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第十七話 初陣
しおりを挟む「ルシェ様、精霊石の変更手順は、理解してもらえましたか?」
「ああ、問題ない。これより、精霊石の変更作業を行う。機体の周囲にいる者は退避してくれ」
シアによる義父上の執務室爆破事件から一週間。俺は格納庫にある自分専用に与えられた練習機であるザガルバンドの機士席にいた。今はザガルバンドに搭載されている汎用精霊石から、俺と契約をしたシアの精霊石に変更する作業をしているところだ。
精霊石排出開始。排出確認、排出よし!
空気の漏れるような音がすると、機士席に備え付けられている小さなモニターには、排出がされたことが表示されていた。
汎用精霊石以外の精霊石の変更作業は精霊と契約した者しか行えないため、この作業は誰かに任せることはできない。まぁ、ゲーム内でも機体変更をするたびに、VRコクピット内で散々この作業をやらされたので慣れた作業だ。
機士席の背後に回り、全周囲モニターとの結合部から飛び出した箱の中を見ると、汎用精霊石である灰色の石が納められていた。慎重に灰色の石を取り出し、代わりにシアとの契約で生成された無色透明の石を箱の中に収め機士席に戻る。
精霊石挿入確認! 確認よし、挿入!
挿入ボタンを押すと、再び空気の漏れる音がした。小型モニターにパラメータ数値が表示され、正常の精霊石の変更が完了したことが表示された。
「交換完了。これより起動試験開始。精霊融合反応炉に火を入れるぞ。ちゃんと身を守れ」
格納庫内に設置された退避所にいる整備担当者たちに向け、外部拡声器で注意を呼び掛けた。
シアの精霊力が強すぎて、調整に失敗するとザガルバンドの精霊融合反応炉が過負荷して破壊される可能性もある。機士席内の俺はその影響を受けずに済むが、周りにいる者たちには被害が及ぶ可能性があった。
注意勧告をしつつ、起動の手順をドンドンと進めていく。予備動力炉にエネルギーが溜まり始めた。
「シア、調子は?」
「んー、ここは狭いし、もろそうだね。本気を出したら吹き飛んじゃうかも」
「とりあえず一割くらいの力で抑えてくれると助かる」
「うん、うん。分かったよ。それくらいにしとくね」
ザガルバンドの機士席は狭いため、今のシアは実体化せず、先ほど収めた精霊石の中でいろいろな処理をしてくれており、会話は通信モニター越しだ。
「操作の設定はこのまま? ずいぶんとルシェが動かしにくいと思うけど」
「ああ、そのままでいいよ。操縦に癖はあるけど、シアに代わったおかげで、さらに動きがよくなるだろうし」
「りょーかい。けど、危ない時は補助するからね」
「そこは任せる」
精霊王という最高位の精霊であるシアは、成長させる前段階でも十分に処理能力も高く設定されてる。そのため、本当に危ない時は爆速で操作補助機能を起動させ、機体を安定化させてくれるのだ。ゲーム初心者の時は、シアにかなり助けてもらったから、安心して任せられる感じしかない。
「うん、これでだいたい把握したかな。ルシェの操作設定になるべく追従できるよう細かい調整はできたと思う」
「整備担当者からは、あんまり激しく使わないでくれって言われてるが」
「今の操作設定だと、たしかに関節部の負担はきついよ。わたしの方で若干緩和できるようにしといたけど。機体がねー」
「今はこれしか許されてないし、しょうがないさ。でも、情報だけは集めておいてくれると後々の機体開発で助かるよ」
「分かった。情報は逐次集めとくから安心して」
「頼む。では、起動する! 点火!」
点火ボタンを押すと、以前よりも大きめになった初爆の音が響き、精霊融合反応炉に火が入る。各パラメーターの数値はグングンと上がり続けた。
出力容量は汎用精霊石の三割増し、いや五割増しか。シアは一割くらいの力しか出してないのにな。さすが精霊王は伊達じゃないってことだ。
増した出力分も機動性に振ってるし、ますます暴れ馬みたいなザガルバンドになってるんだろうな。試運転の後、整備担当者がまた泣きそうな気もする。
「シア、機体はどうだ?」
「安定済み。各部問題なしだね。試運転、どうぞ」
「ルシェ・ドワイド! ザガルバンド出る!」
俺は近くにあった剣を取り、機体を低く屈み込ませると、地面を蹴って勢いよく格納庫から飛び出した。
動きは格段に良くなったな。また少し癖が強くなった気もするけど、ハーレムENDを目指して組み上げたあの機体に比べたら全然余裕だ。それにしても従霊機なのにこのザガルバンドは、霊機と比べても遜色ない動きをしてくれている。飛ぶように走るとはこのことだな。
周囲が見えるモニターには、従霊機で再現不可能に近い速度域で流れていく景色が映し出されていた。
加速Gが一段と強くかかる。身体を作る鍛錬を続けてなきゃ、この機体は扱えなかったな。
「脚部関節の加熱確認。強制排熱中。ちょっと飛ばし過ぎかも」
「了解、速度緩める」
アームスティックと、フットペダルを操作して速度を落とした。すでに格納庫のある屋敷や街からは遠く離れ、周囲にはうっそうと茂った木々が拡がっていた。
有力機士である義父上の領地は、王都から離れた王国の外縁部に近い。この辺りだと、機士の警戒網をくぐり抜けた魔物や妖霊機が出てもおかしくない領域だが――。
ショートカットコマンドのボタンを操作して、妖霊機や魔物の探知レンジを拡大した。
探知できる範囲内に敵の影はなしって感じか。さすがに警戒活動している機士たちもいるし、そう簡単には侵入できるわけがないよな
「この機体じゃ、あんまり遠くまで感じ取れないね。最大で5単位内ってところだよ」
「まぁ、しょうがないさ。それくらいの距離でも探知できるだけでありがたい」
「機体の探知内なら、わたしの力で隠蔽してるやつも見逃さないしね。見つからずにルシェに近づくのは無理」
たしかに探知内に入ったら、苦手属性のない無属性のシアの目を誤魔化せるのは、かなり高位の妖霊機くらいだろうな。成長させきったらラスボスすら探知できるわけだし。
他属性に成長させた場合に起きる、苦手属性を持つ妖霊機の隠蔽奇襲って、わりと見つけるのに苦労してうっとおしいからなぁ。それが起きないのがありがたい。
機体はさらに速度を落とし、うっそうとした森の中をゆっくりと進み続ける。
「脚部強制排熱完了。速度出せるよ。そろそろ、帰る?」
「もう少し確認したいけど――試運転の許可をもらったとはいえ、あまり遠くまで行くと義父上に怒られるか――」
「敵、探知! 北西5単位! 魔物3、妖霊機1!」
シアの緊迫した声に反応し、周囲を映していたモニター上に、敵の存在を示すマーカーが即座に追加で表示された。さらに情報が更新されていく。
ナイトウォーカー型の妖霊機が、ヘルドックを連れているのか。警戒網をかいくぐってきた潜入偵察部隊って感じだな。
ナイトウォーカー型の妖霊機は、寄生種とも呼ばれ、大破した従霊機や霊機に寄生する敵だ。偽装と隠蔽を駆使しながら夜の闇に紛れて領内に潜り込んできたんだろう。今見逃すと農村が襲われたりするし、ここで潰しておくのが最善の判断。
偽装や隠蔽が得意だけど、戦闘力は最弱だから、この機体でも十分に太刀打ちできるはず。
「敵の排除に入る。いくぞ、シア」
「りょーかい。情報更新、探知範囲内に他の敵影なし。ルシェの腕なら、相手は雑魚だけど油断はしないで」
「分かってるさ」
アームスティックとフットペダルを操作し、機体の速度をあげ、発見した敵に向かった。
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