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第十一話 対話の儀

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 皆の注目が集まる中、係官に先導され精霊大神殿の中央に鎮座する巨大な精霊石の前に立つ。主人公リンデルの未登場に対し、未だに心の整理がつかないままではあるが、今は早急に『対話の儀』を終わらせる必要があった。


「ルシェ・ドワイド。これより、『対話の儀』を始める。その精霊石に手を当て、自らに語りかけてくる精霊に名を与えよ」


 何千回もやった『対話の儀』であるため、係官の説明を聞き流し、すぐさま精霊石に手を触れる。触れた途端、映像が切り替わるように周囲の景色が真っ白になった。


 精霊界は何度見ても味気ない場所だよな。開発会社が世界作りをさぼったとか言われてたし。


 真っ白な世界の中に水滴が落ちたような波紋が広がる。そして、遠くから『声』らしき音が聞こえてきた。


「……誰? もしかして聞こえてる? わたしの声、届いてる?」


 つい最近まで聞いてたけど、なんだかこの声に懐かしさを感じてしまうな……。何万時間も一緒にすごした相棒だし、最難関のハーレムENDを目指す苦行も、この声に癒されたことも多かった。


「ああ、聞こえてるさ。久しぶりって言うべきか。初めましてって言うべきかは悩むところだが」

「久しぶり? んん? 言ってることが分かんない? 初めましてだよね?」

「ああ、初めましてだな。この世界では」

「この世界では? ああ、君、魂が二つあるね。どっちが本物?」

「どっちも本物。俺は俺でしかないさ。名前はルシェ・ドワイドだ。よろしく頼む」


 精霊の『声』がするたび真っ白な世界に水滴のような波紋が広がる。『声』の主は主人公リンデルの相棒となる精霊と同じ『精霊王位・無属性』の子だ。ただ、契約前の精霊は個体認識をしていないので姿形は現れず『声』しか聞けない。


「ふーん、変わった子だね。わたし、わりと強い精霊だから、君がもっと怯えるかと思ったんだけど」

「そうか? たしかに身体がビリビリとしてる気はするが、俺としては懐かしさしかないな」

「さっきもそんなこと言ってたけど、どっかで会った?」

「あー、たぶん違う世界では会った。けど、君はそれを知らないって答えておく」

「ふーん。面白い人だね。いいよ。わたしの声が聞けたし、興味も湧いたから契約してあげる。わたしに名を与えてくれる?」

「任せてくれ! とっておきのいい名前があるんだ。それを君に贈ろうと思う」

「どんな名前?」

「……『シア』だ。君の名は『シア』。ルシェ・ドワイドの相棒『シア』として、契約の成立を願い出る!」

「シア……。わたしはシア」


 真っ白な世界の中に波紋が広がり続け、波紋が幾重にも重なると、人の形を成していく。薄いピンクの長い髪をツインテールにして垂らし、少し潤んだ琥珀色の瞳と造形の整った顔は魅惑的であり、胸こそぺったんこだが、肌理の細かい白い肌を隠すゴスロリ風の衣装は小悪魔的な可愛さを見せていた。


 これこそ、俺が長くつらい戦いを耐え抜けた理想の相棒である『精霊王位・無属性のシア』の姿だ。


『神霊機大戦』では唯一『無属性』だけが、精霊の属性値を成長させられるシステムを積んでいる。そのため、成長のさせ方次第では『火・水・風・土・光・闇』の属性に変化することもできた。属性が変化すると精霊の性格も変化するシステムなので、ボーイッシュな性格で火力が出せる『火属性』とか、淑やかな性格で回復能力の高い『水属性』が圧倒的なプレイヤー人気を得ていたが――。


 俺は『無属性』一択だと思っている。他のプレイヤーからは、ヤンデレすぎて、めんどくせー精霊って言われてる。けど、妹を失って心ががさついていた俺としては、そのヤンデレ加減がとっても心地よかったんだがな。ヤンデレ素人たちには『無属性シア』の嫉妬心から来る拘束癖がきつかったらしい。


 そんな性格に難アリとされる不人気『無属性』は、性格とは別の不人気問題も抱えていた。性格の不人気さだけでなく、その成長の遅さと、初期に特化した得意フィールドを持てないことで、あらゆる場面で不得意フィールドのデバフがかかるため『地雷属性』って言われているのだ。だから、ほとんどのプレイヤーが選ばなかった。


 けれど、『無属性』を成長させまくれば、どの属性よりも強くなり、どんな場所でも他の属性以上の得意フィールドバフが得られる神属性に変化するのだ。そこまで成長させるのには、大量の魔物討伐や妖霊機ファントム討伐が必要となるが、成長させられるあてはあるので問題はない。


「契約は受諾されたみたい。よろしくね。ルシェ」

「よろしく頼む。シア」


 シアの声に応えると、視界が真っ白に染まり、画面が切り替わるように精霊大神殿の精霊石の前に立っていた。


「うぉおおおおおおおっ! 無属性の精霊王位の精霊石が生成されたぞ!」

「無属性の精霊王位なんて何百年ぶりだ!」

「とにかく久しぶりすぎて、ヤバいだろ!」

「精霊がもう実体化してるぞ! 人型だ! 人型! 動物じゃないぞ! どうなってやがる! あいつ、精霊に好かれすぎだろ!」

「あの精霊、可愛くね?」

「お前もそう思うか? 精霊って人型にもなるって知ってたら、オレももっと頑張って修行したのによー」

「馬鹿! 精霊との対話は素質依存だから修行でどうこうなるもんじゃねえわ!」

「クソがよっ! オレだって美人精霊を侍らせてよぉ!」


 儀式を終えた俺の手には、何色にも染まっていない透き通った精霊石が握られていた。隣には実体化したシアが立っている。そんなシアを見た儀式の参加者たちが口々に騒いでいるのが見えた。


 実体化は精霊王位という最高位の精霊だからこそできる芸当だ。低位では『契約者との意思疎通のみ』、中位では『契約者以外との意思疎通も可能』、高位で『精霊としての形を霊機内で現せ』、精霊王位でようやく『物質界での実体化』ができる。ただ、実体化した多くの精霊は動物を模したものになるため、人型として現れたシアにみんなが驚いているのだろう。


「ここが物質界かー。とっても騒がしいね」

「そのうち慣れるさ。とりあえず、小さくなってくれると助かる。シアが美人すぎてみんなが騒いでるからな」

「そうなの? それってルシェが困ること」

「ああ、困る。綺麗なシアが誰かの眼に触れるかと思うと、平静さ保てる自信がない」

「分かった。とりあえず、小さくなればいいんだね」

「そうしてくれると助かる」


 シアが俺にウィンクをすると、小さな妖精サイズに変化し、俺の肩に乗った。儀式の終わりを見届けた係官たちが騒ぐ参加者たちの声を鎮めていく。静寂が訪れた空間の中、係官が手にした書状を読み上げた。


「ルシェ・ドワイド。精霊大神殿は汝を精霊王位・無属性の精霊シアと契約せし者と認む!」

「精霊シアとともに、この世界ため力を尽くします」


 差し出された書状を受け取ると、係官とその奥にいる機士王に向かい膝を突いて頭を下げた。


「今年はどうなるかと思ったが、最後に良い余興が見れた。ルシェ・ドワイド、その名をわしも覚えておこう。これにて、今年度の『対話の儀』を終える。皆、ご苦労であった」


 玉座の機士王が立ち上がって儀式の終わりを告げると、そのまま関係者たちと儀式の間を出ていった。


 ふぅー、なんとか乗り切った。機士王に名前を憶えられるイベントはリンデルのやつなんだがな……。この『対話の儀』でリンデルと出会えなかったとなると、俺が知ってる『神霊機大戦』とは違う流れになっちまうんだろうか。今のところ俺がリンデルの代わりを務めた以外、変わってるところはないが。


「ルシェ? どうしたの? キョロキョロして?」

「あ、いや。ここに来てるはずの知り合いがいなくてな。困ってるところだ」

「知り合い? それって女じゃないよね? わたしがいるのに他の女と待ち合わせとかしてないよね?」

「女? 違う、違う。男だ。男」

「ふーん、男ね。男なら許す」


 さっそく、ヤンデレ精霊シアからチェックが入った。あんまりにも適当に扱い心配させすぎると、ヤンデレ値が上がり続け、発狂すると機体ごと自爆しかねない。けれど、ちゃんとケアをしていれば、可愛くて有能な精霊のままでいてくれるので特に問題は起きないで済む。


 シアのチェックを華麗に回避した時には、すでに儀式に参加していた者たちの大半が儀式の間から退出していた。


 どうやらリンデルは、この場にはいないようだ。いちおう、義父上の伝手も使わせてもらい、リンデルがこの世界に存在してるのか確認するとするか。存在してないようならどうするべきか改めて考えなおさないといけないしな。


「坊ちゃま! 儀式も終ったようですし、急いでご自宅に帰られますか?」

「ああ、そうするとしよう。シア、帰るぞ」

「はぁーい」


 シアが肩に乗ったのを見届けると、ローマンとともに帰宅することにした。
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