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第三十五話 シアとエル

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「疲れてると思ってます?」

「いや、俺の剣をそれで受けられるのは、エルくらいだと思って渡したわけだが? ちゃんと捌かないと折れることもあるぞ」

「くっ!」


 上段から振り下ろした俺の斬撃を、エルは受け取った軽い剣で上手く捌いていく。


「上手いな。さすが元首席機士様だ」

「ルシェ君も生身の剣術は、霊機の操縦と違って、そこそこみたいですね」

「ああ、こっちはまだまだ修行中だからな。だから、エル先輩を打ち合いの相手に指名した。まだまだ、いくぞ」


 いとも簡単にこっちの攻撃を捌いてくれるな。師匠のローマンが、生身のエルから一本でも取れたら、かなりの腕前だと言っていた意味も理解できる。どこを攻撃しても彼女の身体に剣先が触れる気がしない。低い位置からの攻撃も、昨日の敗戦で十分気にしてて、俺が攻撃できないようにしてるみたいだし。


 打ち込む手数を増やしながらも、斬撃で息が乱れぬよう、大きく息を吸って肺に届く酸素の量を増やしていく。硬い金属同士がぶつかり合う甲高い音が何度も庭に響いた。

 
「はい、はい、そこまでー。ルシェ、朝食の時間だよ」


 草むらに隠れて俺たちのことを最初からずっと監視していたシアが姿を現した。


 昨日の夜、特にやましいことはないから、エルとの鍛錬は近くで見てていいよって言っておいたのだが、ずっと隠れてたな。まぁ、本人がしたいようにしておくのが一番だが、頭に草が付いてるのは可愛いシアを台無しにするのでいただけない。


「シア、頭に草が付いてるぞ」

「え、嘘? ああ!? これは別に隠れて覗いてたわけじゃないよ!」


 頭に付いた草を取ってやると、シアが顔を真っ赤にして言い訳を始めた。


 本日も俺の相棒は超絶可愛い。背中にシアからの熱烈な視線を受けてする鍛錬はかなり充実した時間だった。


「見てたのか?」

「ちょっとだけ」


 最初から見てたのは知ってるけど、シアがそう言うなら、そういうことにしておくのが無難。


「ちょっと見ただけのシアから見て、どうだった俺とエルの打ち合いは」

「エルさんはかなり強いね。彼女と鍛錬すれば、ルシェの剣の腕ももっと上がると思う。うん、きっと強くなるよ」


 シア本人はヤンデレだが、俺のことを最優先で考えてくれる子だ。そのシアが、エルとの鍛錬には俺の能力成長効果があると太鼓判を押してくれた。


 俺の成長に関与することに対しては、シアのヤンデレ値上昇は緩やかになる。とはいえ、エルとの2人きりの時間を増やせば、シアのヤンデレ値は上がり続けるので、明日からはちゃんと鍛錬にも呼んで、一緒に見てもらうのが無難だろうな。


「だったら、その強くなっていく俺の姿をシアにも見てて欲しいんだがな。明日からはエルとの鍛錬を最初から見ててくれないか?」

「い、いいの? わたし、邪魔じゃないの?」

「なんで、邪魔?」

「見られてると集中できないとかあるかなって思うし。ほら、ルシェって人の視線に敏感なところがあるじゃない」

「シアなら問題ないさ。問題から明日からは最初から見ててくれよ」


 俺の言葉にシアの顔が、パッと明るくなる。


 やっぱりシアはニコリと微笑んでる顔が一番可愛いな。


「うん、うん。じゃあ、明日からは最初からいることにするね」

「ああ、そうしてくれるとありがたい」


 シアとの会話の終わり際、黙って様子を見ていたエルが鍛錬に使った剣を差し出してきた。
 

「お話を遮って悪いけど……。そろそろ、戻らないと遅刻するので、これ、お返しします」

「そうだった。すまない。エル先輩、明日からも鍛錬の付き合いを頼む」

「承知しております。では、失礼いたします。シア様にお目にかかれて光栄です。では、ごきげんよう」


 シアから投げかけられた視線が気になったのか、エルは鍛錬に使った剣を俺に渡すと、そのまま逃げるように屋敷の外へ駆け去っていった。


 主人公リンデルの相棒シアに対して、ゲームと変わらずエルは遠慮してるようだ。自分がメインヒロインのルートですら、精霊王のシアに対して彼女を盛り立てる行動を示してたからなぁ。


 ヤンデレ属性で同性に攻撃的なシアも、エルの従順さには信頼を示すことが多い。とあるルートだと、シアは忠犬エルとか呼んでた気がする。そんな相性の良さから、虹の宝玉作成に必要なサポートキャラの中で、シアのヤンデレ値上昇が一番低いキャラがエルになっている。


 なので、ハーレムENDを目指す俺としては、エルに筆頭機士の座に就いてもらい、シアと他のサポートキャラとの間も取り持つ調整役をして欲しいのだ。


「ふーん、わりと感じは悪くないかもね。真面目だし、立場はわきまえてそうね」

「エル先輩のこと気に入ったのか?」

「ん? まだ、分かんない」

「エル先輩の卒業まで、朝の鍛錬は続くからじっくりと見定めれると思うぞ」

「そうだね。ルシェに必要な人かどうか見定めさせてもらう」

「ああ、そうしてくれ。さて、今日の衣装は持ってきた?」

「あ!? 忘れてた! ちょっと、取ってくるから、先に身体を拭いてて!」


 シアは抱きかかえていた綺麗な布を俺に投げ渡すと、今日の衣装を選びに急いで屋敷の中へ戻っていった。一人残った俺は、井戸から汲んだ水で身体を清めながらシアの戻りを待つことにした。
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