上 下
27 / 28

二十七話 力を合わせて

しおりを挟む
 
 開門と同時に観客は劇場内になだれ込んでいった。
 これまで何の反応を示さなかった運営に物申してやろう。
 そんな感情が渦巻いている。

 彼らが座席に到着すると既にステージにはアイドル達がいた。
 優勝者の黒髪しばり隊のメンバーだけでなく、他のアイドルたち数十人が一同整然とたたずんでいたのだ。

 観客はその姿に圧倒されていた。
 やがてフローネが一歩前に踏み出した。

「皆様、この度は誠に申し訳ありませんでした」

 フローネの謝罪と同時にアイドルたちが一斉に頭を下げた。
 アイドルたち本人による謝罪。
 一歩間違えば運営の責任放棄とも、とられかねない行為であったが観客たちはその姿に見入っていた。

「世界は今、戦争の危機に直面しています。私達のリーダーであるマユラの失踪をきっかけに戦争が始まろうとしているのです」

「「「 ???? 」」」

 何言ってんだコイツ、頭大丈夫か? 

 観客たちはフローネの発言に困惑した。

 フローネの語ったことは事実であったが、クロカミ共和国の内情など知らない観客にしてみれば、意味が分からないのも当然である。だが彼女の真剣な態度だけは伝わっていた。フローネに替わってエレノアとミィナが一歩前に出る。

「戦争が始まればアイドルソングは禁止され、軍歌を強要されることでしょう。皆様と会う事も出来なくなるかもしれません」

「だから私たちは歌います。皆が仲良く、国も種族も関係なく平和に暮らせるように願いを込めて……」

 よく分からんがアイドルがいなくなるのは困る。
 それがアイドルという沼にはまった彼らの共通認識であった。
 その時、会場に音楽が鳴り響いた。
 黒髪しばり隊の楽曲だ。
 メンバーたちがポジションについて歌い始める。

 だがその表情にいつもの明るさはなかった。
 観客たちも普段のノリではない。

「なんで彼女たちはあんなに悲しそうなんだ……、いや違う! あんな顔をさせているのは俺たちだ」

 男性はそう呟くと突然激しく踊り始めた。
 笑顔のアイドルが見たい、それが彼の本心であった。
 踊る男性を見て、続く者がぞくぞくと現れていく。

「悲しい顔なんて似合わない。俺たちが笑顔にさせるんだ!!」

 観客に後押しされて、アイドルたちも調子を取り戻していく。
 1曲目が終わると、すぐに2曲目が流れ始めた。
 それは黒髪しばり隊の曲ではなく、エレノアの曲だった。

 しばり隊の一部のメンバーが残り、エレノアと共に歌い始める。
 さらに次の曲ではミィナとレズリーのデュオ。
 観客たちはマユラなんて最初からいらんかったんだと思い直して、初めて見る光景に酔いしれた。

 シャッフルユニット。

 それはグレンがアイドル達に託した秘策であった。
 戦争に突入しようとする国家同士の枠を超えて協力するアイドル達の姿を見せようとしたのだ。

 アイドルたちは開門までのわずかな時間でコンビネーションを作り上げた。
 当然、短い時間で完璧にこなすことなどできるはずもない。
 だがつたないながらも必死に練習した成果は、観客たちの心を動かすのに充分だった。

 運営はあらかじめ何人かのサクラを送り込んでいたが、それを使う必要もない程、ライブは盛り上がっていた。運営の1人であるセレスティアの変態紳士は、問題の当事国であるため裏方として働いていたが、何とか役目を果たせたとホッとしていた。

「こちらはどうにかなりましたぞ。グレン様、ラウラ様、後は頼みます」




 その頃、グレンたちはクロカミ共和国内で馬車を疾走させていた。

「そろそろライブが始まった頃ね……」
「ああ、彼女たちなら大丈夫だ。皆を信じてスタロの救出に全力を尽くそう。ラウラ、この方向であっているのか?」

「ええ、このまま西に向かって。スタロに動きがなくなってるわ」
「となると、犯人は首都シヴァリーズに入ったようですね。では首都に着いたら私は仲間たちと合流します」

「ええ、頃合いを見て魔法で合図を送るわ」
「お願いします。彼らの野望を叶えるわけにはいきません」

 それからしばらくして首都に到着すると馬車を下りてクロノと別れた。
 2人はスタロが捕まっている方向へ進んでいった。
 街は普段通りに機能していたが、やはり戦争の兆しがあるため人々は暗い表情だった。

 グレンとラウラは念のために幻影魔法をかけて姿をくらませて進んでいく。
 目的地は港の近くで巨大倉庫が並んでいた。

「この中にスタロがいるんだな……」
「グレン、眠らせて一気に片を付けるわ。少し離れてて」

 ラウラはそう言ってすぐに魔法を広範囲に放出した。
 スタロのために魔法を連続して繰り出すラウラを見てグレンは感動を覚えた。
 その姿はまるで魔王を倒した時のように頼もしく輝いて見えたのだ。
 実際の肉体は異常なほど健康な婆さんそのものであるが、魔導士としては今なお成長期であった。

 倉庫の見張りをしていた警備兵たちは魔法で眠りについた。
 ラウラの魔法を信じているグレンは確認もせずにズカズカと入っていくとスタロを発見する。

「あ~、スタロにも魔法がかかってるわね。はやく起きなさいっ」

 ラウラはデコピンしながら解呪魔法を放つとスタロは目覚めた。

「スタロ! よく無事だったな」
「あれっ? 何でこんな所に? おいらは確か……」

 スタロは朝方にラウラを起こしに向かう直前に、アイドルのサイン入りグッズをくれるという男についていって後頭部を殴られた記憶を思い出した。さすがにこんな事を話すわけにはいかないことを察して誤魔化した。

「……思い出せないっス」

 歯切れの悪いスタロを不思議に思ったグレンであったが、今は敵地であることを思い出して追及しなかった。

「さあ、ここから脱出し――」

 グレンは言いかけた瞬間逃げ出す人間を目で捉えた。
 ラウラの魔法を受けて平気な人間がいるなどグレンには信じられなかった。

「くそっ、まさか奴らがもう来ているとはっ!」

 逃げ出すその男こそ、今回の黒幕クロカミ共和国評議会議長グレイク4世だった。

「あの男……おそらくグレンと真逆の特性なのね」

 魔法の影響を受けやすいグレンと真逆、つまりグレイク4世は魔法の効果がほとんどない男だった。

 グレン達は黒幕を追って駆けだした。
 だがグレイク流の身体強化術を習得しており、グレン達をもってしても追いつくことはできなかった。

 グレイク4世はただ逃げるのではなく、この機会にグレンたちを始末しようと思い直した。
 そして街の中心部にある円形闘技場・コロッセオに向かって暗闇の中を走り続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天は百万分の二物しか与えなかった

木mori
ファンタジー
あらゆる分野に取柄のない中学三年生の川添鰯司には、たった二つだけ優れた能力があった。幼馴染の天才お嬢様二条院湖線と超努力秀才の小暮光葉は勉学・体育で常に1、2位を争っていたが、このふたりには決定的な弱点があり、それを無自覚に補完する鰯司が必要不可欠な存在であった。湖線と光葉にはとんでもない秘密があり、それは・・・。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

最弱無双は【スキルを創るスキル】だった⁈~レベルを犠牲に【スキルクリエイター】起動!!レベルが低くて使えないってどういうこと⁈~

華音 楓
ファンタジー
『ハロ~~~~~~~~!!地球の諸君!!僕は~~~~~~~~~~!!神…………デス!!』 たったこの一言から、すべてが始まった。 ある日突然、自称神の手によって世界に配られたスキルという名の才能。 そして自称神は、さらにダンジョンという名の迷宮を世界各地に出現させた。 それを期に、世界各国で作物は不作が発生し、地下資源などが枯渇。 ついにはダンジョンから齎される資源に依存せざるを得ない状況となってしまったのだった。 スキルとは祝福か、呪いか…… ダンジョン探索に命を懸ける人々の物語が今始まる!! 主人公【中村 剣斗】はそんな大災害に巻き込まれた一人であった。 ダンジョンはケントが勤めていた会社を飲み込み、その日のうちに無職となってしまう。 ケントは就職を諦め、【探索者】と呼ばれるダンジョンの資源回収を生業とする職業に就くことを決心する。 しかしケントに授けられたスキルは、【スキルクリエイター】という謎のスキル。 一応戦えはするものの、戦闘では役に立たづ、ついには訓練の際に組んだパーティーからも追い出されてしまう。 途方に暮れるケントは一人でも【探索者】としてやっていくことにした。 その後明かされる【スキルクリエイター】の秘密。 そして、世界存亡の危機。 全てがケントへと帰結するとき、物語が動き出した…… ※登場する人物・団体・名称はすべて現実世界とは全く関係がありません。この物語はフィクションでありファンタジーです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

異世界で生きていく。

モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。 素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。 魔法と調合スキルを使って成長していく。 小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。 旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。 3/8申し訳ありません。 章の編集をしました。

天職はドロップ率300%の盗賊、錬金術師を騙る。

朱本来未
ファンタジー
 魔術師の大家であるレッドグレイヴ家に生を受けたヒイロは、15歳を迎えて受けた成人の儀で盗賊の天職を授けられた。  天職が王家からの心象が悪い盗賊になってしまったヒイロは、廃嫡されてレッドグレイヴ領からの追放されることとなった。  ヒイロは以前から魔術師以外の天職に可能性を感じていたこともあり、追放処分を抵抗することなく受け入れ、レッドグレイヴ領から出奔するのだった。

処理中です...