上 下
16 / 48

第8話 師匠と弟子とは?

しおりを挟む

 葵がめんどくさい交渉をまとめてきてくれて1週間が経った。


 ダンジョンスターズ社から謝罪の品だとしてもらってきたチョコバーをしまってある棚から取り出そうとすると声が掛かった。


「サブローさん、チョコバー食いすぎっスよ。1日1本って言ったじゃないっすか」


「問題ない。これが今日の1本目だ」


「はーい、嘘っス。ちゃんと数えてるんで、それ3本目っす」


 葵が、俺の手から最強の携帯食料であるチョコバーを取り上げた。


 俺がもらったものだから、俺がどうしようと、俺の自由のはずだが――


 抗議をしようとすると、代わりに朝食の乗ったお盆を差し出された。


「朝ごはんっす。あたしのご飯食べられなくなるから、チョコバーは没収!」


「そういうことなら、我慢しよう」


 自分と葵の分の朝食の乗ったお盆を受け取ると、テーブルに運ぶ。


 カリカリに焼いたベーコンと、溶けたチーズがタップリと、野菜のたっぷり入ったコンソメスープが鼻を刺激する匂いを発していた。


 調理を終えた葵がテーブルに着くと、朝食を取り始める。


「サブローさん、食べながらでいいっすから、あたしの話を聞いてください」


「ん? なんだ、唐突に? ああ、分かった。スーパータカミで臨時バイトして欲しいって話か。別に暇してるからやってもいいぞ」


「違うっす! あたし、探索者になったっす!」


 葵がテーブルの上に探索者免許を置いた。


 わりと『しゃしん』の映りはいい感じだな。


 葵の口の悪さを知らないやつが見たら、絶対に騙されて惚れるやつが出るだろう。


「そうか、それはよかったな」


 最近、『がっこう』やバイト以外で外に出てることが多かったのは、探索者免許を取りに行ってたのか。


 それにしても、葵が戦士の道を目指すだって? 無理だろ……。


 飯を作るのは上手いが、戦いの技術は素人以下。


 よく、免許交付を認めたな。


「で?」


「ここ見て下さいっす! ここ! ほら、ここっス!」


 騒ぐ葵が指差した免許に書かれた場所に視線を落とす。


『ただし、この免許が有効となるには佐藤三郎のもとでのみ』


 ん? 俺のもとでのみってどういう意味だ?


 探索者免許って普通各個人に付与される免許だと、半分意識が飛んでた講義で喋ってた記憶があるが。


「なんで、俺のもとなんだ?」


「弟子っス、弟子! サブローさんの弟子としてなら、ギリ免許交付してもらえたっす!」


「待て待て! 俺はお前を弟子にとった覚えはないぞ」


 育ての父母たちからは、口が酸っぱくなるほど、『お前は、教えるのが苦手だから弟子を取るな』と言われたし、実際俺も弟子なんて面倒くさいものは欲しくない。


 特に葵みたいな口の立つ、騒がしい弟子なんてこっちから願い下げだった。


「弟子を取るというのは、師匠になる者が弟子の素質を認めて――」


「あと、サブローチャンネルのサポート探索者登録しといたっす。チャンネルアシスタントみたいな立ち位置でオッケーっす。とりあえず、契約書類作ったんで、サブローさんはここに拇印を押してくださいっすね。ほら、ここです。ここ」


 こちらの話に聞く耳を持たず、葵は1枚の書類をテーブルの上に出すと、俺の手を取る。


「おい、俺の話を聞いてるのか?」


「大丈夫っす。あたしは、優秀な弟子でアシスタントっすからサブローさんに迷惑はかけないっす。それと、この契約が成立すれば、あたしの収入も上がって、サブローさんの食事のアップグレードは確実っすよ」


 ニンマリと笑う葵がテーブルの上の食事を指差した。


 食事の質が上がる……だと……。


 葵を弟子にしたら、肉料理が増えるということか……。


 もやし料理を始めとした節約料理は、それはそれでうまいが、肉の美味さには勝てない。


 一度だけ食べさせてもらった牛肉は、今思い出すだけでもよだれが止まらなくなる。


 思い出したらゴクリと喉が鳴った。


 いや、待て! これは何かの罠だ! 契約を急かす葵は、何かを企んでいるに違いない!


「待て、待て! 何を企んでいる!」


「何も企んでないっすよ。あたしが探索者やるには、サブローさんが保護者みたいな立場の師匠をやらないといけない免許しかもらえなくて、どうせならチャンネルのアシスタントみたいなことやろうって思っただけっす。なにせ、サブローチャンネルは登録者5万人超えてきた中堅チャンネルっすからね! それと学校の許可も取ってきたし、皐月叔母さんもサブローさんがししょーならオッケーって言ってくれてるっす」


 ニッコリ笑う葵が自分の『すまほ』を取り出し、画面を見せてきた。


 葵から例の社長との騒動のことで、ダンジョンスターズ社は、いろいろとゴタゴタしてると聞いたが、ひよっこが父の代わりに社長に就いて、停止中の配信興行の再開に動いているらしい。


 葵から聞いたが、俺がエンシェントドラゴンを屠った動画や、荒れ地に魔法を撃った動画が『ばずった』らしく、『ハイシン』を求める声が大きいらしい。


「エンシェントドラゴンみたいな雑魚を倒す見世物みたいなやつは、もうやらんって言ってるだろう。強い魔物を倒すのが戦士たる者の務めだ。だから、俺が倒すのは最強の魔物であるスライムだけだ」


「あー、はいはい。そうっすね。それで、いいっす。じゃあ、拇印もらいますねー」


 俺の親指に赤い液体を付けたかと思うと、書類を押し付けてきた。


「はい、契約完了っす。これで、サブローさんの食事のグレードアップ間違いなしっす。あ、これ、契約祝いに食べていいっすよ」


 ティッシュとともに、さっき没収されたチョコバーを1本差し出してきた。


 また、葵がこっちの話を聞かずに勝手に進める。


 でもまぁ、俺の不利になることは、不思議としないやつだから、何かを企んでいてもこっちに害はないわけで。


 飯の質がよくなるのと、チョコバーが付くのなら、世話になってる葵を弟子に取るくらいは許してやってもいいとは思う。


 ダンジョンに入る前に、しっかりと戦士としての訓練を積ませてやれば、スライムに無謀な戦いを挑む愚かなことはしなくなるだろうしな。


 まずは基礎的な訓練からってところか――。


 俺は差し出されたティッシュで親指を綺麗に拭くと、チョコバーを受け取って袋を破り、口に咥えた。


「はぁー、しょうがねえな。弟子にしてやる」


「じゃあ、今日からはサブローししょーって呼ぶっすね」


「勝手にしろ」


「サブローししょー。早速っすけど、朝食終わったら今日から配信活動再開っス。Tチューブも正常化したみたいですし、ダンジョンスターズ社から配信興行再開のお知らせが来てるっすから。準備よろっす!」


 葵はそれだけ言うと、自分の朝食を取り始めた。


 今日からだと……。


 素人同然の葵を連れて、あの最強生物スライムがうろつく、超難関ダンジョンを探索しろと!?


「無理だ! 無理! お前はあのダンジョンの怖さを分かってない! 今のまま行ったら死ぬぞ!」


「サブローししょーがいるから大丈夫っすよ。あたしは、サポート探索者に徹する感じだし」


「そもそも、基礎訓練もしてないのにダンジョンに潜るなど――」


「はいはい、早く朝食食べないと下げちゃいますよー」


「待て! 飯は食う! だが、俺の話を聞け――」


『すまほ』が振動すると、画面を見た葵が朝食を食べる手を止めて、自室に移動した。


「お疲れさまっす。あー、はいはい。サブローさんの許可は取ったっすよ。ええ、はい、今日からイケるっす。準備を進めておいてください。よろしくっす!」


「おーい! 葵、俺の話を聞け――!」


「今日の探索配信を成功させたら、報酬はチョコバー3本っすよ。ほらほら」


 自室から顔を出した葵の手には、新たなチョコバーが3本あった。


 ぐぬぬ! それは欲しい!


 だが、危険の伴う探索に、基礎訓練すら終わっていない素人以下の葵を連れて行くのは――


「夕食は牛肉のステーキとかでお祝いかもしれないっすねー」


 チラチラとこちらの様子を窺うのはやめろ。


 俺が飯で釣れると思ってるだろ!


 俺がそんな罠に――


「スーパータカミの唐揚げも付いちゃうかもしれないっす」


「おし! やるぞ! 早く飯を食え! すぐに出発する!」


 唐揚げは卑怯だ! そんな報酬が提示されたら、どれだけ困難な仕事であろうが、やり遂げるしかないだろう!


 ハイシンとやらはどうなろうと知らんが、要は葵を無事に連れ帰ればいいわけだし。


 防護魔法をかけまくって、魔物が近寄れないようにしておけば、ド素人の葵が超難関ダンジョンに入っても生きて帰ることはできるはず。


 俺は急いで朝食を食べると、葵を連れ、東京ダンジョンに向かうことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

3年F組クラス転移 帝国VS28人のユニークスキル~召喚された高校生は人類の危機に団結チートで国を相手に無双する~

代々木夜々一
ファンタジー
高校生3年F組28人が全員、召喚魔法に捕まった! 放り出されたのは闘技場。武器は一人に一つだけ与えられた特殊スキルがあるのみ!何万人もの観衆が見つめる中、召喚した魔法使いにざまぁし、王都から大脱出! 3年F組は一年から同じメンバーで結束力は固い。中心は陰で「キングとプリンス」と呼ばれる二人の男子と、家業のスーパーを経営する計算高きJK姫野美姫。 逃げた深い森の中で見つけたエルフの廃墟。そこには太古の樹「菩提樹の精霊」が今にも枯れ果てそうになっていた。追いかけてくる魔法使いを退け、のんびりスローライフをするつもりが古代ローマを滅ぼした疫病「天然痘」が異世界でも流行りだした! 原住民「森の民」とともに立ち上がる28人。圧政の帝国を打ち破ることができるのか? ちょっぴり淡い恋愛と友情で切り開く、異世界冒険サバイバル群像劇、ここに開幕! ※カクヨムにも掲載あり

僕のおつかい

麻竹
ファンタジー
魔女が世界を統べる世界。 東の大地ウェストブレイ。赤の魔女のお膝元であるこの森に、足早に森を抜けようとする一人の少年の姿があった。 少年の名はマクレーンといって黒い髪に黒い瞳、腰まである髪を後ろで一つに束ねた少年は、真っ赤なマントのフードを目深に被り、明るいこの森を早く抜けようと必死だった。 彼は、母親から頼まれた『おつかい』を無事にやり遂げるべく、今まさに旅に出たばかりであった。 そして、その旅の途中で森で倒れていた人を助けたのだが・・・・・・。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※一話約1000文字前後に修正しました。 他サイト様にも投稿しています。

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう

果 一
ファンタジー
目立つことが大嫌いな男子高校生、篠村暁斗の通う学校には、アイドルがいる。 名前は芹なずな。学校一美人で現役アイドル、さらに有名ダンジョン配信者という勝ち組人生を送っている女の子だ。 日夜、ぼんやりと空を眺めるだけの暁斗とは縁のない存在。 ところが、ある日暁斗がダンジョンの下層でひっそりとモンスター狩りをしていると、SSクラスモンスターのワイバーンに襲われている小規模パーティに遭遇する。 この期に及んで「目立ちたくないから」と見捨てるわけにもいかず、暁斗は隠していた実力を解放して、ワイバーンを一撃粉砕してしまう。 しかし、近くに倒れていたアイドル配信者の芹なずなに目撃されていて―― しかも、その一部始終は生放送されていて――!? 《ワイバーン一撃で倒すとか異次元過ぎw》 《さっき見たらツイットーのトレンドに上がってた。これ、明日のネットニュースにも載るっしょ絶対》 SNSでバズりにバズり、さらには芹なずなにも正体がバレて!? 暁斗の陰キャ自由ライフは、瞬く間に崩壊する! ※本作は小説家になろう・カクヨムでも公開しています。両サイトでのタイトルは『目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう~バズりまくって陰キャ生活が無事終了したんだが~』となります。 ※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。

アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ
ファンタジー
『完結済!』【続編製作中!】  『アルゴノート』  そう呼ばれる者達が台頭し始めたのは、半世紀以上前のことである。  元来アルゴノートとは、自然や古代遺跡、ダンジョンと呼ばれる迷宮で採集や狩猟を行う者達の総称である。  彼らを侵略戦争の尖兵として登用したロードルシアは、その勢力を急速に拡大。  二度に渡る大侵略を経て、ロードルシアは大陸に覇を唱える一大帝国となった。  かつて英雄として名を馳せたアルゴノート。その名が持つ価値は、いつしか劣化の一途辿ることになる。  時は、記念すべき帝国歴五十年の佳節。  アルゴノートは、今や荒くれ者の代名詞と成り下がっていた。 『アルゴノート』の少年セスは、ひょんなことから貴族令嬢シルキィの護衛任務を引き受けることに。  典型的な貴族の例に漏れず大のアルゴノート嫌いであるシルキィはセスを邪険に扱うが、そんな彼女をセスは命懸けで守る決意をする。  シルキィのメイド、ティアを伴い帝都を目指す一行は、その道中で国家を巻き込んだ陰謀に巻き込まれてしまう。  セスとシルキィに秘められた過去。  歴史の闇に葬られた亡国の怨恨。  容赦なく襲いかかる戦火。  ーー苦難に立ち向かえ。生きることは、戦いだ。  それぞれの運命が絡み合う本格派ファンタジー開幕。  苦難のなかには生きる人にこそ読んで頂きたい一作。  ○表紙イラスト:119 様  ※本作は他サイトにも投稿しております。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ユウ
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

処理中です...