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魔女の呪いを解く者は②

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 馬と止めた殿下を家の中へ招く。
 ここ数日家を開けていたせいか、少し埃っぽい。窓を開けて、お茶を淹れるために保存していた精製水を沸かすため、暖炉に薪を入れて火にかける。当然、火をかける時には指を鳴らして。突如火が焚べられた暖炉を見ても、殿下はまるで驚く様子がなかった。その無反応が……なぜか、すごく悲しい。

 気を取り直して、茶葉は……運が悪いな。こんな時に限って切らしているなんて。

「すみません。茶葉がないので、少し採ってきますね。この時期なら裏手に生えているはずなので、すぐに戻ってきます」
「いや、気を使わなくていいよ。……この瓶は?」

 殿下が手近な椅子に座り、テーブルの上に置いてあったガラス瓶を持ち上げる。手のひらの高さほどしかない細い薬瓶は、私が家を空ける前に置いていったものだ。

「それは魔物よけの薬ですね。お得意さんが持っていってくれたらなぁ、て思って置いて行ったんですけど……取りに来なかったんですねぇ。もう足りなくなっているはずなのですが。大丈夫なのかなぁ?」

 贔屓にしてくれている木こりさんへ置いていったつもりだった。あのスカーレット様が来た日、無理に帰って貰ってしまったから。森の奥の木を伐採する時に、魔物に襲われないようにするための魔法薬。普通の魔力を込めない調合でも似たような効果できるんだけど、どうしても臭いで避けさせるから、使用者も不快なんだよね。その分、魔法薬であれば人体が無臭に感じるように調整できるから、重宝してもらっていたのだ。

 私の独り言に、殿下が答える。

「家の鍵も開いていたね。普段から戸締まりはしないのか? 物騒だから止めたほうがいい。希少な薬もあるんだろう?」
「こんな所まで盗みに来る泥棒さんもいませんよ」
「きみが不在時ならまだいい。もしきみがいる時に不届き者が来たら? 本当によかった、今まできみに被害がなくて」

 心底安堵したという顔で胸をなでおろす殿下に、違和感しか覚えない。
 きっと、わざと話を逸してくれているんだ。
 わざとらしい演技は、私への同情か。それとも、ただの遊びなのか。
 そのどちらかわからないけれど……彼はきちんと、その腰に剣を差している。

 私は訊く。

「聞かないんですか……どうしてこんな場所に連れてきたのか」
「てっきり、きみから話したいのかと思っていたんだが」
「そのつもりだったんですけどね。どうやら、私は自分で思っている以上に根性なしのようで」

 へらっと笑う私に、殿下は頬を緩めてくださらない。
 その青い瞳はまっすぐ私に向けて、

「待つよ」

 その一言が、私を貫いた。
 その一言だけで、充分だった。

「ごめんなさい……ごめんなさい、ルーファス様……」

 言葉とともに、涙があふれる。
 最低だ。泣いて情に訴えるなんて、私は最低な罪人だ。

 どうか、殿下がこんな情に流されない御人でありますように。

「私は……スカーレット様ではありません。黒髪で、もっと地味な……ろくでもない魔女です……」
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