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問1 青く澄み渡る冬を思い出せ。

5:友人達

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 親衛隊というのは、結構ねちねちしているものらしい。
「あ、体育シューズもない」
 生徒会長の風紀委員長とのハプニングの次の日、うち履きと体育館用シューズが俺の下駄箱から消えた。
 来賓用のスリッパを事務室で借りて階段を上がる。
 秋がいれば体育館用のシューズを借りれただろうに、今日は風紀委員の仕事が入っていたらしく、朝早くに寮部屋を飛び出していった。……5時に目覚まし大音量は結構きつかった。秋と相部屋なのは嬉しいが、今日みたいなのは勘弁だ。
 運のいいことに今日は体育がない。避難訓練でもない限り一日スリッパでも問題はないだろう。
 教室のドアをスライドすると楽しそうな騒めきが廊下を駆け抜けた。何人かが俺を見たがすぐに興味なさそうに顔を逸らし話し出す。
 残念なことに俺の友人といえば秋と京午、藤島だけだ。
 俺は見事にスタートダッシュに遅れていた。
「っはよー、冴島」
「ああ、おはよう」
 幼馴染以外の友人、藤島ふじしま来鶴きつるが俺の肩に手をまわした。
「どしたどしたー! うち履き忘れたんか!」
「いや、朝見たらなくなっていたんだ」
「あー……親衛隊な!」
 やっぱり親衛隊らしい。
 うんうんと頷くと、藤島は首にかけたカメラを俺の足元に向けてパシャリと音を鳴らした。
「おい」
「こっれも新聞部のお仕事なんよー。我慢我慢!」
 藤島がずれ落ちた眼鏡を親指で押し上げる。俺と同じく一般的な顔立ちではあるがシルバーの眼鏡がよく似合っている男だ。藤島曰く、赤い眼鏡は似合わないらしい。
 俺の背中を痛いくらいに叩きながらケラケラ笑う姿からは欠片も感じられないが、藤島はこれでも眼鏡に似合った学年三位の上位成績者だ。彼のまとめるノートは分かりやすく、よくゴシップと引き換えに借りにくる生徒が多い。先程も誰か借りに来ていたのだろう、左横の席にはいくつかのメモが裏返しに散らばっていた。
「そーいやさ」藤島が目を輝かせた。「生徒会長と風紀委員長、誘惑したってマジなん?」
「誘惑って」
 思いのほかぶっ飛んだ解釈に拭きだしそうになったが、何とか押しとどめる。
「してないから、そんなこと」
「チッ」
 なんで舌打ちするんだ、藤島……。大方「ゴシップじゃないとかつまんない」ということなのだろうが。
藤島に呆れた視線を送っていると前方から声をかけられた。
「へぇ、冴島が誘惑したんじゃないんだ」
 古和だった。
「お、心ちゃん。っはよー」
 藤島が元気に挨拶をするも古和はその顔すら見ない。
「心ちゃん、無視はきついんですが」
「……挨拶返してほしかったら、ブロマイド売るのやめてほしいんだけど」
「ゼンショ、シマース」
 古和がため息をついた。
 ブロマイドを売られているのには驚いたが、確かにこの可愛い顔なら欲しがるやつも多いだろう。
 愁いを含んだ顔をじっと見ていると古和と目が合った。「何」怪訝そうな顔だ。別に、と返すと興味なさそうな声を上げて机の中をいじりだす。
「それよりさ、心ちゃん。冴島がなんか靴隠されたらしいんやけど」
「へぇ」
「親衛隊総隊長として一言!」
 どこからか取り出したマイクを向ける。わくわくとした様子で藤島の体が揺れていた。
 それよりも、古和も親衛隊の一人だったらしい。しかも、総隊長とつくのだから立場は上のはずだ。
 思わず古和を凝視すると、彼は溜息を吐いた。
「自己責任」
 淡々と言う古和に「誰の?」と藤島が聞いた。意味が分からず俺は首を傾げる。
 古和が諦めたように言った。
「会長と、委員長と、やったやつら」
 その言葉を聞いて藤島が満足そうに笑った。
 二人の様子をまるで蚊帳の外かのように聞いていた俺だったが、その言葉には思わず驚きの色を顔に出した。
 親衛隊の総隊長、といっても完全に親衛隊とその対象を加護するわけではないらしい。母さんの好きな小説ではそんなことなかったのに。
 ……といっても、俺にも完全に非がないわけではない。生徒会長の突撃を避けれはしなくても、すぐに声をかけて退いてもらうことはできたはずだ。
 そんなことを呟くと、藤島は俺に向けてシャッターを切り、古和は驚いたように俺を見た。
「……まさかそんなこと言うなんて、思いもしなかった」
「ま、それもまた正しき言葉、だーよなー」
 パシャパシャと何度もシャッターを切られる。
 おい、と迷惑そうな目で見ると肩を竦めて藤島はカメラから手を放した。
「ま、俺的にいい感じの記事かけそうで安心だわ」
 ありがとー、と言いながら藤島がスマホをいじる。
「……僕的にも、いいことは聞けたかな」古和がポツリと呟いた。「ありがと」
 古和がふわり、と笑った。
「……っ!」
 不意打ちの表情があまりにもあいつに似ていて、波打つ心臓の音が全身を駆け巡るような感覚に襲われた。大きな音を圧迫するように鼻から大きく息を吸ってゆっくりと吐く。
 俺がバレないように二、三回続けていると、藤島が「あ」という驚いた声を上げた。
「冴島の靴、二つともあったみたいやぞ。ゴミ箱に」
「はあ?!」
 藤島がスマホを突き出してきた。そこには確かに俺の靴がゴミ箱の中にある。しかもずたぼろで。
「うわぁ……」
 覗き込んだ古和からドン引いたような声が上がる。
「あー……どうするか」
 俺は頭を抱えそうになる手を必死に押し止めながら天井を仰いだ。白い塗装からは何も返ってこないが、「購買で買えば?」と、いきなり出てきた顔からいらえが返ってきた。
「おはよう、渡」
「……おはよ、京午」
 俺はとっさに胸を押さえた。
 さっきとは別の意味で心臓がばくばくと騒いでいる。
「馬場ちゃん、っはよー」
「おはようございます、馬場様」
 藤島と古和から声が上がると、京午はにこやかに挨拶を返した。
「……てか馬場ちゃん、今購買で靴買えんよ」
「「えっ」」
 俺と京午の声が重なった。
 古和は平然と、
「みたいだねぇ。今年からは下に降りて買わないといけないらしけど」
 髪を耳にかけながら、お店の指定があったはず、と机の中を漁る。
「あぁ、そう。CABマート」
「金持ち学校のわりには庶民的だな」
「そこ社長と学園長なかいいんよ」
 成程。凄いな学園長。
「今日が金曜で良かったなー」
 教室に戻ってきた秋が古和の持つ『学園のしおり』を覗き混む。うわマジで書いてある、と呟いた。
「秋お帰り。というかもうそんな時間?」
 京午が時計を見るのにつられて俺も上を見上げると、既に予鈴の一分前を切っていた。
「マジか。座れ座れー!」
 と無駄に藤島が秋の背中を押す。
 俺達が座り終えた時、予鈴が響き栗先生が教室に入ってきた。
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