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第一章 ~伝説の魔剣~

第23話 オルゲイズ・ブレッド

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理想状態というのは本当だったのだろう。突進の勢いで何回も地面にバウンドし、服は土に塗れぼろぼろ。しかし、血は出ていない。

だが、そういう問題ではない。それが問題ではなかった。

大切な友人を躊躇なく……いいや、自分が怒っているのはそこではない。
また。また守られた。

母親に涙を呑ませ、非力にも何も出来なかった自分。もうそんなのはこりごりだ。守られるだけなんてまっぴらごめんだ。絶対に……守られてやるもんか。

そう、決めたはずだった。決めたつもりだった。

なのに、自分ときたら――

「許さない……許さないッッ!!!」

それは、フェリスとシルバを悉く蹂躙したオルガへの叫び。情けない自分への怒り。やり場のないぐちゃぐちゃした感情がレイヴンの中で渦を巻く。

そうして、レイヴンを支えていた何かがバキンッと音を立てて弾け飛んだ。

「閃の型【刀閃】」

「それは…っ!」

―――オキュラス家に代々伝わる体術。

そう出るはずだった言葉はレイヴンによって遮られた。

右手に持っている『紅双子ツウィンズエリュトロン』の片割れを左手のもう片方で押さえつけ、一気に右腕を振り抜くことによって烈風が如き推進力を生み出し、雷火にも劣らない一撃をオルガに叩きつけたのだ。

まさに、風そのもの。これで【刀風アネーマ】まで使っていたらと思うと――

オルガは肩に刻み込まれた鮮血を、筋肉の隆起させることによって止めるという人間離れした方法で止血しながらそう考え、ぞっとした。

(これが少年の本当の力なのだろうか……しかし魔力も切らした状態で……ッ!?)

「――風の御霊よ、宿れ。【刀風】」

(魔力が回復している……だと!? 何がどうなっている!?)

尽きかけていた筈の魔力が回復した。それは有り得ない現象だった。この人導士国家ガレンドでは。いいや、もっと言えば、人導士では。

思わず呆気に取られる。言葉を失う。
しかし、その間もレイヴンの魔力は回復し続ける。

レイヴンを覆う障風はその密度を増し、双剣に纏う浅草色の光は光量を増していく。

「まだだ……もっと速く…もっと鋭く……もっと…強く」

レイヴンの瞳には、既に光は灯っていない。あるのは、貪欲なまでの強さへの執念とオルガへの憎悪に満ちた灰色の闇。

そいて、オルガの恐れていた最悪の事態が訪れた。

残像を残しながらゆらりゆらりと左右に揺れるその姿は、まさに悪魔。
地獄の鎌を両手にひっさげ、闇の深淵からゆっくりと這い上がってきた悪魔だった。

オルガが事態を飲み込んだ時には、もう遅い。
喉元に突きつけられた二つの鎌が、血を欲すようにギラギラと輝いていた。

フェリスを完膚なきまでに蹂躙し、シルバをあっさりと沈めたオルガに一歩も動くことすら許さず、あまつさえ命すら握った。

もう、隙すらどこにもない。完全無欠の少年の姿がオルガの目に焼き付いていた。

「常識に囚われていた私の負けは必然にして当然か。降参だ。貴殿の勝ちだ、少年」

焼きが回ったな…と肩を竦めながら負けを認めるオルガ。その姿は今までの堅物とは違い、どこかの赤髪のいい加減なおじさん。いつもいつも目にしているあのおじさんのようだ。

しかし、オルガの喉元から刃は下ろされない。

まるで――敵意のみに反応するある種機械のよう。

「心まで無くしてしまっては意味がなかろう……起きろ、少年」

切られることを意にも介していないようにレイヴンの頬を、拘束されたままぺちぺちと叩く。
そこには、敵意は存在していなかった。代わりに存在したのは、温かい何か。
包み込むような、何か。

これは、触れたことのある優しさだ。レイヴンは本能的にそう感じざるを得なかった。
いつも、接している、あの温かさ。自分を想ってくれている人の想い。そう、まさにそれだ。

「ガレス……さん?」

「ん?」

徐々に目に光が戻っていく。温かい何かは、失っていた心を取り戻すには十分なものだったのだ。

「ガレスの兄貴を知ってるのか? さては少年……。あ~…なるほどな」

オルガはとってつけたような演技の仮面を外し、初めて素で話す。
それは、先程までの重厚さなど全くない、ただの軽々しいお兄さんだった。

「…あれ?」
「すまんなぁ、少年。俺はガレスの兄貴じゃないんだ」
「オルガ……さん?」
「あ~…今はそれでいい。オルガさんと呼んでくれ」
「…はい」

その変わりように、事態を把握するよりも疑心暗鬼になるのが先になってしまったレイヴン。それがもろに表情に出ていたのだろう。

「ははは、どうした? 鳩が豆鉄砲喰らったような顔して。さっきまでのお前はどこに行ったんだって感じか?」

しかし、まだそこまで頭の回らないレイヴン。ガレスにそれを言い当てられ更に驚く。

「…えぇ、まぁ」
「悪いな。さっきまでのは演技だ。やっと監視の目がなくなったんでな、今から好きにさせてもらうさ。っと、その前に」

演技、監視などよくわからない事を言い出したガレスに、更に疑いの色を灯した目を向ける。未だにレイヴンの中でも整理がついていないのだ。

そんな視線を向けられたガレスは、気づいていないのか、きづいていない振りをしているのかわからないが、フェリスのもとへ駆け出した。

それを見てはっとするレイヴン。そして武器を構えようとした、その時――

「あぁ! 待て待て! 回復させるだけだ!」

ガレスによって臨戦態勢は遮られた。

更にガレスは懐に手を入れ、なにやら液体の入った小さめの瓶を取り出した。
液体は、透明。見たところ普通の水にも見える。遠目で見ても粘つきは確認できない。

そしておもむろに、瓶に蓋をしているコルクをキュポンッという音と共に外し、フェリスの口に流し始めた。

「あぁこら! 口を閉じるな! 全く…頑固なのは親父だけにしてくれや……」

その声が聞こえたのか、フェリスの肩がピクッと震える。そして、何も言わずに液体を飲み始めた。

すると、液体の半分ほどを飲み干すと同時に【刀閃】の創造者も驚く程の勢いで体を起こした。

一番驚いているのは本人のようで、「えっ? えっ?」と頻(しき)りに手や足、胸をぽんぽんと叩いている。特に変化がないことを確認すると「ふぅ…」と安堵の溜め息をつき、何事もなかったかのようににっこりと笑った。

「いや、フェリスくん……流石にここまできといて何もなかったかのように振る舞うのは無理があるかなぁって……」
「……だよね」
「ほら、少年共。女の子が倒れたままだってのに何談笑してんだ。全く……酷い仕打ちだとは思わんのか?」
「「いやあんただよ」」

そんなツッコミどこ吹く風でシルバの下へ向かうオルガ。二人もそれに付いていくようにシルバの下へ駆け寄った。

フェリスの時と同様、謎の液体をシルバの口へと注ぎ込む。シルバは素直に飲んだようだ。オルガから文句の一つも聞こえない。それどころか「やっぱり可愛いね? 吹っ飛ばしてすまんかったなぁ……まあでもあれは愛のムチなんだ。そう、愛のね」などとロリコンチックなことを囁いている。

レイヴンとフェリスの中で再び最重要警戒人物に指定されるのは、もはや必然であった。

「うぅ…ってあれ?」

まさに、「倦怠感に襲われてるよ~! あぁ~きつい!」とでも言いたげに起きたシルバだが、全くだるさが感じられなかったのか、目を丸くしてその直後顔を真っ赤にさせた。

「「おはよう、シルバ(ちゃん)。顔の変化に忙しいところ悪いんだけど調子どう?」」
「う、うるっさいわね! 全然平気よ!!」
「はっはっはっ! 君たちは本当に仲が良いなぁ。羨ましい限りだよ」

そういって豪快に笑うオルガに、シルバは白い目を向けた。まるで今生の仇を見るかのように。
そして、あろうことかオルガを指差しこんなことを言い始めた。

「なんであんた達こいつと仲良くしてんのよ」

オルガはぽかーんである。二人もぽかーんである。
仮にも一応は怖いお兄さんを装ってきたオルガは多少のショックを受けたようで、涙まで流しそうになっている。

少年二人も「「今の言い方は友達なくすよシルバ(ちゃん)……」」とあからさまに引いている。同時に送られるのは同情の視線。シルバへの、ではない。オルガへの、である。

「な、なによ。……本音を言ったまでよ」

そんな二人にムッとしつつ苦し紛れにボールを放る。

しかし、シルバの言う事にも一理どころか千理ほどある。今し方ボコボコにされた相手と仲良くやっていたらそりゃあ不思議にも思うだろうし、なんなら怒りすら湧いてきてもおかしくはない。

むしろ二人の方が異常なのだ。

「まぁ、そうだよな。そうなるよな。いやぁ……おじさんうっかりしてたよ」

いつの間にか、潤んでいた目を拭い、腕を組んでうんうんと頷いているオルガがそう返した。目の周りが赤いことから少しは泣いたのだろう。

 「っていうか、おじさん誰なの。明らかに性格変わってるし」
「お、おじさんって…いや、自分で言ったけどね? こう……自虐って言うかさ?」
「うん、誰?」
「……俺はオルゲイズ・ブレッド。人導国家ガレンド軍兵の師団長補佐をやっている者だ」

有無を言わさぬシルバの問いに渋々答えたオルガ。……将来は尻に敷かれる夫になること間違いないだろう。

「え? じゃあオルガって名前は?」
「勿論偽名だ。もう隠す必要もなくなったんでな。……というかそろそろ時間がない。今すぐに下山してくれ。続きは……そうだな、今日の夜か明日にでもガレスの兄貴に聞いてくれ」
「え、待ってよ。なんで偽名を?」
「そういうのもひっくるめてガレスの兄貴に聞いてくれ。じゃあ俺はもう行く。本当に時間が無いからな。いいか? 絶対に付いてくるんじゃねえぞ」

その目は真剣だった。感情のない目でも、冗談めかした目でもない。文字通り真剣だった。
ここから先は危険だと、そう目が語っている。

「いやだ、付いていく」

しかし、レイヴンの一言によってその目は一瞬にして崩壊した。

「いやいや、待てって。聞こえてたか? 今の俺の目見た? 半端ないくらい真剣だったろ?」
「うん、だから付いてく」

……どうやら逆効果であったようだ。

「そうね、私も行くわ」
「おいおい、これは元々僕の戦いだったはずじゃなかったのかい? 勿論、僕も行くよ」

シルバ、フェリスも頷きながら宣言した。

「ったく、責任は取れねえからな? これだけは約束してくれ。俺が逃げろと言ったら逃げること。自分が少しでも危ないと感じたらすぐ逃げること。この二つだ。これが守れねーってなら連れてはいかん」

「「「じゃあ、行く」」」
「即答か……へいへい分かったよ」

「ったく」と肩を竦めながら呟くオルゲイズは、どこか嬉しそうだった。

そうして、四人は互いに頷きあったのだった。
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