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ハルキを盗み出せ
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抜き足、差し足、忍び足。
泥棒のような動きで、誰もいない物理室を歩いて行く金田。その後を八木が普通に歩いて、
「金田くん、その動き、逆にあやしいって」
「しー、こっそり(相羽の)タブレットを盗むんだ。相手に気配を悟られてはならない」
教室の奥にある、『準備室』と書かれたドアに近づいて、金田はそーっとドアに隙間を作る。
「おー、いたいたー。やっぱり今日もコスプレしている」
八木の丸眼鏡も隙間に現れて、
「わー、本当、くノ一の格好をしている」
その隙間に見える相羽の背中が、くるっと一瞬で振り返って、
「誰でしゅか、曲者!」
月輪刀を抜き出して忍びの構えを見せる。
舌打ちをして、堂々と室内へ入って行く金田。
「もう見つかっちまった。さすがはくノ一」
「またあんたでしゅか、今日もあたしの後をつけて来たでしゅね」
やれやれと相羽が刀を鞘へ戻す。
金田はホルマリン浸けの標本の前を通って、小さい姿から大きい姿へと膨張して、また小さくその瓶の中に映りながら、
「その格好も、ハルキ様のご希望か?」
忍者装束をくるりと回して、相羽は自分の姿を見下ろす。
「そうでしゅよ。ハルキ様は、どーしてもあたしのくノ一の姿が見たいと」
「だからって、お昼休みにやらなくても」と八木がハンカチで汗を拭く。
金田は近くにあった顕微鏡のレンズを覗いて、
「お前が夢中になっているのは、画像・音声認識型育成シミュレーションアプリ、『ファジルの古城』の『ハルキ』ってキャラクターだろ? あの後 色いろと調べさせてもらったぜ。アプリの開発者によると、そのゲームはお遊び程度のもので、ユーザーのだいたいの情報は覚えられるが、人に向かってあれこれ指示をするというプログラムは組んでいないと。それなのに、ハルキがユーザーのコスプレ姿が見たいだなんて言い出すのはおかしな話だ」
相羽は汗を飛ばしながら、無理に明るい声を出して、
「な、なにを言うでしゅか。ハルキ様は、あたしの大切な王子様で、これはお遊びのゲームなんかではありましぇんよ」
「お遊びのゲームが、お遊びじゃなくなって来ているって、俺は言っているんだぜ? 事態は深刻。このままだとお前、バニーガールの格好やホタテ貝の水着姿にならなければいけない。そうハルキが言い出すのも時間の問題だ。アプリの暴走はどんどん加速する。さすがはウィルスに感染しているだけの事はある」
相羽の顔から笑顔が消える。
「ウィルスって、なんでしゅか」
金田は顕微鏡から顔を上げて、タブレットの方を指差す。
「お前のタブレットは、コンピューターウィルスに感染しているんだよ。だから、ハルキはプログラムにない事ばかりを言って来る。お前だって、もう異変に気が付いているんじゃねえか? ハルキが別人に変わってしまっている事に」
明らかな動揺を見せる相羽。
「な、なんて事を言うでしゅか。ハルキ様は、いつも優しくて、いつもあたしの事を一番に思っていてくれるでしゅよ。あたしたちは強い絆で結ばれているでしゅよ」
金田は両腕を広げて、肩をすくめて見せて、
「んなわけねーだろ。ハルキがお前の事を思っているのなら、ナースの格好をさせたり、くノ一の格好をさせたり、そんな要求はしない。それは絆とは言えない。お前らの関係はいびつだ。ここ最近の事なんだろう? ハルキがこんなふうにお前に変な要求をしてくるようになったのは」
相羽はうつむき、目の辺りを前髪が隠す。
金田は何かの液体の入ったビーカーの臭いを嗅いで、くさって表情を見せながら、
「だってどう考えてもおかしーだろ。たかがタブレット端末のアプリが、ユーザーであるお前に対して、コスプレをさせたり、シャンデリア・ナイトに参加するなと指示したり、こんなのありえねーだろ」
相羽は小刻みに震えていた。
その時、テーブルに置かれたタブレットから音声が流れる。
『のり子、どうしたんだい? さっきから天井しか見えないよ。ねえ、ウィルスがどうのって、さっき言っていなかったかい? なんの話だい?』
あわててタブレットの画面をのぞき込んで、両手を左右に振る相羽。
「ああ、ハルキ様、今の話は、ぜんぜん気にしないでいいでしゅよ。ハルキ様とは全く関係のない話でしゅから」
『そうかい、それならいいのだけど。ねえ、もっとのり子のくノ一姿を見せてくれないか。とてもよく似合っていたよ。そうだ、明日はもっと、大胆な格好をしてみないかい? バニーガールの格好なんて、どうかな』
金田は相羽の肩に手を置いて、
「もしかしてお前、今まで無理をしていたんじゃねーの? 大好きなCGキャラクターが、どんどん変わって行って、どんどんエスカレートして行くのを」
相羽は頑として沈黙を守る。
金田は八木と目を合わせてから、
「そこでだ、どうだろう、俺たちがお前のタブレットからウィルスを駆除するっていうのは。久遠の弟がパソコンに詳しくて、自分でプログラムを組んでフリーソフトをネットにアップしているって話だ。やってみないと分からないとは言っていたけど、現物さえあれば無線LANを通じてウィルスを駆除できるかも知れないって、言ってくれているんだ。
な、いい考えだろう? そのタブレット、少しの間 俺に貸してくれないか?」
「相羽さん、お願い、一日でいいから、そのタブレットを」
相羽は髪を揺らして顔を上げ、キツネのような鋭い目を見せる。
「どうも怪しいでしゅね二人とも。何か企んでいるでしゅね」
「あ?」
「分かっていましゅよ、あんたたちの魂胆は。そう言って相手をそそのかして、タブレットを奪って逆にコンピューターウィルスを仕込むつもりでしゅね? そしてハルキ様を改悪させて、あたしを無理やりシャンデリア・ナイトに参加させるつもりでしゅね?」
金田は全身脱力したような状態になって、
「バ、バッカじゃねーの! なんで俺たちがそんなひどい事を仲間にする必要があるんだよ、そのタブレットがウィルスに感染しているから、俺たちは元の状態に戻してやろーと」
相羽はタブレットを大事そうに抱きしめて、
「お断りしましゅよ。ハルキ様は、いつも通り、問題ないでしゅよ。おかしいのはあんたたちの頭でしゅ。毎日毎日、シャンデリア・ナイト シャンデリア・ナイトって、あんたたちの方がウィルスに感染しているみたいでしゅよ!」
「な、なんだと!」
「金田くん、落ち着いて」
八木が金田の腕をつかむ。
「ねえ、相羽さん、わたしたちの事を信じて。本当にあなたのタブレットはコンピューターウィルスに感染しているみたいなの。だから、一日でいいから、そのタブレットを」
相羽は恋人の遺影でも守るように、
「このタブレットは、なんぴとたりとも触らせましぇん!」
金田は苦虫を噛み潰したような顔をして、イライラと貧乏ゆすりをしながら、
「もーこうなったら、最後の手段だ。この手だけは使いたくなかったがな」
そう言って金田はポケットに手を入れ、そこから何かを取り出すと、ひょいとその黒い物を床へばら撒いた。
「あ、ゴキブリだ! ほら、そこ、そこ、あの壁の穴から大量のゴキブリが出て来た!」
相羽と八木が同時に悲鳴を上げる。
「えっ! ど、どこでしゅか!」
「きゃー、金田くん、どこ、どこ」
小さな黒い物が三人の足元を走り回る。
「ギャー、あたしゴキブリはダメなんでしゅよ!」
そう言って相羽が投げたタブレットを金田が楽々とキャッチして、
「へへ、とーっぴ。相羽、少しの間こいつを借りるぜ」
「あーっ、しまった! 返すでしゅよ!」
金田はすでに準備室の出口に立って、
「へへー、ここまでおいでー」
すると相羽の顔がクワッと殺気立って、
「返さないなら、殺しましゅ」と背中に手を回して、何かを金田へ向かって投げる。
カカカカと、金田の目の前のドアに四つのクナイが突き刺さる。
「ゲッ! これ、本物⁉」
次に相羽は手裏剣を取り出して、
「ちっ、外したでしゅね、今度こそ仕留めましゅ」
飛んで来た手裏剣をやっとの思いで交わして、手裏剣の刃で切られた自分の髪の毛を見て、
「ぎゃー、こいつマジで俺を殺す気だ!」
一目散に物理室から逃げて行く金田。
影になった顔に、二つの目を光らせて、
「逃がしましぇんよ、待つでしゅ」
相羽は月輪刀を抜き出し金田の後を追って行く。
金田の悲鳴が遠のいて行く中、一人準備室に残された八木、動かなくなったゴキブリのおもちゃを手に取って、
「なんか、大変な事になっちゃった。大丈夫かな 金田くん、生きて、久遠くんの家までたどり着けるかな」
泥棒のような動きで、誰もいない物理室を歩いて行く金田。その後を八木が普通に歩いて、
「金田くん、その動き、逆にあやしいって」
「しー、こっそり(相羽の)タブレットを盗むんだ。相手に気配を悟られてはならない」
教室の奥にある、『準備室』と書かれたドアに近づいて、金田はそーっとドアに隙間を作る。
「おー、いたいたー。やっぱり今日もコスプレしている」
八木の丸眼鏡も隙間に現れて、
「わー、本当、くノ一の格好をしている」
その隙間に見える相羽の背中が、くるっと一瞬で振り返って、
「誰でしゅか、曲者!」
月輪刀を抜き出して忍びの構えを見せる。
舌打ちをして、堂々と室内へ入って行く金田。
「もう見つかっちまった。さすがはくノ一」
「またあんたでしゅか、今日もあたしの後をつけて来たでしゅね」
やれやれと相羽が刀を鞘へ戻す。
金田はホルマリン浸けの標本の前を通って、小さい姿から大きい姿へと膨張して、また小さくその瓶の中に映りながら、
「その格好も、ハルキ様のご希望か?」
忍者装束をくるりと回して、相羽は自分の姿を見下ろす。
「そうでしゅよ。ハルキ様は、どーしてもあたしのくノ一の姿が見たいと」
「だからって、お昼休みにやらなくても」と八木がハンカチで汗を拭く。
金田は近くにあった顕微鏡のレンズを覗いて、
「お前が夢中になっているのは、画像・音声認識型育成シミュレーションアプリ、『ファジルの古城』の『ハルキ』ってキャラクターだろ? あの後 色いろと調べさせてもらったぜ。アプリの開発者によると、そのゲームはお遊び程度のもので、ユーザーのだいたいの情報は覚えられるが、人に向かってあれこれ指示をするというプログラムは組んでいないと。それなのに、ハルキがユーザーのコスプレ姿が見たいだなんて言い出すのはおかしな話だ」
相羽は汗を飛ばしながら、無理に明るい声を出して、
「な、なにを言うでしゅか。ハルキ様は、あたしの大切な王子様で、これはお遊びのゲームなんかではありましぇんよ」
「お遊びのゲームが、お遊びじゃなくなって来ているって、俺は言っているんだぜ? 事態は深刻。このままだとお前、バニーガールの格好やホタテ貝の水着姿にならなければいけない。そうハルキが言い出すのも時間の問題だ。アプリの暴走はどんどん加速する。さすがはウィルスに感染しているだけの事はある」
相羽の顔から笑顔が消える。
「ウィルスって、なんでしゅか」
金田は顕微鏡から顔を上げて、タブレットの方を指差す。
「お前のタブレットは、コンピューターウィルスに感染しているんだよ。だから、ハルキはプログラムにない事ばかりを言って来る。お前だって、もう異変に気が付いているんじゃねえか? ハルキが別人に変わってしまっている事に」
明らかな動揺を見せる相羽。
「な、なんて事を言うでしゅか。ハルキ様は、いつも優しくて、いつもあたしの事を一番に思っていてくれるでしゅよ。あたしたちは強い絆で結ばれているでしゅよ」
金田は両腕を広げて、肩をすくめて見せて、
「んなわけねーだろ。ハルキがお前の事を思っているのなら、ナースの格好をさせたり、くノ一の格好をさせたり、そんな要求はしない。それは絆とは言えない。お前らの関係はいびつだ。ここ最近の事なんだろう? ハルキがこんなふうにお前に変な要求をしてくるようになったのは」
相羽はうつむき、目の辺りを前髪が隠す。
金田は何かの液体の入ったビーカーの臭いを嗅いで、くさって表情を見せながら、
「だってどう考えてもおかしーだろ。たかがタブレット端末のアプリが、ユーザーであるお前に対して、コスプレをさせたり、シャンデリア・ナイトに参加するなと指示したり、こんなのありえねーだろ」
相羽は小刻みに震えていた。
その時、テーブルに置かれたタブレットから音声が流れる。
『のり子、どうしたんだい? さっきから天井しか見えないよ。ねえ、ウィルスがどうのって、さっき言っていなかったかい? なんの話だい?』
あわててタブレットの画面をのぞき込んで、両手を左右に振る相羽。
「ああ、ハルキ様、今の話は、ぜんぜん気にしないでいいでしゅよ。ハルキ様とは全く関係のない話でしゅから」
『そうかい、それならいいのだけど。ねえ、もっとのり子のくノ一姿を見せてくれないか。とてもよく似合っていたよ。そうだ、明日はもっと、大胆な格好をしてみないかい? バニーガールの格好なんて、どうかな』
金田は相羽の肩に手を置いて、
「もしかしてお前、今まで無理をしていたんじゃねーの? 大好きなCGキャラクターが、どんどん変わって行って、どんどんエスカレートして行くのを」
相羽は頑として沈黙を守る。
金田は八木と目を合わせてから、
「そこでだ、どうだろう、俺たちがお前のタブレットからウィルスを駆除するっていうのは。久遠の弟がパソコンに詳しくて、自分でプログラムを組んでフリーソフトをネットにアップしているって話だ。やってみないと分からないとは言っていたけど、現物さえあれば無線LANを通じてウィルスを駆除できるかも知れないって、言ってくれているんだ。
な、いい考えだろう? そのタブレット、少しの間 俺に貸してくれないか?」
「相羽さん、お願い、一日でいいから、そのタブレットを」
相羽は髪を揺らして顔を上げ、キツネのような鋭い目を見せる。
「どうも怪しいでしゅね二人とも。何か企んでいるでしゅね」
「あ?」
「分かっていましゅよ、あんたたちの魂胆は。そう言って相手をそそのかして、タブレットを奪って逆にコンピューターウィルスを仕込むつもりでしゅね? そしてハルキ様を改悪させて、あたしを無理やりシャンデリア・ナイトに参加させるつもりでしゅね?」
金田は全身脱力したような状態になって、
「バ、バッカじゃねーの! なんで俺たちがそんなひどい事を仲間にする必要があるんだよ、そのタブレットがウィルスに感染しているから、俺たちは元の状態に戻してやろーと」
相羽はタブレットを大事そうに抱きしめて、
「お断りしましゅよ。ハルキ様は、いつも通り、問題ないでしゅよ。おかしいのはあんたたちの頭でしゅ。毎日毎日、シャンデリア・ナイト シャンデリア・ナイトって、あんたたちの方がウィルスに感染しているみたいでしゅよ!」
「な、なんだと!」
「金田くん、落ち着いて」
八木が金田の腕をつかむ。
「ねえ、相羽さん、わたしたちの事を信じて。本当にあなたのタブレットはコンピューターウィルスに感染しているみたいなの。だから、一日でいいから、そのタブレットを」
相羽は恋人の遺影でも守るように、
「このタブレットは、なんぴとたりとも触らせましぇん!」
金田は苦虫を噛み潰したような顔をして、イライラと貧乏ゆすりをしながら、
「もーこうなったら、最後の手段だ。この手だけは使いたくなかったがな」
そう言って金田はポケットに手を入れ、そこから何かを取り出すと、ひょいとその黒い物を床へばら撒いた。
「あ、ゴキブリだ! ほら、そこ、そこ、あの壁の穴から大量のゴキブリが出て来た!」
相羽と八木が同時に悲鳴を上げる。
「えっ! ど、どこでしゅか!」
「きゃー、金田くん、どこ、どこ」
小さな黒い物が三人の足元を走り回る。
「ギャー、あたしゴキブリはダメなんでしゅよ!」
そう言って相羽が投げたタブレットを金田が楽々とキャッチして、
「へへ、とーっぴ。相羽、少しの間こいつを借りるぜ」
「あーっ、しまった! 返すでしゅよ!」
金田はすでに準備室の出口に立って、
「へへー、ここまでおいでー」
すると相羽の顔がクワッと殺気立って、
「返さないなら、殺しましゅ」と背中に手を回して、何かを金田へ向かって投げる。
カカカカと、金田の目の前のドアに四つのクナイが突き刺さる。
「ゲッ! これ、本物⁉」
次に相羽は手裏剣を取り出して、
「ちっ、外したでしゅね、今度こそ仕留めましゅ」
飛んで来た手裏剣をやっとの思いで交わして、手裏剣の刃で切られた自分の髪の毛を見て、
「ぎゃー、こいつマジで俺を殺す気だ!」
一目散に物理室から逃げて行く金田。
影になった顔に、二つの目を光らせて、
「逃がしましぇんよ、待つでしゅ」
相羽は月輪刀を抜き出し金田の後を追って行く。
金田の悲鳴が遠のいて行く中、一人準備室に残された八木、動かなくなったゴキブリのおもちゃを手に取って、
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