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倉庫でねずみは「好き」と鳴く①

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「それじゃあ」
「また」

 別れの挨拶は最小限だった。
 メイド服を着た私は部屋を出る。預かった鍵で扉を閉め、何事もなかったように通路を歩く。

 少し視線を下げて。だけど背筋はしっかり伸ばして。堂々としなさい、そう助言をくれたのはスカーレット様だ。メイドの顔をわざわざじっと見る暇な人など、この城にはいないからと。

 実際、晩餐の準備で少し慌ただしかった。トレーやワゴンを運ぶ使用人たちが行き交っている。王族のみならず、王城で働いているお貴族様みんなに食事を提供しているらしい。こんな夜遅くまで働いているなんて、お貴族様も大変そう。

 偉い人には、偉い人なりの苦労と努力があるらしい。私はその隙間をネズミの如く逃げるのだけど。

 スカーレット様に教えてもらった厨房が見つかった。背後の方からやたら足音が聞こえるけど、何事もないように「失礼します」と会釈し、裏口とやらへ向かう。厨房は最後の追い込みなのだろうか活気がありすぎて、誰も私のことなんか見てなかったーーように思えたんだけど。

「倉庫から胡椒を持ってこい!」
「え?」

 長い帽子を被ったおじさんが、私へ声をかけてくる。

「なんだ、見たことない顔だが新入りか⁉ 胡椒だ、胡椒! 地下倉庫に置いてあるから、さっさと持ってこい!」
「は、はいっ!」

 おじさんの覇気に気圧されれるも……ち、地下倉庫……? 
 どこだろう、とその場でキョロキョロしていると、親切そうな他のおじさんが「あっちあっち」と厨房の奥を指差してくれる。これは……疑われないためにも、持ってくるしかないよね?

「胡椒がわからないとか言わないだろうなぁ⁉」
「そ、それは大丈夫です!」

 それは本当に大丈夫。黒い粒ですよね? 調理に使うなら、すでに煎じてあるかもしれませんが。砂漠の地方から輸入している香辛料の一種は、高価ながらも味を引き締めてくれるといいます。そして血行を良くしてくれる効果もあるので、薬や薬膳としても使われますから……私の分野の範疇です。なんて、口上垂れる時間もないのですが。

 私はもう一度会釈して、足早に厨房の奥へと向かわざる得ない。
 そういや、お城に来る前のスカーレット様講座で、メイドさんの説明もあったな……と思い出す。一介にメイドさんと言っても、それぞれ専門分野があるらしい。身の回りの世話専門。洗濯専門。清掃専門。きっとこのメイド服の専門は調理補助なのだろう。厨房裏から逃げる作戦だったのだから、最善の選択肢だ。

 ……まぁ、ここで本当にお手伝いしてしまうのは悪手なんですけどね!
 
 あぁ、スカーレット様に怒られる……なんて思いながらも、厨房奥の倉庫へ行くと、あらゆる調味料の在庫が整然と並べられていた。圧巻。調味料や香辛料は先の通り薬にも使われるので、時間があるなら見学させてもらいたいほどの光景だ。その好奇心をグッと堪えて、私は床の扉を開け、スカーレットの端を持ちながら階段を駆け下りる。

 うわぁ……これまた壮観だった。石造りの密室。広さはあまりないものの、きちんと整理整頓されてかなりのものが収納されていた。壁に並べられた棚には粉ものや香辛料が置かれているらしい。分類もラベルが付いているので、初見の私でも簡単に探し当てられた。さすが王城だなぁ……。

 こんな地下室いいなぁ。私も薬品を並べたいなぁ。なんて空想に耽りつつも、なんやら上の方が騒がしい。もしや、私が遅いから⁉ 急いで革袋を開き、中身を確認。この黒い砂は間違いなく轢かれた胡椒だ。さぁ、早くこれを持っていって今度こそ逃げなくちゃ――と思った時だった。

 カツン。カツン。と背後の階段を下りてくる足音が響く。
 
「メイドの真似事なんて……お遊びがすぎますね? “スカーレット様”?」
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