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第33話 第八エリアの戦い!

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 俺が前日に思いついた俯瞰視点での戦い方は限定的には成功したと言えるだろう。

 一対一なら問題なく戦えたし、無傷で勝利を収める事が出来た。まだまだ回数をこなさないと完璧とはいかないし、パターンも少ないけど、希望が見えてきたのは喜ばしい。

 問題は前面装甲から送られてくる映像の視野が狭いことだった。

 レトの力を借りても、視覚外から近距離で迫られると、どうしてもそちらに意識がいってしまう。これまでと違った操縦方法が、俺の中の不安を拡大させているんだ。

 恐らく本番は今以上に多くのラヴェルサがいることが予想されるので、使いどころが難しくなる。それに動かなくなった敵味方の装甲機人の存在も把握しないと危ない。

 防御力の問題も解決したわけじゃない。極力、攻撃を受けないようにしないと長丁場に耐えられず、撤退を余儀なくされるだろう。



 格納庫に戻った俺は、コックピットを飛び降りて愛機を見上げた。

 リンクスKカスタム、俺が乗った四機目の機人だ。

 初めて乗った機人、リグド・テランの量産機イステル・アルファ。
 次がアスラレイド専用機。いずれも高機動を売りにした機人だ。

 そして聖王機エスタシュリオ。重装甲でありながら、最高の機動性を誇る機人。
 圧倒的な性能は、ど素人だった俺にエースを体験させてくれた。

 それらに比べれば、Kカスタムの性能は間違いなく劣っているだろう。
 あとは俺が当時と比べてどれだけ成長したか。

 大丈夫、俺ならできるはずだ。

「頼んだぜ……相棒」

 突如、頭に横から蹴られた感触がくる。
 姿は見えないけど、レトの仕業だろう。

「(レトもよろしくな)」
「(まっかせなさい!)」


 レトは俺の共犯者だ。

 昨晩、イオリと入れ違いに外に出て行ったものだと思っていたが、なんと俺たちの情事は全て見られていたのだ。俺はそれを今朝になって知らされた時、恥ずかしさよりも自分の迂闊さを呪いたくなった。

 つまりレトは、俺が決戦時に傭兵団から離脱することを知っているんだ。

 それなのに「別に好きにすればいいじゃない」なんて言うもんだから、こっちが驚いたくらいだ。確かにレトは傭兵団の皆とは全く関わっていなかったら、思い入れはないのだろう。

 もしかしたら、レトはレトで考えがあるのかもしれない。
 けど、俺にとっては、手を貸してくれるだけで充分だ。


「集合!」


 団長の声が格納庫内に響き渡る。同時に張り詰めた空気が漂い始めた。

「たった今、ルーベリオ教会から傭兵組合に対して、正式に最終作戦の発動が通達された。我々が担当する第八エリアへの道が開くまで、まだ少し時間がある。作戦前最後の時間だ。操者は休憩に入れ、解散!」

 団長によって操者は強引に格納庫の外に締めだされた。
 ここからはメカニックの時間。
 俺達は出撃前の最後のチェックをするだけだ。

 おやっさん、俺が言える立場じゃないけど、Kカスタムを頼みます。



 皆と離れ、飯を食いに街まで歩く。

 時折地面が揺れ、金属がぶつかり合う音が遠くから聞こえてくる。
 これまでの戦いではなかったことだ。

 住民たちは不安が顔に出ているし、恐怖で泣きだす子供の姿もある。
 膝をついて、天に祈る者もいる。
 もしかしたら既に家族が亡くなっているのかもしれない。

 奥さんと抱き合っている傭兵の姿もある。
 彼もこれから戦いに行くのだろう。
 家族を守るために。


 ……俺もイオリに会いたい。


 昨日の朝まで一緒にいたのに。
 
 今すぐ会って抱きしめたい。

 
 思わず頭を掻きむしる。


 これから俺がすることは、批判されることだろう。
 その不安を、イオリに消し去ってもらおうなんて甘えは捨て去るべきだ。

 決断したのは俺だ。これから起きる事の責任は俺が持つんだ。


「だああぁぁ!!」


 空に向かっての咆哮。
 両手で思いっきり、頬を張る。
 
 たくさんの視線を感じる。
 
 きっと出撃前の恐怖を押し殺そうとしていると見るだろう。
 もしかしたら、それもあるのかもしれない。

 食事を終えて戻ると、格納庫前には団長がいた。
 団長は俺を見つけるとゆっくりと寄ってきた。

「静かに過ごせる宿をとれって言っただろうに」
「枕が変わったら眠れない質なんで」
「ふっ、そうか」

 団長は俺の胸を軽く小突いて戻っていく。
 それなのに胸が痛い。

「(すごく痛かったな……)」
「(ケンセー……)」

 俺は横になっても眠れず、目を瞑って静かに時を待つことにした。





 軽い睡眠から戻ると、休息を終えたリンダたちが戻ってきていた。

 皆一様に緊張感のある表情を見せている。

 俺達は機人の最終確認を済ませて帝都を出発。
 第八エリアに向けて疾走を開始した。

「このまま突き進むよ!」
「了解!」

 先に出撃していた装甲機人の明かりが真っすぐな道を示してくれている。
 帝都の近くは、比較的、霧が薄いので遠くの光もよく見える。

 俺たちと同じように第八エリアを守る傭兵たちが、中央通路にラヴェルサを通さないように横に広がって、フタをしながら直進している。それでも敵機の侵入を許してしまうのは、ギリギリの人数で戦っているからだ。

「正面に敵影確認」
「俺が行きます」

 まだ第五エリア、ここの敵の強さでは俺の装甲を破れないことは証明済み。
 皆の負担を減らすためにも、俺が先行した方がいいだろう。

「任せたよ、剣星」

 Kカスタムを加速させ、一気に前に出る。
 同時にレトレーダーを確認する。
 他に動く敵は見当たらない。

 移動中の戦闘はただ勝てば良いというものではない。

 敵機の進路を変更させて、エリアを守る味方に誘導しないように注意しながら戦わなければならない。後ろをとられて挟み撃ちになってしまうからだ。

 俺は剣を薙ぎつつ、斜めに進んで残った敵の進路を限定する。

 残りは後続にお任せだ。

 レトレーダーを見て、侵入して来たラヴェルサの全滅を確認する。

 俺達の部隊の後方では、補給基地を設置するための資材の輸送をしているので、絶対に敵を通してはいけない。

 仮に失敗したら、初めからやり直しになるので大きな時間のロスになる。結局、必殺の一撃でラヴェルサの懐に入るのが、一番被害の少ない方法になるのだろう。

 先行していた部隊が左右に分かれる動きを見せる。

 第七エリアが終わり、ルクレツィア傭兵団の担当エリアである第八エリアに到着したんだ。

 俺たちは補給部隊の護衛を残してエリアの掃討を開始する。
 今はここが最前線、一番ラヴェルサの攻勢が強い場所だ。

 見渡せば、そこら中にラヴェルサの機人から放たれる赤光晶の輝きが見える。

「さあ、片っ端から喰らっていくよ!」

 団長の指示に従って、機人の群れは一匹の獣のように獲物に襲い掛かる。
 陣地の構築は他の部隊の担当だ。
 俺達はただ暴れまわって、敵を狩るのみ。
 一撃離脱を繰り返す。

「俺達もやれるじゃん!」
「これならいけますよ」

 ルシオだけでなく、フォルカも手ごたえを感じている。
 
 互いの隙を補いながら、束になって向かってくる機人の群れは、ラヴェルサにとっても脅威だろう。

 ちらりと腕時計を見た。

「もう一時間も経っているのか……」

 時間の経過が体感よりもずっと早い。
 頭も体もまだまだ余裕がある。
 ここ数週間の実戦経験が活きているんだ。


 でもこのペースだと、自分の知らないうちに疲労が一気にくるかもしれない。
 まずはこのエリアの掃討を終えて、一息つかないと……


 俺達はラヴェルサの群れを一つ、また一つと潰していく。
 七つめの群れを倒した直後、すぐ脇を通り抜ける一団があった。

「あれは第九エリアに向かう教会の部隊だな」
「ということは、第八エリアの補給基地は無事に完成したってことですか?」
「そのようだな」

 副長が断定しないのは、無線が繫がりにくくなっているからだ。
 最新鋭の無線機ですら長距離通信は不可能。
 エリア内の状況は、通信では把握できない。

「これより我々は予定通りに交代要員となり、各部隊に休息をとらせる。あんたら、まだまだ大丈夫だろうね」
「もっちろん」

 俺達は再び移動を開始。通路の左側を守る部隊に接近した。

「ルクレツィア傭兵団六名入ります。交替で補給に向かってください」
「助かるよ。今は落ち着いてるが、こっちもお客さんで一杯だ。気を付けろよ」

 そして六名が離れて中央に向かって行く。

 エリアの掃討を終えたといっても、やることがなくなるわけじゃない。
 依然としてラヴェルサの軍勢は奥から攻めてくる。
 破壊しきれずに再起動する個体もある。

 それら全てを、隊列を崩さないように注意しながら対応する必要があるんだ。

 ルクレツィア傭兵団はどちらかというと攻撃に重きを置いた部隊だ。
 若い傭兵の特徴みたいなものだが、俺達もご多分漏れず攻撃的だ。
 若者衆は当然として、団長すらそっちの気がある。
 例外は冷静さが売りの副長とフォルカぐらい。

 そんな中で、陣地を守る任務をこなせたのは任務の重要性を理解しているからだろう。それに普段以上のラヴェルサの攻勢に当てられているのかもしれない。

 それからしばらくして、最後に休息をとっていた部隊が戻ってきた。

「全部隊の補給が終了した。次はあんたらの番だ」
「あいよ、ここは任せたよ」





 俺達が補給基地に向かっている時、それは突然やってきた。

「団長!」
「分かってる!」

 レトレーダーに頼る必要すらない大きな振動。
 ラヴェルサの群れが雪崩のように一直線に補給基地に向かっている。
 見えるだけでも百機以上はいるだろう。

 俺はこの後、イオリと共にアルフィナを守らなくてはいけない。
 でもそれは今、これを乗り越えてからの話だ。

「団長! 敵側面から仕掛けて、ラヴェルサを分断しましょう。全部は無理でもある程度は引きつけられるかもしれません。いえ、絶対やってみせます!」

 言い出しっぺは俺だ。先頭は俺が引き受ける。
 俺は団長の返事を待たずに機人を補給基地に向けた。
 その後ろにルシオとリンダの二機が続いてくれる。

「団長、考えてる時間はないですよ」
「ちょいと癪だがその通りだ。剣星! 大口叩いたからにはきっちりやるんだよ。よし、私とカラルドでケツは持つ。存分に暴れてやんな!」
「了解!」

「(レトも頼んだぜ、ここが正念場だ)」
「(私を誰だと思ってるのよ!)」

 レトの強気な態度が心強い。

 正面を走るラヴェルサの軍勢を捉えた。
 敵先頭集団が通り過ぎた直後を狙い、俺は剣の腹で思いっきり敵機を引っ叩いた。

 一機を破壊するよりも、まずは相手の勢いを止める事を優先する。
 攻撃を受けたラヴェルサは吹き飛んで、後続はバランスを崩している。
 
「ここだぁ!!」

 どうせなら派手に暴れてやる。
 できるだけ引きつけなきゃ駄目だから。

 そして俺の思惑は果たされようとしている。


「(ケンセー、こいつらやっぱり私達を……)」
「どうやら歓迎してくれる気になったらしいな」


 先程まで補給地に向かっていたラヴェルサは、通り過ぎた一団を除いてKカスタムに視線を向けていた。でもそれでいいんだ。


 一心不乱に剣を振り続ける。


 防御のことなんて一切考えない。


 俺が言えることじゃないけど、後ろは仲間が絶対守ってくれる。


 そう確信できるんだ。
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