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そいつが犯人だ!

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「ギターが水になったぁ⁉」
 昼休みのにぎやかな屋上、忍び返し付きの高いフェンスの下で、いつものメンバーが思い思いに弁当を広げていた。
 ハンバーガーをかじってモグモグ言いながら、金田、
「そうなんだ。あの時 ケースにあったギターが ぜんぶ水になって、その水がケースから漏れて楽屋が水びたしになっていたんだ」
 大真面な顔を見せる金田。
 どわぁっと雛形が倒れる。
「バッカみたい。ギターが無くなった理由が分かった、って言うから、何かと思って聞いてみたら、あんな硬いギターがこんな」とペットボトルの水を振って「ぴちゃぴちゃいう水になるわけ? やれやれー」
「なんだと! 俺は真剣に考えてこの密室トリックを暴いたんだぞ!」
 焼肉弁当とカップ麺を同時に食べながら、海老原、
「それじゃ聞くけどさ、どうやったら あの木で出来たギターが水になるんだい?」
「それは」と金田がハンバーガーの袋を丸めて、
「お前らで考えてくれ」
 一斉にみんなズッコケる。
「そこが一番肝心な所じゃないの! そんなんだったらなんでも言えるわー!」
 箸を上げて、笑顔で怒る雛形。
 久遠が品良くサンドイッチを口に入れながら、
「まあ、まあ。そんなに金田の事をバカにしてはいけない。こいつはさ、天然な所があるからさ、たまにおかしな事を言うが、いや、いつもおかしな事を言うが、いやいや、まともな事なんて今まで言った事がないが」
「フォローんなってねーぞ久遠」
「それでもいま言った事は正しい。なぜならな、金田の言う通り、あの時 高木のギターが水になっていれば、今回 密室の楽屋でギターが無くなった現象の説明がつく」
 風でふくらんだスカートをあわてて手で押さえながら、八木、
「まあ、そう言われてみれば、そうかもしれない」
「そうは言われましてもねえ、ギターは楽器だし、水は液体だし」と、雛形がだし巻き卵を口に入れて、そこで あ、と何かを思いついて、
「そうだ 久遠って、マジック専攻でしょ?」
「大道芸だ」
「どっちだっていいじゃん、ねえ、ギターを水に変える手品って、ないの?」
 それを聞いて久遠、近くにあった紙コップを手に取って、中が空なのをみんなに見せてから、サッとコップを手で隠し、三秒数え、そのコップに水が入っているのをみんなに見せる。
「わー、すごい すごい!」と雛形が手を叩いて喜んで、
「手品って、目の前で見せられると無性に感動するー」
「こんな初歩的な手品なら、お安い御用だ。しかしこれが 部屋の中に入れない状態で ケースの中のギターを水に変えろと言われたら、それは本格イリュージョンマジックのような大掛かりな装置が必要になる」
 その時 八木がふと何かを思い出して、
「ところで、高木くんのギターが本当に水になったとして、そのギターは今どこにあるの? 蒸発してなくなっちゃった? 明日までにギターを高木くんに届けるんでしょう?」
 金田も昨日の約束を思い出して、
「そうだ そうだ。俺たちの目的は、盗まれたギターを高木の手に戻す事だ。密室トリックの種明かしなんて、二の次でいい。高木のギターさえ見つかれば」
 カップ麺の汁を飲み干して、カチッと海老原が箸を置く。
「ふう、また、ふりだしに戻った感じだね。謎も解けない、ギターも見つからない」
 その太い首に金田が襲い掛かる。
「達観してばかりいないで、お前も何か協力しろッつーの!」
「わっ、押すな」
 バランスを崩して二人がゴロンと後ろへ倒れると、雛形が短い悲鳴を上げる。
「わーっ! もう、何やってんの⁉ 食後に楽しみにしていたクラッシュアイスが全部こぼれちゃったじゃなーい!」
 緑色の防水加工された床に、ピンクの扇子を広げたような、クラッシュアイスの中身が広がった。それが強い日差しによって、みるみる氷のつぶつぶが消えて行く。
「えーん、みんな溶けちゃった」
 ちょんちょんと 雛形が指で液体に触れていると、その背後に久遠が立ち上がって、「これだ!」と世紀の発見をした科学者のように、
「これが金田の言うギターが水になる現象だ」
「え?」
 みんな久遠の横顔を見る。


 ミュージシャン専攻の授業が終わって、ひとり廊下を歩く早川、その後ろからぞろぞろと金田たちが走って来て、
「氷?」
「そうだ 早川、氷なんだ」
 金田が相手の肩をがっちりと掴んで、
「あの時 高木のギターケースに入っていたのは、ギターじゃなくて、氷だったんだ」
「はあ? なんだそれ、んなわけねーだろ」
 雛形も早川の肩をつかんで、
「ほら、前に早川 言っていたじゃない、ギターが盗まれた日は異様に暑い日で、後のバンドがバケツに氷を入れて ジュースを冷やしていたって。近くにあったじゃない、大量の氷が」
「ああ、あった。でもソレとコレとは」
 騒ぎを聞きつけ、井岡も大股でやって来る。
「なんや なんや、どなんしたん」
「氷だってさ、井岡、消えたギターの謎」
「氷? 氷がどなんしたん」
 久遠が二人に氷を使った今回の密室トリックを説明する。
「ほう! なるほどなー、そんなら確かにあり得るかもしれんな。鍵の掛かった楽屋で、何者かにギターがパクられたんやなくて、はなからギターはパクられとって、それがしばらくバレんように、ギターの代わりに氷が押し込められていたっちゅー話やろ? んで、暑い部屋の中で、一時間かけて、氷が溶けて水になった」
 早川は髪型を整えながら、
「でもさ、氷だったら、ギターケース持ち運ぶ時にガラガラ音がするんじゃないか?」
 久遠がスマートフォンの画面を見せながら、
「バーテンダーが買うような角氷だよ。ほらコレ。貫目という重さの単位があって、一貫目で三・七五㎏、ギターの重さは三・八㎏、ギターケースに角氷を一つ入れれば同じ重さだ。形状的に問題があれば、氷を削ればいいし、溶けやすくするんだったら、かき氷カットにすればいい」
 頭の中でギターケースに氷が入った状態をイメージして、早川、
「なるほどな、楽屋のエアコンも故障していて、蒸し暑かったし、一時間部屋を空けている間に、閉め切った部屋の熱気で氷がとけて、ケースからその水が漏れて、楽屋の床が水びたしになったか」
 井岡が難しい顔をして、大きく腕を組む。
「そやけどライブが終わって ギターをケースにしまって 楽屋へ戻ったんやから、どのタイミングでギターと氷をすり替えるんや?」
 そこで八木がたまらず口を挟む。
「ねえ、その事についてなんだけど、確認。高木くんって 本当にギターをケースに入れていたの? それ、二人とも見ていた?」
 井岡と早川がゆっくりとお互いの顔を見る。
「うーん、そう言われてみれば、どやったかな。ライブが終わって、俺はベースをケースに入れて、エフェクターをバッグに入れて」
「井岡、そういえばその時って、次のバンドのやつら もう舞台袖にいなかったか? 俺たちの撤収作業と、あいつらのセッティングが重なっていたよな」
「せやった。あの時ステージ上が人でわちゃわちゃになって、なんでこいつらこんな食い気味に来んねんって、俺ら迷惑そうにしていたっけ。べつに俺ら押していたわけでもなかったし」
 雛形が二人の顔を交互に見て、
「それで それで?」
「それで、その時に高木の機材の撤収を手伝っているやつがいたな。確か 次のバンド、『カリビアン・ユース』のギタリストだった」
 みんなお互いの顔を見て、一斉に声を上げる。
「そいつが犯人だ!」


 次の日、ライブハウス『リキッド・ザ・タイム』のスタジオ内。
「もう一回、最初から通しでやるか」
 赤髪坊主のヴォーカルが スタジオ内を歩き回って ペットボトルの水を飲み干す。
「ちょっと休もーぜ。昼からぶっとーしで正直しんどい」
 タンクトップを着たスキンヘッドのドラムが、ボキボキと首の骨を鳴らす。
「だよな、ちょっとやりすぎだって」と黒髪のロングヘアーのベースが タオルで顔の汗を拭きながら、
「いくら明日 本番だからって、二時間ぶっ通しだぞ? 同じ曲を何回も何回も、もう頭がおかしくなりそうだ」
「普段から怠けてっからこんなんで音を上げるんだ。プロのミュージシャンは下積み時代ひと晩中同じ曲をくり返してグルーブを身に着けたって話だ。おい ヤス、お前はどうだ、まだやれるか」
 ヤスと呼ばれた 金髪ツーブロックのギターが、下を向いてギターのチューニングを合わせながら、
「でもなんで一度中止になったライブがやっぱりやる事になったんだ? 今回はあの東って主催者に振り回されっぱなしだ」
 スキンヘッドのドラムがイスの高さを調整しながら、
「あれだろ、ライブ中止の原因だった高木が、急にライブへ参加できるようになったんだろ? それしかない。ちっ、このイスだんだん下がって来る」
 ヤスは口を尖らせて、
「なんであいつ、急にライブに出る気になったんだ? 盗まれたギターだってまだ見つかっていないのに」
「見つかったんじゃねえの? ギター」
 アンプに腰掛けたベースが小型の扇風機を顔に当てる。
「見つかってねーよ!」
 みんなそれぞれ動きを止めて、
「なんでお前、そんなハッキリ断言できるんだよ」
 ヤスは言葉を詰まらせながら、
「べ、別に、前にあいつ見た時、まだ落ち込んでいたから」
 赤髪坊主が急に手を打ち鳴らして、
「オラオラ、無駄口たたいてないで もう一回 通しで行くぞ。高木の出演が決まってこっちは大助かりだ。明日はチャンピオン・レコードのプロデューサーも観に来るんだ。高木ほどメジャーじゃねーけど、アンダーグラウンドの音の深さってやつを見せつけてやるぜ!」


 数時間後、外はすっかり暮れの空。
「おい ヤス、ギターのスペア 忘れるなよ。前みたいに弦が切れたくらいでライブ中断させんなよ」
 赤髪坊主のヴォーカルが少し離れた所で手を上げる。
「うるせー! なんども言うなー!」
 ふらついた足取りで、ライブハウスを後にするヤス、夕日に染まった商店街の、ずらりと並んだ自販機の前で足を止め、
「ったく、マジで六時間もぶっとーしで練習やるかね 普通。甲子園めざしている野球部じゃねえーぞ まったく。のどがカラカラだ」
 ギターケースを地面に置いて、小銭を自販機に入れると、背後から誰かが近づいて来る。
「おう お前か『カリビアン・ユース』のギタリスト、加藤安成ってやつは」
 そう言って男は 自販機の『おしるこ』のボタンを押す。
「おわ、てめーなにしやがる! こんなのどが渇いている時におしるこって、しかもホット!」
 ヤスが振り返ると そこにはしたり顔をした金田が立っていた。そしてピンと指を鳴らすと、物影という物影からいつものメンバーが姿を現す。
「ちょっとツラ貸せや、高木のギターについて、聞きたい事が」
『高木のギター』という言葉を聞いた途端、ヤスは素早くギターケースを手にしてその場から走り去る。
「わっ、コラ、おしるこ いらねーのかよ! ええいみんな、追え! 追え!」
 逃げるヤスの先に、ゆっくりと早川と井岡が現れる。
「分かりやすいやっちゃな! 張り込みして見つかった 賽銭ドロボーと変わらへん」
「井岡、お前の方へ行った、足だ、足にタックルして転ばせろ!」
「うーし、任しとき!」
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