上 下
35 / 48

第21話 とんかつから目を離すな!

しおりを挟む

 エプロンを着けた葵が、スーパータカミで買った高級豚ヒレ肉をとんかつにするため、卵とパン粉が付いた肉を揚げ油の中に投入する。


 とんかつが投入された鍋の中で、油のはねる音が大きくなった。


 鍋の中で淡いゴールデンブラウン色に変化していく、とんかつから目が離せないでいる。


「サブローししょー。また、Tチューブのトレンドに上がってますよー」


「知らん。俺のせいではないだろう。俺はひよっこが教えて欲しいというからプラーナの使い方を教えてやっただけだ。あと、とんかつから目を離すな!」


 とんかつの揚げ時を全権を委任した葵が菜箸を置き、スマホを弄っていた。


 高級肉を使用したしたとんかつを揚げている最中に余所見とはっ! 葵には料理人としての矜持はないのか!


 余所見をしている葵にとんかつを任せられないと判断した俺は、置かれた菜箸に手を伸ばす。


 その手は、葵によって叩かれた。


「とんかつは見てるから安心していいっすよ。それにしても、精霊の力を借りた魔法配信と、プラーナ式戦闘術の配信の再生数がエグいっす……」


 見ているだと! 視線はすまほに集中しているのに見れるわけがないだろう! 適当なことを言って、揚げ時を逃し、とんかつを黒焦げにして失敗させたらどうするんだっ!


 今一度、葵がキッチンの上に置いた菜箸に手を伸ばす。


 すまほに視線が行っている葵によって、再び俺の手は叩かれた。


 すでに衣は揚げ時に近い色で、泡も出る量が減っている。


「物好きが多いな。精霊なんぞ、そこらへんに腐るほど転がってる存在だろう。あと、とんかつちゃんと見ろ!」


「見てるっすよ。ちゃんと」


「見てないだろっ! すまほを置け! 菜箸を取れ!」


「あーはいはい、これだから素人は――。ちゃんと揚げ時は音で教えてくれるっすから安心してていいっすよ」


 すまほから俺の方に視線を向けた葵の表情は、『めんどうくさい素人意見には聞く耳を持たない』と言っているように見えた。


 葵の肩に乗っているサラマンダーが、こちらととんかつを交互に見てニヤニヤと笑っている。


 やつめ! 唐揚げだけでなく、とんかつまで狙ってやがる!


「葵! そのサラマンダーには、とんかつをやるなよ! 物質を食わせると本当に面倒なことになるからな!」


「はいはい、りょーかいっす。サラちゃんはダメっすよー」


 サラマンダーがイヤイヤと首を振って、葵の手に尻尾を絡ませぶら下がる。


「でも、サブローししょーがかけてくれた魔法で、精霊さんたちの姿は見えるようになったけど、サラちゃんみたいな人懐っこい子は少ないっすね。みんな、チラ見だけなんでちょっと寂しいっす」


「精霊も興味を持たないやつには冷たいからなー。気に入ったやつには擦り寄ってくるけど」


 だが、そいつは人懐っこいじゃなくて、厚かましいだな。


 相当、葵のことが気に入ってるらしいが、物質の飯は食わせたらいかん。


 実体を持てば、精霊の力はさらに強くなるし、実体で魔物を倒し、それを取り込んだらそれこそ手の付けられない魔霊ができあがる。


 もといた世界でも、気に入られた精霊に物を食わせた馬鹿野郎がたくさんいた。


 そいつらの末路が、魔霊化した精霊によって精神を崩壊させられ、廃人だ。


 だから精霊と仲良くしすぎるのは危険なのだ。


 適度な距離感と、敬意、たまに威圧が必要になる。


 本当に危険なんだが、葵は俺の言うことを真面目に聞かないからなぁ……。


 今のところは、まだ実体化の前兆は出てないから放置しててもいいが。


 そんな話をしているうちに、とんかつから出る泡の量がかなり少なくなってきた。


 葵がやっとすまほを置き、菜箸を手に取ると、鍋の中にあったとんかつを油切り網に取り上げた。


 ふぅ、無事とんかつは揚がったようだ……。


 油が切れるのが待ち遠しい。


 葵は、菜箸から包丁に変え、キャベツを切り始める。


「そうそう、それで気になってたワードがあるんすけど。サブローししょーの背中とか、黒いヤンデレとかなんの話っすか?」


「俺の背中? 何の話だ?」


「トレンドワードに――」


 俺の方を向いた葵の顔色が、突然蒼白に染まる。


 そして、ガクガクと震え始め、包丁を取り落とすと、俺から目を逸らした。


「あ、ああ……。いえ、何にもいないっす! あたしは何も見てないっす! 殺さないでください! サラちゃん助けてっ!」


 葵が腕にぶら下がっていたサラマンダーを抱え、目を合わせようとせずこちらに向かって押し付けてくる。


「変なやつだな。それよりか、とんかつだ! とんかつ! 肉を食わせろ!」


「うぅ、サブローししょーの背中怖い……」


 しばらく葵がぶるぶる震えていたことで、とんかつが多少冷めてしまったが、それでも高級肉で作ったとんかつは最高にうまかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界営生物語

田島久護
ファンタジー
相良仁は高卒でおもちゃ会社に就職し営業部一筋一五年。 ある日出勤すべく向かっていた途中で事故に遭う。 目覚めた先の森から始まる異世界生活。 戸惑いながらも仁は異世界で生き延びる為に営生していきます。 出会う人々と絆を紡いでいく幸せへの物語。

ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ

高遠まもる
ファンタジー
カクヨム、なろうにも掲載中。 タイトルまんまの状況から始まる現代ファンタジーです。 ダンジョンが有る状況に慣れてしまった現代社会にある日、異変が……。 本編完結済み。 外伝、後日譚はカクヨムに載せていく予定です。

異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。

Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。 現世で惨めなサラリーマンをしていた…… そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。 その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。 それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。 目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて…… 現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に…… 特殊な能力が当然のように存在するその世界で…… 自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。 俺は俺の出来ること…… 彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。 だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。 ※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※ ※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※

目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう

果 一
ファンタジー
目立つことが大嫌いな男子高校生、篠村暁斗の通う学校には、アイドルがいる。 名前は芹なずな。学校一美人で現役アイドル、さらに有名ダンジョン配信者という勝ち組人生を送っている女の子だ。 日夜、ぼんやりと空を眺めるだけの暁斗とは縁のない存在。 ところが、ある日暁斗がダンジョンの下層でひっそりとモンスター狩りをしていると、SSクラスモンスターのワイバーンに襲われている小規模パーティに遭遇する。 この期に及んで「目立ちたくないから」と見捨てるわけにもいかず、暁斗は隠していた実力を解放して、ワイバーンを一撃粉砕してしまう。 しかし、近くに倒れていたアイドル配信者の芹なずなに目撃されていて―― しかも、その一部始終は生放送されていて――!? 《ワイバーン一撃で倒すとか異次元過ぎw》 《さっき見たらツイットーのトレンドに上がってた。これ、明日のネットニュースにも載るっしょ絶対》 SNSでバズりにバズり、さらには芹なずなにも正体がバレて!? 暁斗の陰キャ自由ライフは、瞬く間に崩壊する! ※本作は小説家になろう・カクヨムでも公開しています。両サイトでのタイトルは『目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう~バズりまくって陰キャ生活が無事終了したんだが~』となります。 ※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ユウ
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

召喚されたリビングメイルは女騎士のものでした

think
ファンタジー
ざっくり紹介 バトル! いちゃいちゃラブコメ! ちょっとむふふ! 真面目に紹介 召喚獣を繰り出し闘わせる闘技場が盛んな国。 そして召喚師を育てる学園に入学したカイ・グラン。 ある日念願の召喚の儀式をクラスですることになった。 皆が、高ランクの召喚獣を選択していくなか、カイの召喚から出て来たのは リビングメイルだった。 薄汚れた女性用の鎧で、ランクもDという微妙なものだったので契約をせずに、聖霊界に戻そうとしたが マモリタイ、コンドコソ、オネガイ という言葉が聞こえた。 カイは迷ったが契約をする。

処理中です...