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孤独な夜の出会い〜悪魔の公爵と少女が交わす運命の約束〜

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夜の静寂がラフィーナを優しく包み込んでいた。時計の針は午前2時を指している。月明かりが静かに降り注ぐ墓地で、ラフィーナは祖母の墓にひざまずき、小さく震える声で呟いた。

「どうして…こんなにも苦しいんだろう…」

学校では陰湿ないじめが蔓延し、家庭には愛情がない。自分がこの世に存在する意味なんて、どこにもないのではないか。彼女にとって唯一の安らぎは、こうして祖母の墓前で静かに時を過ごすことだった。しかし、その一時さえも心を完全に癒すには至らず、孤独が彼女の心を蝕んでいく。

「私も…そちらに行ってもいいかしら?」

彼女は誰にも聞こえない声でつぶやいた。死への思いが心を締めつける中、ラフィーナの背後から低く響く声がした。

「こんな時間に、ここで何をしているのだ?」

振り返ると、月明かりの下に現れたのは、まるで異世界の存在のような美しい黒髪の男性。鋭い目、冷たくも気品に満ちた顔立ちに、一瞬、息を飲むラフィーナ。だがその異様な雰囲気が、彼女には心地よく感じられた。むしろ、彼がこの世のものではないからこそ、安心感さえ覚えたのだ。

「あなた…誰…?」

「俺の名はアゼル・ナイト。地獄の公爵だ。」

自分の前にいるのが何者なのか──それは、ラフィーナにとってどうでもいいことだった。この夜、自分に話しかけてくれる誰かがいる。ただそれだけで、彼女は今まで感じたことのない温かさに包まれる。

「私、ラフィーナです。あなたに…会えてよかった。」

ラフィーナの瞳には、わずかににじむ涙と、それでも微笑もうとするはかなさがあった。彼女の痛みが透き通るような魂の奥底から溢れているのを感じ、アゼルは胸がざわつくのを覚えた。そして、静かに問いかけた。

「ラフィーナ、この世が…そんなに嫌なのか?」

その問いに、ラフィーナは心に閉じ込めていた感情を一気に吐き出した。誰にも愛されない孤独、学校で受ける辛い仕打ち──生きることの意味が見いだせない日々の中で、彼女がずっと抱えてきた苦しみを語る。

アゼルは、彼女の美しい銀色の髪や透き通るような魂の輝きを目にし、心の奥で彼女に惹かれていることに気づいた。

「そんなにこの世が嫌なら…地獄に来るか?」

その言葉にラフィーナの胸が弾む。「地獄」という言葉さえ、彼女にはどこか温かく響いた。誰かに必要とされるような気がして、自然と微笑んでしまう自分がいた。

だが、彼女が答えようとしたその時、アゼルの表情が一瞬だけ悲しげに曇った。

「ラフィーナ、本当は…俺には君を連れて行くことなどできないのだ。」

悪魔であるアゼルが取り込むことができるのは、黒くけがれた魂だけだ。漆黒に染まった魂は地獄で力となり、悪魔にとっての糧となる。しかし、ラフィーナの魂は美しく、透明に輝いていた。彼女を地獄に引き込むことなど、できるはずがなかった。

「君の魂は、あまりにも美しい。だから地獄へは連れて行けないんだ。」

その言葉にラフィーナの目から涙が溢れた。冷たい月の光が彼女の涙を輝かせ、アゼルの胸に淡い温もりが広がる。数百年もの間、地獄の公爵として存在してきた彼が初めて感じる温もり。彼にとって、それが愛であることはまだ理解できない。

「ラフィーナ、地獄には連れて行けないが…毎晩、同じ時間にここへ来れば、俺はおまえに会いに来よう。」

ラフィーナは、まるで天使のように微笑んで、静かにうなずいた。

「ありがとう、アゼル…」

アゼルは彼女に別れを告げ、月光の中から姿を消した。その背中が見えなくなると同時に、ラフィーナは小さく息をつき、ふと気づいた。ほんの少しだけ、彼女の胸が温かさで満たされていることに。

「孤独から救ってくれたアゼル。私は…あなたに会えるこの時間が、心から好き。」

ラフィーナにとって、アゼルとの出会いはこの世に生きる希望となり、彼女にとっての「救い」となったのだ。

ラフィーナに別れを告げたその夜、アゼルは地獄に戻っていた。周囲は暗闇に包まれ、彼の足元に伸びる長い影がゆっくりと波打つ。彼の胸には、これまで感じたことのない温もりと切なさが渦巻いていた。

“ラフィーナ…” 彼女の名前を口に出すことさえも、心の奥でかすかな痛みと共に響く。

アゼルはため息をつき、暗闇の中、地獄の王宮へと歩を進める。地獄の公爵である彼は、地上の偵察と魂の収集を任務としていたが、今夜ばかりは任務とは関係のない感情が心を占めていた。



アゼルと別れた後、ラフィーナは薄暗い墓地を後にして家路についた。冷たい夜風が頬を撫でるたび、彼の温かな声と柔らかい眼差しがよみがえる。

「地獄の公爵…なのに、こんなに優しいなんて…」

ラフィーナは家に着くと、自分の部屋のベッドに横たわり、天井を見つめた。学校でのいじめも、家庭での孤独も、すべてが彼と出会ったこの夜の中で小さく感じられる。ラフィーナにとって、アゼルとの時間は短いながらも唯一の安らぎとなっていた。

翌日,,,

学校では相変わらず、ラフィーナに対する陰湿ないじめが続いていた。机に落書きをされ、ひそひそと陰口を叩かれる。彼女はそれに反応せず、静かに自分の席に着いた。だが、今までとは違う感情が胸の奥に芽生えていることに気づいた。


“今日も…アゼルに会える。”

その小さな希望が胸の中で灯火のように揺らめき、彼女に生きる勇気を与えていた。誰も気づいてくれない、誰も見つけてくれないと思っていたこの世界で、彼だけが自分を見つけ出し、そっと寄り添ってくれた。その存在がどれほど特別で大切なのか、彼女は深く感じていた。そして静かに心の中で、またアゼルに会えることを思い描き、会いたいという思いがますます膨らんでいった。

夜が訪れ、ラフィーナは祖母の墓へと向かった。午前2時。彼女の胸は期待と緊張でいっぱいだった。彼に会いたい──ただそれだけを胸に、冷たい夜風の中、祖母の墓前で待ち続けた。

「…アゼル、来てくれるよね?」

静寂が続き、彼女の心は不安で満たされ始めた。その時、闇の中から現れる影がひとつ、静かに彼女の元へと歩み寄ってきた。

「待たせたな、ラフィーナ。」

その声に、彼女の胸は一気に喜びで満たされた。アゼルがそこに立っている──それだけで彼女の孤独はどこかに消え去るような気がした。


「また会えた…本当に会いに来てくれるんだね。」

アゼルは黙ってうなずき、彼女の目を見つめた。何も語らずとも、彼女の嬉しそうな表情から、彼女がいかにこの再会を待ちわびていたかを感じ取ることができた。

「ラフィーナ、君はどうしてそんなに辛い世界で耐えているのだ?」

「…だって、私には逃げる場所がないから。誰も私を見つけてくれなかった。ずっと…1人で。」

ラフィーナの声には深い孤独がにじんでいた。その言葉を聞くたびに、アゼルの心は揺れ、彼女に寄り添っていたいという感情が湧き上がる。悪魔である自分にそんな思いが許されるのか──その疑念は消えないが、今はただ彼女の側にいることだけを考えた。

「ラフィーナ。今は…俺がいる。」

その言葉に、ラフィーナの胸は温かさで満たされた。悪魔でありながらも、自分の存在を大切にしてくれる相手がいる。それだけで彼女は、この冷たくて辛い世界でも、生きてみたいと思えるようになった。

一方、丑三つ時の静寂が広がる墓地の中,,,

アゼルの配下である伯爵のサイラスがふと足を止めた。闇の奥にアゼルの気配が感じたのだ。訓練された悪魔の嗅覚が彼に警告を告げていた。だが、地獄の公爵であるアゼルがこの場所で何をしているのか──それは尋常ではないことだと感じ、彼は自らの足音さえも消すようにしてその場へと向かった。

暗がりの中に、ラフィーナとアゼルが並んで立っているのが見える。アゼルが彼女に向ける静かな眼差し、そしてラフィーナがその目に見入るかのように微笑む姿は、まるで2人だけの世界のようだった。だが、サイラスはその光景に一瞬の違和感を覚えた。アゼルが、地獄の者にあるまじき「人間への執着」を示している──そう感じたからだ。

静かに手をかざし、彼はラフィーナの魂を見定めようとした。サイラスは悪魔の中でも特に魂の性質を見抜く才を持ち、その力で数多くの魂を選別し、地獄へと誘ってきた。そして今、目の前の少女の魂を目にした瞬間、彼は驚愕に凍りついた。

彼女の魂は、まるで水晶のように透明で澄み渡っていた。その輝きには、清らかさと切ない痛みが宿っていた。その輝きは、闇に住まう悪魔にとっては美しくも恐ろしいほどの光を放っている。それは黒く染まることのない「透き通る魂」──まさに地獄の掟において禁忌とされるものであった。

心の中で、サイラスは地獄の王が放った一言を思い出す。「白き透き通る魂を喰らうとき、己の存在は消えゆく。」この言葉は地獄での戒律として語り継がれてきたが、その意味がいかに恐ろしいものであるか、サイラスは知っていた。

彼は目の前のラフィーナの姿を見つめ、そしてアゼルに対しての疑念が深まっていった。

ラフィーナと別れ、地獄へと戻る道を歩くアゼル。静寂の中に佇む影が彼の前に現れる。アゼルの忠実な配下、伯爵サイラスだった。

サイラスの胸には、忠誠心と警告の声がせめぎ合っていた。
「アゼル公爵…なぜ、あなたはこのような禁忌に触れる存在に惹かれているのですか?それが、どれほど危険なことか…」

サイラスの心には不安と困惑が入り交じっていた。悪魔としての本能が「この魂には近づいてはならない」と警鐘を鳴らしていた。地獄の戒律は絶対であり、もしアゼルがこの少女と関係を続けるならば、必ずや破滅へと向かうことになる。サイラスは主を案じ、やがて重い声で言い放った。

「アゼル公爵…お話があります。」

アゼルは冷静にサイラスの方へ視線を向け、落ち着いた声で問いかけた。

「ラフィーナ…のことか?」

「はい。人間界で公爵と共にいる彼女の姿を目にしました。しかし、彼女の魂がどのようなものかを知っているなら、関わるべきではないはずです。」

サイラスの言葉には、地獄の掟を守る者としての責務が込められている。彼はさらに声を低め、地獄の戒律を思い起こさせるように忠告を続けた。

「公爵…白き透き通る魂には触れてはならぬと、地獄の王も告げていたはずです。あの娘はただの人間ではありません。その魂が禁忌に触れていることは、明らかなのです。」

アゼルの眉がわずかに動いたが、静かなまま応じた。

「知っている。だが、彼女を見捨てることはできない。」

その答えにサイラスは一瞬、言葉を失ったが、心の葛藤を抑えつつさらに忠告する。

「公爵、彼女に執着することがあなた自身にどれほどの危険を招くか…もう一度よくお考えください。」

アゼルはサイラスの忠告に耳を傾けたが、その決意は揺るがなかった。軽くうなずくと、静かな声で応じた。

「助言に感謝する。明日の夜は彼女に会わないようにしよう。」

その夜、アゼルはいつものようにラフィーナの前に姿を現したが、どこか少し硬い表情で話し始めた。

「ラフィーナ、明日だけはここに来ることができない。どうしても外せない用事があってな。」

ラフィーナは一瞬驚いたが、すぐに微笑んで静かにうなずいた。

「…大丈夫。明後日、ここでお会いできるのを楽しみにしています。」

アゼルがほっとしたようにうなずき返すと、ラフィーナはその背中を見送りながら、心の奥に小さな寂しさが広がるのを感じていた。

アゼルも微笑み、「無理はするなよ。では、明後日また会おう」と言い残し、地獄への帰路についた。ラフィーナは、アゼルが見えなくなるまでその背中を見つめ続けた。

アゼルが来られない夜,,,

「明日は会えない」とアゼルに告げられたラフィーナだったが、その夜が訪れるとどうしても足が向いてしまい、いつもの場所へと歩みを進めてしまった。

彼が来ないことはわかっているのに、なぜかその場所で彼を待っていたかった。静まり返る夜、丑三つ時の月明かりが墓地を淡く照らしている。だが、アゼルの姿はない。胸の奥に、静かな孤独がじわりと染み込んでいくのを感じる。

「…来ないって、わかっているのに。」

そうつぶやいたその瞬間、背後から冷たい声が響いた。

「そんなに会いたいのですか、アゼル公爵に。」

驚いて振り向くと、そこに立っていたのは見知らぬ男──アゼルの配下である冷徹な伯爵、サイラスだった。アゼルとは異なる冷たさを宿した鋭い視線が、ラフィーナを見透かすように向けられている。

「あなたは…誰…?」

「私はアゼル公爵にお仕えするサイラス・ヴォルサーノです。お初にお目にかかります。」

サイラスはラフィーナに対して鋭い視線を向け、冷ややかな声で言い放った。

「アゼル公爵の立場をご存じないからこそ、知っていてほしい大切な掟があるのです。」

その言葉には、アゼルが背負う運命と、守らねばならない地獄の掟の重みが込められていた。ラフィーナは思わず息を呑み、彼の視線から逃れられなかった。サイラスは続けて、さらに冷たく問いかける。

「あなたは、公爵に何を求めているのですか?」

その問いは鋭く突き刺さった。ラフィーナは、自分の気持ちばかりを優先していたことに気づき、少し後悔の念を抱いた。

サイラスは本来の悪魔の姿をラフィーナが知る必要があると考えていた。サイラスの口元に笑みが浮かんだ。


「悪魔が何を求めているのか、見せてあげましょう。そして地獄に行ける魂がどのようなものかを…」

ラフィーナは一瞬不安を覚えながらも、サイラスの言葉に引き寄せられるように後を追った。闇の中を進む彼の先には、1人の人間がいた。彼女をかつて苦しめた学校の少女──その魂は重く濁り、黒い影のように揺らめいている。

「これが、地獄へと堕ちるべき魂です。」

サイラスはその黒い魂をじっと見つめたあと、静かに魂を喰らった。ラフィーナは、その光景が信じられないかのように目を見開いた。サイラスの視線には冷たい光が宿り、彼はラフィーナに向けて最後に言葉を投げかけた。

「アゼル公爵があなたに執着することが、どれほどの意味を持つか、お分かりですか?公爵は、あなたのような清らかな魂に触れることさえ、本来は許されない存在なのです。」


ラフィーナはサイラスの言葉に胸を突かれ、アゼルへの想いがどれほど深いかを再認識する。しかし、その想いが地獄の掟を超える「禁忌の愛」であることに気づき、胸が締めつけられるような痛みを感じた。

ラフィーナは小さく息をつき、静かに目を閉じた。頭の中に浮かぶのは、アゼルと過ごした束の間の温かい時間。決して交わってはならない世界にいる二人。それでも、彼への想いを断ち切れず、禁じられた気持ちが胸を締めつけるようにあふれてくる。その愛が、許されぬものだと知りながらも、彼を想わずにはいられない。禁忌の愛に身を委ねる覚悟が、彼女の運命を大きく揺るがそうとしていた──。



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