欲望に溺れる者へ 〜裁きの女神ルナの審判〜

甘い誘惑の罠：簡単バイトに潜む危険と欲望の代償

――誘惑は、いつも静かに忍び寄る。

ローランは、いつもの大学のキャンパスで友人たちと軽い会話を交わしていた。昼下がりの穏やかな時間、緑の芝生が風に揺れ、鳥のさえずりが静かに響いている。だが、その日、彼の心の奥底では、何かが微かに歪んでいたことに気づいていた者は誰もいなかった。

「俺、最近すごい高額バイトしてるんだ」

その軽い一言が、ローランの耳に届いた瞬間、空気が一瞬冷たくなったかのように感じた。彼は軽く笑って「何？どんなバイト？」と友人に尋ねたが、言葉が口をついた瞬間、背筋にぞっとするような悪寒が走った。それはまるで、見えない影が彼の足元に忍び寄ってくるかのような感覚だった。

友人は無邪気な顔で飄々と答えた。「SNSで募集されてるやつだよ。突発的に入るバイトだけど、簡単だし、大丈夫だったよ。」友人の言葉は軽やかだが、そこにはどこか危険な香りが漂っていた。ローランは一瞬眉をひそめた。「それって、怪しいんじゃないの？」と問いかけながらも、彼の心はすでに興味を引かれていた。

何かがおかしい、これは普通のバイトではない──その警鐘が心の中で鳴り響く。しかし、その音は、友人の「1回で5万円だぜ？」という言葉によって一瞬でかき消された。短い沈黙の後、ローランは曖昧な笑みを浮かべながら首を振ったが、頭の中ではすでにその金額の重みが渦を巻いていた。

――5万円。たった1時間で、それだけの金を手にできる。

その誘惑は甘く、毒のように彼の心に染み渡った。友人がそのバイトを簡単にこなしたなら、自分もできるだろう。ローランはその時、すでに自分が何か取り返しのつかない道に足を踏み入れようとしていることを、薄々感じていた。だが、彼はその微かな不安を振り払うように、言葉を飲み込んだ。

夜、彼の部屋に戻ると、静寂が支配する中でパソコンの画面が青白く光っていた。ローランはその光に吸い寄せられるように、手を伸ばし、SNSを開いた。心臓が鼓動を早め、指先が震える。心の奥では何かが不穏にざわついていたが、それでも彼はスクロールを止めなかった。

「あっ…これか」

彼の目に留まったのは、高額バイトの募集広告だった。文字が画面上に浮かび上がり、まるで彼を引きずり込むかのように光って見えた。「誰でも簡単に高収入」という言葉が、まるで彼の欲望を突き刺すかのように響いた。薄暗い部屋の中で、彼は無意識に背筋を伸ばし、画面をじっと見つめた。心のどこかで怪しさを感じながらも、彼はその誘惑に抗うことができなかった。

ローランは画面に表示されたリンクをクリックし、応募フォームに手を伸ばした。その瞬間、彼の中で何かが静かに崩れていく音が聞こえた。それは、自分の善良さや倫理感が壊れていく音だった。だが、その音を無視してしまう自分がいた。画面を見つめる目の奥で、かすかな後悔が芽生える前に、彼は送信ボタンを押してしまった。

しばらくして、ローランのスマートフォンが震えた。着信の通知音が響き、画面には見慣れない番号が表示された。まるで何かの引き金が引かれたかのような瞬間だった。

「ローランか？明日、中央広場の噴水前に集合だ。詳細はその場で伝える」

電話越しの声は冷たく、無機質だった。それを聞いた瞬間、ローランはなぜか喉の奥がひりつくような感覚に襲われた。これが本当に「大丈夫なバイト」なのか、彼の頭の中には疑念が渦巻いていた。しかし、好奇心と欲望はその疑念を打ち消し、彼はまたしても後戻りできない道を選んでしまった。

翌日、指定された場所に到着したローランは、軽く冷たい汗をかいていた。周囲の景色は見慣れたはずのものだったが、その日だけはどこか異様に感じた。普段は活気に溢れる広場が、今日に限っては何かが張り詰めているように静かだった。

彼の耳に入るのは、噴水の水音と、時折聞こえる風の音だけ。何かが動き出している。それが彼の中で確信に変わると、次第に彼は背後から何か冷たい視線を感じ始めた。

その視線の主が誰なのか、彼は知る由もなかった。だが、その冷たい視線は確かに彼に向けられていた。彼は無意識にその視線を振り払おうとするが、まるで影が後を追ってくるかのように、その感覚は彼から離れなかった。

少し離れたカフェに座る女性――ルナ。彼女はアサイードリンクを片手に、静かにローランを見つめていた。冷静な眼差しで、まるで彼の行く末を知っているかのような微笑みを浮かべていた。彼女にとって、ローランの堕落は始まりに過ぎない。彼がこのバイトに手を出したことで、すでに彼の運命は決まっていた。

ローランはその日、バイトを無事にこなし、手にした5万円の報酬に満足していた。だが、その報酬を手にした瞬間から、彼の心の中で何かが大きく歪み始めていた。5万円という現金の重みが、彼の良心を蝕んでいく感覚。

「簡単だ…これならもっと稼げるかもしれない」

彼はそう自分に言い聞かせたが、心の奥では薄っすらとした恐怖がこみ上げていた。次第に彼は、このバイトが彼の人生をどう変えていくのか、まだ理解していなかった。しかし、背後で見守るルナの視線は、すべてを知っているように彼を見つめていた。

「彼は闇に飲み込まれつつある…」

ルナは冷ややかな微笑みを浮かべ、つぶやいた。彼がどこへ向かうのか、その先の破滅を彼女だけが知っていた。月の光が静かに広場を照らし出し、ローランはその光に気づくことなく、闇の深みに足を踏み入れていくのだった。

家に戻ったローランは、手にした5万円を家族に隠すように部屋の引き出しにしまい込んだ。部屋の隅に落ちる影は、その動作を嘲笑うかのように、暗く、深くなっていった。やがてリビングに現れたローランに、妹が問いかける。

「お兄ちゃん、最近お金持ってるみたいだけど、バイトしてるの？」

妹の言葉に一瞬戸惑ったが、ローランはさりげなく「まあね」と答えた。彼女は少しの間、兄の顔を見つめた。以前とは違う、何か暗いものを宿したその瞳に、不安が走った。妹は「なんか欲しいものある？」という兄の問いに、「いいえ、なんか怖いからいらない」と答えた。

その言葉は、まるで彼の心の奥底に残っていたかすかな善意に突き刺さったようだった。しかし、もうそのかすかな良心すら、深い闇の中に埋もれてしまったかのようだった。

夜、ラクエリアの中央広場には、闇が深く降りていた。ローランは静かに立ち尽くし、その場の重苦しい空気に包まれていた。遠くから聞こえるかすかな音だけが、彼を現実に引き戻していた。

その時、月明かりの下で現れたのは、黒いロングコートを身にまとったルナだった。長い黒髪が風に揺れ、その鋭い緑の瞳がローランを見据えていた。彼女はゆっくりと歩み寄り、低く、しかしはっきりとした声で言った。

「月夜が美しいわね、ローラン」

彼はその声に驚いて振り返った。ルナの美しい容姿に一瞬目を奪われたが、彼女の言葉に何か鋭い冷たさを感じ取った。

「天気が良くて気持ちがいいわね」そう言いながら、ルナはローランをじっと見つめた。彼の表情が少し変わり、戸惑いが浮かんだが、彼は言葉を発しなかった。彼女が続ける。「それ、本当にやって良いことなのかな？」

ルナの声は静かだが、確かに彼の胸に響いた。そして、彼女は持っていた鏡をゆっくりと取り出し、ローランに向けた。

「見えちゃってるよ…あなたのすべてが」

鏡の中に映った彼の姿は、もう以前の自分ではなかった。顔には影が差し、目の奥には虚無が広がっていた。闇に飲み込まれたその姿が、彼の目に突き刺さった。

「ローラン、家族のことを考えたことがある？あなたの行動で苦しむのは、残された家族よ」

ルナの言葉は冷たく、しかしどこか哀れみを帯びていた。ローランはそれに対して鼻で笑い、口角を上げた。

「俺がどうしようと、家族には関係ないさ」

彼のその言葉に、ルナは静かに微笑んだ。そして、彼の運命はそこで決定したのだった。

次の日、家族の中からローランの記憶が消え去った。妹はふと、部屋の片隅にあるバックを見つけて、「これって…パパのもの？」と尋ねた。

母親は首を傾げ、「もしかして誰かにもらったのかもね。いらないなら捨ててもいいわよ」と答えた。その言葉の中に、ローランの存在がかつてあったという痕跡は、すでに消えていた。