーンに染まったリゾットを、別の皿に取り分けて、それを美咲の前に移動させた。
「不破巽とは違う、もう一人の統主がいる、そう言う事?」
「そう言う事です。晦冥会とは、紀瑛総連という伝統宗教と、月宗冥正会という新宗教の、二つの団体が合併して誕生した大規模な宗教団体だという事は、既に宗村さんにも説明したと思います。そして、不破昂佑は紀瑛総連の統主、上月加世は月宗冥正会の教祖、二人は婚姻の契りを結ぶ事で、晦冥会という膨大な組織に発展しました」
「戦略結婚」
揚げニンニクとリゾットに口を付けて、わたくしは浅蜊と蛤の戻し汁の味に違和感を覚えた。これは得意ではない味だなと、皿の横にリゾットを寄せた。
「不破昂佑と上月加世は、そのまま組織のトップとして統主の座に就任しました。不破昂佑は、横浜アリーナの大規模な講演会場のステージに立つなど、晦冥会の顔として長らく統主の役目を果たしてきました。しかし一方の上月加世は、自らが統主であるにもかかわらず、講演や式典の席に顔を出さないばかりか、晦冥会とは全く無縁の地へと足を運んで、自由な行動を取り続けたと聞きます」
わたくしの頭に一台の高級車が浮かんだ。
「それは、さっきここの駐車場にふらっと現れた感じ?」
「そうだと思います。ですからわたし、宗村さんの謎の女の目撃談を聞いたのと、今言った上月加世の自分勝手な行動が、同時に頭に思い浮かんでピンと来たんです。宣教用のパンフレットには、彼女は今も統主としての肩書で印刷されていますが、その実は自らの役目を果たす事はなく、常人には理解できない謎の儀式を、繰り返し執り行っていたと言います」
美咲は、フォークの裏側に器用にリゾットを乗せて、はぐっと口の中へ運んだ。わたくしとは味覚が違うようで、すぐに二口目を口にした。
「謎の儀式」
「上月加世は、幼少の頃より不思議な力があって、密かに家族や周囲の目を驚かせたと言われています。透視、未来予知、予言、それらの力は、彼女が開祖した月宗冥正会の読経中にも、度々信者たちの目の前で披露されていたそうです」
「サティヤ・サイババ、みたいなやつ?」
わたくしは眉を寄せて、珈琲を口にした。
「うーん、そうですね、それよりも、昔日本に長南年恵という超能力者がいましたけど、その女性の方が、イメージ的に近いかも知れません。長南年恵とは、何もない空気中から、一瞬で液体を生み出し、密封した空の一升瓶を神水で満たして、人々の目を驚かせた。その神水は万病に効くと言って、心霊医療を求める人が後を絶たなかった。それらは上月加世の神秘的なエピソードと、とても共通する点が多いです」
わたくしは小さく両手を上げて、天井に目を上げた。
「それ、さあ。どうもインチキ臭いんだよなあ。新宗教の教祖ってのは、大抵そういう人間離れしたエピソードがあって、それを見た信奉者たちは、鼻息を荒立てて奇跡の如何に凄いかを語りたがるんだ」
美咲はまつ毛を下げて、ムニエルにした手羽先を、フォークとナイフで細かく切り分けた。
「少し前の話になりますけど、ちょうど今の宗村さんと同じような、日本一疑り深い記者が一人、写真週刊誌の出版社に勤めていました。彼は上月加世のインチキな力を、自らの目の前で暴いてしまおうと、月宗冥正会の教祖に取材を申し込んだんです。そして、まあ色々な意地悪な質問や、取材中に子供じみたトラップを仕掛けたと言います。その様子はしっかりと、ビデオカメラの映像として、今なお出版社に保管されていると言います。その時の上月加世は、終始穏やかな微笑みを浮かべたまま、全ての意地悪な質問に対して、相手の裏をかいた回答をしたばかりか、壊れる細工がしてある椅子に座らない、辛子入りの大福を絶対に手に取らない、偽りのプレゼントの箱の中の、飛び出す玩具の色形まで指摘するなど、ベテラン記者の開いた口がふさがらなかったと言います。彼女のインチキな力を暴く趣旨の企画が、反対に上月加世の本物の超能力者である事を、認めざるを得ない記事になってしまったのも、彼女の不思議な力が成せる業ではないでしょうか」
わたくしは人差し指で頭を掻いて、無言で腕を組んだ。
「それなものですから紀瑛総連は、彼女の疑いようのない不思議な力を、自分たちに不足しているスキルの最たるものと位置付け、彼女の能力を高く評価した結果、二つの宗教団体の合併という形をもくろみ、最終的には、合併により設立する団体に全てを承継させる新設合併と言う道を選びました。伝統とカリスマ性を待ち合わせた不破昂佑と、透視や予言によって人びとを導く上月加世の、晦冥会の二枚看板を以ってすれば、晦冥会の更なる飛躍は、誰がどう見ても約束されているように見えました」
小骨だけとなった手羽先を、美咲は一つ一つ皿の隅に集めた。
「しかし、そのもくろみというのが、相当当てが外れてしまったようで、先程も言いましたけど、上月加世は非常に気まぐれで身勝手な女性で、とても常人には理解しがたい行動が、元紀瑛総連の信者たちに不信感を与えたばかりか、彼女の不思議な力は、晦冥会の更なる飛躍に対して、全く貢献する気配がなかったと言います。それもあって、元紀瑛総連の信者と、元月宗冥正会の信者は、同じ晦冥会という宗教団体で修行をしながらも、今なお波長が合わない関係を続けているようです」
わたくしは珈琲を飲み干して、一つ息を吐いた。
「それにしても君は、なぜそこまで晦冥会の事情に詳しいわけ? STGサーバーだって、晦冥会についての情報は出てこないって話じゃなかったの?」
美咲は綺麗な二重瞼を上げて、真っ直ぐにわたくしを見つめた。
「昨日宗村さんに話した、SТGサーバーの検索データの話は、晦冥会のもっと内部の情報の話です。それよりも表向きの晦冥会の情報は、ホームページからでもある程度は入手可能ですし、過激な写真週刊誌の記者などは、自ら晦冥会に入信して、修行中の貴重な信者の姿を、写真週刊誌に掲載しています」
わたくしは煙草が吸いたく思い、ちらりと横目で灰皿を見た。
「そんなやばい宗教に入信して、その記者は生きて帰って来られたの? それこそ、晦冥会の暗殺者バイフーによって殺されちゃうんじゃないの?」
美咲は皿の横にフォークを置いて、くすくすと肩で笑った。
「全国に二〇万人いると言われている晦冥会の信者の、その退会者をいちいち暗殺していたら、バイフーは何人いたとしても人手が足りませんよ。その記者は、今でも現役バリバリで記事を書いていますし、あちこちの地方の講演で、晦冥会の信者時代のエピソードを熱く語っています。
つまり、一般的な信者であれば、晦冥会を退会しようが、その事を話のネタにしようが、晦冥会にとっては殆ど問題にしていないようです。まあ、信者からの個人的な嫌がらせ程度は、きっとどこの宗教にもあるのでしょうが、死人が出たと言うまでの話は、今のところ聞いた事がありません。各地に散らばる支部の施設内で、瞑目、平伏、合掌などの修行を行う信者たちは、今も健全と言っていい程、一般的な会社に勤め、家族と共に幸せな家庭を築いています」
わたくしは頭の後ろで手を組んだ。
「へえ、そうなの。思っていたイメージと全然違うなあ。俺はてっきり、俗世を離れて、家や家族に別れを告げて、出家する勢いで晦冥会に入信するのかと、勝手に想像していた」
あっと美咲は微かに唇を開けた。
「すいません、昨日のわたしの説明が悪かったようです。わたしが晦冥会について言いたかったのは、表向きの宗教活動よりも、内部の活動のやばさです」
「例の、幹部以上ってやつ?」
「その通りです。晦冥会では、幹部以上の信者は、その扱いや待遇が、他の一般的な信者と全く異なります。それこそ宗村さんが今言った通り、彼らは間違いなく出家をしていて、その後の人生の全てを晦冥会に捧げています。そもそも一般的な信者が、晦冥会の幹部になれる可能性は、間違いなくゼロに等しいです。信者が厳しい修行を経て、長年の末に与えられる役があるとしたら、それは良くて地方の支部リーダーが関の山です。その支部リーダーにしても、時折ふらっと現れる幹部たちの、そのお相手を丁重にしなければならず、しかしながら彼らと対等な口を利く事も許されず、幹部が来た時にだけ開かれる、謎の重い鉄扉の向こうへ、彼らを次々に案内した後、鍵の掛かる音を扉の外で聞かされたとしても、その中で彼らが一体何をしているのかさえ、支部リーダーは全く知らないのです。まあ、そんな事を知りたがるのは、信者に成り済ました潜入記者か、晦冥会の闇を暴こうとする命知らずくらいでしょうが」
美咲の話を聞く中で、わたくしは一つ気になった事があった。
「ちょっとさあ、幾らなんでも君は晦冥会の内情について、少し詳し過ぎやしないか? 幾らSТGの社員だとは言え、普通謎の鉄扉だとか支部リーダーの役目だとか、そこまで晦冥会の内部事情を知っているか? それよりかはもしかして君は、さっき言った写真週刊誌の記者のように、実際に晦冥会に入信して、信者の目から彼らの動きを調べていたんじゃないか?」
美咲は六つ折りのペーパーナプキンを開いて、ゆっくりと唇を拭いた。
「宗村さん、やっと気が付きましたか」
「は?」
わたくしは嫌な予感がして、美咲の顔から目が離せなかった。
「宗村さんの言う通り、わたしは一年前まで、晦冥会の信者でした」
美咲は携帯電話のディスプレイを消して、それをクラッチバッグの中へ戻した。
「宗村さんの記憶は、正しいです。晦冥会の統主の座は、初代不破昂佑から、彼の長男である不破巽へと、その正当な後継者へ継承されました。一部の地方テレビ局では、継承式典のその様子まで放送していました」
クレソンのグリーンに染まったリゾットを、別の皿に取り分けて、それを美咲の前に移動させた。
「不破巽とは違う、もう一人の統主がいる、そう言う事?」
「そう言う事です。晦冥会とは、紀瑛総連という伝統宗教と、月宗冥正会という新宗教の、二つの団体が合併して誕生した大規模な宗教団体だという事は、既に宗村さんにも説明したと思います。そして、不破昂佑は紀瑛総連の統主、上月加世は月宗冥正会の教祖、二人は婚姻の契りを結ぶ事で、晦冥会という膨大な組織に発展しました」
「戦略結婚」
揚げニンニクとリゾットに口を付けて、わたくしは浅蜊と蛤の戻し汁の味に違和感を覚えた。これは得意ではない味だなと、皿の横にリゾットを寄せた。
「不破昂佑と上月加世は、そのまま組織のトップとして統主の座に就任しました。不破昂佑は、横浜アリーナの大規模な講演会場のステージに立つなど、晦冥会の顔として長らく統主の役目を果たしてきました。しかし一方の上月加世は、自らが統主であるにもかかわらず、講演や式典の席に顔を出さないばかりか、晦冥会とは全く無縁の地へと足を運んで、自由な行動を取り続けたと聞きます」
わたくしの頭に一台の高級車が浮かんだ。
「それは、さっきここの駐車場にふらっと現れた感じ?」
「そうだと思います。ですからわたし、宗村さんの謎の女の目撃談を聞いたのと、今言った上月加世の自分勝手な行動が、同時に頭に思い浮かんでピンと来たんです。宣教用のパンフレットには、彼女は今も統主としての肩書で印刷されていますが、その実は自らの役目を果たす事はなく、常人には理解できない謎の儀式を、繰り返し執り行っていたと言います」
美咲は、フォークの裏側に器用にリゾットを乗せて、はぐっと口の中へ運んだ。わたくしとは味覚が違うようで、すぐに二口目を口にした。
「謎の儀式」
「上月加世は、幼少の頃より不思議な力があって、密かに家族や周囲の目を驚かせたと言われています。透視、未来予知、予言、それらの力は、彼女が開祖した月宗冥正会の読経中にも、度々信者たちの目の前で披露されていたそうです」
「サティヤ・サイババ、みたいなやつ?」
わたくしは眉を寄せて、珈琲を口にした。
「うーん、そうですね、それよりも、昔日本に長南年恵という超能力者がいましたけど、その女性の方が、イメージ的に近いかも知れません。長南年恵とは、何もない空気中から、一瞬で液体を生み出し、密封した空の一升瓶を神水で満たして、人々の目を驚かせた。その神水は万病に効くと言って、心霊医療を求める人が後を絶たなかった。それらは上月加世の神秘的なエピソードと、とても共通する点が多いです」
わたくしは小さく両手を上げて、天井に目を上げた。
「それ、さあ。どうもインチキ臭いんだよなあ。新宗教の教祖ってのは、大抵そういう人間離れしたエピソードがあって、それを見た信奉者たちは、鼻息を荒立てて奇跡の如何に凄いかを語りたがるんだ」
美咲はまつ毛を下げて、ムニエルにした手羽先を、フォークとナイフで細かく切り分けた。
「少し前の話になりますけど、ちょうど今の宗村さんと同じような、日本一疑り深い記者が一人、写真週刊誌の出版社に勤めていました。彼は上月加世のインチキな力を、自らの目の前で暴いてしまおうと、月宗冥正会の教祖に取材を申し込んだんです。そして、まあ色々な意地悪な質問や、取材中に子供じみたトラップを仕掛けたと言います。その様子はしっかりと、ビデオカメラの映像として、今なお出版社に保管されていると言います。その時の上月加世は、終始穏やかな微笑みを浮かべたまま、全ての意地悪な質問に対して、相手の裏をかいた回答をしたばかりか、壊れる細工がしてある椅子に座らない、辛子入りの大福を絶対に手に取らない、偽りのプレゼントの箱の中の、飛び出す玩具の色形まで指摘するなど、ベテラン記者の開いた口がふさがらなかったと言います。彼女のインチキな力を暴く趣旨の企画が、反対に上月加世の本物の超能力者である事を、認めざるを得ない記事になってしまったのも、彼女の不思議な力が成せる業ではないでしょうか」
わたくしは人差し指で頭を掻いて、無言で腕を組んだ。
「それなものですから紀瑛総連は、彼女の疑いようのない不思議な力を、自分たちに不足しているスキルの最たるものと位置付け、彼女の能力を高く評価した結果、二つの宗教団体の合併という形をもくろみ、最終的には、合併により設立する団体に全てを承継させる新設合併と言う道を選びました。伝統とカリスマ性を待ち合わせた不破昂佑と、透視や予言によって人びとを導く上月加世の、晦冥会の二枚看板を以ってすれば、晦冥会の更なる飛躍は、誰がどう見ても約束されているように見えました」
小骨だけとなった手羽先を、美咲は一つ一つ皿の隅に集めた。
「しかし、そのもくろみというのが、相当当てが外れてしまったようで、先程も言いましたけど、上月加世は非常に気まぐれで身勝手な女性で、とても常人には理解しがたい行動が、元紀瑛総連の信者たちに不信感を与えたばかりか、彼女の不思議な力は、晦冥会の更なる飛躍に対して、全く貢献する気配がなかったと言います。それもあって、元紀瑛総連の信者と、元月宗冥正会の信者は、同じ晦冥会という宗教団体で修行をしながらも、今なお波長が合わない関係を続けているようです」
わたくしは珈琲を飲み干して、一つ息を吐いた。
「それにしても君は、なぜそこまで晦冥会の事情に詳しいわけ? STGサーバーだって、晦冥会についての情報は出てこないって話じゃなかったの?」
美咲は綺麗な二重瞼を上げて、真っ直ぐにわたくしを見つめた。
「昨日宗村さんに話した、SТGサーバーの検索データの話は、晦冥会のもっと内部の情報の話です。それよりも表向きの晦冥会の情報は、ホームページからでもある程度は入手可能ですし、過激な写真週刊誌の記者などは、自ら晦冥会に入信して、修行中の貴重な信者の姿を、写真週刊誌に掲載しています」
わたくしは煙草が吸いたく思い、ちらりと横目で灰皿を見た。
「そんなやばい宗教に入信して、その記者は生きて帰って来られたの? それこそ、晦冥会の暗殺者バイフーによって殺されちゃうんじゃないの?」
美咲は皿の横にフォークを置いて、くすくすと肩で笑った。
「全国に二〇万人いると言われている晦冥会の信者の、その退会者をいちいち暗殺していたら、バイフーは何人いたとしても人手が足りませんよ。その記者は、今でも現役バリバリで記事を書いていますし、あちこちの地方の講演で、晦冥会の信者時代のエピソードを熱く語っています。
つまり、一般的な信者であれば、晦冥会を退会しようが、その事を話のネタにしようが、晦冥会にとっては殆ど問題にしていないようです。まあ、信者からの個人的な嫌がらせ程度は、きっとどこの宗教にもあるのでしょうが、死人が出たと言うまでの話は、今のところ聞いた事がありません。各地に散らばる支部の施設内で、瞑目、平伏、合掌などの修行を行う信者たちは、今も健全と言っていい程、一般的な会社に勤め、家族と共に幸せな家庭を築いています」
わたくしは頭の後ろで手を組んだ。
「へえ、そうなの。思っていたイメージと全然違うなあ。俺はてっきり、俗世を離れて、家や家族に別れを告げて、出家する勢いで晦冥会に入信するのかと、勝手に想像していた」
あっと美咲は微かに唇を開けた。
「すいません、昨日のわたしの説明が悪かったようです。わたしが晦冥会について言いたかったのは、表向きの宗教活動よりも、内部の活動のやばさです」
「例の、幹部以上ってやつ?」
「その通りです。晦冥会では、幹部以上の信者は、その扱いや待遇が、他の一般的な信者と全く異なります。それこそ宗村さんが今言った通り、彼らは間違いなく出家をしていて、その後の人生の全てを晦冥会に捧げています。そもそも一般的な信者が、晦冥会の幹部になれる可能性は、間違いなくゼロに等しいです。信者が厳しい修行を経て、長年の末に与えられる役があるとしたら、それは良くて地方の支部リーダーが関の山です。その支部リーダーにしても、時折ふらっと現れる幹部たちの、そのお相手を丁重にしなければならず、しかしながら彼らと対等な口を利く事も許されず、幹部が来た時にだけ開かれる、謎の重い鉄扉の向こうへ、彼らを次々に案内した後、鍵の掛かる音を扉の外で聞かされたとしても、その中で彼らが一体何をしているのかさえ、支部リーダーは全く知らないのです。まあ、そんな事を知りたがるのは、信者に成り済ました潜入記者か、晦冥会の闇を暴こうとする命知らずくらいでしょうが」
美咲の話を聞く中で、わたくしは一つ気になった事があった。
「ちょっとさあ、幾らなんでも君は晦冥会の内情について、少し詳し過ぎやしないか? 幾らSТGの社員だとは言え、普通謎の鉄扉だとか支部リーダーの役目だとか、そこまで晦冥会の内部事情を知っているか? それよりかはもしかして君は、さっき言った写真週刊誌の記者のように、実際に晦冥会に入信して、信者の目から彼らの動きを調べていたんじゃないか?」
美咲は六つ折りのペーパーナプキンを開いて、ゆっくりと唇を拭いた。
「宗村さん、やっと気が付きましたか」
「は?」
わたくしは嫌な予感がして、美咲の顔から目が離せなかった。
「宗村さんの言う通り、わたしは一年前まで、晦冥会の信者でした」
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