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甘すぎる夜に魔法は解けない③
しおりを挟む殿下と寝所を共にして、意識を失わずに済む日が来るなんて。
まだ外も暗い中、それでも殿下の腕の中でぜえはあと息をしていると、殿下が聞いてくる。
「意識を飛ばさないなんて珍しいね。足りなかった?」
「いえ……もう……じゅ……」
まともに話すことも出来ない私に、殿下は小さく笑って。起き上がった殿下はサイドテーブルの明かりを点けた。そして置かれた水差しから、コップに水を移す。「自分で」と私が身を起こそうとすると、殿下は私の背中を支えてくれた。さらに「どうぞ」と手渡されれば、私はそれを受け取るしかない。
ちびちびと飲みながら申し訳無さに視線をあげれば、ランプの暖かな光に照らされた殿下がまた意地悪く笑う。
「口移しで飲ませた方が良かった?」
「いえ、結構です!」
「遠慮しなくていいのに」
もうこれ以上は勘弁してください……!
ニヤニヤと嬉しそうな殿下の顔をこれ以上見れずに、私は無心でお水を飲む。
コップの底が見えてきた頃、殿下は「さて」と話を切り出した。
「ちょっと落ち着いたところで、二つほど話したいことがある。楽しい話とどうでもいい話、どっちからがいい?」
「どうでもいい話?」
普通、悲しい話と比較するのでは?
珍しい比較に眉をしかめると、殿下は「じゃあ、どうでもいい話から」と一方的に話し始めた。
「クルトから薬室の件の報告は受けたんだけどね」
その言葉に、私の心臓が大きく跳ねる。
え……まだ、何も聞いていないんじゃなかったの……?
でも、よくよく考えれば。第一に報告されないわけがないよね。だって、今から寝所を共にするだろう女の素性が怪しいのだから。臣下なら、そんな怪しい女と同衾しようとする主君を止めないはずがない。
それなのに、未だ一糸まとわぬ無防備なルーファス殿下は呑気に言葉を紡ぐ。
「まぁ、無断で登録のないきみが使用するのは良くないよね。万が一何かあったら、薬室の責任者も責任取らされるわけだから。これからは無断で調合しないこと。ちゃんと人を呼ぶように。わかったね?」
それは、まるで子供を注意するかのように。
最低限の内容を諭すような優しい口調で話す殿下に、私はキョトンとするしかない。
「返事は?」
「あ、はい」
「いい子だ」
――え、それだけ?
頭を撫でられて、困惑する。
えぇーと……クルトさんから報告があったのなら、もっと私が偽物なんじゃないか、とか。スカーレット様に薬の知識があるのはおかしいとか、そんなお話をお聞きになっているのでは……?
だけど殿下は「じゃあ、次は楽しい話」と頬を緩める。
「明日……もう今日だけど。半日休みが取れてね。ずっと部屋に引きこもっていてもいいけど……またどこかに出かけるのもいいかと思って」
お忍びで一緒に城下を散策してみようか、と言いながらも、私の背中をすーっと撫で下ろす殿下はずるい。
そして、このずるくて、甘くて、優しいこのひとが、心から――。
明日は、殿下と過ごす最後の日。
どこまでも『私』を愛してくれた殿下に、私ができること。
――ごめんなさい。スカーレット様。
私はスカーレット様が見せてくれた夢を、やっぱり叶えられそうにありません。
愛されれば愛されるほど……このひとを愛すれば愛するほど、罪悪感が募るから。
だから、私は殿下の楽しげな手を掴んで、提案する。
「それじゃあ、一緒に行きたい所があるのですが――」
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