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第二十話 わずかな差異

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「ルシェ、どっちの服が好み?」


 庭で鍛錬をしていたら、シアが両手に服を持って、話しかけてきた。シアの服選びは、ここ最近の毎朝の日課に追加されたことだ。適当に答えると、ヤンデレ値が上がるので、今日の選んだ服がどれだけシアに似合うかを慎重に考えて発言する。


 服装選びは面倒くさいかと思われがちだが、美少女なシアの服装を考える朝のこの時間は、俺にとって癒しの部類に入る。


「今日は清楚な雰囲気のシアを見たいと思う気分だ。白い方の服が、俺をそういった気分にさせてくれるんだけど。シアは着てくれるのかい?」

「白かー。うんうん、こっちは布面積も多いし、けっこう清楚感は出るよね。わたしにもルカにも似合いそう。さすが、ルシェは分かってくれてるね」

「今日もルカとお揃いにするのかい?」

「うん、最近は体調も整ってきてるし、日中はお部屋ですごせるようになったんだもん。綺麗な服を着させてあげたいでしょ。機族のご令嬢様なんだし」


 ヤンデレ精霊のシアは、俺が女性機士と話しているとか、メイドに給仕されてると不機嫌そうな顔になる。だが、実妹のルカには姉、いや母親って思うくらい世話を焼いてくれていた。着替えもその世話焼きの一つで、最近は自分と同じ服装にして、いわゆる双子コーデを楽しんでいるそうだ。


 妹のルカも、母親のように世話を焼いてくれるシアのことを大変気に入っており、デレデレに甘えっぱなしであった。たまには兄にも甘えて欲しいところだが、『兄様には甘えん坊だって思われたくない』と一蹴されてしまったので、二人の様子を眺めてニコニコしながら食事するのが俺の日課になりつつある。


「シアのおかげで、ルカも明るくなってきた。妹は病気のせいで友達とかいないし、これからも頼む」

「わたしもルカと出会えて楽しいよ。ルシェとはまた違った楽しさのある子だしね」

「俺とは違った楽しさ?」

「うんうん、あの子はわたしを精霊だって知ってても、人として普通に接して甘えてくれる貴重な子。ルシェは簡単に甘えてくれないし」

「ん? 俺は十分、シアに甘えていると思うが?」

「まだまだ足りないかなぁ。ルカはもっと素直に甘えてくれるよ」


 なるほどシアがルカに対して甘い理由の一端が垣間見えた気がする。シアは世話を焼いてくれるけど、俺は自分のできることは自分でやっちゃうからな。その分、ルカが甘やかされているということらしい。


「それに今のところ、わたしを人として見てくれるのはルシェとルカだけだしね」

「みんながシアの魅力に気付くと、俺とルカが困るが――。それはそれとして、シアの魅力は知ってほしいという気持ちもある」

「今まだルシェとルカがいればいいかな。人と交流するのは疲れるしね」


 たしかに実体化した精霊で人型なのはシアだけだしなぁ。他の実体化した精霊も人語は喋るが、動物を模した形であるわけだし。ドワイド家の中でも執務室爆破事件で、家臣たちからも一目置かれる存在ではあるけど、それは精霊としてという意味だしな。


 この世界、精霊は敬われる存在ではあるけど、同時に恐れられてる存在でもあるわけだし。特に実体化してるような精霊王ともなれば生き仏みたいな扱いになる。シアが友達って言えるのはルカくらいってことだろう。


「できるだけ、シアが楽しくすごせるように俺がするよ」

「ルシェたちといるだけで楽しいから大丈夫だよ。さー、さー、ルカにもこの服を着せてあげないと。先に行ってるねー」

「ああ、俺も身綺麗にしたらルカの部屋に行くよ」

「はいはい、しょうちー」


 選んだ白い清楚な服を抱えると、シアはルカの部屋がある別宅の方へ消えていった。残った俺は、鍛錬用の木剣を片付けるため、自室に戻ろうとしたところを義父上に呼び止められた。


「朝から鍛錬に精が出るな」

「機士として必要なのは、身体の丈夫さだと身に染みております。義父上のように頑健な身体になるようもっと鍛えねばと励んでいる次第」

「家臣たちも、お前のその真面目さを褒めておるところだ」

「ドワイド家の者として当然のことをしているだけです」


 俺の返答に対して、ブロンギは満足気な表情を浮かべている。最近は、持ち前の短気さを見せることなく、表情が穏やかになった。


 忙しい時間の隙間を見つけて、俺やルカと晩の食事をともにしているのが、義父上にいい影響を与えてるのかもしれないと思われる。ただ、ルカのお世話を巡ってシアと競うのはいい大人として、どうなのよって感じだが。まぁ、いい人であることには違いないないんだけどな。


「そうか。今後も励んでくれ。それと、お前が口添えしていたあの件だが――」

「あの件と申しますと――。内陸部の従機士との領地交換の件とドワイド家直轄で税収増、物資生産増を目指し、少しでも住民負担を減らす件でしょうか?」

「ああ、そうだ。該当する領地の従機士たちも大いに賛同して、実行することに相成った」


 講師をしてくれた彼は、義父上の説得を取り付けたらしい。口添えはさせてもらったけど、提案が採択されるかは全く分からなかったからな。でも、とりあえずこの案が実行されれば、ドワイド家の領民が住民蜂起するフラグは軽減できるはずだ。


「お前が口添えの際に告げた『守るべき領民のため』という言葉が、従機士たちの気持ちを軟化させたのだ。よくあの場で言ってくれたな」

「機士を目指す者として、当たり前のことを告げただけです」

「お前は、わしにはすぎた後継者かもしれんな」


 穏やかな表情のブロンギが、俺の肩を軽く叩いた。


 後継者として、期待されていることをひしひしと感じる。俺としてもドワイド家の後継者としての地位を確立しつつ、妹ルカの病気を治癒できる可能性がある虹の宝玉を手に入れられるようにしたいと思っているが――。


 一つずっと気になっていることがある。周りに家臣たちもいないし、そのことを確認してみることにしみた。


「ところで、以前に頼んでおいた『リンデル』という者がいないかを義父上の伝手で探してもらう件はどうなっておりますか?」

「おお、そうだった。今日訪ねたのは、その件であった」

「見つかりましたか!?」

「いや、残念だが今年『対話の儀』を受けた者の中に、『リンデル』という名はなかったそうだ。その前段階である各領地での選抜過程でも、同名の者はおらんと報告が来ておる。精霊大神殿経由で確認された名簿を見せてもらった。なので、対象者が漏れることはない。やはりただの夢だったのではないか?」

「リンデルはいませんでしたか……。義父上にはお手数をおかけしました。夢で見た彼を、我がドワイド家の家臣として迎え入れられたらと思いましたが残念です」


 義父上の伝手を使って、精霊大神殿の名簿まで調べてもらっても見つからないとは……。主人公のリンデルは、この世界に存在してない……か。少しだけそんな気もしてたが、事実として受け入れるしかないんだろう。


 となると、どうするべきか……。今のところは、ルシェである俺が主人公リンデルのルートを代行している感じだが。リンデルが存在していない以上、精霊王位・無属性のシアと契約した俺が主人公のハーレムENDルートを代行するしか、虹の宝玉を手に入れられる可能性はない……ということか。


 ルカの病状は安定してるが、根本的な治癒がされたわけじゃない。妹を助けるには、俺が主人公リンデルの代わりを務めるしかないってことだ。機士学校への入学時期も迫っているため、迷っている暇はない。


 俺は妹の命を救うため、主人公リンデルが歩む予定だったハーレムENDをルシェとして目指すことに決めた。


「まぁ、我が家にはお前がおる。リンデルという者にこだわる必要もあるまい」

「はっ! 義父上を助けられるよう精進いたします」

「ああ、頼んだぞ」


 義父上は、もう一度俺の肩を軽く叩くと、そのまま執務室の方へ去っていった。


 機士学校への入学時期も近づいてきている。いろいろと準備も進めておかないといけないな。ルカの件はどうするべきか……。静養環境とすれば別宅のあの部屋が最適だが、それは俺たちがこの領地にいるのならばということになる。


 俺とシアが王都の機士学校に入れば、こちらにはなかなか戻って来れない。そうなると、義父上にルカを頼むことになるのだが、政務が忙しいだろうなぁ。いっそのこと、王都に屋敷を用意してもらって、そちらで静養してもらうというのもありか。王都の機士学校は、寮暮らしか通学どちらかを選べたはずだ。


 主人公のリンデルもたしか通学派だったはず。機士学校の寮に入りたかったけれど、寮費が払えず、王都で世話になっている下宿から通ってたはずだ。ルカの病状を見守るためと、主人公のイベントルートをたどるために、通学する環境を整えた方がよさそうだな。


 義父上にはわがままを言う形になるが、埋め合わせにもう一つか二つくらいナイトウォーカーの首を挙げてきた方がいいだろうな。従機士たちの警戒部隊に同行する訓練の申請を出しておこう。


 俺は自室に戻ると、考え付いたことをメモにまとめ、急いで身体を身綺麗にすると妹とシアの待つ部屋に駆け出した。
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